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第29章『決戦前夜』
第216話
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「先輩、おはようございます」
「おはよう。今日も早いな」
穂乃を小学校まで送ってすぐ来たのに、授業前なはずの陽向が目の前にいる。
「今日は行かなくていいのか?」
「もう出席日数は足りてますから。先輩はもう授業ないんでしたっけ」
「元々自由学習時間だし、卒業式さえ出れば文句ないだろう」
監査部長としての役目の終わりが、いよいよすぐそこまで近づいてきた。
旧校舎に入ることはできても、そう簡単に集まれなくなるのは寂しい。
「先輩」
「どうした?」
「俺、ちゃんと部長やれますかね?」
副部長の陽向を部長にと他のメンバーに話したとき、反対意見は出なかった。
それは誰もが頑張りを認めてくれているからだと私は思っている。
「できるよ。陽向にしかできない方法で、先生や生徒たち、メンバーのことを支えていってほしい。
私以外のメンバーも、陽向がどれだけ影から支えてきたか知ってるんだ。絶対大丈夫だよ」
「…不思議ですね。先輩に言われるとなんでもできちゃいそうです。ありがとうございます」
陽向が不安がるなんて珍しい。
恐らく、自分がなんでも器用にこなしているという自覚がないのだろう。
「もっと自信を持っていい。あれだけ周りから賛同を得られたのは、陽向が必死に監査部の仕事をこなしていたのをみんなが知っているからだ。
今はまだ、陽向以外に監査部を任せられないよ」
「先輩にそこまで褒めてもらえるなんて…光栄です!」
こんなささやかなひとときで高校生活を締めくくれればいいと思っていた。
だが、残念なことにそういうわけにもいかない。
「…今夜も夜仕事案件になりそうだな」
「なんかまた変な噂たってますよね。月下の怪盗に心を奪われたらどうのって…」
「今度は役に立てないかもしれない。足を引っ張らないように頑張る」
本来であれば、霊力も妖力も満月に強くなるが、私は半月に強くなり満月に1番弱くなってしまう。
そこを突かれると苦しい戦いを強いられる。
『今夜仕掛けてくるかもしれません』
「それは、祓い屋たちも動くかもしれないとみているからか?」
『噂の広がりが今日になって更に酷くなりました』
ラジオ越しに聞こえてくる声は不安げだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。必ずなんとかするから」
「今夜くらいは動かないでほしいですね」
「そうだな」
たまには静かな夜を過ごしたいし、できるだけ穂乃の側にいたい。
だが、今家に帰ってあの男に見つかってしまっては危険だ。
『心を盗まれると、永遠に虚無のなかを生きていくことになる…らしいです』
「え、そんな深刻な噂になったの!?」
「盗まれた後どうなるか明記されたとなるとかなりまずいな。急いで調べよう」
怪盗がどんな人物なのか知りたくて図書室へ向かうと、教師たちが舌打ちしてこそこそ話しはじめる。
「高入だから贔屓されてるんじゃないか?」
「あの性格です、誰かを脅したのでは?」
「おっとそこまで。凶暴な熊に襲われちゃかなわんからな」
私が気に入らないならなんとでも言えばいい。
不正なんてしていないんだから堂々としていよう。
久しぶりに教室に入ると、今度は自分の席が見当たらない。
くすくす嘲笑う声が耳に響いてうんざりだった。
「…悪い。少し遅れる」
スマホで陽向にそう連絡して、物置にされていた机を雑巾ごと綺麗にした。
こんなことをして愉しむ人間が多いのは悲しいが、クラス以外でこういった事態に陥ったことがないのでそれだけはよかったといえる。
…なんとか先生たちにも隠し通せそうだ。
「今日もお疲れ。これ、よかったらもらってくれ。少し早いホワイトデーだ」
「ありがとうございます、憲兵姫!」
「大切に食べます」
中庭にいると、何人かの生徒に声をかけられてしまった。
流石に過去の事件の資料を読み漁るわけにもいかず、相手の背中を見送る。
静かに資料を読めるのは監査室しかない…そう感じた私はすぐに旧校舎へ足を進めた。
「おはよう。今日も早いな」
穂乃を小学校まで送ってすぐ来たのに、授業前なはずの陽向が目の前にいる。
「今日は行かなくていいのか?」
「もう出席日数は足りてますから。先輩はもう授業ないんでしたっけ」
「元々自由学習時間だし、卒業式さえ出れば文句ないだろう」
監査部長としての役目の終わりが、いよいよすぐそこまで近づいてきた。
旧校舎に入ることはできても、そう簡単に集まれなくなるのは寂しい。
「先輩」
「どうした?」
「俺、ちゃんと部長やれますかね?」
副部長の陽向を部長にと他のメンバーに話したとき、反対意見は出なかった。
それは誰もが頑張りを認めてくれているからだと私は思っている。
「できるよ。陽向にしかできない方法で、先生や生徒たち、メンバーのことを支えていってほしい。
私以外のメンバーも、陽向がどれだけ影から支えてきたか知ってるんだ。絶対大丈夫だよ」
「…不思議ですね。先輩に言われるとなんでもできちゃいそうです。ありがとうございます」
陽向が不安がるなんて珍しい。
恐らく、自分がなんでも器用にこなしているという自覚がないのだろう。
「もっと自信を持っていい。あれだけ周りから賛同を得られたのは、陽向が必死に監査部の仕事をこなしていたのをみんなが知っているからだ。
今はまだ、陽向以外に監査部を任せられないよ」
「先輩にそこまで褒めてもらえるなんて…光栄です!」
こんなささやかなひとときで高校生活を締めくくれればいいと思っていた。
だが、残念なことにそういうわけにもいかない。
「…今夜も夜仕事案件になりそうだな」
「なんかまた変な噂たってますよね。月下の怪盗に心を奪われたらどうのって…」
「今度は役に立てないかもしれない。足を引っ張らないように頑張る」
本来であれば、霊力も妖力も満月に強くなるが、私は半月に強くなり満月に1番弱くなってしまう。
そこを突かれると苦しい戦いを強いられる。
『今夜仕掛けてくるかもしれません』
「それは、祓い屋たちも動くかもしれないとみているからか?」
『噂の広がりが今日になって更に酷くなりました』
ラジオ越しに聞こえてくる声は不安げだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。必ずなんとかするから」
「今夜くらいは動かないでほしいですね」
「そうだな」
たまには静かな夜を過ごしたいし、できるだけ穂乃の側にいたい。
だが、今家に帰ってあの男に見つかってしまっては危険だ。
『心を盗まれると、永遠に虚無のなかを生きていくことになる…らしいです』
「え、そんな深刻な噂になったの!?」
「盗まれた後どうなるか明記されたとなるとかなりまずいな。急いで調べよう」
怪盗がどんな人物なのか知りたくて図書室へ向かうと、教師たちが舌打ちしてこそこそ話しはじめる。
「高入だから贔屓されてるんじゃないか?」
「あの性格です、誰かを脅したのでは?」
「おっとそこまで。凶暴な熊に襲われちゃかなわんからな」
私が気に入らないならなんとでも言えばいい。
不正なんてしていないんだから堂々としていよう。
久しぶりに教室に入ると、今度は自分の席が見当たらない。
くすくす嘲笑う声が耳に響いてうんざりだった。
「…悪い。少し遅れる」
スマホで陽向にそう連絡して、物置にされていた机を雑巾ごと綺麗にした。
こんなことをして愉しむ人間が多いのは悲しいが、クラス以外でこういった事態に陥ったことがないのでそれだけはよかったといえる。
…なんとか先生たちにも隠し通せそうだ。
「今日もお疲れ。これ、よかったらもらってくれ。少し早いホワイトデーだ」
「ありがとうございます、憲兵姫!」
「大切に食べます」
中庭にいると、何人かの生徒に声をかけられてしまった。
流石に過去の事件の資料を読み漁るわけにもいかず、相手の背中を見送る。
静かに資料を読めるのは監査室しかない…そう感じた私はすぐに旧校舎へ足を進めた。
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