夜紅の憲兵姫

黒蝶

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閑話『夏の過ごし方』

岡副 陽向の場合

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この日をどんなに待ちわびたことか。
待ち合わせ場所には一輪の花が佇んでいる。
「桜良、お待た…」
浴衣姿の恋人が絡まれているのを確認して真っ直ぐ駆け寄ると、首を傾げたままこちらを見ていた、
「私、また無意識にやったのかもしれない」
相手はショックで気絶しているらしく、ぴくりとも動かない。
念の為脈を確認すると、とくんとくんと動いていた。
「生きてるから大丈夫。歩ける?」
「…ええ」
その場を離れようとしたけど、その場に何人かチャラそうな奴等が現れた。
「その子に用があるんだよ」
「悪いけど、俺の恋人に手を出さないでほしいな。…怒ったら止まれないから」
桜良を背中に隠し、両腕を構える。
相手は鉄パイプを持ってるのが何人がいるみたいだけど、そんなことは別に気にする必要もないだろう。
「待ってて。1分で済ませるから」
1分後、宣言どおり全員を拳で沈めて桜良の方を振り返る。
何故か浮かない表情をしている彼女の頭を撫でた。
「…ごめんなさい。気をつけるべきだった」
「いやいや、絡んできた方が悪いんだから謝る必要ないよ。
それに、俺をこの見た目だからって舐めてかかった相手の自業自得だから」
ちゃらちゃらした見た目だから弱く見られがちだけど、こっちは人間じゃないものの相手をしているんだからそんなに弱いはずがない。
「怪我してない?」
「してない」
「それならよかった。どこか行きたい場所ある?」
「…りんご飴が食べたい。あと、輪投げはやってみたい」
「じゃあそれで決まり!ほら、手繋いでないとはぐれるよ」
草履は多分動きづらいだろうから、こうやって支えになった方がいい。
「大丈夫?」
「…うん」
桜良はあんまり人混みが得意じゃない。
賑やかなのが好きなわけでもないし、早く買い物を済ませて定位置へ連れて行きたかった。
「あ…」
輪投げが飛んだ位置から桜良がほしいものを予想して、店員さんに声をかける。
「すみません、1回お願いします」
狙いを定めて投げて3つとも景品にはめた。
「はい、どうぞ!」
「どうして…」
「俺が欲しかったのはシガレットだけだから」
驚いている店主を横目に桜良の手をとって歩き出す。
小さく呟かれたありがとうに胸がきゅんきゅんした。
「やっぱりこの位置からが1番見えるね」
「毎年変わらないからいい」
変わることが怖いのか、変わらなくてもいいものがあるということか。
その言葉の真意は分からなかったけど、腕を掴まれているということは嫌がられていないということだ。
「綺麗…」
「桜良の方が綺麗だけどね」
「どうしてそんなちゃらちゃらしたことを言うの?」
「別にそんなつもりじゃ…」
ああ、なんだ。照れているのか。
「もう少し歩ける?」
「大丈夫」
「…ちょっと失礼」
念の為足元を確認すると、足首が赤く腫れていた。
「い、いきなり何を、」
「捲ったことは謝るよ。けど、この怪我いつから我慢してたの?」
「それは…」
もごもごしている桜良をだっこして連れて行くと、何故か周りから視線が集まった。
面倒なことになる前に帰りたい。
「到着」
「ご家族には挨拶しなくてよかったの?」
「あの人たちは俺が顔をだすと不快みたいだし、桜良とふたりきりの時間を大事にしたいからいい。
この部屋で寝泊まりした方が楽しいからね」
湿布等を用意しながら桜良の質問に答えていると、後ろから弱い力で抱きしめられる。
「今日はやけに積極的だね」
「それは…」
「ごめん、嘘。元気づけようとしてくれてありがとう。俺、やっぱり桜良のこと愛してる」
体の向きを変えて恋人を抱きしめかえす。
柔らかい唇に軽くキスをして、そのままソファーに座らせた。
「てことで、足の処置が終わったらお茶会しようよ!いい茶葉手に入ったし、お菓子も焼き放題。どう?」
「…分かってて言ってるでしょ?」
さっきぬいぐるみを渡したときから気づいていた。
およそ3泊分の着替えが入ったリュックを隣の部屋に置いて、すぐに応急処置をすませる。
ふたりきりのお茶会は、花火が終わってからも続いた。
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