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36話◆異世界の話は通じない。

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深淵のへさきから邸に帰った僕は、邸には入らずにキラッキラな笑顔で黒猫姿のイワンを胸に抱き、駆け足で愛しの姉様が待つ中庭に向かった。



で、中庭に到着と同時に、姉様の前のテーブルの上に所狭しと隙間が無い程に並べられた菓子の量を見てドン引きし笑顔を凍らせた。



椅子に腰掛けティーカップを手に、困り顔で優しく微笑む姉様。

テーブルの傍に立つ姉様専属侍女のマルタと、マルタの隣に並んで立つ、これまた困り顔のルイ。





「おい……ルイ、何だコレは。

貴様…コレはワザとだろ…。

チマい僕に、たくさん食って大きくなれって…嫌味か?あぁ?」





僕はぷるぷる震えながらルイを睨め付ける。





「チビッコアヴニール様が大きくなる事には賛同致しますが、菓子については面目御座いません…。

購入する菓子を選ぶ際に、考え事をしていましたら店主が気を利かせてくれたようで…。」





「店主のせいにするな!

自分も人の子ですし、みたいにいっちょ前に困り顔なんかするんじゃない!

ツチノコの遠い親戚みたいな存在の癖に!」





「アヴニール様の仰っている意味が分かりません。

なんですか?ツチノコって。」





ルイの言動を卑屈な考えで捉えてしまう僕は、誰にも通じない上に言わなくても良い事まで言ってしまっている様だ。

だが、ルイを見ていると素の僕の攻撃性が止まらない。

アラサー喪女、ナメんな!!





「幻って意味だよ。存在があやふやって事だよ!

お前だって、似たようなモンだろうが!!」





これはやはりヒロインではなくなった今も、前世のヒロインとして魔王を倒さねばならないという僕に与えられた使命感によるものなのだろうか。





「意味が解りかねます。土から出たばかりの幻のキノコですか?

頭を出したばかりの小さいキノコなら、アヴニール様の方が似てるのではないでしょうか。

尻に殻が付いたヒナみたいなモンでしょ。」





アカネちゃんが魔王に転職後のルイを倒す前に、僕が従者のままルイを倒してしまうかも知れない。



なぜならコイツは人類(主に僕)の敵だからだ!





「下僕ぅう!成敗してくれるわ!!」





「ヤレヤレまたですか?

では、ティースプーンでお相手致しましょう。」











父様のローズウッド侯爵より渡された僕の剣と、ルイが持つティースプーンでの剣戟が始まる。



シャルロット姉様は焦る様子も止める様子もなく、微笑みながら紅茶を嗜んでいる。





「アヴニールとルイは、とても仲が良いのね。」





「そうですね、よくお二人で剣の稽古をなさってますわね。」





「ええ、ルイが来てからアヴニールの剣の腕が上がったと、お父様が喜んでらしたわ。

あら、このムース美味しいわ。

たくさんあるから、邸の皆にも配りましょう。」





膝に黒猫イワンを乗せてドピンク色のラズベリームースを食す姉様とマルタが、剣戟を振るう僕達を見て微笑ましいと言っていた事に僕は気が付かなかった。



















「あっあっあぁあ!アヴニール!!

あっ会いたっ……会いたかっ……!」



蝶々姿のイワンだけを連れて、久しぶりに来た深夜の大聖堂。



僕の姿を見たリュースが喜びを口にしようとしているみたいだが、興奮し過ぎて気持ち悪い呪言にしか聞こえない。





隣国の国王陛下であるシーヤの為に身代わりのオーナメント(改)を作ってからは暫く大聖堂に来れていなかった。

リュースとニコラウスに逢ったのは、それよりも前に大聖堂に来た時以来だから一ヶ月以上逢ってなかった。



リュースが感極まって、声を詰まらせハラハラと涙を流す。

同じく感極まって目を潤ませていたニコラウスだが、リュースの感涙と僕の冷めた表情を見て冷静になったようだ。



「リュース、いい加減に泣くのをやめろ。

アヴニールがドン引きしている。」



「ど、ドン引き!?」





ニコラウスとリュースは、僕が二人との会話の中で無遠慮に使用する前前世の単語を理解し、たまに使うようになった。



僕の造語だと思われているこれらの言葉の会話が通じるのは僕たち3人だけだと、3人だけが分かる暗号の様な特別なものに感じているようだ。



アカネちゃんにも通じる事は黙っていよう。





「ただの友・達・と一ヶ月会えなかっただけで二人とも、大袈裟なんだよ。

詳しくは話せないけど、大変な事が色々あってさ。

ここに来る時間を取れなかったんだ。

その色々が終わった後は学園入学の準備をしなくちゃなんなくてさ新しい従者が出来て………

これまた色々ありやがったんだよ………。」





「最初の色々と、最後の色々のニュアンスと話す時の表情が違い過ぎて気になる……が、何か怖くて聞けないな…。」





洞察力に長けたニコラウスは、思い出してしまっただけで苛立ちをあらわにした僕の感情の変化を汲み取ると、説明を求めれば更に苛立ちが増すだろうと察して目を逸らした。



涙をハンカチで拭き終え、落ち着きを取り戻したリュースが真剣な顔をして僕の方を向いた。





「アヴニールの言う「色々」に関わっているかは分かりませんが……

メェム司祭が意識を取り戻さぬまま、移送されました。

何処に移送されたかは父も知らされてはないようです。」





「………そうなんだ。」





そう言えば宰相のマーダレス侯爵様が、シーヤの伯父さんを殺して伯父さんに成り済ましていた唇ベロベロのジジイから邪神や邪神を崇める教団について情報を吐かせる的な事を言っていたもんな。

メェム司祭も意識は無いまんまだけど貴重な情報源だし……



いや、どこに運ばれて、どんな方法でとかは考えないようにしよう。

キャッキャウフフな乙女ゲームの世界で洗脳だとか拷問だとか、そんなの想像したくない。



僕の顔が曇ったのに気付いたニコラウスが手をパンパンと叩いて話を断ち切った。





「メェムの事は、もう俺達がどうこう考えるような話じゃないよ。忘れるべきだ。

後は大人に任せておけばいい。」





「そうですね。せっかく久しぶりにアヴニールに会えたのですし。



アヴニールは一ヶ月ぶりに友達に会えた僕達の態度が大袈裟だと言いましたけど、この一ヶ月僕達も大変だったのですよ。

アヴニールの顔を見れてホッとする位には。」





ニコラウスとリュースが互いの顔を見合わせて頷き合い、二人揃って口を開いた。





「「あのアカネ嬢が、何度も来て!!」」





二人ハモった様に口にした名前を聞いた途端、目眩に見舞われた僕。





リュースから購入した量産型乙女の加護の指輪を持って学園のクリストファー義兄様の所に持って行き、大声で王太子殿下の名前を呼ぶという不敬を働いて学園の警備兵に連行された…とまではグラハムの手紙に書いてあったと姉様に聞いた。



まぁ連行されたとは言っても叱られた位なんだろうけどさ。



で、懲りずにリュースとニコラウスにもアプローチしに大聖堂に通っていたんだ?

いや、学園に行くのに懲りたから大聖堂に通う事にしたのか?



攻略対象の面々に、あからさまに冷たい態度取られているような気がするけど神経図太いな。

少し位は行動が控え目になるとか無いんだな。

遠慮もしなけりゃ反省もしない。



彼女はゲームが始まる前から、ブレる事なく逆ハーレムへの道を邁進し続けている。

ある意味、そのたくましさを尊敬する。





逆ハーレムへの道を邁進するって事は、クリストファー義兄様も攻略する気って事で、という事は姉様の婚約破棄からの国外追放という断罪イベントもヤル気満々って事だよな。

いや、絶対に阻止するけどな。





「………あれ………?」





僕、前世でヒロインだった時に悪役令嬢シャルロットの断罪イベントなんて見たっけ…?





「ヤダなぁ…さすがに9年も経って忘れてしまってる…。

いくら別人みたいなキャラクターだとは言え、姉様が断罪される場面なんて覚えていたくないしな。」





ゲームでは見たな……断罪シーン。



前前世の日本でゲームをプレイしていた時も、前世ヒロインの時と同様にコンプリート目指して頑張りすぎた。

で、逆ハーレムも可能な状態での断罪イベント。



この場合、親密度の高い攻略対象者全員が、悪役令嬢のシャルロットを激しく非難する。



プレイしているゲーム画面に映し出されたスチルなんかを見れば、その光景はまさに「ざまぁ」なんだけれど…



自分の目の前で複数人の男性が一人の少女に強い非難を浴びせる実際の現場を自分の目で見るのは、さすがにキツい気がする。

いくら少女に非があったとしても。



僕だったら絶対に止めちゃう。



でも、そんな記憶が全く無い…

なんで、こんな大きなイベント忘れているんだろう。



何だかモヤモヤして…気持ち悪い………。





















「やっと帰って来たな、アヴニール。」



真夜中の大聖堂から帰った僕が窓から部屋に入ると、薄暗い僕の部屋の椅子にルイが腰掛けていた。



肘掛けに肘を置き、偉そうに長い脚まで組んでやがる。

まさに魔王が玉座に座するが如く。



イラッとするな、イラッと!





「おい、ナニ勝手に留守中の主の部屋に入ってんだよ。

この変態が。どけよ!」





僕は、釈然としない断罪イベントの記憶喪失状態に苛立っていた。

無人の筈の深夜の自室にルイが居た事が苛立ちに拍車を掛け、ルイの胸の前に垂れた一房の長い黒髪を掴んで乱暴に引っ張った。





「さっさと部屋から出て行け!変態!」





「変態と呼ぶからには、変態として行動しても良いという事か?

だったら遠慮はせんぞ。」





ルイの髪を掴む僕の手首がルイに掴まれ、ギリッとねじ上げるように力を込められた。

指先に力が入らなくなり、ルイの髪を掴んでいられなくなった僕の手からハラリとルイの髪が下りる。



痛む手首をルイに強く掴まれたままで、僕はルイを睨め付けた。





「はぁ!?変態としての行動って何だよ!

僕にナニする気なのさ変態!

お前は僕の敵だ!!絶対にぶっ倒してや……。



ぎゃ、ぎゃあああ!!!」





僕の手首を掴んだままのルイが僕の身体をグイッと強く引き寄せ、自分の足の上に向かい合わせに僕を座らせた。

僕はルイの足をまたぐ格好で、椅子の上に膝立ち状態になっている。

半ズボンを履いた僕の内股にはルイの足が挟まれている…なんだ!何かヤラシイ!



そんな状態で、目を細めて薄く唇を開いたルイの顔が近付いて来た。





「アヴニール………。」





「ぎゃあああ!や、やめろ、やめろ変態!やめ……」





━━こんなヤツとファーストキスなんて、ヤダぁ!━━





思わずギュッと目をつむる僕の唇にルイの唇が触れる事は無かった。



かわりに、コツンと額同士が当てられる。



恐る恐る目を開いた僕の顔の前には、額を突き合わせたルイの、薄く開いたピジョンブラッドの様な深紅の瞳があった。



彫りが深く整った、ルイの顔のパーツが間近に見えてしまう。



前世のヒロイン時に、攻略対象者どもを手玉に取ったとは言え、実際にはここまで接近させた事も無かったし……



そんなワケで僕には男性免疫力が無い。



つか攻略対象者どもは、みんな10代の男の子ばかりだしな!

わたしの恋愛対象にはならん!



だから、変態ルイと言えど……

免疫力の無い僕が大人の男の人に、こんな至近距離で………




「る……ルイ……?」





「アヴニールよ……………







          ガキはもう寝ろ。」





「ごブファッッ!!」





突き合わせた額が少し離れたと思った瞬間、突然ゴツっっと思い切りルイに頭突きをされた僕は、おかしな声を上げ、そのまま気を失ってしまった。



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