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29話◆謎の物体、謎の魔物、それは謎のイケメン?
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僕は、シーヤと公爵に成りすましていたジジイを連れてグランディナージアへ行く途中で、シーヤ国王陛下ご一行様が襲撃を受けた現場に立ち寄った。
「へ、陛下!それとアヴニール君も!」
年老いた宰相が現地に降り立った僕らの元に駆け寄る。
いきなり現れた僕がマンティコアをワンパンで倒し、一人でキレてシーヤと襲撃犯を連れて飛び去ったので、現場に置き去りにされた皆はどうして良いか分からずに、その場に待機せざるを得なくなってしまっていた。
「心配しておりましたぞ陛下!
いきなり公爵様の執事を連れて飛び去って…一体どうなったのです?
……なんですかな?この下唇がベロンとめくれた老人は。」
「……その者は……余の伯父上を……。」
言い澱むシーヤと、拘束されたままのジジイを宰相や警護の兵士達の前に置き、僕は襲撃を受けた際の怪我人達の元へ走った。
「ごめんね、放置しちゃって!
怪我人は治癒しとくから、準備が出来たら皆はマライカの城に向かって!」
やがて、怪我人にヒールを掛けて走り回る僕の後ろで激しい怒号が聞こえ始めた。
「公爵様を殺しただと!?」
「この痴れ者がぁ!」
「公爵様を殺した上にシーヤ陛下まで手に掛けようとしたのか!
貴様、殺してやる!」
シーヤが皆に、公爵邸で見てきた、聞いてきた事を話したのだろう。
ジジイに殴りかかろうとする者、斬り掛かろうとする者も居るようだが、ジジイには傷をつけられないようバリアを張ってある。
大事な情報源を、むざむざと瀕死にされるわけにはいかない。
ジジイは兵士達の攻撃が自分に届かないのを知り、息巻いている。
「ハハハハ!儂が捕らえられたとして、また別の者がシーヤを殺しに来る!誰が敵か味方かも分からず怯えて過ごすがいい!」
離れた場所でジジイの話を聞いていた僕は、表情を曇らせた。
シーヤの周りには優秀な兵士が多く居る。
人間の暗殺者が相手であれば、後れを取る事などそうはないハズだ。
だけど今回の様に、強大な魔物を使役出来る刺客がシーヤに向けて放たれたら……シーヤ達には分が悪い。
シーヤの国には魔法を使える者が少ない。
物理攻撃のみで強大な魔物に立ち向かうのは、苦戦を強いられる。
「あの、得体の知れないガキだって、四六時中シーヤの側に居られる訳じゃないだろうしな!」
うん。そうなんだよ…。
今回みたいに『身代わりのオーナメント(改)』を渡しといて、また襲撃があったら転移して来るってのも、僕自身への負担が大きい。
「彼が居なくとも…余は、お前らの様な悪逆非道な者どもには決して屈する事は無い!
愛する我が国マライカを、お前らには絶対に渡さん!」
シーヤが国王様として、立派に啖呵を切っている。
公爵が死んでいる事がバレた今、マライカ王国を乗っ取るにはシーヤになるしかない。
誰にも知られずにシーヤを殺し、シーヤの顔の皮を剥がして魔法を使い、誰も気付かぬ内にシーヤに成り代わる……。
そんなの、僕が絶対に許さないから。
この世界はキャッキャウフフで、ヒロインが何とか出来る筈の世界だ。
ヒロインが知らない場所で、そんな凄惨な犯罪が行われているなんて許せない。許したくない。
「ジジイ、お前らが邪神とやらを崇める狂信者だと、もう分かったよ。
だからジジイには、その邪神について知ってる事を洗いざらい話して貰う。
そしたら僕がお前らなんか絶対にぶっ潰すから。」
僕はジジイの胸ぐらを掴んで顔を近くに寄せた。
先ほどまで、ジジイに危害を加えようとしていた兵士達が後ずさって僕から距離をあけた。
貴族のお坊ちゃまの僕が、ジジイ、ジジイと口の悪い物言いをしたからドン引きされたのかな……。
「アヴニール。気を鎮めてくれ…。俺は大丈夫だから。
俺の為に、アヴニールがそんな顔をするのを見たくない。」
「……え?」
ジジイの胸ぐらを掴んでいた僕を正面から抱き締めたシーヤは、なだめてあやす様に何度も僕の頭や背中を撫でた。
僕は一体…どんな表情をしていたのだろう。
マライカ王国の屈強な兵士達をおののかせる程の…?
「大丈夫って…?何で大丈夫だって言えるの!?
シーヤの暗殺を企てた、公爵を捕まえれば済むと思ってた!
でも公爵は死んでて、公爵を殺したこのジジイですら首謀者ではなく!
別の誰かがシーヤを狙うとかほざくじゃん!
そいつらを元から潰さないとシーヤがまた危ない目に遭うじゃん!」
僕はシーヤに抱き締められながらもジジイの胸ぐらを離さなかった。
シーヤの優しい言葉に、落ち着くどころか逆に感情が昂ぶる。
こんな優しい若者を殺すと言う!
僕は感情のままに身体を大きく動かし、その度に胸ぐらを掴んだジジイを引っ張り回して首を締め上げた。
それは激しい怒りであり、悲痛な叫びにも似た感情だった。
「だからっ僕が…シーヤを…側に居てずっと……守って…」
マライカ王国のシーヤの側近達は、僕が自分を犠牲にして口に出した選択肢に一瞬だけ明るい顔をしたが、シーヤは首を振った。
「それは俺が断る。
アヴニールはマライカ国の者ではなく、俺の従者でもない。
アヴニールには、先ほど話していた姉上の幸せを見届けるというアヴニールの描いた未来があるのだろう?
守らせる理由だけで、俺の側に縛り付けるわけにはいかん。」
シーヤが僕を自分に縛り付けない為の優しさは、また命を狙われる覚悟をシーヤにさせる事になる。
こんな若い男の子に、命を狙われる覚悟をさせるってナニ?
もうじき成人式です位の年の子に、あんな怖い思いをまたさせるの!
25歳以上に歳を食っちまった、お姉さんのわたしが!!
「何で、何も悪くないシーヤが死ぬ覚悟をしなきゃならないんだよ!
ふざけんなよ!
僕は、姉様もシーヤも!家族も友達も!
僕の好きなヒト、皆が幸せにならなきゃヤなんだ!」
キレた拍子に、ボタボタと涙がこぼれた。
僕は自分が強いから、何が起きても対処出来るし負けないと思っていたのに。
こんなにも現実はままならない。
悔しいのか悲しいのか分からない。
とめどなく溢れる涙を、僕を抱き締めるシーヤの肩に吸わせた。
「ハハハハ!シーヤよ、いつ誰の手によって、どんな風に死ぬか分からぬ恐怖に怯えるがいい!
どんな屈強な兵士に守らせようが、魔物に対抗しうる手段の少ないマライカ兵など魔物をけしかければ即、魔物の餌食に……!」
胸ぐらを掴んだジジイの言葉に、瞬間的に怒りが頂点に到達した。
「ッジジイ…!!黙れ!!」
激昂した僕の感情に触発されたように、ジジイの身体に黒いガムテープ状で巻き付いていたイワンが一部を分離させ、黒い蝶となり飛んだ。
ヒラヒラと飛ぶ蝶を、僕達は目で追いかける。
やがて黒いアゲハ蝶はシーヤの肩にとまると、細い鎖に変化して一瞬でクルンとシーヤの手首に巻き付いた。
突然の事で、一瞬何が起きたか分からなかった。
鎖に変化しシーヤに巻き付いた時、僕はイワンが唐突にシーヤに危害を加えようとしたのだと思った。
「えっ…!?」
「イワン…!シーヤに何をする…!」
自身の手首を見て驚くシーヤを中心に、放射状に森の中からザザザっと慌ただしく生物の気配が去って行く。
それは森に棲む魔物達も例外では無く、獲物のスキを狙う様にこちら側をうかがっていた、魔物特有のドロッとした舐める様な暗い気配が、シーヤを恐れる様にこの場から離れて行った。
「…我々の周りから、全ての魔物の気配が無くなった…?」
兵士の一人が呟いた。
だが、正確には全ての魔物の気配が無くなったのではない。
たったひとつ━━
何よりも大きな魔物の気配が僕達の居る場所に残っている。
シーヤの腕に巻き付いた鎖……ジジイの身体を拘束した本体から分離したイワンの僅かな一部が、威圧にも似た魔物特有の強い魔力を放っている。
その存在感が余りに大き過ぎて、森の魔物程度では側に居る事も苦痛なのか、蜘蛛の子を散らすように僕達の近くから去ってしまった。
シーヤが自身の腕に巻かれた、生物の様に蠢く鎖を見て呟く。
「これは…この細い鎖が…魔物を追い払ったのか?」
「な…に?イワン…もしかして……
イワンが僕の代わりにシーヤを守ってくれるの…?」
えー…?…僕は何を言っているんだろう。
いくらイワンが意思の疎通が可能な魔物だからと言って、つるりとヌルリな黒スライムだよ?岩のりだよ?
マンティコアやアジ・ダハーカ級の魔物を退ける程そんな強いワケ無いじゃん。
それに魔物は所詮魔物だ。
主には従順でも、魔物が僕の気持ちを汲んでくれたみたいに見えても…
僕の居ない場所でも、主人でもない人間を守るとか……
有り得ないよ。そんなの。
僕を緩く抱き締めていたシーヤの手首に巻き付いた鎖が、チャラっと音を立てクンと蛇みたいに伸び、涙を拭う様に僕の頬に擦り寄った。
僕の言葉を肯定するかのように。
「あ、有り得るハズが無い!そんな得体の知れない矮小な魔物が、こんな大きな気を発するものか!」
魔力の大きさを肌で感じる事が出来るのか、ジジイは拘束された状態でぎゃあぎゃあ喚き散らした。
僕自身も理解が及ばない。
イワン………お前、本当に何者?
時間を置いて、少し落ち着いた僕はシーヤとジジイを連れてグランディナージアの城に向かった。
グランディナージア国王陛下の玉座の間に、空から直で行ったのだが空から入れる様に窓が開けられていた。
玉座の間には国王陛下と側近の方々と共に父上もおり、僕達が現れた事にもさほど驚いてはなかった。
父上は僕がローズウッド侯爵邸の中庭で突然、消えた事をクリストファー義兄様と姉様に聞いたのだろう。
こうなる事を予測して城に来たようだ。
「アヴニール、マライカ国王陛下の御身を護ったのだな。でかした!」
グランディナージア国王陛下が、僕に声を掛けた。
国王陛下より、労いの言葉を頂いたならば膝をつき頭を下げるべきなのだろうけど、僕はもう…それどころじゃなくて━━
「守ったって言ってもですねぇ!このジジイの所属している秘密結社だか悪の組織だかが無くならないと、また狙うっつーてるんですよ!
コイツら人でなしだから、殺した人の顔を使って魔法で、その人に成りすますんですよ!
サッサとぶっ潰しとかないと、僕がムカつくんですけど!!」
床に膝をついたジジイの胸ぐらを両手で掴んで、ガクガク揺らしながらキレ気味に言う。
もう、国王陛下の前だからって不敬もクソもあるか!
だってシーヤだけじゃなく、グランディナージア国王陛下だって同じ目に遭うかも知れないじゃん!
「この、アホンダラどもがグランディナージア国王陛下に成り代わる為に、身内からとか言ってクリストファー義兄様を狙ったらどうすんですか!
義兄様が殺されたらどうするんですか!
ソイツが、義兄様のフリしてシャルロット姉様にやらしく触れたらどうするんですか!!
生皮剥ぐ位じゃ、おさまらんぞ!オイ!」
僕は父上の大きな手で、一回口を塞がれてからジジイの胸ぐらから手を放すよう手の平を開かされ、そのまま父上の腕に抱っこされてしまった。
「落ち着きなさいアヴニール。両陛下の御前だぞ。」
……分かってます。あの口の悪さは本来のわたしだわね。
確かに大人気なかったけど……綺麗ごとで済ませらんないから。
それに、今はお子ちゃまなので多少の無礼は目をつむって頂きたく━━
僕は父上に抱っこされたまま、ススススーと国王陛下の前から後ろに下げられてしまった。
玉座の前には両国王陛下と、グランディナージアの中枢を担う側近達、そしてジジイが居る。
興奮し過ぎて感情のままに話す僕よりも、シーヤがちゃんと事の次第を順を追って説明しているようだ。
……僕の中身の方が年齢的には大人なハズなのに……シーヤが立派な大人に見えてしまうのが何か悔しい。
あ、よく見たらリュースの父であるシェンカー大司教様も居る。
皆はジジイの身柄について、今後どう扱うべきかを話している様だ。
邪神について、僕もジジイから色々聞き出そうとは思ったけど…
よく考えたら、どうやって聞き出したら良いか分からない。
拷問?尋問?僕には無理そう。
自白剤とか、白状しちゃう魔法とか、あったとしても僕には知りたくない情報だ。
このキャッキャウフフの世界では。
「……イワン?」
父上の腕に抱っこされている僕の手に、黒いアゲハ蝶がとまる。
ジジイの身体は、グランディナージアの兵士によって魔力封じの鎖で拘束されていた。
黒いガムテープから解放されたイワンは蝶になって僕のもとに来たけど、イワンの一部は細い鎖となったままシーヤの腕にブレスレットの様に巻かれている。
僕はクリアこそ、してないけど前世でこの世界の魔物を全て倒し、図鑑を埋め尽くした。
知らない魔物など、居ないはずなんだ。
なのにイワンが何なのか、全く分からない。
未知の魔物だとしても、これだけ僕に従順で、しかも僕の気持ちを察してくれて…
僕の為に身を割いてまで動いてくれて、僕の涙を拭って慰めてくれる……?
いや、ナニ!!そのイケメンぶり!どんな魔物だ!それ!
「へ、陛下!それとアヴニール君も!」
年老いた宰相が現地に降り立った僕らの元に駆け寄る。
いきなり現れた僕がマンティコアをワンパンで倒し、一人でキレてシーヤと襲撃犯を連れて飛び去ったので、現場に置き去りにされた皆はどうして良いか分からずに、その場に待機せざるを得なくなってしまっていた。
「心配しておりましたぞ陛下!
いきなり公爵様の執事を連れて飛び去って…一体どうなったのです?
……なんですかな?この下唇がベロンとめくれた老人は。」
「……その者は……余の伯父上を……。」
言い澱むシーヤと、拘束されたままのジジイを宰相や警護の兵士達の前に置き、僕は襲撃を受けた際の怪我人達の元へ走った。
「ごめんね、放置しちゃって!
怪我人は治癒しとくから、準備が出来たら皆はマライカの城に向かって!」
やがて、怪我人にヒールを掛けて走り回る僕の後ろで激しい怒号が聞こえ始めた。
「公爵様を殺しただと!?」
「この痴れ者がぁ!」
「公爵様を殺した上にシーヤ陛下まで手に掛けようとしたのか!
貴様、殺してやる!」
シーヤが皆に、公爵邸で見てきた、聞いてきた事を話したのだろう。
ジジイに殴りかかろうとする者、斬り掛かろうとする者も居るようだが、ジジイには傷をつけられないようバリアを張ってある。
大事な情報源を、むざむざと瀕死にされるわけにはいかない。
ジジイは兵士達の攻撃が自分に届かないのを知り、息巻いている。
「ハハハハ!儂が捕らえられたとして、また別の者がシーヤを殺しに来る!誰が敵か味方かも分からず怯えて過ごすがいい!」
離れた場所でジジイの話を聞いていた僕は、表情を曇らせた。
シーヤの周りには優秀な兵士が多く居る。
人間の暗殺者が相手であれば、後れを取る事などそうはないハズだ。
だけど今回の様に、強大な魔物を使役出来る刺客がシーヤに向けて放たれたら……シーヤ達には分が悪い。
シーヤの国には魔法を使える者が少ない。
物理攻撃のみで強大な魔物に立ち向かうのは、苦戦を強いられる。
「あの、得体の知れないガキだって、四六時中シーヤの側に居られる訳じゃないだろうしな!」
うん。そうなんだよ…。
今回みたいに『身代わりのオーナメント(改)』を渡しといて、また襲撃があったら転移して来るってのも、僕自身への負担が大きい。
「彼が居なくとも…余は、お前らの様な悪逆非道な者どもには決して屈する事は無い!
愛する我が国マライカを、お前らには絶対に渡さん!」
シーヤが国王様として、立派に啖呵を切っている。
公爵が死んでいる事がバレた今、マライカ王国を乗っ取るにはシーヤになるしかない。
誰にも知られずにシーヤを殺し、シーヤの顔の皮を剥がして魔法を使い、誰も気付かぬ内にシーヤに成り代わる……。
そんなの、僕が絶対に許さないから。
この世界はキャッキャウフフで、ヒロインが何とか出来る筈の世界だ。
ヒロインが知らない場所で、そんな凄惨な犯罪が行われているなんて許せない。許したくない。
「ジジイ、お前らが邪神とやらを崇める狂信者だと、もう分かったよ。
だからジジイには、その邪神について知ってる事を洗いざらい話して貰う。
そしたら僕がお前らなんか絶対にぶっ潰すから。」
僕はジジイの胸ぐらを掴んで顔を近くに寄せた。
先ほどまで、ジジイに危害を加えようとしていた兵士達が後ずさって僕から距離をあけた。
貴族のお坊ちゃまの僕が、ジジイ、ジジイと口の悪い物言いをしたからドン引きされたのかな……。
「アヴニール。気を鎮めてくれ…。俺は大丈夫だから。
俺の為に、アヴニールがそんな顔をするのを見たくない。」
「……え?」
ジジイの胸ぐらを掴んでいた僕を正面から抱き締めたシーヤは、なだめてあやす様に何度も僕の頭や背中を撫でた。
僕は一体…どんな表情をしていたのだろう。
マライカ王国の屈強な兵士達をおののかせる程の…?
「大丈夫って…?何で大丈夫だって言えるの!?
シーヤの暗殺を企てた、公爵を捕まえれば済むと思ってた!
でも公爵は死んでて、公爵を殺したこのジジイですら首謀者ではなく!
別の誰かがシーヤを狙うとかほざくじゃん!
そいつらを元から潰さないとシーヤがまた危ない目に遭うじゃん!」
僕はシーヤに抱き締められながらもジジイの胸ぐらを離さなかった。
シーヤの優しい言葉に、落ち着くどころか逆に感情が昂ぶる。
こんな優しい若者を殺すと言う!
僕は感情のままに身体を大きく動かし、その度に胸ぐらを掴んだジジイを引っ張り回して首を締め上げた。
それは激しい怒りであり、悲痛な叫びにも似た感情だった。
「だからっ僕が…シーヤを…側に居てずっと……守って…」
マライカ王国のシーヤの側近達は、僕が自分を犠牲にして口に出した選択肢に一瞬だけ明るい顔をしたが、シーヤは首を振った。
「それは俺が断る。
アヴニールはマライカ国の者ではなく、俺の従者でもない。
アヴニールには、先ほど話していた姉上の幸せを見届けるというアヴニールの描いた未来があるのだろう?
守らせる理由だけで、俺の側に縛り付けるわけにはいかん。」
シーヤが僕を自分に縛り付けない為の優しさは、また命を狙われる覚悟をシーヤにさせる事になる。
こんな若い男の子に、命を狙われる覚悟をさせるってナニ?
もうじき成人式です位の年の子に、あんな怖い思いをまたさせるの!
25歳以上に歳を食っちまった、お姉さんのわたしが!!
「何で、何も悪くないシーヤが死ぬ覚悟をしなきゃならないんだよ!
ふざけんなよ!
僕は、姉様もシーヤも!家族も友達も!
僕の好きなヒト、皆が幸せにならなきゃヤなんだ!」
キレた拍子に、ボタボタと涙がこぼれた。
僕は自分が強いから、何が起きても対処出来るし負けないと思っていたのに。
こんなにも現実はままならない。
悔しいのか悲しいのか分からない。
とめどなく溢れる涙を、僕を抱き締めるシーヤの肩に吸わせた。
「ハハハハ!シーヤよ、いつ誰の手によって、どんな風に死ぬか分からぬ恐怖に怯えるがいい!
どんな屈強な兵士に守らせようが、魔物に対抗しうる手段の少ないマライカ兵など魔物をけしかければ即、魔物の餌食に……!」
胸ぐらを掴んだジジイの言葉に、瞬間的に怒りが頂点に到達した。
「ッジジイ…!!黙れ!!」
激昂した僕の感情に触発されたように、ジジイの身体に黒いガムテープ状で巻き付いていたイワンが一部を分離させ、黒い蝶となり飛んだ。
ヒラヒラと飛ぶ蝶を、僕達は目で追いかける。
やがて黒いアゲハ蝶はシーヤの肩にとまると、細い鎖に変化して一瞬でクルンとシーヤの手首に巻き付いた。
突然の事で、一瞬何が起きたか分からなかった。
鎖に変化しシーヤに巻き付いた時、僕はイワンが唐突にシーヤに危害を加えようとしたのだと思った。
「えっ…!?」
「イワン…!シーヤに何をする…!」
自身の手首を見て驚くシーヤを中心に、放射状に森の中からザザザっと慌ただしく生物の気配が去って行く。
それは森に棲む魔物達も例外では無く、獲物のスキを狙う様にこちら側をうかがっていた、魔物特有のドロッとした舐める様な暗い気配が、シーヤを恐れる様にこの場から離れて行った。
「…我々の周りから、全ての魔物の気配が無くなった…?」
兵士の一人が呟いた。
だが、正確には全ての魔物の気配が無くなったのではない。
たったひとつ━━
何よりも大きな魔物の気配が僕達の居る場所に残っている。
シーヤの腕に巻き付いた鎖……ジジイの身体を拘束した本体から分離したイワンの僅かな一部が、威圧にも似た魔物特有の強い魔力を放っている。
その存在感が余りに大き過ぎて、森の魔物程度では側に居る事も苦痛なのか、蜘蛛の子を散らすように僕達の近くから去ってしまった。
シーヤが自身の腕に巻かれた、生物の様に蠢く鎖を見て呟く。
「これは…この細い鎖が…魔物を追い払ったのか?」
「な…に?イワン…もしかして……
イワンが僕の代わりにシーヤを守ってくれるの…?」
えー…?…僕は何を言っているんだろう。
いくらイワンが意思の疎通が可能な魔物だからと言って、つるりとヌルリな黒スライムだよ?岩のりだよ?
マンティコアやアジ・ダハーカ級の魔物を退ける程そんな強いワケ無いじゃん。
それに魔物は所詮魔物だ。
主には従順でも、魔物が僕の気持ちを汲んでくれたみたいに見えても…
僕の居ない場所でも、主人でもない人間を守るとか……
有り得ないよ。そんなの。
僕を緩く抱き締めていたシーヤの手首に巻き付いた鎖が、チャラっと音を立てクンと蛇みたいに伸び、涙を拭う様に僕の頬に擦り寄った。
僕の言葉を肯定するかのように。
「あ、有り得るハズが無い!そんな得体の知れない矮小な魔物が、こんな大きな気を発するものか!」
魔力の大きさを肌で感じる事が出来るのか、ジジイは拘束された状態でぎゃあぎゃあ喚き散らした。
僕自身も理解が及ばない。
イワン………お前、本当に何者?
時間を置いて、少し落ち着いた僕はシーヤとジジイを連れてグランディナージアの城に向かった。
グランディナージア国王陛下の玉座の間に、空から直で行ったのだが空から入れる様に窓が開けられていた。
玉座の間には国王陛下と側近の方々と共に父上もおり、僕達が現れた事にもさほど驚いてはなかった。
父上は僕がローズウッド侯爵邸の中庭で突然、消えた事をクリストファー義兄様と姉様に聞いたのだろう。
こうなる事を予測して城に来たようだ。
「アヴニール、マライカ国王陛下の御身を護ったのだな。でかした!」
グランディナージア国王陛下が、僕に声を掛けた。
国王陛下より、労いの言葉を頂いたならば膝をつき頭を下げるべきなのだろうけど、僕はもう…それどころじゃなくて━━
「守ったって言ってもですねぇ!このジジイの所属している秘密結社だか悪の組織だかが無くならないと、また狙うっつーてるんですよ!
コイツら人でなしだから、殺した人の顔を使って魔法で、その人に成りすますんですよ!
サッサとぶっ潰しとかないと、僕がムカつくんですけど!!」
床に膝をついたジジイの胸ぐらを両手で掴んで、ガクガク揺らしながらキレ気味に言う。
もう、国王陛下の前だからって不敬もクソもあるか!
だってシーヤだけじゃなく、グランディナージア国王陛下だって同じ目に遭うかも知れないじゃん!
「この、アホンダラどもがグランディナージア国王陛下に成り代わる為に、身内からとか言ってクリストファー義兄様を狙ったらどうすんですか!
義兄様が殺されたらどうするんですか!
ソイツが、義兄様のフリしてシャルロット姉様にやらしく触れたらどうするんですか!!
生皮剥ぐ位じゃ、おさまらんぞ!オイ!」
僕は父上の大きな手で、一回口を塞がれてからジジイの胸ぐらから手を放すよう手の平を開かされ、そのまま父上の腕に抱っこされてしまった。
「落ち着きなさいアヴニール。両陛下の御前だぞ。」
……分かってます。あの口の悪さは本来のわたしだわね。
確かに大人気なかったけど……綺麗ごとで済ませらんないから。
それに、今はお子ちゃまなので多少の無礼は目をつむって頂きたく━━
僕は父上に抱っこされたまま、ススススーと国王陛下の前から後ろに下げられてしまった。
玉座の前には両国王陛下と、グランディナージアの中枢を担う側近達、そしてジジイが居る。
興奮し過ぎて感情のままに話す僕よりも、シーヤがちゃんと事の次第を順を追って説明しているようだ。
……僕の中身の方が年齢的には大人なハズなのに……シーヤが立派な大人に見えてしまうのが何か悔しい。
あ、よく見たらリュースの父であるシェンカー大司教様も居る。
皆はジジイの身柄について、今後どう扱うべきかを話している様だ。
邪神について、僕もジジイから色々聞き出そうとは思ったけど…
よく考えたら、どうやって聞き出したら良いか分からない。
拷問?尋問?僕には無理そう。
自白剤とか、白状しちゃう魔法とか、あったとしても僕には知りたくない情報だ。
このキャッキャウフフの世界では。
「……イワン?」
父上の腕に抱っこされている僕の手に、黒いアゲハ蝶がとまる。
ジジイの身体は、グランディナージアの兵士によって魔力封じの鎖で拘束されていた。
黒いガムテープから解放されたイワンは蝶になって僕のもとに来たけど、イワンの一部は細い鎖となったままシーヤの腕にブレスレットの様に巻かれている。
僕はクリアこそ、してないけど前世でこの世界の魔物を全て倒し、図鑑を埋め尽くした。
知らない魔物など、居ないはずなんだ。
なのにイワンが何なのか、全く分からない。
未知の魔物だとしても、これだけ僕に従順で、しかも僕の気持ちを察してくれて…
僕の為に身を割いてまで動いてくれて、僕の涙を拭って慰めてくれる……?
いや、ナニ!!そのイケメンぶり!どんな魔物だ!それ!
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今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
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