夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』

番外篇『小学生の憂鬱』

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「お姉ちゃん、本当に、」
「もう謝らなくていい。他の子どもたちも無事だったし、穂乃のおかげで連れ去りさんは幸せそうに成仏していったんだ」
放送室からの帰り道、穂乃は俯きがちになりながら私の手を握っている。
「…私、お姉ちゃんの邪魔になってない?」
「私は穂乃がいなかったら心が折れてた。ふたりだから今を楽しんで生きられてるんだ。
だから…ありがとう。何があっても、私は穂乃の味方でいるよ」
「お姉ちゃん…」
「今日は帰ったら早めに休んだ方がいい。明日も学校だろ?」
明日は土曜だが、参観日を土曜日にもやってほしいという保護者の要望を叶える形で行われるらしい。
穂乃が帰ってすぐ部屋に入ったところを見て、先生からのメッセージを読み返す。
【ごめんなさい。本当は参観日のときに話をしようと思っていたんだけど、美和ちゃんから話を聞いて後悔したわ。
最近隣のクラスに転校してきた男の子が、随分と乱暴者なんだ。穂乃ちゃんはその子にからかわれていた紗和ちゃんを助けたらしいの。
だけど、問題はその後。誰から聞いたかは知らないけど、親がいないと知られたそうなの。
『親がいないなんておかしい、愛されてないから捨てられたんだ』と言われたそうです。『お姉ちゃんに言わないで』と言われて迷っている場合ではなかったと反省しています。
加害児童には別室登校させているんだけど、他にも被害者がいたようで詳しい調査はこれからです】
先生のメッセージから伝わってきたのは申し訳ないという思いと、小学校教諭としての限界だった。
烏合学園内なら中学生であろうと停学処分が存在するが、小学生は退学や停学にすることもできない。
今の私にできるのは、穂乃にこの話を知っていると分からないようにふるまうこと、そして…
【先生、ごめん。明日ホームルームだけ出て休むかもしれない。妹の参観日なんだ】
【分かった。担任教諭には連絡しておく】
【ありがとう】
ここでも深く聞かずにいてくれる先生には感謝しかない。
授業を休んでいくのは初めてだけど、明日は制服で行こう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
平日に休みがあったから代替で学校があるという嘘を鵜呑みにしたふりをして、そのまま穂乃を見送った。
陽向が放送室に行っているであろう間に、整理し終わった資料を届ける。
その後すぐ小学校へ向かうと、吉川先生が歩いているのを見つけた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ…力に慣れていなくて本当に申し訳ないわ」
「今日の授業内容とか全然知らずに来たんですけど、どんなことをするんですか?」
「感謝の気持ちを伝える作文を発表するんだけど、その…」
「本来であれば保護者に書くもの、とか」
色々な先生たちで決めたのは分かっているけど、精神的なダメージをくらうこともある。
「家族にって話しておけばよかったのに、本当にごめんなさい」
「別に先生が謝る必要ないです。…私は今日、穂乃を見に来ただけですから」
先生はほっとした表情で一礼して教室に入っていく。
目立たないすみの方で見ていると、クラスの子たちが順番に発表しはじめた。
「『僕のお父さんは建築士です。お父さんは──』」
「『私のお母さんは看護師です。時々夜いないこともあるけど──』」
「『私のお母さんは料理が上手です。留守番もふたりでいているから寂しくありません。』」
美和紗和の発表の後、穂乃の順番がきた。
「それじゃあ次、穂乃ちゃん」
「は、はい」
穂乃は深呼吸をして、そのまま読みはじめた。
「『私のお姉ちゃんは世界で1番素敵な人で、私の憧れです。お母さんが病気で死んでしまってからも、毎日朝ご飯とお弁当は絶対に用意してくれます。
ふたりで交代で作っている夕飯を、この前美味しいと言ってくれました。学校の勉強もお仕事も一生懸命頑張るお姉ちゃんは、私の憧れです。
他にもいいところを沢山知っているので、少しでもお姉ちゃんみたいなかっこいい大人になれるよう頑張ります。』」
寂しい思いをさせてばかりいるんじゃないか、恨み言をつらつら書かれていても仕方ない…そんなふうに考えていたのに、憧れだなんて思ってもらえていたなんて知らなかった。
ただただ感動して後ろから穂乃を見つめる。
隣の席の子に話しかけられて嬉しそうに笑う姿を見ていると、とても安心した。
「その作文は、帰ったらご家族に見せてくださいね」
「はい!」
児童たちが元気いっぱい答えたところで授業が終了し、私に気づいた美和紗和のお母さんが声をかけてくれた。
「穂乃ちゃんの作文、素敵だったわ」
「ふたりの作文も素敵でした」
私に気づいた穂乃が驚いた表情でこっちを見ていたので手をふると、恥ずかしそうに目を逸らされてしまった。
ランドセルを揺らして駆け寄ってこようとした穂乃に、見たことがない男子児童が絡んでいく。
「おい、親無し。ぼっちなら一緒に帰ってやるよ」
「私の名前は親無しじゃ、」
「愛想がないから捨てられたんだよ」
けらけら笑う姿に怒りの鉄槌を喰らわせそうになっていると、美和紗和が声をあげた。
「人の家の事情をぐちゃぐちゃ言ったら失礼って、5年生なのに分からないの?」
「そうだよ。どうして穂乃ちゃんに酷いことを言うの?」
わざわざ別教室からここまで来ることは誰も予想してなかっただろう。
…口を挟ませてもらってもいいだろうか。
「おい」
「は、なん──」
今の私の形相は鬼のようになっているだろうか。
或いは死神かもしれない。
「私はその子の家族だ。文句があるなら私に言ってみろ」
「それは、えっと、」
「たしかに私たちには親がいない。母はこの子が小さい頃病気で亡くなったし、父親と呼べる人はいない。
だけど、母は最期までこの子を愛していた。…私の自慢の妹を傷つけるつもりなら容赦しない」
大人の前ではいい子でいたいのか、自分の家庭環境が複雑なのかは分からない。
多少トラブルになったとしても、子どもに言っていいことと悪いことを教えるのが周りにいる少し長く生きた人間の役目だ。
話をしているうちに誰かが教師を呼んできてくれたらしく、問題児はそのまま連れて行かれた。
まだ他の児童が帰っていなかったことにはっとして顔をあげると、何人かが目をきらきらさせて言った。
「穂乃ちゃんのお姉ちゃん、かっこいい!」
「穂乃ちゃんが憧れるのも分かるなあ…」
いいクラスで本当によかった。
吉川先生に謝られて気にしないでほしいと伝え、その場で一礼する。
「お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。私たちはこれで失礼します」
穂乃の手をひいてその場を後にする。
ありがとうと握りかえされた手は温かい。
私はこれからもこのぬくもりを護っていく…それを改めて心に誓ったのだった。
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