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「まだ」の先。

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「ラン、息が続かネェ…ちょっと待てって…」


顔を背ける様に強引に横を向き一回ランの口付けから逃れた。
貪る様なランの強い情欲に流されるのを恐れる俺がいる。
自分が知らない自分になって、何処か分からない場所に落ちるのが怖い。

キスだけで?
キスだけで、こんなのってあるのか?


「待てない。逃げるなよ、真弓…」


逃げ道を塞ぐ様にランが俺の両腕を掴んで壁に俺の背を強く押し付ける。

射竦める様に強い眼差しで正面からランが俺を見詰め、傾けた顔を近付かせると再び深く唇を重ねて来た。


「まてっ……ンっ…」


声も飲み込まれて重ね合わせた唇の隙間から急く様に、ランの舌先が俺の口腔へとツウッと侵入して来る。


キス慣れしていない純情ぶった態度を取るつもりなど無かったが、俺の内側を埋め尽くしたランの一部に反応し、思わずビクッと身体を強張らせて肩を竦めてしまった。

その態度がランの気持ちの火を、より強くした様だ。


俺の左腕を押さえ付けていたランの右手が俺の頬に当てられた。
ランの指先が俺の耳を摘んで撫で、残りの指先には髪を絡ませる。
重ね合わせた口の中で、ランの舌先が俺の舌を持ち上げて、そんな裏側まで俺を知ろうとする。
恥ずかしいを通り越して震えが止まらなくなった。


37年生きてきて一応ではあるが恋人もいた。
キスだって数え切れないほどしてきたが……

だが、こんなにも激しく気持ちを訴えて来る様なキスを俺は経験したことが無い。

舐める吸われる、そんな目に見えるだけの行為そのものではなく、目には見えないが気持ちも含めて全てが深く交わり合う様な深い口付け。


卒業式の夜のランとの口付けより強くて切なくて、初めての深い口付けという経験を得た喜びすら通り過ぎて
ただ、がむしゃらに俺を欲しがる。
痛々しくて、涙が出そうな位に必死で。


唇を少し離してランが囁く。


「俺は真弓を逃さないし離さない。
逃げるなよ真弓…俺から離れようとしないで……
好きで好きで堪らないんだ…真弓を愛してる。」


「だからって、そんなにがっつくなよ。
息が続かんだろうが。」


極めて自然に、いつもの様に言葉を発したつもりだった。
暗がりだし、稲光の射し込む瞬間しか俺の顔なんぞ殆ど見えてないとも思っていた。


「真弓。
今の自分がどんな顔をしているのか分かっている?」


…ナニ聞かれてんだ、俺は。
顔もしかしたら赤い?テンパり気味?
そんな、変顔を晒しているのか俺は。


「見えないんだ。知るわけネェだろーが。」


ランが俺の左の頬に手を当てたまま、涙を拭う様に親指で目の下を撫でた。
唇が重なってない間はランの視線が俺の顔をずっと舐める様に見詰め続けている。
これはこれで、息を呑み込み呼吸が止まりそうだ。


「とろけた様な熱のこもった目をしている。  
俺とのキスで真弓にそんな目をされたら…。
俺、自惚れるよ?」


「そんな恥ッずい顔をしてるワケあるか。
お前の主観でモノを言ってんじゃねぇよ……。」


屁理屈だらけの俺の言葉の最後の方の声が小さくなってしまった。
俺を見るランの目が、あまりにも嬉しそうで。


「真弓が5年の間に俺を突き放したり、他の誰かを好きになったりしなかった時点で、実はかなり自惚れていた。
真弓が俺を受け入れる気で居てくれてるって。
無自覚だろうと、それが真弓の本音だと思っているから。」


「突き放すタイミングを逃しただけだ……。」


あー言えばこー言う俺の言葉を、ランは不快な顔をせずに笑って受け取る。
伊達に5年もの間、俺の側に居た訳じゃない。

ランは俺という男を良く知っている。


「俺は真弓の1番だ。
真弓が俺よりも好きになれる誰かなんて、どこにも居ない。」


「自惚れ過ぎだろ。」


「自惚れて当然だろ。
拒絶されずに真弓に受け入れて貰えているのだから。」


唇が重ねられ、ランの舌先が俺の口の中で激しくうねる。
頭の中で「何度も何度もしつこいな!」とランにツッコむ言葉が浮かぶが、それが口から出る前に全てランの口中に飲み込まれる。
俺の舌の上でタンタンとリズムを刻んで跳ねるランの舌先が、絡み合いたいと俺の舌先を呼ぶ。
誘いに乗り、舌先を伸ばすのを躊躇う。
そんな余裕も実は無く、膝と腰から力が抜けて崩れ落ちてしまいそうだ。

力が抜けて倒れそうになった身体を庇い、思わずランの背中に腕を回してヤツの身体にしがみついた。


「…………真弓が……欲し……」


「っっ!……ラン!」


ランの手の平が、シャツの上から俺の胸の上に置かれていた。
ランがガキの頃から、互いの身体に触れる事なんて腐る程あったし、今さら珍しい事ではなかった筈なのに……
いつもとは違う、俺の胸の上に置かれたランの手の平の大きさと熱さに、俺は初めて強い焦りを感じてしまった。


「も、もう、いいだろ!!」


右腕の肘から下をランと俺の身体の間にバリケードの様に挟み、ランの身体を押して俺から距離を取らせる。
ランが一歩下がり、密着していた俺との距離を少し空けた。


雷も収まって稲光がガラス戸から入らなくなっており、ほぼ真っ暗となった玄関では互いの表情を見る事も出来なくなった。


「真弓…怒った?ごめん…。」


「怒ってなんか、いねぇよ…。
ただ、その先は……まだ、だ。」


俺の表情が分からないランが、不安気なトーンで俺に謝った。
ランの顔は見えないが、その声音でヤツの表情が手に取る様に分かる。

ランは俺の1番だと豪語する割には、今だに俺に突き放されるのでは無いかとの不安を胸の内側に持っている。

俺に嫌われたくないと。


「真弓が可愛過ぎて…ごめん。まだ早いよな…。
真弓が嫌がる事をするつもりは無かったのに。」


嫌がった……のだろうか。
嫌だなんて考えは無かった気がする。
俺が口にした「まだ」は、ランが言う「まだ早い」ではなくて…「まだ俺の覚悟が出来てない」だ。


ディープキスに関しては俺が経験済みだとランも知っているから、ランも焦っていたし俺も許したが
その先に至っては、俺にとっても未知の領域だ。
男とのセックス……しかも、受け入れる側だなんて不安しかない。


「とにかく、お前の欲しかったディープキスはくれてやったんだ。
雨も治まったし今の内に家に帰れ。」


手の平で軽く払う様な仕草をしながらスイッチを探し、玄関の明かりを点けた。
互いの顔が見えた時、ランの表情は泣きそうで辛そうな顔をしていた。
俺はランの濡れた頭に手を置いて、ボサボサと髪を乱して頭を撫で回した。


「なんつーツラしてんだ、お望みの初ディープキスだろうが。
何だ、俺とのキスはそんなにつまらなかったのか?」


「違う!真弓とのキスは最高で……!」


「最高……
こ、小っ恥ずかしい事を堂々と言うんじゃねーよ。
だったら、もっと嬉しそうなツラを見せろ。」


「でも、俺……真弓に……」


「俺が「まだ」って言ったら、お前止まってくれたろ。
そんでいーじゃねぇか。」


ランの額にゴツと頭突きをするようにして額を当て、俺の方からチュッと啄む様な軽いキスをした。

ランの不安げな顔は、俺自身をも不安にさせるから見ていたくない。
ランの前で、いつまでも上から目線で大人ぶった態度を見せて、本音をさらけ出す事がしにくい俺を自己嫌悪に落とし込むから。


「分かった、帰る。また明日……」


ランが頷いて、俺の啄むバードキスの後に深く唇を重ねて来た。
明るい場所での、いきなりのコレは、どんな顔をして良いか分からなくて焦る。
目、閉じるんだっけ開けとくんだっけ?
ああ、どんな顔をしてりゃいいんだ。


冷たい身体に熱が走り、顔が火照るのを感じた。

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