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終幕『絶望の先へ』
第246話
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桜舞い散るその日、制服を身に纏った妹は背筋を伸ばしていた。
「皆さん、中等部への入学おめでとうございます」
偶然か必然か。室星先生が高等部との掛け持ちで穂乃のクラスの副担任になった。
担任の先生は新任の先生で、まだどんな人間なのか分からない。
少なくとも悪い人ではなさそうだ。
これから先のことをただ祈ろう。
放送部と陸上部に入りたいと話していた、友人たちと楽しく話す彼女の幸福を。
「詩乃ちゃん、今日はスーツなんだね」
「一応な」
「ちょっと羨ましいな。僕はもう着られないから…」
儚げに微笑む少年に、大きめの袋を渡す。
「詩乃ちゃん、これ…」
「先生と話して作ってみたんだ。後で開けてみてくれ」
「ありがとう!」
他の人間には視えない彼が私の友人であることは変わらない。
これから先も長い付き合いになるだろう。
教科書の準備や説明会がある中学棟を抜け、こっそり放送室へ向かった。
「桜良、さっきの放送かっこよかった!もっかい、」
「絶対嫌」
入っていいか迷ったが、覚悟を決めてドアノブをまわす。
「…ふたりとも、お疲れ」
「え、先輩!?これから入学式ですか?」
「もう終わってる。…穂乃ちゃんの入学式ですよね?」
「流石だな、桜良は」
ふたりは相変わらず仲がよくて、見ているだけでほっこりする。
「放送部に入りたいと話していたから、見学に来たら優しくしてやってほしい」
「分かりました。…誰も来ないと思っていたから、嬉しいです」
旧校舎での活動ということもあり、放送部は隠れた部活になってしまっている。
だからこそ兼部しやすいのだが、桜良の居場所がなくなってしまうのは困るし幽霊部員だらけでは意味がない。
「そろそろ行くよ」
「先輩、怪我…」
「そろそろ治る。一応杖は持っておくように言われてるけど、そこまで酷くないから大丈夫だ」
片手に杖を持っているものの、もうギプスが外れたこともあり松葉杖で歩くほどではなくなっている。
…やはりこの治りの早さは異常なのだろう。
「先生、いるか?」
流石に監査部室に入るのは勇気がいるので、旧校舎の誰も来ない保健室で診てもらっている。
だが、今日は先客がいたらしく話に入っていきづらい。
「先生、見て!詩乃ちゃんが持ってきてくれたんだ」
「そうか」
「…忙しい?」
「そういうわけじゃなくて、その…まあ、いいんじゃないか」
「ありがとう。先生も考えてくれたんでしょ?」
「一応な」
このふたりの絆の深さに少し憧れる。
いつもひとりでやってきて、相棒と呼べるような相手はいない。
…強いて言うなら、いつも持ち歩いている紅ということになる。
「またせたな」
「ううん。さっき来たところなんだ」
「穂乃ちゃんの先生もやるんでしょ?立候補したんだよね?」
瞬が楽しそうに笑いながら発した言葉に思わず反応してしまう。
「そうなのか?」
「…産休に入る先生がいて、たまたま人手が足りなかっただけだ」
先生のことだから、きっと何か考えがあって入ってくれたんだろう。
「ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはしていない。先生としての仕事をしているだけだ」
「…もし穂乃に何か変化があったら教えてほしい」
「おまえがついてるなら大丈夫だ。ただ、何かあったように見えたら報告することはできる」
先生らしい言い回しだと感じて、ふっと笑みが零れてしまう。
瞬もにこにこしていて、似たようなことを考えているらしかった。
「先輩、今ちょっといいですか?」
監査部長の腕章とバッジが光る制服で現れた陽向は、困ったような表情で入ってきた。
「どうした?」
「また噂が広まってます。このまま放置していたらやばいかも…」
「分かった、今夜調査しよう」
不安げにこちらを見つめる瞬の頭をひと撫でし、一旦その場を離れる。
あの男の力がない今、以前より噂が広まるペースは遅くなった。
それでも、この町ではやはり噂が流れやすいのだ。
「皆さん、中等部への入学おめでとうございます」
偶然か必然か。室星先生が高等部との掛け持ちで穂乃のクラスの副担任になった。
担任の先生は新任の先生で、まだどんな人間なのか分からない。
少なくとも悪い人ではなさそうだ。
これから先のことをただ祈ろう。
放送部と陸上部に入りたいと話していた、友人たちと楽しく話す彼女の幸福を。
「詩乃ちゃん、今日はスーツなんだね」
「一応な」
「ちょっと羨ましいな。僕はもう着られないから…」
儚げに微笑む少年に、大きめの袋を渡す。
「詩乃ちゃん、これ…」
「先生と話して作ってみたんだ。後で開けてみてくれ」
「ありがとう!」
他の人間には視えない彼が私の友人であることは変わらない。
これから先も長い付き合いになるだろう。
教科書の準備や説明会がある中学棟を抜け、こっそり放送室へ向かった。
「桜良、さっきの放送かっこよかった!もっかい、」
「絶対嫌」
入っていいか迷ったが、覚悟を決めてドアノブをまわす。
「…ふたりとも、お疲れ」
「え、先輩!?これから入学式ですか?」
「もう終わってる。…穂乃ちゃんの入学式ですよね?」
「流石だな、桜良は」
ふたりは相変わらず仲がよくて、見ているだけでほっこりする。
「放送部に入りたいと話していたから、見学に来たら優しくしてやってほしい」
「分かりました。…誰も来ないと思っていたから、嬉しいです」
旧校舎での活動ということもあり、放送部は隠れた部活になってしまっている。
だからこそ兼部しやすいのだが、桜良の居場所がなくなってしまうのは困るし幽霊部員だらけでは意味がない。
「そろそろ行くよ」
「先輩、怪我…」
「そろそろ治る。一応杖は持っておくように言われてるけど、そこまで酷くないから大丈夫だ」
片手に杖を持っているものの、もうギプスが外れたこともあり松葉杖で歩くほどではなくなっている。
…やはりこの治りの早さは異常なのだろう。
「先生、いるか?」
流石に監査部室に入るのは勇気がいるので、旧校舎の誰も来ない保健室で診てもらっている。
だが、今日は先客がいたらしく話に入っていきづらい。
「先生、見て!詩乃ちゃんが持ってきてくれたんだ」
「そうか」
「…忙しい?」
「そういうわけじゃなくて、その…まあ、いいんじゃないか」
「ありがとう。先生も考えてくれたんでしょ?」
「一応な」
このふたりの絆の深さに少し憧れる。
いつもひとりでやってきて、相棒と呼べるような相手はいない。
…強いて言うなら、いつも持ち歩いている紅ということになる。
「またせたな」
「ううん。さっき来たところなんだ」
「穂乃ちゃんの先生もやるんでしょ?立候補したんだよね?」
瞬が楽しそうに笑いながら発した言葉に思わず反応してしまう。
「そうなのか?」
「…産休に入る先生がいて、たまたま人手が足りなかっただけだ」
先生のことだから、きっと何か考えがあって入ってくれたんだろう。
「ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはしていない。先生としての仕事をしているだけだ」
「…もし穂乃に何か変化があったら教えてほしい」
「おまえがついてるなら大丈夫だ。ただ、何かあったように見えたら報告することはできる」
先生らしい言い回しだと感じて、ふっと笑みが零れてしまう。
瞬もにこにこしていて、似たようなことを考えているらしかった。
「先輩、今ちょっといいですか?」
監査部長の腕章とバッジが光る制服で現れた陽向は、困ったような表情で入ってきた。
「どうした?」
「また噂が広まってます。このまま放置していたらやばいかも…」
「分かった、今夜調査しよう」
不安げにこちらを見つめる瞬の頭をひと撫でし、一旦その場を離れる。
あの男の力がない今、以前より噂が広まるペースは遅くなった。
それでも、この町ではやはり噂が流れやすいのだ。
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