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夫の帰りを待つ、麗しの人妻。

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━━傾国の美女とは

時の権力者を、その美貌で魅了し惑わせて溺れさせ、国政すら疎かにさせる絶世の美女。の事を言うらしいのだが。

それに、近い状態になりつつあるんじゃないかしら。

うちのパパ。━━


ミーシャはホウキを持って1人でぬぼーんとガインの部屋の前に立ち、ぼんやり考えていた。


キリアンに頼まれガインを逃さない為の人質役で王城に呼ばれたミーシャは、本来の侍女の仕事はしない事を条件に城に来ている。

だが侍女であるのだと見せかける為だけに、おざなり程度の仕事を任されていた。


そのひとつが、ガインの部屋の前の廊下掃除である。

要は、ホウキを持ってそれっぽく立っているだけなのだが。


「これは、ガイン隊長のご息女殿。」


不意に話し掛けられ声の方に顔を向けたミーシャは、ガインの部屋を訪ねて来た銀髪に眼鏡のイケメン騎士をぬぼーんと見る。

「だれ?」との意味を込め、無言で首を傾げた。


「ああ、名乗るのが遅れて申し訳無い。

私はガイン隊長の補佐をさせて頂いている、ノーザンと申します。

隊長は、もうお部屋にお戻りですか?」


「ミーシャです。どうぞミーシャとお呼びください。

義父はまだ仕事から戻っておりません。」


ガインの非番が明けた2日後、ガインは数名の兵士を連れて城を出て隣国に向かった。

それが仕事だとは分かっているのだが、一週間も経てば帰る筈のガイン達が十日経ってもまだ帰って来ない。


キリアンの狙いがミーシャではなく自分だったのだと気付いたガインが、キリアンから逃れる様に一人で田舎に隠居したのではないかとミーシャは思えたりもする。


━━ま、私一人を城に置き去りにしてってのはパパに限ってはないわね━━



「こんなに時間が掛かるとは参ったな…早く隊長に帰って貰わないと、陛下の顔色を毎日伺う我々も身がもたない…。」


「陛下は父の身を心配して下さってますのね。大事な側近ですものね。」


ミーシャはフワッと濁した言い方をしつつ、二人の本当の関係を知ってる為に、口元がムズムズと歪んでニヤけてしまいそうになる。


「心配と言うか…苛立ち?

隊長が側に居ないと、陛下に言い寄ろうとする男が後を絶たない。ガイン隊長の後がまになろうとする勘違い野郎が多過ぎる。」


「そうですねー陛下は女神のごとく、お美しい方ですもの。

義父に代わって、姫君をお守りするナイトの様になりたいと思われる殿方も少なくはないのでしょうね。」


ミーシャは困ったように言いながら、心の中で嗤う。


━━はっはっは!愚か者め!!

ナイトになれば姫君を抱けると思ってる勘違い野郎どもが!

キリお兄ちゃんは、バリバリのタチだわ!

姫君はパパだしな!!

キリお兄ちゃんはお前らの様な小者の尻など所望したりせんわ!

出直せ!おめでたい頭の粗チン共めが!!━━


「ああ、そうだな。ガイン隊長の後ガマになって、自分が陛下の想い人になれると思ってるタワケがたくさん居る。

……いかに陛下の上っ面しか見てないかが分かるものだな。」


侍女達の間でもキリアンが女役で、男を引っ張り込んでるのではなんて噂があったが、ガインを名指しで恋人だという噂は無かった。


ミーシャはノーザンをジイイッと凝視した。

何だか含みを持った言い方をされた様に感じる。

話している途中で、ポンポンと幾つか疑問が浮かんだが、次の疑問が浮かんだ時点で前の疑問を忘れてしまい、最終的にはひとつしか覚えて無かった。


「……義父は、陛下の想い人だと皆さまに思われてますの?」


「思われている。かなり前から二人がそういう仲だと。

不敬でもあるし確証は無かったから、みな口には出さなかっただけで。

最近になり、陛下と隊長はベッドを共にする関係だとの噂が出回り始めてな。」



二人が結ばれたばかりのこのタイミングで流れた噂。

ミーシャはぬぼーんとした表情を変えないままで、困っていた。

まさか、二人の関係が完全に回りにバレたのかしらと。

マズい

恋人同士だとか、女役がガインか等と訊ねられたら

「ああ!そうだ!」と開き直れるような義父ではない。

根が真面目で純朴であるがゆえに。

あんな図体で女役?あの美しい陛下のお相手がアナタ?なんて人の目に耐えられず、恥ずかしいが過ぎてミーシャを連れて田舎に引きこもるとか言い出し兼ねない。



私の最高の執筆環境が無くなるのは避けたい!!



「そんな…せっかく憧れのお城暮らしが出来てるのに、そんな噂のせいでお城に居られなくなったら…困ります。」



ミーシャが表情を変えないままで呟く。あまり困っている様には見えないが、ミーシャは本気で困っていた。



「それは大丈夫ではないかな。

流れているのは、美女のごとき陛下が、隊長に身を預け、絡ませ、我が夫だとしとねから解放しないのだと。そんな噂だ。

まったくのデマでしかない。」



「まったくのデマ…ですか。」



確かに真実とは違うが、キリアンとガインの二人の関係を把握しているミーシャには、噂と立場は逆だけど、半分位は合ってるのでは?と思ってしまったりする。



「陛下が女性役でって時点でもう可能性が無いのに、誰も気付いてない。

まぁ別に、誰にも気付かれてないままで良いと思うが。

私は陛下が隊長を見る時の目を見ているから分かるがな。」



「!!!!!」



ミーシャがノーザンを3度見した。

はっ!?えっ!?なんて!?と。

ひょっとしてこのヒト…この人だけは、二人の関係を把握してる!?



「じゃあ、私は仕事に戻るから隊長が戻って来たらノーザンが呼んでいたと言伝て願えるかな?ミーシャ孃。」



驚きの余り、あうあうと口をパクパクさせ返事も頷く事も出来ずにいるミーシャを残し、ノーザンは去って行った。

















「陛下、その様に眉間にシワを刻まれましては…美しいお顔が台無しで御座います。」



皇帝としての一日の仕事を終えたキリアンは、私室に向かって長い廊下を歩いていた。

若い近衛兵が一人、後をついて来る。



「うるさい。口を開くな。私を警護している者が口を開いて警戒を疎かにしてどうする。」



キリアンはすこぶる機嫌が悪かった。

もう十日もガインの顔を見ていない。



せっかく

せっかく、たくさんの知らなかったガインを知ったばかりだというのに!!



初めて知ったガインの表情も、声も、香りも、味も、まだまだ堪能出来ていない。

なのに、隣国に戦争の後始末としての話し合いに行かねばならず、多くの軍事力を提供してくれた隣国には、軍の責任者でもあったガインが行かねばならず━━



キリアンは代理を行かせろとかなりゴネたり、自分も行くと言ったが全て却下された。



「陛下、隊長もじきお帰りになられます。そのように不安なお顔をされておりましたら、ガイン隊長も心配なさりますよ。」



「…そうだな…。少し落ち着くとする。下がれ。」



不安と言うよりは、不満。色々と不満だらけだ。そして欲求不満。

部屋に着いたキリアンは、うざったいとばかりに近衛兵の青年から離れ、部屋に入ろうとした。



「陛下!!」

開く前のドアに青年が手を当て、自分の身体とドアの間にキリアンを囚えるようにした。

いきなり背後からのドアドン。



「陛下…無礼をお赦し下さい!

陛下…私は、ずっと、ずっと…!貴方をお慕いしておりました!

私では、ガイン隊長のかわりになれませんか!?

私でしたら、陛下にその様な悲しい顔をさせたりしない!

寂しい思いをさせたりしません…いつ何時でも、貴方のお側におります…。」



「…それは……まことか?そなたならば、私の側に…ずっと居ると…」



ドアの前で、近衛兵に背を向けていたキリアンがゆっくりと青年の方に振り返る。

金色の髪の向こうの紺碧の瞳は優しく細められ、乱れた髪がキリアンの花弁の様な唇に掛かる。



「……本当です。……貴方のお側にずっと居り、貴方を愛し、慰め続けましょう…愛してる…。」



青年はキリアンの唇に掛かる髪を指先で避けてキリアンの耳に掛け、頬に軽く手を添え顔を傾け唇を寄せた。

キリアンが薄く目を閉じる。



「そうか……」









「ぎゃぁあ!」



「それは私の国の為に働く気が無いから、走り回ったりさせず城に居させろ、ダラダラさせろって事だな?」



「っ違います!陛下っ!へっ……陛下!?へぇぇぇ!!」



「ガインだけではない。今、この城に居ない者達は、私が信頼して私が任命し、国を代表しての交渉を任せた者達ばかりだ。

それを分かってるのか?貴様。」



キリアンが兵士の前頭部をガシッと掴み、指をギリギリと食い込ませる。



「お前で5人目だ。軽々しくガインの代わりになれます等と、甘ったれた事を抜かすのは。

お前は、もう一度新兵達にまじって鍛え直して来い!」



城内を見回っていた兵士達がキリアンの怒声に気付いて駆け寄る。



「ソイツを連れて行け!そして、ノーザンに伝えろ!

もう少しマシな奴はいないのかと!!」



苛立ちが過ぎて拳を握るキリアンの手に、髪の毛が絡まっていた。

前頭部をわしづかみした際に青年近衛兵の髪の毛を数十本程むしり取ったらしい。

汚いモノでも払う様に、キリアンが手をパンパンと払って髪の毛を廊下に落とす。



「へ、陛下ぁ!!お許しを!!」



「許さん。ガインは私の側近であるだけではなく、私の師匠だ。

軽々しく代わりになれる等とほざく奴の顔など見たくもない。

今日からお前は新兵だからな。国が支給した分の騎士の装備は没収、給金も新兵と同じ。

なぁに実力があれば、すぐ近衛に戻れるだろう?まぁ、頑張れ。はははは」



ニコニコと、優しい笑みを浮かべながら部屋に入るキリアンの目は笑っていなかった。



キリアンの私室の3つ隣の部屋。

少し扉を開けてメモを片手に事の成り行きを見ていたミーシャが呟いた。



「キリお兄ちゃん、エグ。」

与えられた自室がキリアンの部屋に近いミーシャは、今回と同じ様なものを何度か見た。



それら全てがキリアンを女性の立場で口説こうとするものだ。

見目麗しいキリアンと熊の様な体躯のガインの二人が身体の繋がりのある関係だとするならば、見た目だけの先入観によりキリアンが女役だと位置づけされてしまう様だ。



「ノーザンさんから見て、陛下が隊長を見る時の目ってどんな風に見えてるんだろ…弟子が師匠を敬う様にしか見えないって思ってるのならいいけど…。

二人の本当の関係に気付いているとしたら…。ちょいヤバかしら。」



どんな風に見えてます?とノーザン本人に訊ねたいのだが、やぶ蛇になっても困る。





……これは、一応キリアンの耳にも入れておいた方が良いのだろうか……。



ミーシャはキリアンの部屋を訪ねる事にした。



夜分に侍女が自ら皇帝陛下の部屋を1人で訪ねる等、普通は許されないのだが、ミーシャだけは目をつぶる様に周知されている。



「夜分に恐れ入ります、陛下…お伝えしたい事がございます。」



皇帝陛下の私室の扉をノックして返事を待つ。

しばらくすると扉が開かれ、ガウンを羽織ったキリアンが顔を出した。



「ミーシャか。こんな遅くにどうした?…まぁ、入るが良い。」



「では、失礼致しま………」



部屋に入りドアを閉めた瞬間、ミーシャがきびすを返し再びドアを開け、慌てたように部屋を出ようとした。



「どうしたの!?ミーちゃん!!」



「陛下……お許し下さい……!しばしお待ちを!

部屋から、ペンとメモ持って来ますんで!!」



めっちゃオトコくさい!!熱気むわぁだし!!

キリお兄ちゃん、パパをオカズにして自慰っていたわね!?



知りたいわ!!どんな風にパパをヤったの!?

妄想の中で!!!

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