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30話◆やれば出来る子、イワン。

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僕は父上に抱っこされたまま、玉座の間から出された。



玉座の間付近の廊下は人が近付かない様にと、近衛騎士隊長のゲイムーア伯爵の部下である近衛兵士が見張る様に数人立っているだけで、静かなもんだ。



シーヤが襲撃に遭った事は僕の住むグランディナージア国、シーヤの治めるマライカ国ともに公にはしないらしい。

それはシーヤの命を狙った者が、魔王をも凌駕する邪神を崇拝する教団に関与しているであろうとの事からで、公にすれば人心に恐怖を与え、民の心の平穏を保つ事が出来なくなるからとか何とか。



僕からしたら魔王ってもん自体が、ゲームのラスボスって立ち位置以外の何者やって感じだけどな。

別に誰にも何にも、してないじゃないか。魔王。

そんな存在に怯える?



その何もしてない魔王をも凌駕する邪神?

そもそも魔王のナニを凌駕するんだよ。

恐怖?悪どさ?だって魔王まだ何もしとらんもの。

魔王自体が、どれ位悪い奴かも分からんのに怯えるかなぁ一般民。





「父上。シーヤお兄ちゃんが暗殺され掛けた事を誰にもバレないようにするって事は……。

シーヤお兄ちゃんが、この城に居る事を誰にも知られちゃ駄目って事ですよね?」



「ん…?まぁ、そういう事になるな。」



「だったら僕、口うるさい貴族のオッサン達に見つかる前にシーヤお兄ちゃんをマライカ国に送って来ます。

ビャッと飛んで。」



玉座の間の前の廊下で僕を抱っこしたまま佇む父上が、緩く首を横に振った。



「オッサン……そんな言葉をどこで覚えたんだかな…。

それはともかく、ビャッと飛ぶのは、よろしくない。 

アレは、よほどの事が無い限りは使うのをやめときなさい。

心臓と髪に、とてもよろしくない。」



「確かに、父上もシーヤお兄ちゃんも、台風の後の麦畑みたいに毛根がなぎ倒されてて面白い髪型になってましたけれど。」



シーヤ暗殺を企てたジジイに至っては、後ろ髪を前にもってきてヅラの様に固めていたものが、ブドウの皮の様にチュルンと剥がれてツルッパゲた上に、下唇まで風に流されてベロベロになってしまった。



「それよりアヴニール。

クリストファー王太子殿下より、アヴニールが消える際に、とんでもなく不敬な言葉を口にしたと聞いたのだが。」



いつか絶対に言われるとは思っていたけど、まさか今とは……

まだシーヤ暗殺未遂事件から数時間しか経ってないのに。

そんな緊迫した状況の真っ只中だ。

今はまだお説教するタイミングじゃないんじゃない?



「……そんな事もありましたね。

ですが父上、そんな古い過去の話しはよしましょう。

この先シーヤ国王陛下のお生命をどう守るべきか…

今は、そちらの方を優先すべきかと。」



数時間前の話を古い過去と言い、王太子殿下よりも国王陛下の方がネームバリューの価値が高いだろうと、敢えてシーヤを国王陛下と呼ぶ。



僕がキレて暴言と共に殴りかかろうとしたのだって、クリス義兄様が悪いんだし、結局は義兄様でなくマンティコアをぶん殴ってシーヤ助けてるんだし。

僕の暴言とノックアウト未遂なんて、暗殺を未然に塞いだのに比べたら些細な事だよ。

結果オーライでしょ。



「今後については両国王陛下と、その側に仕える方々でお決めになる。

子どものアヴニールが口を出す事ではない。

……こんな状況で子どもらしからぬ腹の据わった砕けた物言いをする、お前にそう、言うのも何だがな。」



父上は暴言について、今更不敬だの何だと責める気は無い様だ。

まぁ、説教された所でアレに関しては絶対に反省などせん。

悪いのは、あのバカ王子だ。



「シーヤ国王陛下をよくぞ守ってくれた。

私も命を賭して、シーヤ国王陛下の無事を約束した手前、寿命が縮まる思いをしていたよ。

聞く所によると、今後はイワンも陛下を守護するのであろう?」



「守護って…ははは、大袈裟な言い方ですよね。」



父上は、僕の頭に留まる黒いアゲハ蝶のイワンに訊ねる様に声を掛けた。

イワンは、父上の言葉に返事をして頷くように数回、パタパタと羽根を羽ばたかせた。



正直な所、イワンが本当にシーヤを守れるのか…僕はまだ不安だ。

て言うか…細い鎖状態のイワンに出来る事なんて、そう無い筈だ。



「人間の刺客などからシーヤ国王陛下を守るのは近衛兵士などの役目だ。

マライカ国の兵士は優秀だから、その辺はイワンに頼らなくて良いと思う。

心配なのは強暴な魔物を使われる事だ。

マライカ国の者は、魔法を使える者が少ない。

だから結界を張ったり防御力を上げたりと陛下を守る事も、物理攻撃の効きにくい魔物を倒す事も難しいのだ。」



「まぁ魔獣系の魔物は本能に準ずる生き物ですし、自分を喚び出した人間よりも強い魔力を感じれば、戦いを避けて逃走するかもですが……」



だからこそ、もっかい思うし心で叫ぶけど、イワンお前本当にナニモノなんだよ。

岩のりじゃん。ブルーベリージャムじゃん。黒スライムじゃん。

何で、そんなゴツい魔物を威圧するような魔力持ってんだよ。

いや良く考えたら森の魔物を散らせただけで、実際まだマンティコアやアジ・ダハーカ級の魔物を圧倒出来るかは見てないよな。


「父上…イワンは、自分をやれば出来る子だと思い込んでいるだけの、やっても出来ない子かも知れません。

どうしましょう。」



「イワンは体積も質量も変幻自在で分離も可能、正体は明らかではないが、これだけハッキリと人と意思の疎通が出来る上に、お前の事を気に入っている。

どんな魔物であろうと、そこらの魔物では太刀打ち出来ない程の知能と魔力を秘めていると思えるのだが…。」



そうなんだろうか?

まぁ…確かに僕相手にはともかく、イワンが人に敵意を持って攻撃したら中々に厄介な気はする。

物理攻撃は効かないし、弱点らしい弱点も分からないし。



「ローズウッド殿。」



玉座の間の扉が少し開かれ、中からこの国の宰相であるマーダレス侯爵が顔を出して父上に話し掛けて来た。



「国王暗殺を企てた者など即刻処刑となって当然なのだが…

邪神教の信徒である、あの老人からはなるだけ多くの情報を引き出さなくてはならない。

…これは最早マライカ国だけの話ではない。」



「では、あの老人は生かしたままで情報を……」



だからぁ……一応は幼い子どもである僕の前で、そんな血生臭い話をしないでよ。

多分、僕のポテンシャルを知ってしまってる父上や、グランディナージア国王陛下の側近さん達の前では、今更なんだろうけどさぁ。



「シーヤ国王陛下はマライカに帰った事になっている。

この国の者でシーヤ国王陛下が今グランディナージアにいらっしゃる事を知る者は僅かだ。

ローズウッド殿もアヴニール君も、他言しない様に。」



10日以上前にグランディナージアを発ったシーヤがこの国に居るのは、僕がさっきビャッと連れて来ちゃったからだしね。

他言するワケ無いし。

僕の力だって、本当は隠しておきたいんだから。



「父上、もう帰っていいですか?寝不足なんです…僕…。

シーヤお兄ちゃんにはイワンもついてるし、このお城は魔法防御力も高いし…そうそう、シーヤお兄ちゃんが危ない目に遭う事は無いかと。」



「ああ、分かった。私はもうしばらく城に居るが……

アヴニール、ローズウッド侯爵領を見てから帰ると良いだろう。

2時間ほど。」



抱っこしていた僕を廊下に下ろした父上が意味不明な事を言った。

寝不足だって言ってんのに、なんで2時間も時間潰せと雑用を言い付けてんだよ。

早く休みたい僕は思い切り腑に落ちない顔をした。

隣で父上と僕のやり取りを見ていた宰相のマーダレス侯爵がポンと手を叩く。



「ああ、王太子殿下がまだローズウッド侯爵邸から帰ってないな。

あと数時間で、学園に戻る為に城に帰らなきゃならんが。

……君を待っているのかもな……。」



「父上!ローズウッド侯爵領のパトロールに行ってきます!

ビャッとね!!」



それを聞いたら、もう迷う事なんか無いよね!!

義兄様の顔見たら、またグーパンしたくなるかもだし!

だから、会わない!







玉座の間前の廊下の窓から、僕はビャッと飛び出した。



優秀な魔法使いであれば飛空魔法を使えないワケではないし、ニコラウスだって使える。

この城に居る魔導師にも飛空魔法を使える者は居るのだし、決して珍しくは無いのだが。

飛び出す瞬間、マーダレス宰相が「何だそれ」とでも言いたげな表情をしたのを見てしまったんだけど。

何か……変?







「ローズウッド殿。

アヴニール君が神の啓示を受けたゆえか、人の枠を越えた力や能力を持つとは聞いていたが……

人格も、我々の知る貴族の子息の枠を越えてないか?」



「……何だかもう、色んな事が今更過ぎて……追及する気も起きません。

アヴニールは別人になったワケではなく、アヴニールのままですし。

……いいんですよ。もう。」









そんな会話がなされた事を知らない僕は、クリストファー義兄様が邸から帰るまでの時間潰しとして、夕暮れが近付いて来たローズウッド侯爵領まで飛んで来た。



ローズウッド侯爵領は国境に位置するが、その国境の向こう側はマライカ国ではない別の国だ。

その国とグランディナージアの間には大小様々な山が連なっており、その中央に一際目を引く高い山がある。

その頂上から東西に線を引き国境とし、南側がグランディナージア国、北側が隣国となる。

国境の最北に位置し、北の隣国から攻め入られた場合の防御線となるのがローズウッド侯爵領だ。





だが、実際には………



その連なる山々を人の足で征くのは無謀に等しい。

隣国の者もグランディナージアの者も、それぞれの国側の山裾の森には入っても、山々を踏破する事は出来ない。





この連なる山々の一帯は『深淵』と呼ばれている。




昔の人々は魔王が棲むとされた『魔界』の呼び名を忌避し、魔王の棲む場所を『深淵』と呼び始めた。

その呼び名は今も残り、魔王の存在が希薄になった人々の間でも『深淵』は凶悪な魔物が跋扈する危険な場所だと認識されている。



冒険者からの申請を受け入る事を許可している『深淵のへさき』とは全くの別物だと。





『深淵』は僕が良く暇潰しに魔物を駆除しに行くローズウッド侯爵領の『宵闇の森』の奥深くと繋がっている。

だが、『深淵』には、僕もまだ入った事が無い。



今になって思えば、前世で魔王を倒しに行っていたら、その『深淵』とやらに入って行っていたのかも知れない。

その前に今の僕に転生させられちゃったし。





僕が森の中に降り立つ頃には、空には大きく丸い月が出ており、辺りは暗くなっていた。



「そう言えば、イワンと会ったのはココだったよね。

バカ義兄様と従者のシグレンと一緒に魔物を討伐に来て……。」





黒いアゲハ蝶の姿で僕の周りをヒラヒラと飛んでいたイワンが、シュルンと地面に降り立ち、巨大な黒猫……。



「グルルルル!!!」



いや、黒ヒョウの姿になった。

そして、イワンが月に向かって威嚇の姿勢を取る。



初めて見るイワンの黒ヒョウの姿、そして今まで声が出せるなんて思いもしなかったイワンの唸り声を聞き驚く。

しかも唸り声をあげての威嚇なんて、そんな激しい感情を見せられたのは初めてで、少しパニクってしまった。





「へ?え?い、イワン?……声出せんの!?

な、ど、どうしたの?つか、どうゆーコト?

つか何のイベント始まったんだ!!これ!!」





僕は月に向かって唸り声をあげ威嚇し続ける黒ヒョウのイワンと、空の月とを交互に見る。



僕が月を見続けていると、白い円の中に黒い影が現れた。

それは小さいのか、遠いのか、まだ小指程の大きさの黒い物体だ。

その黒い物体の左右に、黒い線が生えた。

横棒の長い十字架みたいだなと凝視していると……





その横棒が大きな黒い翼であるのだと知った。





何かワケの分からんモンが羽ばたきながら近付いて来ている!

アレも、イワン同様に僕の図鑑に載ってないやつ!

知らんわ、あんな黒くて大きな翼を持った…………







長髪、黒髪のイケメンなんて!!!





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