夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第7章『夜回りと百物語』

第48話

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「明日から夜の見回り強化しないとですね…」
「そうだな」
終業式の後、ふたりきりの監査室でそんな話になった。
夜学校に忍びこんで花火をしたり、お菓子パーティーをする生徒が増えるからだ。
それを取り締まるのも監査部の役目ではあるが、部活動の大会が近い現状では私たちふたりでこなすしかない。
…まあ、その方が好都合だが。
「夜仕事の回数、増やせますね!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「そんなの、楽しみだからに決まってるじゃないですか」
陽向は目をきらきらさせて笑っている。
本当はもっと予定を組みたいと思っているんじゃないかと考えていたが、そういうわけではないらしい。
「桜良との予定は組んでないのか?」
「一応組みましたけど、見回りがありそうな日はばっちり避けました」
「そうか。ならいい」
「先輩の方こそ、穂乃ちゃんのことはいいんですか?」
「今日からしばらく家にいないんだ。友だちと一緒にプチ旅行だって…気を遣わせた」
行ってみたいという気持ちがなかったわけじゃないだろうが、私が早く帰らなくていいように考えたのだろう。
「変な事件、起きないといいですね」
「おまえが言うとフラグに聞こえるが、そうならないことを祈ろう」
「はい!」
がらがらと扉が開かれて、先生が通知表をじっと見つめる。
「ふたりとも、今学期もお疲れ。頑張ったな」
「ありがとうございます!」
「まあ、私は満点なんてほとんどないんだけどな」
授業をぎりぎりしか出ていないことに対しての考え方は、教員それぞれで違う。
テストで点さえ取ればいいと考えてくれている先生たちの授業評価は満点だが、大体の評価が1段階低くつけられている。
「先輩、もうちょっと授業行けばオール満点評価も難しくないのに」
「卒業するのに支障が出なければ問題ない」
「即答ですね…」
「ふたりとも、登板表はできたか?」
「できたよ」
後半の見回りは生徒会が請け負ってくれるらしいので、取り敢えず出来上がったものを見せる。
目を通すなり、先生は渋い顔をしていた。
「他のメンバーはどうした?」
「部活が8時までの生徒にコンクールが近い芸術系コースの生徒、家庭事情で夜出てこられない生徒を除いた結果だ。定時制は授業の人たちもいるし、通信制は仕事の人だっているだろ?
それに、私たちはいつも夜回りしているようなものだし慣れてる」
定時制の生徒に迷惑をかけない通路、鉢合わせない時間…それを他のメンバーに覚えろという方が無茶だ。
「早速今夜からはじめましょう!」
「用意しておく」
息を吐く先生の隣で、私たちは作戦会議をはじめた。
そうこうしているうちに残っているのは自分たちだけになる。
「それじゃあ行きますか!」
「そうだな」
「『私も行っていいですか?』」
「スピーカー越しなら歓迎だ」
万が一のことがあれば桜良の安全を保証できない。
にも関わらず一緒に来いとは言いたくなかった。
「今日は特に何もなさそうですね」
「寧ろその方がいいだろう。…ああいう光景を見ていられた方が戦うよりずっといい」
屋上に向かう人影がふたつ見えたが、敢えて追わないことにした。
「そういえば、この前ちびが俺の桜良にちょっかいかけようとしたんです。意外と馴染んでて安心しました」
「仲良くなったんだな」
みんなで天体観測をした夜、瞬は桜良似興味津々だった。
陽向のことを訊かれたらしいが、本人には内緒にしておきたいそうだ。
「夜仕事、最近増えましたよね」
「一時期より減ってきたと思ってたのに、今になって増えたな。…最近特に怪異関連が多かった気がする」
「ですよね。いくら噂が出回りやすい町とはいえ、こんなに短期間で流行るなんて異常ですよね」
疑念が確信に変わるまで、あの男に関してわざわざ話す必要はないだろう。
できればこの手で決着をつけたい問題だし、かなり個人的なものだ。
「先輩?大丈夫ですか?」
「ああ。特に何もなかったな。今夜はこれで解散しよう」
「お疲れ様です!」
放送室へスキップで向かう陽向を見送り、私もそのまま帰路につく。
穂乃がいない家は静かすぎて、ただ無心で短剣を模した木刀を振り続けた。
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