夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第25章『迷える夜』

第186話

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外に出てみると見知った風景だったから不思議だ。
「…陽向、聞こえるか?」
『先輩!無事でよかったです』
「ごめん。実は八尋さんに助けられてたんだ。事情はこれから説明するから1度会えないか?」
『あ、えっと…』
陽向は少し言いづらそうにしていたが、深刻そうな声で話しはじめた。
『地縛霊だからですかね。ちびが体調を崩して寝こんでるんです』
「そうなのか?」
『治療に必要な器具が揃ってるからって理由で、今は旧校舎の宿直室にいるんです』
「分かった、すぐ行く」
頬の傷の痛みが増してきた。
扉を開けて入ると陽向たちが驚いた様子でこちらを見ている。
「先輩、その怪我どうしたんですか!?」
「今から説明するよ」
八尋さんに助けてもらったこと、彼もまた依頼を受けて動いていたこと、牧師のこと…とにかく話せるだけのことは話した。
「なんか大変だったんですね…」
「そっちはどうなったんだ?」
「まず、先輩と別れて合流した後蔦が首に絡まって骨をへし折られました」
「…つまり1回死んだのか」
陽向は苦笑しながら話を続ける。
「その後も何回か攻撃があったみたいです。避けるのでせいいっぱいだったってちびが言ってました。
先輩のところまで戻ろうとしたけど、変な光が見えたところで学園前に追い出されてたんです」
「八尋さんの浄化の光だな。…もしかして瞬はそれにあてられたのか?」
私の問いかけに先生が苦しげな表情で答える。
「あの場所は学園内に存在しているが学園の外とも言える。地縛霊っていうのは文字どおり場所に縛られている奴のことだ。
…無理矢理教会に入ったのも原因だ。見たところ外傷はなさそうだから、あとは過労だな」
「ごめん。私が手伝ってもらったせいだ」
忘れがちだが、瞬は普通の人間ではなく地縛霊なのだ。
人である限り動けば疲れるし休まず働けば倒れる。
「折原のせいじゃない。軽い風邪も混ざってるし、俺が1番近くにいるのにちゃんと見てやれてなかった」
「いやいや、誰のせいでもないでしょ!強いて言うなら、ちびが具合悪いのを隠していたのも、俺たちが誰も気づけなかったのも悪いです。
とにかく今は教会の噂問題を解決しましょ?こんな辛気くさい顔してたらちびが悲しみますから」
陽向は明るく振る舞いながら、この場にいる全員が前を向けるように気を遣ってくれている。
「そうだな。弱気になってる場合じゃない。先生はそのまま瞬についててくれ。
八尋さんによると明日解決した方がいいらしいから、今日は解散ってことにしよう」
「ですね!先生、ちゃんと寝てくださいね」
「先生たちが手伝ってくれたことを無駄にしない。明日ちゃんとカタをつけるから心配しないでほしい」
「……申し訳ないが今回はその言葉に甘えさせてもらう」
瞬にとって先生が大切なように、先生にとっても瞬は大切だろう。
ふたりをその場に残して監査室へ向かおうとすると、陽向に呼び止められた。
「明日の作戦、今から練っちゃいませんか?」
「私もそう思ってた。けど、一旦帰ってもいいか?穂乃が起きて待ってるかもしれないんだ」
穂乃は最近夜遅くまで勉強している。
受験するからには成績上位で合格したい…妹の熱意には驚いてばかりだ。
「了解です!一旦休んで、朝からビデオ通話しましょう」
「ありがとう。お疲れ」
すぐに自転車を飛ばして帰ると、やはり部屋の明かりはついていた。
「ただいま」
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
穂乃の頭を優しく撫でながら思っていることを率直に伝える。
「勉強したい気持ちも分かるが、それで無理して倒れたら意味ないぞ」
「ごめんなさい…」
「けど、そんななか待っててくれてありがとう」
「お姉ちゃん、あのね…もし合格して、順調に高校生になったら、美術専攻に行ってもいい?」
穂乃は未来を見ている。なりたいものができたのかもしれない。
「勿論。穂乃がやりたいようにやってみてほしい」
「それじゃあ、監査部のメンバーを目指してもいい…?」
「先生がスカウトに来てくれたらいいな。まあ、穂乃のところにならきっとくるだろうけど。監査部と部活の両立は大変だぞ?」
「放送部に入るか、天文部を復活させたい。桜良さんも瞬君もいい人だし、小学校でずっと放送委員だったし…」
「穂乃がやりたいって思ったことなら応援するよ」
穂乃の進路の話を聞きながら、自分がどれだけ空っぽなのか思い知る。
明確な目標があるわけじゃない。…寧ろ人間でいたくないとさえ思う。
疲れて眠ってしまった穂乃をベッドに横たわらせ、その場を離れてビデオ通話の用意をする。
少しでもマシな表情を作るため、道具の手入れを少ししてからすぐ布団にもぐった。
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