カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
132 / 163

ひとやすみ

しおりを挟む
いつものようにおかしな夢を見て目が覚めてしまった俺は、取り敢えず朝食を用意…しようとしてやめた。
【四季を楽しむのは大切よ。少なくとも、私にとっては大切なの】
あの人の言葉を思い出し、なんとなくやってみたいことができた。
フルーツ用のお弁当箱と更に1段階小さなものを用意して、ふたりが寝ている間に仕上げていく。
「…できた」
ベランダにレジャーシートを敷き、用意しておいた弁当を広げる。
『随分豪華ですね』
「いつもどおりだと思うけど…。もしそういうふうに見えるなら、天気がいいからだな」
『何故突然こんなことをやろうと思ったんですか?』
「特に大きな理由はないんだけど、最近トラブルが多かっただろう?だから、慰労会みたいなものをしようと思ったんだ。
こういうことをやったことがないから、やり方が合ってるか分からないけど…」
いつも瑠璃にはお世話になりっぱなしだし、小鞠のことも振り回してしまっている。
だからせめて、トラブルの噂がない間にゆっくりしたいと思った。
料理くらいしかできないけど、ふたりが楽しんでくれればそれでいい。
『…何』
「どうした?」
『これ、何』
小鞠の言葉はあまり抑揚がないから時々迷うものの、今回はお弁当がどういうものなのか気になったらしい。
「これはお弁当箱。この中にご飯が入ってるんだ」
『あなたが食べていいものが入っているそぅですよ』
『いただきます』
「急いで食べなくても誰も取ったりしないよ」
小鞠にゆっくり楽しむように伝えながら、小鳥の前に置いたお弁当箱を開ける。
「瑠璃の分はこれだ」
『卵焼きが入っていますね。…この大きさで焼くのは苦労したのではありませんか?』
「実は何回か失敗した。味はなんとかなってすはずなんだけど…ごめん」
『こんなふうに作っていただけただけありがたいです』
瑠璃は心なしかいつもより穏やかな表情をしている気がする。
『ごちそうさまでした』
「喜んでもらえたみたいでよかった」
『美味しかった』
「そっか。それならまた今度天気がいい日にやろう」
『八尋は楽しめましたか?』
「え?」
どうしてそんなことを訊くんだろうと疑問に思いつつただ答える。
「俺はこうやって仲間…友人と一緒にご飯が食べられて楽しかったよ」
『そうですか』
「なんでそんなこと訊くんだ?」
小鞠の口を拭きながら瑠璃の方を見ると、ゆっくり口を開いた。
『こういったものは準備が大変でしょう?』
「それはそうだけど、俺がやりたくてやってることだから苦だと思わないんだ」
『それならいいのですが…』
「大丈夫。俺は無理してないよ」
『…そうでしたか』
なんだかんだでいつも心配させてしまっていることを申し訳なく思いながら、その場に出してあったものを少しずつ片づけていく。
どこかから飛んできた緑葉が春の終わりを告げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

バッドエンド

黒蝶
キャラ文芸
外の世界と隔絶された小さな村には、祝福の子と災いの子が生まれる。 祝福の子は神子と呼ばれ愛されるが、災いの子は御子と呼ばれ迫害される。 祝福の子はまじないの力が強く、災いの子は呪いの力が強い。 祝福の子は伝承について殆ど知らないが、災いの子は全てを知っている。 もしもそんなふたりが出会ってしまったらどうなるか。 入ることは禁忌とされている山に巣食う祟りを倒すため、御子は16になるとそこへ向かうよう命じられた。 入ってはいけないと言われてずっと気になっていた神子は、その地に足を踏み入れてしまう。 ──これは、ふたりの『みこ』の話。

かの子でなくば Nobody's report

梅室しば
キャラ文芸
【温泉郷の優しき神は、冬至の夜、囲碁の対局を通して一年の祝福を与える。】 現役大学生作家を輩出した潟杜大学温泉同好会。同大学に通う旧家の令嬢・平梓葉がそれを知って「ある旅館の滞在記を書いてほしい」と依頼する。梓葉の招待で県北部の温泉郷・樺鉢温泉村を訪れた佐倉川利玖は、村の歴史を知る中で、自分達を招いた旅館側の真の意図に気づく。旅館の屋上に聳えるこの世ならざる大木の根元で行われる儀式に招かれられた利玖は「オカバ様」と呼ばれる老神と出会うが、樺鉢の地にもたらされる恵みを奪取しようと狙う者もまた儀式の場に侵入していた──。 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

時守家の秘密

景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。 その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。 必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。 その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。 『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。 そこには物の怪の影もあるとかないとか。 謎多き時守家の行く末はいかに。 引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。 毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。 *エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。 (座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします) お楽しみください。

処理中です...