夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
196 / 302
第22章『呪いより恐ろしいもの』

第161話

しおりを挟む
「おはよう。ご飯できてるから、」
「お姉ちゃん」
翌朝、珍しく穂乃が引き止めてきた。
「何かあったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
そう言いながら後ろ手に何かを隠しているのが丸見えだ。
「後ろのそれは何だ?」
「あ、えっと…これ、学校で作ったの。ご家族に渡してくださいって。
私が渡したいのはお姉ちゃんしかいないから…いつもありがとう」
生花をスプレーのようなもので固めて綺麗に編まれたリースは、見ているだけで元気になれそうだ。
「私の方こそいつもありがとう。穂乃のおかげで楽しく過ごせてるよ」
自室のプレートの下に釘を打ち、ついていた紐を使ってリースをかける。
「大切にする」
「嬉しいな…」
「ご飯、先に食べててくれ。多分今日も遅くなる。…ごめん」
「いいの。お姉ちゃん、いつも時間作ってくれるから」
いってらっしゃいと手をふる穂乃に無理をしている様子はない。
そこだけは安堵しつつ、いってきますと家を出た。
「…あ、詩乃ちゃん」
校門前で待っていたということは何かあったということだろう。
「おはよう。どうしたんだ、瞬」
「あのね、変な噂の出どころを辿ってたんだけど…これ見て」
瞬が持っていたのは、古い紙の切れ端。
そこに書かれている内容は朝から憂鬱になるものだった。
【学校なんて燃えちゃえ!】
「どこで見つけたんだ?」
「空き教室だよ。部屋から出たらこの紙だけが落ちてたんだ。もしここが燃えちゃったらどうしよう…」
「大丈夫だよ。燃えそうだって分かっているなら、」
話の途中で大きな爆発音がした。
校舎前にいた生徒たちがパニックになりながら走り出す。
その生徒たちを押しのけて逆方向に進むと、職員室付近が燃えていた。
「あ、あ……」
「瞬、先生ならきっと大丈夫だ。今は足元で倒れてる奴を運ぼう」
「そう、だね。うん、そうだ。先生はそんな簡単に死なない。大丈夫、大丈夫…」
瞬は自分を落ち着かせた後、すぐに手を貸してくれた。
足元で血まみれになっている男の顔から火傷の痕と思われるものが消えていく。
「陽向、もうすぐだからな」
人気がない旧校舎の1階まで運ぶと、陽向の体はもうほとんど回復していた。
爆弾にしては小規模だったので、恐らくなんらかの化学反応がおきたのだろう。
「刺激臭はしなかったな」
「何の反応だったんだろう?それに、どうしてひな君が近くにいたのかな?」
「不審物があったから調べてたんだよ。油断した…」
陽向がゆっくり体をおこすと、上から白衣がふってきた。
「着替え、持ってないんだろ。これでも羽織っとけ」
「ありがとうございます」
いつの間に近づいていたのか、先生が階段の上から降りてくる。
先生の姿を確認した瞬はすぐに駆け寄り抱きついた。
「どうした?」
「よかった…全然気配を辿れないから、何かあったんじゃないかと思ってたんだ」
「……悪かった。相手から逃げるのに必要だったんだ。怪我してないか?」
無事だった喜びを分かち合っている間に白衣を羽織った陽向から話を聞くことにする。
「何があったんだ?」
「相手は黒い靄みたいな塊でした。なんか持ってうろうろしてて、生徒に入りこもうとしてたからつい触っちゃったんです。
そしたらいきなり目の前で火花が飛び散る大きな花火みたいなのに酸素をスプレーで吹きつけて…」
「線香の炎を見る実験の巨大版ってことか」
燃えた原理は理解した。
ただ、それが普通の人間にも見えるような威力になったのは問題だ。
思案していると、先生が瞬を撫でながら教えてくれた。
「ひのこさんという噂が流れていたようだ。見るもの全てを恐怖に陥れるような炎を出せるらしいと…。
恋愛電話が被害に遭いかけたらしいから気配を消していたんだが、まさか普通の人間たちにも被害を及ぼすほどになっていたとはな」
「これだけの騒ぎがあったら今日の授業は中止かな…。私としては嬉しいけど」
燃え残った陽向の制服を調べていると、古い紙が貼りついていた。
「…次は音楽室だな」
「え、先輩!?」
まだ完治していない手足を動かしながら音楽室に辿り着く。
【ピアノのレッスンなんて行きたくない】
そう殴り書きされた古いノートの切れ端は先日確認したものと全く同じものだった。
「…勝負だ、具現化ノート」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

生贄少女は九尾の妖狐に愛されて

如月おとめ
恋愛
これはすべてを失った少女が _____を取り戻す物語。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

クラシオン

黒蝶
ライト文芸
「ねえ、知ってる?どこかにある、幸福を招くカフェの話...」 町で流行っているそんな噂を苦笑しながら受け流す男がいた。 「...残念ながら、君たちでは俺の店には来られないよ」 決して誰でも入れるわけではない場所に、今宵やってくるお客様はどんな方なのか。 「ようこそ、『クラシオン』へ」 これは、傷ついた心を優しく包みこむカフェと、謎だらけのマスターの話。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...