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出会った人と生きていく

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寺子屋を後にして、歩き出す。ある角を曲がったとき、前から華やかな一団がやって来るのが見える。傘を掲げる人、荷物を持つ人、華を振らせる男の人。お囃子の音に、周りから上がる感嘆の悲鳴。もれる、黄色いため息。殿に負けない人気ぶり

「殿、あの人達はナニ」
「うむ、こちらに来てくれるようじゃ、すぐにわかるの。それにしても、運が良かったのお。帰って来ておったんじゃの」

華やかな人垣は、殿とわたしの前で留まる。と、花吹雪が倍になる。扇子で扇いで、花を撒き散らす。お囃子も一層、賑やかになる

「と、との~」
「案じなくて良いの」

気押される、わたし、殿の袖を掴む。すると従者と華撒きさんが退いたその先、甘い甘い良い香りが漂ってくる。花吹雪やお囃子、香りの中心にいたのは

「まぁまぁ、御館様ぁ。まさか、大江戸城下でお目にかかれるとは思いませんでしたわぁ」

花魁着物を着こなし、煌びやかなかんざしを差した、凄まじい美人がいた。お、同じ人間だろうか、背後にキラキラが見える気がする

「ワシの言葉じゃ、舞彩(まい)戻っておったのじゃのぅ。大江戸へ入ったのは何時かの」
「昨日(さくじつ)ですわぁ。本当はそのままの足で、お目通りいたしたかったですの~。ですが旅の埃も落とさずに伺うのは、失礼と万感思い踏みとどめましたの」

どうやら殿は、この人とも親しいみたい。綺麗な人は、声まで綺麗。聴いてるだけで、心地よい声色だ

「本日こそ、お目通りをと思ってましたところに、御館様がお出ましとの騒ぎを耳にしましたの。もう、お座敷もそこそこに、やって参りましたわぁ」

殿との会話が、嬉しくてたまらない感じ。女の人、顎のした、鮮やかな扇を開く。かんざしについている、いくつもの瓔珞が、鈴のように鳴る。着物の裾を引きずらないように、小さな二人の女の子が僅かにたくし上げている

「それは、手間をかけたのぅ。はっは、お座敷を投げ出してはイカンのう」
「とんでもありませんわぁ。御館様がお出ましならば、いても立っても、いられませんでしたの~」

くせの無い、絹のようなロングヘアー、後ろ髪の先端を結んでいる。切れ長だけど、優しい雰囲気の瞳、まつげバッチリ。お化粧は、多分、少ししてる程度のナチュラルメイク。女のわたしでもため息出そうな、絶世の美人さん

「うむ、そうじゃ。舞彩がおるなら頼みたいの。明日のぅ、天歌屋で、此方のアカネ殿を迎える宴を行うのじゃ。舞彩の歌と舞踊を披露しては貰えんかのぅ」

わたしの肩に手を置き、紹介してくれる、殿

「まぁまぁ、可愛らしいお嬢様ですの。御館様、お断りする理由がありませんわ。はじめまして、アカネさん、舞彩と申しますの。以後お見知りおきを、お願い致しますわぁ」

妖艶な笑みを浮かべる、マイさん。扇を胸の位置まで下げ、お辞儀。その仕草で『谷間』が強調され、大人の色香がすさまじい。ぷるぷるの唇が、いかにも妖艶。まわりから、桃色のため息が漏れる

「ぁっ―はちめまして、マイさん」

実際わたしも、色気に呑まれそうになる。どうにか立て直して、お辞儀。したけど思いっきり、あいさつ噛んだ

「アカネ殿はのぅ舞彩、叔父上の末娘なんじゃよ。昨晩、越後より参った、の」
「まぁまぁまあ、越後様の娘様。それでは、わたくしが参じるなど恐れ多くはありませんか、御館様」

驚きの声と顔の舞彩さん。周りの人たち『御殿様、舞彩太夫(たゆう)に越後様の娘様。今日はなんて日だ』そんな声をあげる。事態が大げさになりすぎて、もうどうにもできない

「ほっほ、何を申すかのぅ、舞彩。大和一のそなたが歌と舞、どうか披露してほしいのう。それにの、舞彩、鍛冶屋の鋼も呼んでおるのぅ」

コウ君の名前を聞いた琉華さん、微笑みが増しマシ

「まぁまぁまぁ、鋼さんも。ますます、お断りできませんわ。ああ、愛しの鋼さん」
「はっはっは、存分に可愛がると良いの」

悶えてる、マイさん。カラカラ笑う殿

「そうですわ、御館様。わたくしの妹を連れて行っても構いませんか。最近入った新顔で、歌と踊りはまだまだですが、お三味線の腕は逸品ですの。そろそろお座敷に、お顔見せさせたいと思っていましたところですわぁ」

扇を一気に畳む、マイさん。名案を思いついたって感じのリアクション。乾いた、気持ちの良い音が響く

「これは、嬉しい申し出じゃ。願ってもないの。アカネ殿の宴が、初お披露目というわけじゃ。ますますもって、楽しみじゃの。舞彩、明日昼より、天歌屋で催すでの。それまでに、の」

マイさんの提案に、殿、大きく頷いて肯定。マイさんに加え、もう一人来てくれることになるみたい

「必ず伺いますわぁ。まぁまぁ、天歌屋様で、越後様の娘様をご歓迎。そこにはせ参じるなんて、御館様にお目通りした御利益ですわぁ」
「大げさじゃ、舞彩。では、本日はこれにてのぅ。急ぎ足ですまんのじゃが、アカネ殿に、大江戸を案内(あない)しておる最中での」
「ご宴会、楽しみにしてますわぁ」

殿と話す舞彩さんは、どこか幼く見える気がする。殿の声に、歓声、感嘆、黄色桃色。色々な悲鳴に見送られ、再び歩き出す。わたしは殿に聞く

「殿、あの美人さん、マイさんはどんな人」
「舞彩はの、大人気の芸妓じゃの。歌と舞踊で人を魅了するのじゃ。大和一の太夫(たゆう)でのぅ、大江戸に居ることは少ないほどじゃ。国中引っ張りだこじゃからの」

正面を見つめ、笑いながら話す、殿。わたし、またその横を付いて歩く

「そうなんだ。ホント、綺麗なひとだもんね~。そういえば、コウ君のことも言ってたけど、なにか関係あるの」

納得と、再び浮かぶ疑問を口にする

「以前のぅ、お座敷が遅くなった時があったらしくての。舞彩が、野犬に襲われたそうじゃ。その時、たまたま通りがかった鋼が、必死に撃退したらしくての。よい男気じゃ」

二三度頷き、コウ君の事を語る殿。何処か誇らしげ。わたしも、弟が褒められてる気分で

「コウ君、ほんとにイイコなんだね。マイさん護ったんだぁ」

やや前のめり気味で返す。声が弾んじゃう

「火焚き棒だけが武器だったそうでの。追い払いはしたが、鋼も傷だらけじゃったそうだの」

『身を挺して守る』そんな言葉を、聞いたことがある。コウ君、言葉通り守ったんだ

「傷が元で高熱を出した鋼を、付ききりで舞彩が看病したらしいのぅ。それ以来、鋼が、大のお気に入りというわけじゃ」
「あんな綺麗な人のお気に入り、コウ君、幸せ者だ~」

殿、吐息をつき、笑いながらわたしを観る

「じゃの。本人は大分(だいぶん)照れておるがの。じゃが、それだけのことをやってのけたと言う事じゃの。幸せに過ぎるくらいでちょうど良い。アカネ、そなたにも同じ事が言えようの」
「わたしにも」

殿が目線を合わせてくる

「左様じゃの。これからは、幸せに生きれば良いということじゃ。もとの世に戻っても、の」

元の世界に戻る。そんな事が出来るのかはわかんない。でも一つ、言えることがある。帰ることを想像すると、背筋が寒くなる。だからわたしは帰りたくなんかない。二度と化け物(しんぞく)の家に、飲み込まれたくない

「―っ殿」

歩みを止めるわたし。両手を握りしめる

「如何したかの、アカネ」

突然歩くのを止めたわたし。殿が不思議そうに訊いてくる。わたしは衝動が湧き上がる。それを言葉にする

「わたし、ちょっと前まで、生きてても、何もいいことない。そんな風に思ってた。この大江戸に来て、颯馬さんに斬られそうになって。わたし、思った、死にたくないって」

『生きてるのか死んでるのか解らない』化け物の家(しんるいのいえ)で、ただ一度、わたしに投げつけられた言葉

「殿に『生きよ』って言われて思った、生きたいって。はじめて生きてたいって思った」

涙が溢れる。こらえることが出来ない

「アマス屋さんでお菓子食べて、わたし思った『幸せって』」

あの幸せは、初めて思った、幸せだった。あれが、幸せだったんだ

「幸せにって言うなら、生きていいんだったら」

殿に詰め寄っていく。着物の裾を、思いっきり掴む。殿を見上げる。綺麗な瞳は、切なげにわたしを見てた

「殿、幸せにして、わたしをこの大江戸で。わたしが生きたいって思った、この街で。帰る方法なんていらない、化け物の家(しんるいのいえ)何かに戻りたくない。わたし生きたいっ、殿が言うように。コウ(おとうと)が、生きているこの大江戸で。わたし、ココで生きたいのっ」

袖を掴まれたまま、屈んでくれる、殿。切なげに、それでも温かな笑みを浮かべて、わたしを見てくれる

「アカネ」

名前を呼ばれ、掴んでいた袖を、離してしまう。自分の我が儘だけを言ってしまった。もし、それで殿に見放されたらと言う、恐怖に駆られた

「よう耐えた」

おもむろに撫でてくれる、殿。その手のひらが温かくて、また涙が込み上げてくる。安堵の涙

「よう堪え忍んだのぅ」

殿の温かな言葉と手のひらが、涙のタガを外す

「辛かったんだの。一人きり、だったんだの。ワシのように、頼れる友も、家族もおらんかったかの。すまんない事を言ってしまったようじゃの。アカネ、よう耐えた、よう堪え忍んだ」

撫でてくれる、殿の着物の袖を、目に当ててしまう。涙で、殿の着物、汚してしまう

「まずはこの大江戸で、身体と心を休めるがよいの。この地で、まずはそなたの心を癒すと良い、の」

肩に乗った手が、わたしをさすってくれる

「ここにおると良い、の、アカネ。そなたが幸せを感じられるこの世にの」

わたしの前に回り込む。涙を拭ってくれながら、目を合わせながら、わたしに告げてくれる。どこまでも真剣に。わたしのことを、こんなに想ってくれる人がいる。わたしは生きていく。この大江戸で生きていく。殿と同じこの時を、わたしはみんなと生きていく

「ワシと共に、ワシら家族と共に生きようのぅ、アカネ」

涙を拭ってくれる。ワシと共に、ワシら家族と共に。なんて素敵な響きだろう

「わたし、生きるね、一生懸命。殿たちと一緒に」

まだ涙は止まらない。ぐずりながら泣き笑い。殿に告げる、わたし

「生きようの、アカネ。そなたの言うように、懸命にじゃ」
「んっ」

自分の着物の袖で、涙を強めに拭く

「じゃあ今度は、ドコに連れてってくれるの、殿」

シッチャカメッチャカだけど、泣いてばかりで、殿を困らせてもイケナイ。と言って、ドコに行くか殿にまかせる、ワガママ振り

「そうじゃのう。ふふ、泣いた女子が、笑顔になる場所に向かうかの~」
「やった~」

わたしはココで生きていく。殿と一緒に生きていく
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