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第14章『生死の花嫁』
第101話
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桜良に語りかけているのが最後の生贄である可能性は高い。
彼女の力がなければ村は滅亡していただろう、なんて書かれるほど力が強かったなら誰かに干渉する力もあったはずだ。
「俺が知ってるのは、最後の贄の名前が菘ということだけだ。年は確か、20になるその日だったって説があった」
「成人直後に生きたまま投げられたってことか…」
どうして人間は昔から人でなしばかりなんだろう。
きっと辛かったし、心細かったはずだ。
「自分から志願した理由は何だったんだろう?」
「分からない。もしかすると、大切なものを護る為だったのかもな」
先生のいうとおりかもしれない。
大切なものを護るためなら、自分を犠牲にするのを惜しまない人だった…そう考えれば納得がいく。
「ただ、その夢は早めに解決した方がよさそうだな。万が一それが現実になろうとしてるなら、あの場所から災厄が溢れ出しそうになっているのかもしれない」
「災厄が溢れたらどうなるの?」
瞬の質問に先生は深刻な表情のまま告げた。
「町が壊れる。下手をすれば世界中に災厄の輪が広がっていくだろうな」
「それは困る。今の世界が壊れちゃったら、楽しいことがなくなっちゃう」
「たしかにそれは困るな」
大嫌いだった世界が、今はそんなに悪くない場所になっている。
相変わらず理不尽なことも多いが、できることがあるならなんとかしたい。
「ありがとう。助かったよ」
「…何をするつもりなんだ?」
「ちょっと調べるだけだよ」
間違ったことは言っていない。…正確に伝えていない自覚はあるが、これ以上詳しく話せば心配させてしまう。
一旦家に戻ると、何故か穂乃がお弁当を食べていた。
「おかえりなさい」
「具合悪いのか?」
「ごめんね。そうじゃなくて…今日、お昼までだって忘れてた」
頬を赤らめる妹に癒やされ、頭をわしわし撫でる。
「言ってくれればもう少し豪華な昼食を用意できたのに…時々うっかりで可愛いな」
「お、お姉ちゃんだってお昼までで帰ってきたんじゃないの?」
「午後からバイトと監査部の仕事。その前に少しだけ時間があったから帰ってきただけだよ」
「そうなんだ…」
しょんぼりした穂乃の向かい側に座り、持って帰ってきていた弁当を広げる。
「ご飯を一緒に食べる時間くらいはある」
「本当!?」
「そういう分かりやすい反応をするところも可愛いな」
笑ったら悪いと思いつつ、微笑ましくなって無自覚のうちに笑みが零れる。
「バスの時間は大丈夫?」
「うん。シフト減らしてもらってるし、ちゃんと間に合うように計算してる」
「無理しないでね」
「うん。絶対しない」
これから人の夢に入るつもりなんだ、なんて言えない。
桜良にだけは伝えなければならないが、それを考えるだけで苦しくなる。
「今日も遅くなりそうなんだ。…ごめん」
「私は大丈夫だよ。いってらっしゃい!」
「いってきます」
笑顔で送り出してくれることに感謝しかない。
家から持ってきた数冊の本をリュックに入れ、杖を使ってバスに乗る。
それから楽器屋でのバイトを済ませ、真っ先に放送室へ向かった。
「桜良、いるか?」
「詩乃先輩…今日はありがとうございました」
「私はただ自分ができることをやっただけだよ」
できるだけ普段どおりを装って会話する。
顔色はだいぶよくなったように見えるが、無理させたいわけじゃない。
「…ひとつ、頼みを聞いてほしい」
「私にできることですか?」
「おまえの夢に入らせてほしいんだ」
「どういう意味ですか?」
桜良が不思議がるのも無理はない。
そんなことができるなんて誰も思っていないだろうから。
「実は今日、先生に色々教えてもらったんだ」
「室星先生にですか?」
最後の贄について、教えてもらったことをできるだけ噛み砕いて話す。
それから、家に仕舞ってあった資料を広げた。
「多分このあたりに儀式に使われた井戸みたいなものがあるはずなんだ」
「新築された弓道場のあたりですね…」
「知らないって…視えないって怖いな」
そこまで話したところで夢のことについて話を戻す。
「…夢幻の香炉って知ってるか?」
「今日読んだ本に書いてありました。相手の夢に入れる不思議な香炉で、使い方にはちょっとしたコツがいるんだって」
紫の下地に水色に近い色の蝶が描かれた香炉を桜良の前に置いた。
「これがその夢幻の香炉だ」
彼女の力がなければ村は滅亡していただろう、なんて書かれるほど力が強かったなら誰かに干渉する力もあったはずだ。
「俺が知ってるのは、最後の贄の名前が菘ということだけだ。年は確か、20になるその日だったって説があった」
「成人直後に生きたまま投げられたってことか…」
どうして人間は昔から人でなしばかりなんだろう。
きっと辛かったし、心細かったはずだ。
「自分から志願した理由は何だったんだろう?」
「分からない。もしかすると、大切なものを護る為だったのかもな」
先生のいうとおりかもしれない。
大切なものを護るためなら、自分を犠牲にするのを惜しまない人だった…そう考えれば納得がいく。
「ただ、その夢は早めに解決した方がよさそうだな。万が一それが現実になろうとしてるなら、あの場所から災厄が溢れ出しそうになっているのかもしれない」
「災厄が溢れたらどうなるの?」
瞬の質問に先生は深刻な表情のまま告げた。
「町が壊れる。下手をすれば世界中に災厄の輪が広がっていくだろうな」
「それは困る。今の世界が壊れちゃったら、楽しいことがなくなっちゃう」
「たしかにそれは困るな」
大嫌いだった世界が、今はそんなに悪くない場所になっている。
相変わらず理不尽なことも多いが、できることがあるならなんとかしたい。
「ありがとう。助かったよ」
「…何をするつもりなんだ?」
「ちょっと調べるだけだよ」
間違ったことは言っていない。…正確に伝えていない自覚はあるが、これ以上詳しく話せば心配させてしまう。
一旦家に戻ると、何故か穂乃がお弁当を食べていた。
「おかえりなさい」
「具合悪いのか?」
「ごめんね。そうじゃなくて…今日、お昼までだって忘れてた」
頬を赤らめる妹に癒やされ、頭をわしわし撫でる。
「言ってくれればもう少し豪華な昼食を用意できたのに…時々うっかりで可愛いな」
「お、お姉ちゃんだってお昼までで帰ってきたんじゃないの?」
「午後からバイトと監査部の仕事。その前に少しだけ時間があったから帰ってきただけだよ」
「そうなんだ…」
しょんぼりした穂乃の向かい側に座り、持って帰ってきていた弁当を広げる。
「ご飯を一緒に食べる時間くらいはある」
「本当!?」
「そういう分かりやすい反応をするところも可愛いな」
笑ったら悪いと思いつつ、微笑ましくなって無自覚のうちに笑みが零れる。
「バスの時間は大丈夫?」
「うん。シフト減らしてもらってるし、ちゃんと間に合うように計算してる」
「無理しないでね」
「うん。絶対しない」
これから人の夢に入るつもりなんだ、なんて言えない。
桜良にだけは伝えなければならないが、それを考えるだけで苦しくなる。
「今日も遅くなりそうなんだ。…ごめん」
「私は大丈夫だよ。いってらっしゃい!」
「いってきます」
笑顔で送り出してくれることに感謝しかない。
家から持ってきた数冊の本をリュックに入れ、杖を使ってバスに乗る。
それから楽器屋でのバイトを済ませ、真っ先に放送室へ向かった。
「桜良、いるか?」
「詩乃先輩…今日はありがとうございました」
「私はただ自分ができることをやっただけだよ」
できるだけ普段どおりを装って会話する。
顔色はだいぶよくなったように見えるが、無理させたいわけじゃない。
「…ひとつ、頼みを聞いてほしい」
「私にできることですか?」
「おまえの夢に入らせてほしいんだ」
「どういう意味ですか?」
桜良が不思議がるのも無理はない。
そんなことができるなんて誰も思っていないだろうから。
「実は今日、先生に色々教えてもらったんだ」
「室星先生にですか?」
最後の贄について、教えてもらったことをできるだけ噛み砕いて話す。
それから、家に仕舞ってあった資料を広げた。
「多分このあたりに儀式に使われた井戸みたいなものがあるはずなんだ」
「新築された弓道場のあたりですね…」
「知らないって…視えないって怖いな」
そこまで話したところで夢のことについて話を戻す。
「…夢幻の香炉って知ってるか?」
「今日読んだ本に書いてありました。相手の夢に入れる不思議な香炉で、使い方にはちょっとしたコツがいるんだって」
紫の下地に水色に近い色の蝶が描かれた香炉を桜良の前に置いた。
「これがその夢幻の香炉だ」
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