新人領主は死霊術師

タタクラリ

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5. グールは繊細

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 自らに向けられた忠犬のごとき眼差しに、これがあの口うるさい剣士と同一人物であることを疑いそうになりさえしたが、クローデンはすぐさまアンデットの修復魔法を使い、ベルサリアの傷を癒した。支配の維持にも魔力を多量に消費しているため、傷を完全に塞ぐのに相当な体力を消費してしまった。
 ベッドに横になれば二秒もたたずに意識が落ちてしまいそうなほど困憊していたが、傷の回復具合が気になったクローデンはひざまずくベルサリアの全身を触って少しのかすり傷も残っていないか調べた。
 アンデットは死霊術がないと、転んだ際の擦り傷すら生者のように自力で治すことができない。一見無事に見える箇所でさえ、ダメージが積み重なればいずれ致命的な故障につながってしまう。

「あの……べたべた触りすぎじゃなくて?」
「アンデットの身体は繊細なんだ」
「どうなっても知らないわよ……」

 少女の忠告を意に介さず、クローデンは服を剥ぎ取り、指が白い素肌に少しだけ沈む強さで撫で、徹底的に傷跡を探した。それは傍から見れば寝込みを襲うクズ男の図だ。少女は事情を理解しているため強くは言わない。強くは言わないが、やはり顔を引きつらせていた。その一方で成熟した女性の身体に圧倒され、憧れのような感情を抱いたが、それを這う男の手つきにそっと心に蓋をした。

「大丈夫か、ベルサリア。どこか痛むところはないか。体に違和感は?」
「…………」

 触診と並行してベルサリアに声をかけるが、クローデンに返事はなかった。支配下の命令であるにも関わらずである。

「もう命令に従わなくなってるわよ。ほんと、支配への耐性が強いグールね」
「ああ、じきにまた拒絶反応が現れる。そろそろ支配を解除しようか」
「あっ、今はまずいんじゃ……」

 クローデンは術式を解き、支配を中止した。
 すさまじい勢いで消費していた魔力が回復し、数日ぶりに食事を口にしたような気分になったクローデンは、両腕を天に掲げ、腹部を隙だらけにして大きく伸びをした。
 そのわき腹を、重い一撃が襲った。
 今度はクローデンが地面に横たわってうめき声をあげる羽目となった。

「……悪い、あまりべたべたと触れられるのは好きじゃないんだ」

 支配下から復帰したベルサリアは裸同然だった。衣服を拾い集めて雑に着直し、謝罪をしたと思えば、それからクローデンの股間を踏みつけようとした。
 リッチキングは顔をしかめながら

「その死霊術師は、あなたを苦痛から救おうとしたのよ。多分、下心なく。だから、手加減してあげて、ね?」
「あれだけ触っておいてか? 手の感触が残っているぞ、体中隙間なくだ」

地面でのたうち回るクローデンを咎めることはしなかったが、憐れむこともなかった。
 股間の真上に構えられた足が振り下ろされることはなかったが、その間一髪の状況に顔を青くする者たちがいた。

「お前らも、私の裸を見たのか?」

 ベルサリアは辺りを見回した。そこでは、兵士の格好をしたグールたちが体を震え上がらせながらクローデンに同情の目を送っていた。リッチキングが支配していたグールたちだ。クローデンと魔力を同期させた際、リッチキングの魔力が足りなくなり、自動的に支配術式が消滅していたのである。
 兵士のグールは目を背けて言った。

「見て、ないです……」
「本当か?」

 ベルサリアの剣が赤く輝いた。

「すごく、きれいでした……!」

 正直なグールは己の運命を悟りながら、最期の役得をかみしめた。
 ベルサリアは剣を上段に構えた。

「待った……ベル、サリア」
「なんだ、こいつらも最後にいいものが見られて満足だろう」
「人材……──」

 クローデンはそう言い残し、意識を手放した。寝息を立てながら。

「人材、か。まあ、お前が私を救ってくれたのは確かだからな……これで貸し借りはなしだぞ?」

 剣を構えたままベルサリアは兵士のグールたちに再び語り掛けた。

「幸運にも二度目を生を受け、幸運にも私の裸体を目にした者ども。お前らに、二度目の死を免れる好機を与えよう」
「な、なんでしょうか。わたくしどもにできることなら、なんでも申し付けください!」
「支配されてないアンデットにしてはえらく従順ね。それで、人材って?」
「この辺りにネクロポリスを創るんだと。その開拓にこいつらを使うんだ」

 ベルサリアはクローデンがネクロポリスの建造を計画していることを話した。ネクロポリスは死霊術師が運用するアンデットの都市であり、彼らは生前兵士だったグールなので力仕事の多い開拓者としてはこれ以上ない人材なのだ。
 それに加え、ベルサリアは自らの望みである公衆浴場について弁舌を振るった。

「風呂はいいぞ。一日の最後にあたたかな泉に浸かれば、その日の疲れが一気に落ちるんだ。風呂の中では常に無礼講、庶民も皇帝も、等しく一日の垢を洗い流すんだ」

 結果として、兵士たちは都市の開拓に快く参加することとなった。

「ぜひとも作りましょう、ネクロポリス! ……それと、公衆浴場も……」
「ああ、死ぬほど働いてもらうぞ、覚悟しておけ。──そのあとの風呂は格別だからな」

 兵士たちはよく訓練された兵士らしく揃って「はっ!!」と応えた。

「……ほんとにお風呂に入ることが目的かしら」

 死霊術師は地面の上で寝息を立て、リッチキングはため息を吐いているが、ともかく開拓のための人材は確保できたのだった。
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