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第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
第10話
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「すみません。札が空きになっていたので、てっきり誰もいないものだと思っていました」
中にいた室星先生に向きなおり、そんな言葉を口にする。
先生と話していたのは昨日ぶつかった生徒だった。
「札、ひっくり返してなかったか…悪い、俺の責任だ」
「いえ。それじゃあ、私たちはこれで」
一礼して扉を閉める。
振り返ると陽向が笑いを堪えていた。
「陽向…」
「先輩、いつもよりすごく丁寧な口調でしたね」
「初対面の相手や相談しに来ている相手にこの口調じゃ、落ち着いて話すどころか怖がらせてしまうだろ?」
「やっぱり優しいんですね」
「特に気にしたことはなかったけど、いつの間にか身についていたことだ」
今日の放課後話す相手はあの生徒かもしれない…そう思うとより一層身が引き締まった。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
授業に集中していなかったからか、時間が経つのはあっという間だった。
急いで監査室に向かうと、面談室の札が入室中になっている。
その扉が開いて、中にいた先生が声をかけてくれた。
「相手にはすりガラスで見えないようになってる。本人の希望だ」
「分かった。それで、私は何を訊けばいい?」
「特に決まりはない。ただ話を聞いているだけでもいい」
先生が緊張していることは分かる。
それなら私にできることをせいいっぱいやろう。
着席して半透明な硝子に話しかけた。
「こんばんは。私は監査部部長です。あなたにとって辛い質問をするので、無理だと思ったらすぐ言ってください。
それから、補足で話したいことがあればなんでも言ってください」
「分かりました」
「それでは、まず名前からお願いします。名乗りたくなければそれでも構いません」
「高等部普通科昼間部1年の、穂村奏多です」
腕を掻くのが癖なのか、先程からずっと触っている。
もし癖ではなかったらそれはそれで深刻な問題だ。
「では穂村さん。あなたが受けてきたことを、ゆっくり話せる範囲で教えてください」
「……僕の家は、普通じゃなくて。それを理由にあることないことネットに書いた人がいたみたいです。
それからずっと、空気みたいな扱いで…。それだけだったらよかったんですけど、無理でした」
話しているだけでも相当辛そうだ。
先生は硝子のすぐ横にいるので表情を確認する。
なんだか先生も辛そうだった。
「ありがとうございました。あなたから聞いた話を決して無駄にはしません」
「こちらこそ、聞いていただいてありがとうございました」
穂村奏多はそれだけ話して部屋を出る。
一瞬見えた背中に、見覚えのある人物が手をあてているのが視えた。
「想像以上だった」
「先生にも予想できないことってあるんだな」
「人の感情っていうのは想像しづらいな」
そうこうしているうちに日が沈み、先生と別れたタイミングで陽向がこちらに駆け寄ってきた。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「先輩、音楽室の噂って何か聞きました?」
「いや。最近は特に噂が流行っている様子はなかったが…何かあったのか?」
「いや、何かあったって訳じゃないんですけど、これからちょっとどうなるか分からないっていうか…」
詳しい話を聞こうとすると、近くを通った生徒たちの口から噂が零れる。
「ねえ、あの話本当かな?」
「夜な夜な楽譜を完成させようとしてるっていう生徒の話?流石に嘘じゃない?」
「だけど、何人か楽譜を見てるんでしょ?無念のうちに死んじゃったって…」
生徒たちが見えなくなってから陽向に尋ねる。
「さっきのあれか?」
「これだけ急速に噂が広がってるけど大丈夫かなって…。でも大丈夫です。俺が、」
「私たちで、だろ?」
「でも、それじゃあ先輩は…」
陽向が話し切る前に即座に言葉をたたみかける。
「個人の案件は後回しだ。…暴走していないようなら、このまま話を聞いて解決しよう。
少なくとも、おまえが心配しているようなことにはならない」
心配して言ってくれているのは分かっている。
それでも、知ってしまった以上無視しておくわけにはいかない。
「なんとか解決できるといいな」
「俺もそう思います」
下校する生徒たちとすれ違いながら、辿り着いた音楽室の扉にふたりで手をかけた。
中にいた室星先生に向きなおり、そんな言葉を口にする。
先生と話していたのは昨日ぶつかった生徒だった。
「札、ひっくり返してなかったか…悪い、俺の責任だ」
「いえ。それじゃあ、私たちはこれで」
一礼して扉を閉める。
振り返ると陽向が笑いを堪えていた。
「陽向…」
「先輩、いつもよりすごく丁寧な口調でしたね」
「初対面の相手や相談しに来ている相手にこの口調じゃ、落ち着いて話すどころか怖がらせてしまうだろ?」
「やっぱり優しいんですね」
「特に気にしたことはなかったけど、いつの間にか身についていたことだ」
今日の放課後話す相手はあの生徒かもしれない…そう思うとより一層身が引き締まった。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
授業に集中していなかったからか、時間が経つのはあっという間だった。
急いで監査室に向かうと、面談室の札が入室中になっている。
その扉が開いて、中にいた先生が声をかけてくれた。
「相手にはすりガラスで見えないようになってる。本人の希望だ」
「分かった。それで、私は何を訊けばいい?」
「特に決まりはない。ただ話を聞いているだけでもいい」
先生が緊張していることは分かる。
それなら私にできることをせいいっぱいやろう。
着席して半透明な硝子に話しかけた。
「こんばんは。私は監査部部長です。あなたにとって辛い質問をするので、無理だと思ったらすぐ言ってください。
それから、補足で話したいことがあればなんでも言ってください」
「分かりました」
「それでは、まず名前からお願いします。名乗りたくなければそれでも構いません」
「高等部普通科昼間部1年の、穂村奏多です」
腕を掻くのが癖なのか、先程からずっと触っている。
もし癖ではなかったらそれはそれで深刻な問題だ。
「では穂村さん。あなたが受けてきたことを、ゆっくり話せる範囲で教えてください」
「……僕の家は、普通じゃなくて。それを理由にあることないことネットに書いた人がいたみたいです。
それからずっと、空気みたいな扱いで…。それだけだったらよかったんですけど、無理でした」
話しているだけでも相当辛そうだ。
先生は硝子のすぐ横にいるので表情を確認する。
なんだか先生も辛そうだった。
「ありがとうございました。あなたから聞いた話を決して無駄にはしません」
「こちらこそ、聞いていただいてありがとうございました」
穂村奏多はそれだけ話して部屋を出る。
一瞬見えた背中に、見覚えのある人物が手をあてているのが視えた。
「想像以上だった」
「先生にも予想できないことってあるんだな」
「人の感情っていうのは想像しづらいな」
そうこうしているうちに日が沈み、先生と別れたタイミングで陽向がこちらに駆け寄ってきた。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「先輩、音楽室の噂って何か聞きました?」
「いや。最近は特に噂が流行っている様子はなかったが…何かあったのか?」
「いや、何かあったって訳じゃないんですけど、これからちょっとどうなるか分からないっていうか…」
詳しい話を聞こうとすると、近くを通った生徒たちの口から噂が零れる。
「ねえ、あの話本当かな?」
「夜な夜な楽譜を完成させようとしてるっていう生徒の話?流石に嘘じゃない?」
「だけど、何人か楽譜を見てるんでしょ?無念のうちに死んじゃったって…」
生徒たちが見えなくなってから陽向に尋ねる。
「さっきのあれか?」
「これだけ急速に噂が広がってるけど大丈夫かなって…。でも大丈夫です。俺が、」
「私たちで、だろ?」
「でも、それじゃあ先輩は…」
陽向が話し切る前に即座に言葉をたたみかける。
「個人の案件は後回しだ。…暴走していないようなら、このまま話を聞いて解決しよう。
少なくとも、おまえが心配しているようなことにはならない」
心配して言ってくれているのは分かっている。
それでも、知ってしまった以上無視しておくわけにはいかない。
「なんとか解決できるといいな」
「俺もそう思います」
下校する生徒たちとすれ違いながら、辿り着いた音楽室の扉にふたりで手をかけた。
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