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熊さん<ウサギのフリ狼さん<鬼畜眼鏡メスの虎さん。

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翌朝、皇帝の私室で目を覚ましたガインは寝惚け眼のまま重い身体を引きずる様にしてベッドから降りた。



隣で寝ているものだと思っていたキリアンの姿はベッドには無く、キリアン皇帝は自室にある執務用の机の前に座り、目の前に積まれた報告書類の処理を黙々と行っていた。



「…いつ寝てるんだかな。キリアンは…。」



可憐な花のごとき美しい皇帝。女神かと見紛う美貌の皇帝。



キリアンを指して言うそれらの二つ名は決して褒め言葉としてだけではなく、見てくれが良いだけの飾り物だとの含みを込めた揶揄の言葉としても使われる。



国を治めるだけの器には無いと国内外からそう評価されて呼ばれる事も多いキリアンだが、彼がどれだけ国の事を思い、自身の責務を全うするべく努めている賢帝であるかは、城に務めている者達は知っている。



ガインも皇帝としてのキリアンを尊敬しており、その皇帝に忠誠を誓える自身の立場を誇りに思っている。



「グレアムも良い皇帝だったが、キリアンも国の為に寝る間も惜しんで懸命に働いている。親子共に素晴らしい皇帝だ。

俺は良い主君に仕える事が出来て良かったよな。

世の中には主君が暴君や愚王だったりで、臣下が振り回されて大変な…」



ベッドから降りたガインは、自身の姿に改めて気付いた。





━━マッパじゃん俺。

そう言えば、俺もある意味暴君に振り回されとる!━━





ベッドから降りたガインに気付いたキリアンは、執務用の椅子に座ったままベッドから降りたガインの方を向き、ニコリと微笑んだ。



「おはよう師匠。

今日は久しぶりに兵士の実技指導に訓練場に行くんだったね。」



「ん…ま、まぁな…とりあえず、部屋に戻って着替える…。」



全裸のガインは、ぼーっとしながら昨夜キリアンに脱がされた衣服を身に着けていく。

身に着けつつ背後から「朝のイッパツ!」とズドンと体当たりが来ないかと警戒してしまう。



昨夜ベッドに寝かされた時に身に着けていた乱れたシャツも、投げ捨てられたトラウザーズも椅子にきちんと掛けられており、ブーツも寝てる間に脱がされて揃えて置いてあった。



「自分の鎧や衣服は、脱ぎ捨てたらほったらかしのクセに…。」



衣服を身に着けながらボソッと呟き、着替えが終わるとガインはドアに向かう前にキリアンの前に行き頭を下げ、退室の礼をした。



「陛下、私はこれにて失礼させて頂きます。」



「駄目、師匠。そんな味も素っ気もない礼なんて。

二人きりの時は夫婦なんだから。」



椅子から立ち上がったキリアンが、ガインの首に両腕を掛けて顔を下げさせて、唇を重ねる。



「ふ、夫婦!?…んん…き、キリアン…。」



浅く唇を重ねたキリアンが、薄く開いたガインの唇の隙間を舐めてチュッチュッと数回吸い付いた。

濃厚とは言い難い短い口付けだが、ガインの脳裏に昨夜の熱が蘇り身体の芯が疼く。



「……行ってらっしゃい、ガイン。午後の会議には間に合う様にね。」



「あ、ああ。行って来る。」



この流れで、また朝からガンガン…とガインは少し身構えていたが名残惜しむ様に唇が離れ、微笑むキリアンがガインから離れて手の平を左右に振る。

何だか拍子抜けしたような気がしつつ、ガインは一礼して部屋を出た。



キリアンの私室から出たガインは廊下に出てすぐ隣の自室に向かい、離れたドアの前に辿り着く前に壁に手をついて口を押さえて真っ赤になった顔を下げた。





「めっちゃ恥ずい…!何だ、この甘ったるいの!」



毎回毎回、なんだかんだと若き絶倫皇帝にヤラシイ事ばかりをされていたガインだが、僅かな口付けだけでも身体の芯が震え胸の奥で何らかの感情が昂ぶる自身に驚く。

性的な興奮とは別の何か。カッカッと顔が熱くなる。

声を大にして何かを口から叫びたい。

さすがに大声は出せないが、ガインは理性が壁になり今まで口にしにくかった言葉を、自然と口から滑り落とす様に解放した。



「俺……めちゃくちゃ好きだわ……キリアンの事を。」



自分の口から出た言葉を自分の耳で聞いて、更に顔が熱くなった。

ああ、そうなんだと今さら改めて思う。


逃げる隙が見付からない内にズルズルと引き摺られる様に続いた肉体関係だったが、ガインの中ではキリアンが飽きるまでの関係だと割り切っていた部分もあった。



愛の言葉も、性的な感情の昂ぶりから発せられている部分もあるだろうと、受け入れはするが自分がその言葉に溺れないようにしようと思っていた。

性交で得られる肉体的な快楽を知り、いまだに気恥ずかしくはあるが、それ自体を嫌だと思う事も無くなった。



だから、自分はどこかで男妾の様な役割だと割り切っていたつもりだったが…



━━行ってらっしゃいのチューだけで、こんなにも心臓ばくばくしてる俺、何なんだ!?

わけわからん!わけわからん位に、何か知らんがキリアンが好きだ!━━



顔面が真っ赤になったガインは、自身の両頬はバチンと手の平で挟む様に叩いた。



「おし!今日も一日皇帝陛下のために頑張るか!」



ガインは自身に気合いを入れ、晴れやかな笑顔で自室に入った。











皇帝の私室に一人残ったキリアンは、書類が山積みになった机の上に両肘を付いて顔を両手で覆い、大きな溜め息をついた。



「我慢するの…しんどっ!」



朝からガインは可愛かった。

寝惚け眼で、自分が真っ裸な事も気付かずにボンヤリとベッドの脇に立っている姿なんかもう、まんま冬眠から目覚めたばかりの森の熊さん。



熊さんの目が覚める勢いで、か弱い真っ白ウサギさんな見た目の飢えた狼さんは、熊さんに襲い掛かりたかった。



だが飢えた狼さんは昨夜、眼鏡を掛け牙を剥くメスの虎に釘を刺された。

「食い過ぎだ」と。





昨夜、ベッドに寝かせたガインがイビキをかいて寝入った後に、キリアンの私室に来訪者があった。



皇帝陛下の私室のある場所は、今は同じ廊下の並びに私室を持つガインとミーシャ以外は兵士を同行させなければ来る事が出来ない。

ドアを開ける前に来訪者がミーシャだと知ってキリアンは、何の警戒もせずドアを開いた。



「ミーちゃ……」



バン!!



ドアが開きミーシャが部屋に入ってすぐ、キリアンはドアの前に立たされた状態で、ドアドンをされた。

ついさっき、自分がガインにした事を今は自分がされている。

ガインの愛娘のミーちゃんに。



ミーシャは右手をドアに当て、ドアの前に立たせたキリアンを睨め上げながら左手の人差し指で眼鏡の中心をクイと押し上げる。



━━この表情、鬼畜眼鏡だ!━━



そんな変な妄想が頭をよぎる程にキリアンはミーシャに気圧された。



「キリお兄ちゃん、パパとヤリ過ぎ。

積年の募らせた想いが通じて、はっちゃけたのは分かるけどね

今のお兄ちゃんは、ただヤリたいだけみたいになってるわよ。」


キリアンは言葉を詰まらせた。

決してヤリたいだけでは無い。ガインを愛しているのだ。



長く秘めたガインを愛しく思う気持ちを伝え、受け入れてくれたからと言って、愛しさがそこで止まる訳でも無く、想いはさらに加速するばかりだ。



だが、めちゃくちゃヤリたいのも事実。

だってガイン、可愛いし、キレイだし、名器だし、気持ちいいし。

長年しゃぶり尽くした妄想の中のガインを遥かに超える抱き心地。



「パパが、キリアンは俺とヤリたいだけなんだろうとか思ったらどうすんの。

お兄ちゃんは、パパを抱けたらそれで良いの?」



キリアンは無言でぷるぷると首を左右に振った。

身体を繋ぐのはひとつの手段なのであって、それが最終的な目標ではない。

本当に欲しいのはガインの、キリアンを愛する心だ。

でも、ヤリたいのも本音…。



「押してばかりも駄目なんだからね。たまには引く事も必要。分かった?」



キリアンは無言でコクコクと頷く。ミーシャが怖い。

この城の一番の権力者はミーシャかも知れない。

そんな事を思いながらキリアンは部屋を出るミーシャを見送った。



「あ、そうだ…キリお兄ちゃんに相談したい事があったの。」



部屋を出て廊下に立ったミーシャが振り返った。













自室に戻り、真新しいシャツとトラウザーズに着替えたガインは隣国から帰ってから初めて、訓練場に向かった。



新人の若い兵士達の指導は、ノーザンを含めて有能な部下達に任せてあるが、ガインとの手合わせは戦場や敵と遭遇した場合の修羅場での適応力を著しく上げる。



敵から鬼神と呼ばれた巨躯のガインが放つ威圧を受ける経験しておくだけで、敵と相まみえた際に猛者が相手でも気圧される率が減るのだ。



そのかわりに訓練場では、初めて死を意識するほどの威圧を受けた新兵のお漏らしが続々発生する。







「ノーザン、いつもスマンな。」



「いえ、ガイン隊長。」



ノーザンはガインのこめかみに残る傷痕に目をやり、ポツリと呟いた。



「隣国からの帰路での襲撃は煙に巻かれた感じがしなくもないですが……一応、陛下のお声もあり解決した事となっています。

浴場での襲撃者についてですが……調べるのに、もう少し時間を頂きたいです。」



「その辺は俺よりノーザンのが詳しいんだ。

陛下も解ってらっしゃるだろう。」



ガインとノーザンは、訓練場に集まって各々で身体を動かす新兵達の顔を見て行った。



「新しい顔が、また増えたな。」



「我が国には強い兵士がまだまだ必要ですからね。

いつ、どこの国が攻めて来るか分からないのですから。」



国を割って戦をし勝利したキリアンだが、戦に参加しなかった周りの国々からの評価は低い。

棚ぼた状態で戦に勝ったのだと思っている国も少なくは無い上に、ベルゼルト皇国を奪おうと不埒な事を考えている国も少なからずある。



「まぁ、攻め入られたとて、そうそう負ける気はせんがな。」



「いくら鬼神と言われた隊長でも数でゴリ押しされたら負けますよ。だから国を護るには兵士がまだまだ必要なんでしょう。」



フフンと、胸を張り鼻息を荒くしたガインをノーザンがハイハイと軽く流した。



「戦を仕掛けられた場合を考えれば兵士は多いほど良いのですが、雑兵が数ばかりいたって駄目です。

軍神、戦神と言われたガイン隊長の部下なんですよ?我が国の兵士は強くなければいけません。」



「ああ、そう言ってお前達がしっかり鍛えてくれたから先日の国境での襲撃で兵士は誰一人死ななかった。

さすが我が国の……。」



ノーザンと歩きながら話しをしていたガインは、一人の兵士から目が離せなくなった。

会話を途切れさせてしまう程、その青年に目を奪われた。



「隊長?」


言葉を途中で切ったガインの目線を追って、ノーザンも青年の姿を見る。

そして、納得したように頷いた。



「ああ彼は目立ちますよね。見た目も中々の美青年ですし。

それに、剣を使っての実戦経験者なのでしょう。

動きに無駄がないですし新兵同士の手合わせでは負け無しです。強いですよ。」



「ああ素人ではないな。いい動きをする…が、そうではなくて……」



ガインは、自身がその青年から目を離せない理由が思い付かない。

新兵なのに良い動きをする事も見た目が美しい事も、ガインが目を離せなくなる理由にはならない。

なぜ、こんなにも気になるのだろうか。



「まさか隊長…彼が金髪に碧眼で陛下と同じ特徴を持つから気になってるなんて言いませんよね。」



「言いませんよ!!そんな事!!」



ノーザンの問いに対し、勢い余り過ぎてガインは大声で変な返事をしてしまった。

訓練場に居た新兵達の視線がガインに集まる。



ガインは返事をした後になって、何でノーザンの口からキリアンと同じだから俺が気になるなんて言葉が出たのか追求したい反面、藪をつついて蛇を出しそうでおっかないという複雑な気持ちになった。



「ちょうど皆の視線が集まった事だし、このまま訓練やりましょう。

全員、手を止め注目!!」



ノーザンが新兵達に向けて号令を掛ける。

訓練場で各々で訓練をしていた兵士達が姿勢を正し、ガイン達の方を向いた。



ノーザンの後ろに立ったガインは、前に並んだ新兵達の顔を一人一人見て行く。



その流れで、金髪碧眼の青年と目が合った。

女性の様に美しいと言われるキリアンとは違い、凛々しく男らしいが彼もまた綺麗な顔つきをしている。



━━何で気になるのだろうな。

キリアンのせいで、俺が金髪碧眼の男が好きになったってワケじゃないよな…━━



青年は、目が合ったガインに見詰められたまま口の端を上げ微笑み、小さな声で呟いた。



「隊長殿………僕を見過ぎです。」

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