夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
109 / 302
第12.5章『夜紅救出作戦』

第90.3話『採集』

しおりを挟む
「すみません、俺ちょっと一旦家帰ります。穂乃ちゃんに怪しまれないようにしないといけないので」
陽向は穂乃さんに、『詩乃先輩はしばらく行事ごとで忙しくて帰れない』と伝えたらしい。
先輩のアルバイト先には急で申し訳ないが1週間ほど休ませてほしいと連絡したし、これでしばらくは時間を稼げるだろう。
「詩乃ちゃんって、本当に沢山のお仕事をしているんだね」
「わた、しも…【私も知らなかった】」
話すより書いて伝えた方が早い。
雑貨屋さんに楽器屋さん、猫カフェに喫茶店…そして本屋さん。
これだけのことをやって夜は見回りだってしているなら、一体いつ休んでいるんだろう。
《体調悪くない?》
猫さんに声をかけられて頷くと、くるくる私の周りを歩いた。
《まあ、あの女のところに行くだけなら危ないってことはないと思うわ。
ちゃら男もすぐ帰ってくるから心配いらないわよ》
猫さんなりに励ましてくれて嬉しい。
申し訳ない気持ちもあるけれど、独りじゃないんだと思えた。
「…遅くなった」
「先生、授業はばっちりやったうえでそれも手に入れたの?…早すぎでしょ」
「岡副は外か?」
私が頷いたのを確認して、先生は1枚の紙を渡してくれた。
「これを中庭の妖精に見せればもらえるはずだ」
「【ありがとうございます】」
「礼を言うのは俺の方だ。折原の症状が少し和らいだのは木嶋が何かしたからだろう?」
室星先生は鋭い。たしかに私は詩乃先輩の毒のまわりが遅くなるように、悪夢を見ずに快眠できるように力を使った。
陽向が出てから詩乃先輩の耳元で囁いたから気づかれないと思っていたのに、先生には分かってしまうらしい。
《黄昏時、放送も鳴っているしそろそろね》
猫さんが大きく伸びをしたのとほぼ同時に立ちあがる。
「俺はあっちで調合を途中まで進めておく」
「分かった。ひな君が戻ってきたら僕たちも行ってくるね」
「任せた。…木嶋のこと、しっかり護れ」
《言われなくてもやるわよ》
猫さんは人型になって、私の手をひいてくれた。
「早く済ませて、寝ている馬鹿を起こしましょ」
結月さんなりの心配なんだとすぐ分かって、そのまま中庭に向かう。
その場所で空を見上げる綺麗な女性に駆け寄り、思いきってスケッチブックを見せた。
「【深碧さん、こんばんは。はじめまして、だと思います】」
《この方は、あなたのお友だちですか?》
「そんなところよ。どちらかといえば、夜紅の友人だけどね」
《まあ、夜紅の…》
「【お願いがあってきました】」
初対面の相手に、しかも言葉をほとんど発せない状態で会うのは心苦しかった。
そのうえ、ただ話がしたいわけではなくて頼み事をするなんて失礼なことをしていないだろうか。
《お願いとは、どういったことでしょうか?》
「今、夜紅は毒で動けないの。その解毒剤を作るために必要なものがあるのよ。…紙を見せて」
深碧さんに渡すと、困ったような顔をしてゆっくり話してくれた。
《実は先日、使い果たしてしまいまして…。調合ができる方はいらっしゃいますか?》
「恐らくひとり、できる奴がいるわ」
《それでしたら問題ありませんね。こちらをどうぞ》
「【ありがとうございます】」
いつもより雑な字になってしまったけれど、深碧さんは優しく微笑んだ。
《夜紅に伝えてください。また時間があるときにお話しましょうと》
頷いて一礼して、その場をゆっくり離れる。
「夜道は危ないから手を離さないでね」
結月さんの言葉に、繋いだ手の力を少し強める。
陽向以外の人と関わっていく未来があるとは思っていなかった。
色々な人間ではないものと関わって、それで十分だと思っていた頃が懐かしい。
勿論その頃も楽しかったけれど、詩乃先輩と関わって生活がもっと楽しくなった気がする。
人と関わるのが怖かった私に、先輩は優しく声をかけてくれた。
【悪い奴やどうしようもない奴もいるけど、案外優しい世界が広がってることだってあるんだ。
私も大勢と関わるのは得意じゃないけど、桜良と話すのは楽しいよ。友だちだから】
私の力を知っても、過去を知っても、詩乃先輩は側にいると言ってくれた。
友だちなんてもうできないと思っていたから、とても嬉しかったの。
だから、今度は私が先輩の力になりたい。
あんなに残酷な過去を抱えて生きる先輩を支えるんだ。
そのためには、もうひとつ知らなければならないことがある。
……詩乃先輩、神宮寺義仁って誰ですか?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

生贄少女は九尾の妖狐に愛されて

如月おとめ
恋愛
これはすべてを失った少女が _____を取り戻す物語。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

クラシオン

黒蝶
ライト文芸
「ねえ、知ってる?どこかにある、幸福を招くカフェの話...」 町で流行っているそんな噂を苦笑しながら受け流す男がいた。 「...残念ながら、君たちでは俺の店には来られないよ」 決して誰でも入れるわけではない場所に、今宵やってくるお客様はどんな方なのか。 「ようこそ、『クラシオン』へ」 これは、傷ついた心を優しく包みこむカフェと、謎だらけのマスターの話。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...