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第10章『連続失踪事件』
番外篇『居心地が悪くない場所』
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別にどっちでもよかったのに。
「ほら、猫さんもこっちおいでよ!」
「分かったからそんなに急かさないで頂戴」
ちびっちょいのに駆け寄ると、何故か楽しそうに笑っている。
……そもそもこんなことになったのは、私の軽はずみな発言からだ。
人間たちが賑やかにしているのが気になった。
あの人にもそんな時期があったのかしら、なんて考えてしまったのだ。…本当にらしくない。
《…寂しかったのかしら》
猫形態にも関わらず、こんなふうに言葉が出てしまうなんて思わなかった。
それも、誰かに聞かれているなんて予想していなかったの。
「へえ?恋愛の神様でも祭りに興味を持つんだな」
《別にいいでしょ?》
「…そろそろ人型になったらどうだ?」
不器用教師のに促され、仕方なく人型になる。
「折原妹とはどうだった」
「どうって言われてもね…」
私を見て可愛いと目をきらきらさせる童と弓使いの夜紅が姉妹だなんて、はじめは信じられなかった。
ふたりの印象が正反対で結びつかなかったのだ。
「のびのび元気な印象は持ったわ。居心地の悪さはなかった」
「素直じゃないな」
「あんたにだけは言われたくないわ」
そんなやりとりをして数日、恋愛電話の前にお茶友が立っていた。
「使うの?」
【あなたに用があって来たの】
視えない人間がいる場所を通るなら、猫形態の方がいいかしら?
《どこまで行くの?》
【行けば分かる】
《無理してない?》
【平気。楽しいから】
お茶友はちゃら男の恋人で、最近より親密になったように見える。
筆談をしているのはきっと、この前すごい勢いで噂を広めたからだ。
辿り着いた場所は、いつもと少し雰囲気が違う放送室だった。
「材料、これで足りるか?」
「充分だよ。ありがとう詩乃ちゃん」
「ちび、これは何に使うんだ?」
「ひな君が持ってるのはね…」
いつもは静かなのに、なんだかがやがや騒がしい。
私の姿を見るなり、ちびっちょいのが駆け寄ってきた。
「桜良ちゃん、呼んできてくれてありがとう」
【私は私にできることをしただけ】
人型になってちびっちょいのの腕を掴む。
「一体何をしているの?」
「何って…学園祭もどき?」
「迷惑をかけているんじゃないでしょうね?」
「ここを使わせてほしいってお願いしたんだ。許可が出なかったら、勝手に用意したりしない。
…猫さん、元気なかったから、こういうことをしたら楽しんでもらえるかなって…」
だんだん小さくなっていく声に、ただため息を吐いた。
しょんぼりしている目の前の少年に、どう声をかけるのが正解なのか分からない。
…あの人ならどうしただろう。
【ありがとう結月。結月がいてくれるから、毎日寂しくないわ】
あの人はそう言って、いつも頭を撫でてくれた。
私のためなんて、この子は生きていた頃から何故か大半の人間とは違う反応ばかりで戸惑う。
「別に、嫌とは言ってないわ」
「本当!?」
「まあ…悪くないんじゃない?」
ぱっと明るくなる少年の周りに人が集まりはじめる。
「よかったな瞬」
「いいなあ、俺撫でられたことない…」
【みんな楽しそうでよかった】
今まではあの人さえいればよかった。
それだけ大切だったあの人を失った私の世界は闇夜の中で、もう楽しむことなんてできない。
……そう思っていたはずなのに、この感情は何?
【猫さんも独りなの?…僕もなんだ】
傷だらけだった少年と、少年が大切だった腐れ縁の半怪異。
不死身のちゃら男とおしとやかな人魚姫、何か灰暗いものを抱えていそうな夜紅…。
私の周りの世界は、いつの間にか彩づいていた。
「まったく、本当にあの子のお願いには弱いのね」
「どうしてもと言われればな」
いつの間にか隣に立っている腐れ縁の相手と話す。
「あの子たち、大丈夫かしら?」
「……色々あるのは間違いないが、あいつらなら乗り越えていくと信じている」
「そう」
自分は何もしないような話し方をしてるけど、この男もきっと世話を焼くのだろう。
「猫さん、どれ食べたい?」
「…そっちの、ふわふわのやつ」
「わたがし?これから作るね!」
折角用意してもらえたんだから、今はこの時間を楽しむことにしよう。
今までなら、こんな賑やかな場所を見るとすぐ立ち去っていた。
ただ、まあ…この子たちが相手なら悪くない。
「できたよ」
「ありがとう」
初めて食べるわたあめは、今の時間みたいに甘い。
それぞれで楽しんでいるみたいだったけれど、ひとりだけほろ苦い表情をしている人物がいたのを見逃さなかった。
追いつめられたときのあの人に似ているような気がして、なかなか目が離せない。
……あんたはもっと周りを頼っていいのよ、夜紅。
「ほら、猫さんもこっちおいでよ!」
「分かったからそんなに急かさないで頂戴」
ちびっちょいのに駆け寄ると、何故か楽しそうに笑っている。
……そもそもこんなことになったのは、私の軽はずみな発言からだ。
人間たちが賑やかにしているのが気になった。
あの人にもそんな時期があったのかしら、なんて考えてしまったのだ。…本当にらしくない。
《…寂しかったのかしら》
猫形態にも関わらず、こんなふうに言葉が出てしまうなんて思わなかった。
それも、誰かに聞かれているなんて予想していなかったの。
「へえ?恋愛の神様でも祭りに興味を持つんだな」
《別にいいでしょ?》
「…そろそろ人型になったらどうだ?」
不器用教師のに促され、仕方なく人型になる。
「折原妹とはどうだった」
「どうって言われてもね…」
私を見て可愛いと目をきらきらさせる童と弓使いの夜紅が姉妹だなんて、はじめは信じられなかった。
ふたりの印象が正反対で結びつかなかったのだ。
「のびのび元気な印象は持ったわ。居心地の悪さはなかった」
「素直じゃないな」
「あんたにだけは言われたくないわ」
そんなやりとりをして数日、恋愛電話の前にお茶友が立っていた。
「使うの?」
【あなたに用があって来たの】
視えない人間がいる場所を通るなら、猫形態の方がいいかしら?
《どこまで行くの?》
【行けば分かる】
《無理してない?》
【平気。楽しいから】
お茶友はちゃら男の恋人で、最近より親密になったように見える。
筆談をしているのはきっと、この前すごい勢いで噂を広めたからだ。
辿り着いた場所は、いつもと少し雰囲気が違う放送室だった。
「材料、これで足りるか?」
「充分だよ。ありがとう詩乃ちゃん」
「ちび、これは何に使うんだ?」
「ひな君が持ってるのはね…」
いつもは静かなのに、なんだかがやがや騒がしい。
私の姿を見るなり、ちびっちょいのが駆け寄ってきた。
「桜良ちゃん、呼んできてくれてありがとう」
【私は私にできることをしただけ】
人型になってちびっちょいのの腕を掴む。
「一体何をしているの?」
「何って…学園祭もどき?」
「迷惑をかけているんじゃないでしょうね?」
「ここを使わせてほしいってお願いしたんだ。許可が出なかったら、勝手に用意したりしない。
…猫さん、元気なかったから、こういうことをしたら楽しんでもらえるかなって…」
だんだん小さくなっていく声に、ただため息を吐いた。
しょんぼりしている目の前の少年に、どう声をかけるのが正解なのか分からない。
…あの人ならどうしただろう。
【ありがとう結月。結月がいてくれるから、毎日寂しくないわ】
あの人はそう言って、いつも頭を撫でてくれた。
私のためなんて、この子は生きていた頃から何故か大半の人間とは違う反応ばかりで戸惑う。
「別に、嫌とは言ってないわ」
「本当!?」
「まあ…悪くないんじゃない?」
ぱっと明るくなる少年の周りに人が集まりはじめる。
「よかったな瞬」
「いいなあ、俺撫でられたことない…」
【みんな楽しそうでよかった】
今まではあの人さえいればよかった。
それだけ大切だったあの人を失った私の世界は闇夜の中で、もう楽しむことなんてできない。
……そう思っていたはずなのに、この感情は何?
【猫さんも独りなの?…僕もなんだ】
傷だらけだった少年と、少年が大切だった腐れ縁の半怪異。
不死身のちゃら男とおしとやかな人魚姫、何か灰暗いものを抱えていそうな夜紅…。
私の周りの世界は、いつの間にか彩づいていた。
「まったく、本当にあの子のお願いには弱いのね」
「どうしてもと言われればな」
いつの間にか隣に立っている腐れ縁の相手と話す。
「あの子たち、大丈夫かしら?」
「……色々あるのは間違いないが、あいつらなら乗り越えていくと信じている」
「そう」
自分は何もしないような話し方をしてるけど、この男もきっと世話を焼くのだろう。
「猫さん、どれ食べたい?」
「…そっちの、ふわふわのやつ」
「わたがし?これから作るね!」
折角用意してもらえたんだから、今はこの時間を楽しむことにしよう。
今までなら、こんな賑やかな場所を見るとすぐ立ち去っていた。
ただ、まあ…この子たちが相手なら悪くない。
「できたよ」
「ありがとう」
初めて食べるわたあめは、今の時間みたいに甘い。
それぞれで楽しんでいるみたいだったけれど、ひとりだけほろ苦い表情をしている人物がいたのを見逃さなかった。
追いつめられたときのあの人に似ているような気がして、なかなか目が離せない。
……あんたはもっと周りを頼っていいのよ、夜紅。
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