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大江戸の街の中

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いくつかの通りを横切り、角を曲がり、辻を抜ける。と、その時だ

「わっ」
「おっと」
「っんぎぁっ」

誰かが殿に、思い切りぶつかってきた。びっくり、わたし。びくともしない、殿。逆に、相手の方が吹っ飛ばされる。持っていた箱がけたたましく転がり、道具が飛び出す。わたし、殿、誰かさん。三者三様、声が出る。特にぶつかってきた人は、はね飛ばされ方も派手。格闘ゲームのKOシーンみたいにふっとんだ

「済まんの、大事は無いかの」

すぐさま相手を気遣う、殿。に、誰かさん、起き上がり方も派手。凄い勢いで跳ね上がって

「ってぇにゃっどこに目ぇつけちやがるこんの、うすらトンカチっっ。カンナのサビにしてヒンムク―」

凄い剣幕で怒鳴り散らしてくる。わ、凄い勢い。あ、良く見たら女の子だ。詰め寄りかたに、さすがに殿も動じるかと思ったけど

「て、お日様、うあ済まにぃっ。平にお許しぉ」
「元気じゃのぅ、藍(らん)良いことじゃ。走るときは気を配らんとの」

笑いながら、散らばった大工道具を拾ってあげる殿。紅いねじりはちまき。わたしと同じくらいの身長で、細めの眉。ばっちりした瞳に、低めの鼻。特徴的な大きな三つ編み。白いさらしに、萌黄色の半被が、いかにも大工な女の子。あわてふためき、道具拾いに加勢する

「ひゃ~、済まねえっ。ひかし、今日はまた、どんな用事で。っすかぁ(まさか)お日様がいるにゃ、思ひゃせんに」
「アカネ殿に街を案内(あない)しておっての~ぅ」

殿の言葉で、道具拾いを一時停止。して、わたしの方に目を移す、女の子

「ん゛あ゛~ん」

しゃがんだ状態でわたしを見やる、ランとよばれる女の子。な、なんだか威圧的で、ちょっと恐い。朝、リリ姉の覗き込みを『ガン飛ばし』なんて誤解した。けど今、確実にわたし、ガンを飛ばされてる

「~やせ馬だにゃ、食うもんにえり好みでもしつらんにゃ。食わねえヤツは―」

ヤンキー座りでガンを飛ばし、眉をつり上げながら唸る、ランさん

「藍よ、アカネはの、越後の雄が末娘なんじゃ」

それまでの勢いが、完全に萎びる。越後の娘と言われて、飛び上がる。そのまんま青ざめ、ひれ伏す、ランさん。昔見たコントに『フライングドゲザ』とかあったけど、あんな感じ

「っす、すま、すまにぃっ。にや゛ぁ、にゃんて日なんどぅあっ。お日様に、越後の大将の娘様づぁ。んにぁぁぁ、とんだ無礼―」
「ははははは、藍、もう良い。アカネ殿は怒っておらん。の、アカネ」

うなずくわたし。コロコロ表情に、怒るどころか笑みが出る

「藍はの、大江戸城を建てた、宮大工の娘じゃ。美しい彫り物が得意での。ワシとアカネが、寝室に使っておる部屋の格天井(ごうてんじょう)藍が僅か六つ時、彫り上げたものじゃ、の」

懐に両手を入れ、微笑む殿

「あの天井の彫り細工、6歳の時彫ったの。ランさん、すごい」

今朝観た、美しい天井を思い出す、ゴウテンジョウと言うのか。だけど、アレを六歳の女の子が彫り上げたなんて。素直に感想を言う、わたし。いや、だって凄いもん

「にぃぃぃや、それほどのこづぁっ。越後の雄が娘様『さん』にゃんづぁ、いりゃぜん。おりゃあごとき木くずの粉っぱ、どうぞ好きに呼んでくだじぇ」

恐縮しきりのランさん。わたしは越後の姫でも、何でも無いから、ちょっと申し訳ない。だけど、ランさんを好きに呼ぶなら

「やっぱり『ランさん』っかな」
「はは、どうじゃの、藍『さん』敬称は気に入ったかのぅ」

イタズラっぽく言っちゃうわたし。殿まで、イタズラッコな微笑み。わたしが言うのはオカシイかもだけど、目の前のカワイイ子の反応が見たい

「こここ、こまりにゃ゛した。あ、いや、おりゃあ、これでしっけい。長屋のバサマに、板戸の修理頼まれてんじぇ」

頭を掻いて、鼻の頭も掻いて、汗までかいて。逃げるように、駆け出そうとして

「藍よ。明日昼にの、天歌屋で、アカネ殿を『迎える』宴を催すのぅ。大工の頭領のそなたも参ってほしいのじゃが、都合はつくかの」

殿が呼び止める

「おおお、おりゃあ、場違いじゃ~ねえか、お日様っ。越後様の娘様の宴会にゃ゛~」
「皆々呼んで、少し話したいこともあるでの」

真顔の殿『何か』を察した藍さん。それまでと違う顔つきで

「―ガッテンガッテン承知の八平っ。じゃな、お日様、娘様」

くるっと回って、決めポーズを披露。明日の約束を受け入れて、今度こそ、砂埃をあげて走ってゆく藍さん

「なんかイロイロすごいなぁ、藍さん」
「体躯に見合わぬあの馬力は、どこから溢れるものかの~」

そのパワフルさを見て、本音が口をつく。それに同意してくれる、殿と笑い合う。大江戸大工、エネルギッシュな女の子だった。華やぐ街を歩く。その都度、殿に上がった歓声を後にして、やってきたのは、大きな建物。カンジから木造の、立派な学校に見える。門から出てくるのは、わたしと同じくらいの子供達。ココはやっぱり学校だろう。

「昨晩の清徒はの、この寺子屋の教頭を務めておる」
「すご~い、あんなに若いのに」

寺子屋、やっぱり学校だった。殿の教頭先生という単語で驚く。わたしが見てきた教頭先生は、歳食った『薄い』系の人ばかりだったから。教頭って、そうじゃなきゃいけないのかって思ったくらい。セイト先生、教頭先生なんだ

「優秀な人物に、齢などは関係ないということじゃのぅ。自らも、学級を担当しておる」

校庭の子供達、殿の姿を見つける。ここでもあがる、歓喜の声

「皆、そのまま体育を努めて欲しいの。ワシなんぞの登場で、授業をおろそかにしてはいかんの~ぅ」

でも殿は威張らない。自然体でみんなに手を振って、歩いて行く。わたし、とにかく殿に引っ付いていく

「それぞれ、六つから十八までの。学びたいものが通ってくる。雅郷は五つじゃが、あまりに好奇心旺盛での。質問攻めに困る故、午前は此所へと通わせておる」
「そんなにたくさん、ここに通ってるんだ。どんなことを教えてくれるの」

玄関に入って、外履きは、来賓用のうち履きに変える。学校だから、わたし達の時代とあまり変わらないと思ってた。でも

「言葉、文字の読み書き、算術。法や医学などのぅ。それぞれ担当がわかれておるのじゃ。学びたいものを、学びたい師より学ぶ」

だいぶ感じが違う、お医者さんや法律まで教えてる辺り。じゃあ

「清徒先生は何を教えてるの」
「文化、文字の読み書き。そして、人としてのありかたじゃの」

階段を上って二階、ある部屋へ入る殿。即座に、殿様だと声が上がる。黒板に向かっていた、セイト先生。子供達の言葉で、殿やってきたと知り、目を丸くしながら

「御殿様、わざわざ足を運んでいただけますとは。本日はまた、如何な御用事で」

丁寧にお辞儀をし、殿に向き直る

「授業の邪魔をして、すまんの、清徒。昨晩のお礼を直接渡したくての。甘州屋の葛桜じゃ。人数分あるから、子らとの。十五の半には、寺子屋人数分も届く故、皆で食しての」

ありがとう殿様と、大歓声が上がる

「誠にありがとうございます、御殿様。甘い物には、めがなくて」

丁寧にお辞儀で、殿にお礼を言う、先生。と

「アカネさん、その後、いかがですか。ある意味では、別の世に来られたわけですから。体調は変化ありませんか。戻れる気配などは」

小声で話しかけてくれる。わたしに心配りをしてくれる先生

「ありがとう、先生。体の具合、前よりいいくらい。わたし、大江戸気に入っちゃった」
「それはなによりです」

わたしの正直感想に、微笑んでくれる先生

「そうじゃ、清徒よ、手間を増やして済まんがの。日輪の日にの、アカネにこの世の事を教えてやってほしいのじゃ。歴史や文字、法などものぅ。ワシも少しずつは伝えるがの」
「承りました、御殿様。日輪の日、午前中に伺いましょう」

頷く清徒先生。わたしの家庭教師を引き受けてくれる

「では、皆、清徒の話を良く聞いて、励んでほしいのぅ。大和の未来は、そなたら若人(わこうど)にかかっておるからの」

喝采を受けながら、教室を後にする。その後、教務室にあたる、教員の間に寄って、葛桜が届くことを伝える殿。先生方も大喜びだった
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