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印を持つ、この身は貴方だけの物だと。
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キリアンを襲撃しガインのこめかみに傷を負わせた男は、ベルゼルトの若い兵士によって背後より喉を貫かれ絶命した。
賊は全員がその場で斃されており、キリアン達が城に到着するのと入れ替わりで襲撃現場に兵士を出したが、素性が明らかになるような遺留物は何も無く、遺体も全て何者かに回収された後だった。
隣国に向かう前に、城内の浴場にてキリアンを襲撃した賊の素性もまだ分かっておらず、キリアンの苛立ちは激しかった。
隣国からの帰路の途中での襲撃で、キリアンを狙い庇ったガインに傷を負わせた賊を倒したのは若い兵士であるギャリーだった。
彼は隣国において、体調不良のガインの代わりにキリアンの護衛として夕食に同行した若い兵士である。
一行がガインを含む怪我人を馬車に乗せ急ぎ足でベルゼルトに到着した翌日。
その若い兵士ギャリーはキリアンの元へ行き、玉座の前で片膝をつき頭を下げた。
それはキリアン達が襲われて3日後の事だった。
「恐れながら陛下に申し上げたい事がございます。」
「………何だギャリー。申してみるが良い。」
落ち着きを取り戻しはしたが、苛立ちが収まらないキリアンが自身の感情を抑えながら、静かにギャリーに告げる。
膝を付いたギャリーは「ハッ」と答え顔を上げた。
「先日、陛下に傷を負わせようとした者についてなのですが……
自分、先ほど思い出したのですけど………
あいつって、隣国の姫君の侍従でしたよ?」
途中から軽い口調になってしまったギャリーが、思わぬ事を言った。
玉座の間に集まった者たちが一様に驚愕の表情を見せ、ザワッと声が上がる。
襲撃を受けた一行が昼夜問わず馬車を走らせ城に帰り3日、まだ皇帝を狙った賊の情報が何一つ得られてなかった城内は騒然となった。
「それは本当か!!ギャリー!」
大声をあげ真っ先に椅子から立ち上がったのはガインだった。
キリアンが椅子から立ち上がったガインに抱きつき、強引に押さえつけて椅子に座らせる。
「ガインは怪我人なんだから座ってろ。」
「う、うむぅぅ…こんなもん寝込まなきゃならない程の傷じゃねぇよ。」
玉座の間の、まさに玉座の隣に、クッション山積みの大きめの長椅子が用意されており、ガインはそこに寝間着を着た状態で座らされていた。
左のこめかみには、もう出血も治まったというのに、まだ大きめの白い布が貼られている。
「いやガイン殿、陛下のおっしゃる通り大人しくしていて頂きたい。」
「うむ。ガイン殿は陛下のお命を、その身をもってお守りした。
その際に傷を負ったのであれば、我らとて、その身を軽んじる事など出来ぬ。」
先代皇帝の頃より城に仕えており、重鎮とも呼ばれる老齢の者達までもが、皇帝陛下のガインに対する此度の特別扱いを容認していた。
せざるを得なかった。
ガインが気絶していた際、キリアンが悪鬼羅刹の様であったとの話しが報告されており、その報告が無くとも城に戻ったキリアンの苛立ちは周りに居る者を凍て付かせており、結果ガインを側に置いておくのが、キリアンを一番落ち着かせる精神安定剤となる事を皆が理解した。
「しかし私如き一兵士が、このような姿で玉座の隣に居るなど、不敬極まりないかと…!」
「だまらっしゃい!ガイン殿は黙って陛下のお側におればいいんじゃ!!」
小さな体躯の爺やがカッと目を見開き、身体に見合わない位の大きな声をあげたので、その余りにも必死な様子にガインは渋々と椅子に腰を下ろした。
「………さて、ギャリー。お前があの時に屠った痴れ者。
なぜ奴が隣国の姫君の従者だと言い切れる?」
隣国の国王の身内を皇帝襲撃という大事件の関係者だと、皇帝である自分の前であげつらうのだ。
国交関係を揺るがす可能性のある事件を、いい加減な憶測などで語って許されるものではない。
「あのオッサン、変わった香水の残り香があったんですよね。
で、その香水は隣国の姫君が付けていた物と同じです。」
キッパリと断言したギャリーに、キリアンが「ほう…」と自身の顎を摘んだ。
「私やガインとて、姫君とは近くで話す機会もあったが…気付かなかったな。お前はなぜ、そんな事を覚えている?」
ギャリーが隣国の姫君と近くで会ったのは、夕食の後にキリアンと中庭に行ったあの時だけだ。
その一回だけで、そこまで記憶に残るものだろうか?
ガインとキリアンが互いの顔を見合わせ、半信半疑といった表情をした。
「絶対、間違いないと自信があります!
自分デッカい、おっぱいの女の人の事は絶対に忘れないんで!」
ギャリーの、根拠が有るんだか無いんだかな自信満々な言い分に、キリアンが感心した様にガインを見た。
「デッカい、おっぱい……なるほど。」
━━いや、キリアン…そこで俺を見るのは違う。
俺にデッカい、おっぱいは無エ。
胸板が厚い事を、デカいおっぱいと思うんじゃねぇよ。━━
ガインはキリアンの視線を断固無視した。
反応したら負けだ。
「…ああ…だから最期に狙ったのは私の命よりも顔、か…
私のこの顔に、醜い傷を付けたかったのか…」
キリアンは悟った。
あの日、キリアンは彼女を侮辱した。
歳をとった女だと。散りゆくだけの花だと言った。
彼女の中では、鮮やかに咲き誇る花に美醜を問われ、貶されたと思い込んだかも知れない。
王族の血を持つ彼女の高い自尊心は酷く傷付けられ、そのまま黙っている事は出来なかったのだろう。
「…だから何だ……それが私の命を狙い、ガインに消えない傷を刻み我が国の者の命を奪う理由になると言うのか!
否!そのような事を私が許す筈が無かろうが!!」
キリアンは玉座から立ち上がり、腕を前に延ばした。
「私はこれを隣国からの宣戦布告とみなす。
隣国に残して来た文官や兵士が帰国した後、そのまま開戦の狼煙を上げる。
我が国の民に告げる!これより我が国は隣国と戦を…!」
「アホな事を言ってんじゃねーよ!!
アッチの国王に何の説明も無しに、いきなり戦争始めますよなんて駄目だ!俺は許さんからな!」
キリアンの隣でガインも立ち上がり、前に延ばしたキリアンの腕を掴んで無理矢理下に下げさせ、大きな手の平でキリアンの口を塞いだ。
ガインの手を避ける様にしてキリアンがガインに食って掛かる。
「ガインの顔に傷を付けたババアを許せってのか!?
無理だね!そんなの!ぶっ殺す!」
「あのなぁ!ハッキリとした証拠も無いんだぞ!?
説明出来んだろ!うちのギャリーの、おっぱい好きが過ぎて姫が襲撃の黒幕だと知りましたとか!そんなんで戦争起こすな!」
ガインは興奮冷めやらぬヒートアップ状態のキリアンの口を片手で塞いで、空いた片手を上にあげ左右に大きく振った。
「一旦解散!本日は解放だ!
とにかく、隣国に賠償の請求をするにしろ何にしろ、襲撃が隣国の姫が起こしたのだと確証に至る情報や証拠を集めるんだ!
それまで解放!」
ガインは小脇にキリアンをヒョイと抱え、茫然とする皆を玉座の間に残したまま、猛牛の如き勢いで走ってキリアン皇帝の私室へ直行した。
キリアンを小脇に抱えたままガインが、バァン!とキリアンの私室の扉を開く。
ズカズカと部屋の中に入ると、巨大なベッドの上にキリアンを放り投げた。
「ちったぁ頭を冷やせ!アホ!簡単に戦争するなんて言うんじゃねぇよ!」
ベッドに投げ出されたキリアンは乱れた髪をグシャッと掻き上げて、ベッドの脇に立つガインを睨んだ。
「ババアは俺のガインに傷を付けた!俺のガインなのに!
俺でさえ、ガインの身体に…!何も印を付けてないのに!」
「シルシ……?…ああ…アレか。」
ガインは襲撃される直前にキリアンが、ガインが付けた歯形を自分のモノだって付けられた印だと言っていた事を思い出した。
自分がガインだけの物であると名を刻まれた様で嬉しいと。
━━同じように、俺にも自分だけのモノだと印を刻みたいって事か…持ち物に名前を書く様な、そんなガキみたいな事…
いや、ガキか。━━
ガインはキリアンの言い分が子どもの戯れ言だと思いながらも、キリアンが自身をガインだけの自分であると言い、同じくガインにも自分だけのものだとの証明を刻みたいとの我儘が何だかくすぐったく感じた。
そんな不確かなものであっても、互いを縛り付けたいと。
ガインは赤くなった顔を片手で隠す様に押さえる。
「傷、傷って…俺にとってコレは皇帝陛下の御身を、身を挺して庇ったゆえの名誉の負傷だと思っているし、誇らしいけどな。」
ガインはこめかみの布を剥がし、キリアンに傷を見せた。
ノコギリの様な刃が走った皮膚は傷が消えず、ガインのこめかみから眉の端に掛け、縦に10センチ程の傷跡が残った。
「誇らしい…?俺のせいで…こんな傷がついたのに…。」
「大事なお前を守れた勲章みたいなもんだ。
顔に傷が付いた俺は、みっともないか?
………俺に恋した気持ちが冷めるほど。」
キリアンの腕がガインの両手首を掴んで、ベッドの上に強く引き寄せる。
ガインの膝がベッドの端にぶつかり、つまづく様な態勢の崩れ方をして、ベッドの上のキリアンに覆いかぶさる様に倒れた。
「そんな事、絶対に無い!みっともないなんて思わない…
むしろ、カッコいいよ…。」
「カッコいいは言い過ぎだと思うが…この傷は、俺がキリアンのモノだって証明だと思っているがな。
誰でもない、俺がお前を守って受けた傷だ。」
キリアンに覆いかぶさる様に身体を重ねたガインのこめかみに、キリアンが唇を当てる。
血も止まり、傷も塞がり掛けてはいるがキリアンの唇が当たる度にチリチリと痛痒く、ビクッと身体が強張る。
「ガイン………」
改めて、ベッドに倒れたキリアンの上に乗った自分の顔と下にいるキリアンの顔が、ものすごい近距離にあるのだとガインが気付いた。
頬を染めた赤みが引かない顔をガインはキリアンの視界から逃そうとするが、キリアンはそれを許さなかった。
「と、と、とにかく!戦争はいかん!」
「ガインは戦争が嫌いだったもんね…攻めるよりも守る。
その強さは守る為の強さ。
師匠は強いのに争いを好まない、そんな騎士だった。」
キリアンの両腕がガインの首に巻かれており、ガインは腕立て状態でキリアンから身体を離そうとするがそれがかなわない。
「うおおお…!や、病み上がりなんで!部屋に帰って休むわ!」
「俺が看病するから、安心してこの部屋で休むと良い。
それにガインはねぇ…目を離すとすぐ、仕事をしようとする。」
首に巻き付いたキリアンの腕の片側に重心が掛けられ、ガインの大きな身体がクリンと反転させられてベッドに沈んだ。
━━おわぁ…!さすが俺の愛弟子、体術もキレッキレだわ!
いや、感心してる場合じゃねぇし!━━
ベッドに沈んだガインの腰を跨ぐ様に、キリアンがガインの上に乗る。
キリアンがガインに乗った腰を前後に擦りつけながら、皇帝の衣装を脱ぎ捨て始めた。
「怪我人がウロチョロと城内を徘徊出来ない様に、少しは大人しくさせとくべきだと思うんだよ。
そうだね…しばらくベッドから降りれなくなる程には。」
ヤベェ!キリアンの『腰が抜けるまでヤります』宣言出た!!
賊は全員がその場で斃されており、キリアン達が城に到着するのと入れ替わりで襲撃現場に兵士を出したが、素性が明らかになるような遺留物は何も無く、遺体も全て何者かに回収された後だった。
隣国に向かう前に、城内の浴場にてキリアンを襲撃した賊の素性もまだ分かっておらず、キリアンの苛立ちは激しかった。
隣国からの帰路の途中での襲撃で、キリアンを狙い庇ったガインに傷を負わせた賊を倒したのは若い兵士であるギャリーだった。
彼は隣国において、体調不良のガインの代わりにキリアンの護衛として夕食に同行した若い兵士である。
一行がガインを含む怪我人を馬車に乗せ急ぎ足でベルゼルトに到着した翌日。
その若い兵士ギャリーはキリアンの元へ行き、玉座の前で片膝をつき頭を下げた。
それはキリアン達が襲われて3日後の事だった。
「恐れながら陛下に申し上げたい事がございます。」
「………何だギャリー。申してみるが良い。」
落ち着きを取り戻しはしたが、苛立ちが収まらないキリアンが自身の感情を抑えながら、静かにギャリーに告げる。
膝を付いたギャリーは「ハッ」と答え顔を上げた。
「先日、陛下に傷を負わせようとした者についてなのですが……
自分、先ほど思い出したのですけど………
あいつって、隣国の姫君の侍従でしたよ?」
途中から軽い口調になってしまったギャリーが、思わぬ事を言った。
玉座の間に集まった者たちが一様に驚愕の表情を見せ、ザワッと声が上がる。
襲撃を受けた一行が昼夜問わず馬車を走らせ城に帰り3日、まだ皇帝を狙った賊の情報が何一つ得られてなかった城内は騒然となった。
「それは本当か!!ギャリー!」
大声をあげ真っ先に椅子から立ち上がったのはガインだった。
キリアンが椅子から立ち上がったガインに抱きつき、強引に押さえつけて椅子に座らせる。
「ガインは怪我人なんだから座ってろ。」
「う、うむぅぅ…こんなもん寝込まなきゃならない程の傷じゃねぇよ。」
玉座の間の、まさに玉座の隣に、クッション山積みの大きめの長椅子が用意されており、ガインはそこに寝間着を着た状態で座らされていた。
左のこめかみには、もう出血も治まったというのに、まだ大きめの白い布が貼られている。
「いやガイン殿、陛下のおっしゃる通り大人しくしていて頂きたい。」
「うむ。ガイン殿は陛下のお命を、その身をもってお守りした。
その際に傷を負ったのであれば、我らとて、その身を軽んじる事など出来ぬ。」
先代皇帝の頃より城に仕えており、重鎮とも呼ばれる老齢の者達までもが、皇帝陛下のガインに対する此度の特別扱いを容認していた。
せざるを得なかった。
ガインが気絶していた際、キリアンが悪鬼羅刹の様であったとの話しが報告されており、その報告が無くとも城に戻ったキリアンの苛立ちは周りに居る者を凍て付かせており、結果ガインを側に置いておくのが、キリアンを一番落ち着かせる精神安定剤となる事を皆が理解した。
「しかし私如き一兵士が、このような姿で玉座の隣に居るなど、不敬極まりないかと…!」
「だまらっしゃい!ガイン殿は黙って陛下のお側におればいいんじゃ!!」
小さな体躯の爺やがカッと目を見開き、身体に見合わない位の大きな声をあげたので、その余りにも必死な様子にガインは渋々と椅子に腰を下ろした。
「………さて、ギャリー。お前があの時に屠った痴れ者。
なぜ奴が隣国の姫君の従者だと言い切れる?」
隣国の国王の身内を皇帝襲撃という大事件の関係者だと、皇帝である自分の前であげつらうのだ。
国交関係を揺るがす可能性のある事件を、いい加減な憶測などで語って許されるものではない。
「あのオッサン、変わった香水の残り香があったんですよね。
で、その香水は隣国の姫君が付けていた物と同じです。」
キッパリと断言したギャリーに、キリアンが「ほう…」と自身の顎を摘んだ。
「私やガインとて、姫君とは近くで話す機会もあったが…気付かなかったな。お前はなぜ、そんな事を覚えている?」
ギャリーが隣国の姫君と近くで会ったのは、夕食の後にキリアンと中庭に行ったあの時だけだ。
その一回だけで、そこまで記憶に残るものだろうか?
ガインとキリアンが互いの顔を見合わせ、半信半疑といった表情をした。
「絶対、間違いないと自信があります!
自分デッカい、おっぱいの女の人の事は絶対に忘れないんで!」
ギャリーの、根拠が有るんだか無いんだかな自信満々な言い分に、キリアンが感心した様にガインを見た。
「デッカい、おっぱい……なるほど。」
━━いや、キリアン…そこで俺を見るのは違う。
俺にデッカい、おっぱいは無エ。
胸板が厚い事を、デカいおっぱいと思うんじゃねぇよ。━━
ガインはキリアンの視線を断固無視した。
反応したら負けだ。
「…ああ…だから最期に狙ったのは私の命よりも顔、か…
私のこの顔に、醜い傷を付けたかったのか…」
キリアンは悟った。
あの日、キリアンは彼女を侮辱した。
歳をとった女だと。散りゆくだけの花だと言った。
彼女の中では、鮮やかに咲き誇る花に美醜を問われ、貶されたと思い込んだかも知れない。
王族の血を持つ彼女の高い自尊心は酷く傷付けられ、そのまま黙っている事は出来なかったのだろう。
「…だから何だ……それが私の命を狙い、ガインに消えない傷を刻み我が国の者の命を奪う理由になると言うのか!
否!そのような事を私が許す筈が無かろうが!!」
キリアンは玉座から立ち上がり、腕を前に延ばした。
「私はこれを隣国からの宣戦布告とみなす。
隣国に残して来た文官や兵士が帰国した後、そのまま開戦の狼煙を上げる。
我が国の民に告げる!これより我が国は隣国と戦を…!」
「アホな事を言ってんじゃねーよ!!
アッチの国王に何の説明も無しに、いきなり戦争始めますよなんて駄目だ!俺は許さんからな!」
キリアンの隣でガインも立ち上がり、前に延ばしたキリアンの腕を掴んで無理矢理下に下げさせ、大きな手の平でキリアンの口を塞いだ。
ガインの手を避ける様にしてキリアンがガインに食って掛かる。
「ガインの顔に傷を付けたババアを許せってのか!?
無理だね!そんなの!ぶっ殺す!」
「あのなぁ!ハッキリとした証拠も無いんだぞ!?
説明出来んだろ!うちのギャリーの、おっぱい好きが過ぎて姫が襲撃の黒幕だと知りましたとか!そんなんで戦争起こすな!」
ガインは興奮冷めやらぬヒートアップ状態のキリアンの口を片手で塞いで、空いた片手を上にあげ左右に大きく振った。
「一旦解散!本日は解放だ!
とにかく、隣国に賠償の請求をするにしろ何にしろ、襲撃が隣国の姫が起こしたのだと確証に至る情報や証拠を集めるんだ!
それまで解放!」
ガインは小脇にキリアンをヒョイと抱え、茫然とする皆を玉座の間に残したまま、猛牛の如き勢いで走ってキリアン皇帝の私室へ直行した。
キリアンを小脇に抱えたままガインが、バァン!とキリアンの私室の扉を開く。
ズカズカと部屋の中に入ると、巨大なベッドの上にキリアンを放り投げた。
「ちったぁ頭を冷やせ!アホ!簡単に戦争するなんて言うんじゃねぇよ!」
ベッドに投げ出されたキリアンは乱れた髪をグシャッと掻き上げて、ベッドの脇に立つガインを睨んだ。
「ババアは俺のガインに傷を付けた!俺のガインなのに!
俺でさえ、ガインの身体に…!何も印を付けてないのに!」
「シルシ……?…ああ…アレか。」
ガインは襲撃される直前にキリアンが、ガインが付けた歯形を自分のモノだって付けられた印だと言っていた事を思い出した。
自分がガインだけの物であると名を刻まれた様で嬉しいと。
━━同じように、俺にも自分だけのモノだと印を刻みたいって事か…持ち物に名前を書く様な、そんなガキみたいな事…
いや、ガキか。━━
ガインはキリアンの言い分が子どもの戯れ言だと思いながらも、キリアンが自身をガインだけの自分であると言い、同じくガインにも自分だけのものだとの証明を刻みたいとの我儘が何だかくすぐったく感じた。
そんな不確かなものであっても、互いを縛り付けたいと。
ガインは赤くなった顔を片手で隠す様に押さえる。
「傷、傷って…俺にとってコレは皇帝陛下の御身を、身を挺して庇ったゆえの名誉の負傷だと思っているし、誇らしいけどな。」
ガインはこめかみの布を剥がし、キリアンに傷を見せた。
ノコギリの様な刃が走った皮膚は傷が消えず、ガインのこめかみから眉の端に掛け、縦に10センチ程の傷跡が残った。
「誇らしい…?俺のせいで…こんな傷がついたのに…。」
「大事なお前を守れた勲章みたいなもんだ。
顔に傷が付いた俺は、みっともないか?
………俺に恋した気持ちが冷めるほど。」
キリアンの腕がガインの両手首を掴んで、ベッドの上に強く引き寄せる。
ガインの膝がベッドの端にぶつかり、つまづく様な態勢の崩れ方をして、ベッドの上のキリアンに覆いかぶさる様に倒れた。
「そんな事、絶対に無い!みっともないなんて思わない…
むしろ、カッコいいよ…。」
「カッコいいは言い過ぎだと思うが…この傷は、俺がキリアンのモノだって証明だと思っているがな。
誰でもない、俺がお前を守って受けた傷だ。」
キリアンに覆いかぶさる様に身体を重ねたガインのこめかみに、キリアンが唇を当てる。
血も止まり、傷も塞がり掛けてはいるがキリアンの唇が当たる度にチリチリと痛痒く、ビクッと身体が強張る。
「ガイン………」
改めて、ベッドに倒れたキリアンの上に乗った自分の顔と下にいるキリアンの顔が、ものすごい近距離にあるのだとガインが気付いた。
頬を染めた赤みが引かない顔をガインはキリアンの視界から逃そうとするが、キリアンはそれを許さなかった。
「と、と、とにかく!戦争はいかん!」
「ガインは戦争が嫌いだったもんね…攻めるよりも守る。
その強さは守る為の強さ。
師匠は強いのに争いを好まない、そんな騎士だった。」
キリアンの両腕がガインの首に巻かれており、ガインは腕立て状態でキリアンから身体を離そうとするがそれがかなわない。
「うおおお…!や、病み上がりなんで!部屋に帰って休むわ!」
「俺が看病するから、安心してこの部屋で休むと良い。
それにガインはねぇ…目を離すとすぐ、仕事をしようとする。」
首に巻き付いたキリアンの腕の片側に重心が掛けられ、ガインの大きな身体がクリンと反転させられてベッドに沈んだ。
━━おわぁ…!さすが俺の愛弟子、体術もキレッキレだわ!
いや、感心してる場合じゃねぇし!━━
ベッドに沈んだガインの腰を跨ぐ様に、キリアンがガインの上に乗る。
キリアンがガインに乗った腰を前後に擦りつけながら、皇帝の衣装を脱ぎ捨て始めた。
「怪我人がウロチョロと城内を徘徊出来ない様に、少しは大人しくさせとくべきだと思うんだよ。
そうだね…しばらくベッドから降りれなくなる程には。」
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