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閑話『夏の過ごし方』
木嶋 桜良の場合
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定時制の生徒が楽しそうに話している、夜8時の学校。
こんな日でも放送室の手入れは欠かせない。
「桜良!」
「…どうして来たの?」
「今日泊まりに来ないか連絡しても返事なかったからここなんだろうなって…。ひとりでやらせるわけにはいかないし、一緒にいられる時間増えるしいいかなって!」
陽向はいつも太陽のように微笑むけど、どうしてそんなに明るくいられるんだろう。
「…今日はまだ怪我してないのね」
「しないように気をつけてるから大丈夫だよ。詩乃先輩と室星先生が色々倒してくれたみたいだし、しばらくは安心できそう」
「…そう」
本当によかった。
いつも死んでしまうから不安しかなかったけれど、陽向が不死身だと知っても詩乃先輩たちは彼に死を強要しない。
前より少しだけ穏やかに過ごせている気がする。
「桜良、こっちのエフェクターはどこに持っていけばいい?」
「左側の棚」
「了解」
物置同然だったこの部屋もだいぶ片づいてきた。
「少し休憩したい」
「そうだな。そうしよう」
ふたりで歩いていると、後ろから陽向を呼ぶ声が聞こえた。
多分、同じクラスの人だ。
「岡副君、監査部のお仕事?」
「それもあるけど、今は恋人とデート中」
「そっか。邪魔してごめんね」
あまり悪い印象を持たれていないみたいで、一礼すると相手も返してくれた。…あの人はきっと優しい人だと思う。
教室に行かないことが多い私には友人なんていなかった。
それに、この状況で普通の生活が送れるはずがない。
【先生、また倒れました!】
【また木嶋さんのせいらしいよ…】
【怖っ、近づかないでおこう】
私の声は生まれつきこうだった。
今でこそそこそこコントロールできているけれど、小さい頃は意図せず周囲の人たちを傷つけて…だから、家族からもよく思われていない。
それでも、陽向だけは普通に接してくれた。
はじめはただの幼馴染だったのに、今こんな関係になっているのが不思議だ。
「…さっきの人、よかったの?」
「桜良がいるんだからそれでいい」
「私ならひとりで、」
「駄目。この前もそれで倒れたでしょ?それに、たまには恋人らしいこともしたいしね」
「…この前したばかりでしょ?」
毎年行っているお祭りは楽しい。
その日だけは陽向が傷つく可能性がほぼゼロだから、安心して過ごせている。
「そういえば、先輩と連絡とった?」
「話しかけたら、今度美味しいお茶を教えてほしいって言ってくれた」
「そっか」
ふたりで話していると、監査室に電気がついていることに気づく。
「…行かなくていいの?」
「あれ、今日は休みだって聞いてたんだけど…」
顔を見合わせ、監査室の扉に近づいてみる。
中から聞こえてくるのは詩乃先輩の声と、もうひとつ分からないものだった。
「僕、こんななりでしょ?監査部でいていいのか分からなくて…」
「あれか?流行りの男だから強くとか女の子らしくとか、そういうことか?」
「…はい」
「可愛いものが好きな男子がいて何が悪い?というより、好きだと言うのに性別は関係ないだろ?女の子で戦隊ものが好きな子もいれば、男の子でアイドルものが好きな子もいる。
成長したって好きなものは好きだし、そもそも違う価値観を持った目があるからこそ先生は南雲に声をかけたんだと思うよ」
「部長さん…」
監査部の部員の中には定時制の人や通信制の人もいると聞いた。
それなら、もしかすると今中にいるのは定時制の部員なのかもしれない。
「…なあ、そこで聞いてるふたりも説得してくれないか?」
「私たちのこと?」
「やば、ばれた…」
陽向は渋々といった様子で扉を開け、それに続いて私も入る。
「俺も先輩のいうとおりだと思うんだ。違う価値観を押し付ける人より、自分がずっと信じられるものがあった方がかっこいい」
陽向らしい答えだ。
【俺は、他のみんなみたいに桜良の声が違うとは思わない。…ただ、特別綺麗だなって思うだけだよ。
桜良は俺にも優しくしてくれて、誰よりも心があったかい。そういうところも含めて全部好きなんだ】
そんな優しい言葉をかけてくれるあなただったから、一緒にいたいと思っていた。
誰よりも優しい人だから、私もあなたを救いたかったの。
「ふたりのおかけで助かったよ。ありがとう」
「呼んでくれればよかったのに」
「ふたりの邪魔をしたくないんだ。…一緒にいる時間が減るのは嫌だろう?」
詩乃先輩も心が温かい人だと思う。
何かを抱えているようにも見えるけれど、私が踏みこんでいいのか分からない。
だから、今は。
「それじゃあ俺たち、これからデートなんで失礼します」
「ふたりとも楽しんで。お疲れ」
「ありがとうございます」
ふたりでお礼を伝えて外に出る。
今は、ふたりでいられる幸せを噛みしめて、そのときがきたらちゃんと知りたい。
「桜良」
「…うん」
差し出された手を握りながら、陽向の横顔を見つめる。
月明かりに負けないくらいの明るさで、恋人は楽しそうに微笑んでいた。
こんな日でも放送室の手入れは欠かせない。
「桜良!」
「…どうして来たの?」
「今日泊まりに来ないか連絡しても返事なかったからここなんだろうなって…。ひとりでやらせるわけにはいかないし、一緒にいられる時間増えるしいいかなって!」
陽向はいつも太陽のように微笑むけど、どうしてそんなに明るくいられるんだろう。
「…今日はまだ怪我してないのね」
「しないように気をつけてるから大丈夫だよ。詩乃先輩と室星先生が色々倒してくれたみたいだし、しばらくは安心できそう」
「…そう」
本当によかった。
いつも死んでしまうから不安しかなかったけれど、陽向が不死身だと知っても詩乃先輩たちは彼に死を強要しない。
前より少しだけ穏やかに過ごせている気がする。
「桜良、こっちのエフェクターはどこに持っていけばいい?」
「左側の棚」
「了解」
物置同然だったこの部屋もだいぶ片づいてきた。
「少し休憩したい」
「そうだな。そうしよう」
ふたりで歩いていると、後ろから陽向を呼ぶ声が聞こえた。
多分、同じクラスの人だ。
「岡副君、監査部のお仕事?」
「それもあるけど、今は恋人とデート中」
「そっか。邪魔してごめんね」
あまり悪い印象を持たれていないみたいで、一礼すると相手も返してくれた。…あの人はきっと優しい人だと思う。
教室に行かないことが多い私には友人なんていなかった。
それに、この状況で普通の生活が送れるはずがない。
【先生、また倒れました!】
【また木嶋さんのせいらしいよ…】
【怖っ、近づかないでおこう】
私の声は生まれつきこうだった。
今でこそそこそこコントロールできているけれど、小さい頃は意図せず周囲の人たちを傷つけて…だから、家族からもよく思われていない。
それでも、陽向だけは普通に接してくれた。
はじめはただの幼馴染だったのに、今こんな関係になっているのが不思議だ。
「…さっきの人、よかったの?」
「桜良がいるんだからそれでいい」
「私ならひとりで、」
「駄目。この前もそれで倒れたでしょ?それに、たまには恋人らしいこともしたいしね」
「…この前したばかりでしょ?」
毎年行っているお祭りは楽しい。
その日だけは陽向が傷つく可能性がほぼゼロだから、安心して過ごせている。
「そういえば、先輩と連絡とった?」
「話しかけたら、今度美味しいお茶を教えてほしいって言ってくれた」
「そっか」
ふたりで話していると、監査室に電気がついていることに気づく。
「…行かなくていいの?」
「あれ、今日は休みだって聞いてたんだけど…」
顔を見合わせ、監査室の扉に近づいてみる。
中から聞こえてくるのは詩乃先輩の声と、もうひとつ分からないものだった。
「僕、こんななりでしょ?監査部でいていいのか分からなくて…」
「あれか?流行りの男だから強くとか女の子らしくとか、そういうことか?」
「…はい」
「可愛いものが好きな男子がいて何が悪い?というより、好きだと言うのに性別は関係ないだろ?女の子で戦隊ものが好きな子もいれば、男の子でアイドルものが好きな子もいる。
成長したって好きなものは好きだし、そもそも違う価値観を持った目があるからこそ先生は南雲に声をかけたんだと思うよ」
「部長さん…」
監査部の部員の中には定時制の人や通信制の人もいると聞いた。
それなら、もしかすると今中にいるのは定時制の部員なのかもしれない。
「…なあ、そこで聞いてるふたりも説得してくれないか?」
「私たちのこと?」
「やば、ばれた…」
陽向は渋々といった様子で扉を開け、それに続いて私も入る。
「俺も先輩のいうとおりだと思うんだ。違う価値観を押し付ける人より、自分がずっと信じられるものがあった方がかっこいい」
陽向らしい答えだ。
【俺は、他のみんなみたいに桜良の声が違うとは思わない。…ただ、特別綺麗だなって思うだけだよ。
桜良は俺にも優しくしてくれて、誰よりも心があったかい。そういうところも含めて全部好きなんだ】
そんな優しい言葉をかけてくれるあなただったから、一緒にいたいと思っていた。
誰よりも優しい人だから、私もあなたを救いたかったの。
「ふたりのおかけで助かったよ。ありがとう」
「呼んでくれればよかったのに」
「ふたりの邪魔をしたくないんだ。…一緒にいる時間が減るのは嫌だろう?」
詩乃先輩も心が温かい人だと思う。
何かを抱えているようにも見えるけれど、私が踏みこんでいいのか分からない。
だから、今は。
「それじゃあ俺たち、これからデートなんで失礼します」
「ふたりとも楽しんで。お疲れ」
「ありがとうございます」
ふたりでお礼を伝えて外に出る。
今は、ふたりでいられる幸せを噛みしめて、そのときがきたらちゃんと知りたい。
「桜良」
「…うん」
差し出された手を握りながら、陽向の横顔を見つめる。
月明かりに負けないくらいの明るさで、恋人は楽しそうに微笑んでいた。
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