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日向の姉弟とわたし
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美味しかった。結局3杯もごはん、食べちゃった。わたし、こんなに食べること、出来るんだ
「本当にごちそうさまでした、ミナトさん。すっごくおいしかったぁ」
「お手間じゃったの、海鳴渡。がの、アカネも満足したようじゃ、ありがとうの」
お腹いっぱい。こんなに食べたの初めて。食べる事って、こんなに楽しいんだ
「そいつぁ良かった。三食は出すけどよ、腹が減ったらいつでも来な、嬢ちゃん。出来るモンならな~んでも作ってやるからよ」
食堂の暖簾の前、頭を下げるわたし、と、殿。豪快に笑う、ミナトさん。そして殿、おもむろに
「そうじゃ、海鳴渡。明日にでも、アカネを迎える宴をしようと思うのじゃが。如何かの、時をさけるかの」
「え、歓迎会なんてしてくれるの、殿」
そんな提案をしてくれる、殿。ただ降ってきた、どこの誰かも解んない、わたし。歓迎してくれるなんて、思ってない。まして宴会を開いてくれるなんて、それこそ全くの想定外だ
「はは、大江戸でしばし暮らすのじゃ。ワシの家族に加わる故、当然じゃの。如何かの、海鳴渡」
それなのに殿は、わたしの歓迎会を決めてしまう。どうやら殿にとって、当たり前の事らしい
「おいおい、親友の頼みを断るほど、俺っちは無粋じゃねぇぞ。やろうじゃねえか、殿様。嬢ちゃんの歓迎会」
親友と言う、ミナトさんノリノリ。殿の肩を、バンバン叩いて宣言する
「場所は、そうさの、天歌屋(てんかや)を借り切るか。海鳴渡もそちらの厨房で腕を振るって欲しいのぅ」
「あいよっ、任しとけっ」
頭を下げ、殿に促され、調理場を後にする。ああ、嬉しい。何でかは解んないけど、わたしを受け入れてくれる、殿がいる。邪魔者扱いされないことが嬉しい
「せっかく下に降りたからの。鍛錬の間にゆこうかの」
「タンレンノマ」
聞き覚えのない言葉。タンレンノマとは、何のこっちゃ。疑問符を浮かべるわたしに、殿が説明してくれる
「剣術や武道の訓練をする間じゃ。この時間じゃ、ワシの妹もおろう」
「えっ、昨日の優しそうな妹さんが剣使うの」
剣術、武術『ケンカクソウル』とか『ミチノクファイター』とか、ゲームのが浮かぶ。まさか昨日のかわいい人が、剣を使って、闘うの。格闘技なんか、絶対似合わない
「ああ、恵ではない。妹と言うたが、親族の一人での」
「あ、別の人なんだぁ」
びっくりした。昨日の妹さんと武術、全く結びつかないから。別の人と聞いて、何だかほっとする。またも、殿の右後ろ。付いて歩いて行く。草履を履く、用意してくれる殿。城の庭に出る。そこでまず『あにさま~』と後ろから声を掛けられる。振り向いたわたしと殿。走って来るのは、泥まみれの女の子
「おお、美穂(みほ)どうかの、今年の作物の出来は」
「期待して、あにさま~。占いさんの通り植えたら、今年も抜群。悪い動物とか、虫の害も無くて状態良好~。股金鋤(またがねすき)が足りなくなってね。取りに戻って来た~」
わたし達の方へ駆け寄ってくる、女の子
「それは良いの~ぅ。そなたも作りがいがあろうの。民が飢えないのは、ワシの願いの一つじゃからのぅ。作物の出来が良いのはそなたの育て方もよいという証じゃ。宜しくの、美穂」
殿の前で止まる。土にまみれ、ツギハギの着物を、股上までたくしあげ、ふんどし姿の女の子
「よろしくされた、がんばるよ~。ねぇねぇあにさま、その子が、あかねちゃ~ん」
「うむ、早朝に話した通りじゃの」
あにさま、ってことは、殿の妹さん。え、つまりお姫様じゃないのっ間違ってないよね
「わ~かわいいね、あかねちゃん。はじめまして~。野良仕事が担当の、みほだよ、よろしくね~」
「美穂も親族での、ワシの妹じゃ。作物を、民と共に育てておる」
「えええ、お姫様でしょ、ミホさんっ。野良仕事するのぉっ」
紹介される、殿の妹。仰天だよ、お姫様が野良仕事って、畑仕事の事だよね
「はは、アカネ、何故驚くかの。民の皆々と共に仕事せずに、どうして食(ジキ)が頂けるかの。ワシも初田植えや収穫時には、田畑(でんばた)へ参るのぅ」
「みんなと一緒に野良仕事するから、ごはんがおいし~んだよ、あかねちゃん」
イロイロ突っ込みたいけど、どうも当然のことらしい。この格好や、浅黒く日焼けした肌からは、とても殿様の妹だとは思えない。でも、その顔に、輝く大きな瞳(ひとみ)綺麗な目鼻立ちからは、気高さが溢れ出ている。殿と違って、わたし達と同じ、茶色の瞳。髪は殿と同じ、艶々の黒髪で、ミディアムショート。前髪を、紐で括って上げている。そっか、本当に『気高い』人は、格好なんて関係ないんだ。妹さんが多いんだな。思うわたし。と、言うか、かわいいなんて照れる。べつにわたし、かわいくなんか無いのに
「ミホさん、よろしくお願いします」
「みほでい~よ、あかねちゃん。ん~、あかねちゃん、痩せすぎだよ。これからは、みほの作るお米、たくさん食べてね。またね~」
わたしを見て、一瞬でも心配な顔で、心配り、してくれた。そのミホさんは、農具を持って、走っていく
「殿も、田んぼに行くんだよね」
泥んこまみれのミホさん。いまだにその格好が信じられない。イメージのお姫様とかけ離れているから
「ぅむ。降ってきた晩申したこと、覚えておるかの、アカネ。ワシは民の事を家族と思っておる。先頭に立って働かねば、示しが付かんからの」
「~、でも、すごいなぁ」
楽しげに笑って、話す、殿。感想が口をつくけど
「さして特別とは思わんの。季節が来たなら、アカネも田畑へ入ってみると良いの」
殿は当然のことと、意に介さない。上手く言葉に出来ないから黙っちゃうけど、殿様が先頭切るって、やっぱり凄い。色んな出来事が起きて、ちょっとふわふわする。そんな状態で、また、殿について歩く。聞こえてくる、男の人の掛け声。その中に、凜と響く女性の声ある。城の離れ、庭を横切った先
「大きいね、殿」
「ここで種々の武芸を鍛錬するで、の」
広い建物、板戸が開け放たれ、たくさんの人が居る。その中心で声を荒げる女の人が居た。長身痩躯、白の剣道着、サラサラの黒髪を振り乱し、木刀を振るう、ただ一人の女性
「気が入っておらんぞっ。修練と思うな。鍛錬を誠の戦場(いくさば)と思って励まん者は、早死にぞ」
「ご苦労じゃの~ぅ。凛々、励んでおるようで頼もしい限りじゃ」
殿が負けじと声を張る、大迫力だ。昨日から、優しい声しか聴いてなかったわたし。本気を出すと、殿はこれだけの大声量が出せると知る
「兄様っ(あにさま)皆しばし己で努めておれ」
わたし達に気付き、駆けてくる女の人。タンレンンノマを出てきて、殿の前に跪く。切れ長の鋭い瞳と、凜々しい眉、まつげも長め。ミホさんと違って、色白、綺麗な肌のお姉さん
「ワシの妹、凛々好(りりす)じゃ。侍大将を務めておる。凛々、今朝方、話したアカネじゃ」
女の人が、これだけの男の頂点に立つ。何か凄い。だって他の人、見た目強そうだもん。ゴツイ感じの人もいる。その頂点に立つのが、こんなに綺麗で細身のお姉さん。やっぱり凄い
「そちがアカネか。兄様から伺っておるぞ。難儀な所より参ったそうだな。ん―」
汗を袖口で拭って、わたしを見つめるリリスさん。な、なんだろう、綺麗なお姉さんに覗き込まれるわたし。もしかして『ガンをトバス』ってヤツなのだろうか。なんだか相手の格好良さに、どきどきする。リリスさんの胸くらいまでしか、身長無いわたし。蛇に睨まれたカエル、なんて言葉を思い出す
「うん、思った通りだ。そち、拙者と心なしか似ておるな」
「え、そ、そんなことないっ。だって、わたし、リリスさんみたいに格好良くない。ちんちくりんで、ガリガリだし」
思ってもみない事を告げられて、ちょこっと焦る。でも、カッコイイお侍お姉さんに『似てる』とか、実はちょっと嬉しい
「そう自分を卑下するものでないの、アカネ。言われてみれば、幼少の凛々と似てるやもしれん、の」
殿に褒められるのも、実は嬉しい。って言うか、殿の一族って、顔面偏差値が高すぎる。ちんちくりんと格好良くないのは、確かなわたし。そんなわたしに
「うむ、決めた。アカネ、そちは拙者の妹と名乗るが良い」
またも驚きの提案をしてくれる
「それは良いのぅ、凛々。アカネも、ワシの家族になるのじゃからの。凛々も恵も美穂も、姉じゃと思うてくれれば良いの。うん『越後の雄』の遣いで参った、凛々の妹ということにしようかの。越後の雄はの、アカネ。凛々と美穂の父君なんじゃ」
リリスさん、わたしのお姉ちゃん宣言。殿の『家族』宣言にも驚いたけど、リリスさんの発案で『妹』にまで昇格する、わたし
「兄様、素晴らしいご提案っ、拙者も賛同いたします。アカネ、そちは今より、拙者の妹ぞっ」
わたしの肩を、がっしり掴む、リリスさん
「この城に、この大江戸に。そんな屑はおらんと信ずる。がな、もし、虐め(いじめ)られるようなことがあればいつでも申せ。侍大将、凛々好の妹だとな。拙者のことは姉と呼べ」
なんだかとても嬉しい。本当のお姉ちゃんができたようで。殿がみんなを大切にしているからだろうか。このお城の人は、なんだかみんな温かい
「ありがとうございます、リリスさん」
「凛々好姉様、だ、アカネ」
反射的に、お礼の言葉が口をつく。わたしの肩に手を置き『お姉ちゃん』呼びを促す、リリスさん
「ほっほ、次第に慣れれば良いの、アカネ。ではの、凛々、鍛錬の邪魔をして、済まなかったのぅ。次の場所に参るかの、アカネ」
「はいっ、との~」
「では兄様、拙者は稽古に戻ります。またな、アカネ」
タンレンノマを後にする。殿に案内され、城の中を歩く。午前中は、お城の中を見て回るだけで時間が過ぎていった。お寺の、だろうか、鐘の音(ね)が聞こえてくる
「城の中に、風呂もあるがの。街の風呂屋へ行った方が快適じゃ。うむ、アカネ。正食(しょうじき)を食べた後は、街を案内(あない)いたそう。ワシの友を紹介したい。もちろん、そなたのこともな」
「やった~、街、行ってみた~い。あ、殿~、ジキって何、ご飯のこと。ショウジキってナニ~」
気になるので訊いてみる。ニュアンスからご飯っぽいけど、ジキって何。正直者とかのじゃないよね
「ああ、すまんの。ワシの御師様だった僧正様(そうじょうさま)がの、使っていた言葉遣いでのぅ」
「ソウジョウサマ、また解んない~」
大江戸の言葉なのかな。どちらにしても解らないので、殿に訊き返す
「偉いお坊様のことじゃの、僧正様は。食(ジキ)はアカネが言うように、食事のことで間違っておらんの。さてさて、その楽しい正食『お昼ご飯』の時間じゃの。食堂(じきどう)へ向かおうかの、アカネ」
「は~いっ、お昼ごはん楽しみ~ぃっ」
楽しくなってくる。昨日までの閉塞感など、空の彼方に消し飛んじゃう。朝観た、あの綺麗な街に降りることができるのだ。朝ごはんを食べた城の一階、調理場から、少し離れた部屋に来る
「大きい~」
「ここが大江戸城の、食堂じゃの」
広く明るい畳敷きの間には、殿の家族や配下の人が入り乱れている。食事はみなと共にという、殿の方針らしい。座る卓は、殿親族と配下の人たち、さすがに別れているけれど。上座へと通される。良いのだろうか等と思っていると
「にいさま、ただいまもどりました」
可愛らしい男の子が、ぽてぽてやって来る。え、何この可愛い子
「おお、雅郷(まさと)よく戻ったの。寺子屋はどうじゃ」
「ほんじつもたのしかったです。せいとせんせいのおはなしは、とってもわかりやすいです」
「雅郷、先般話したアカネじゃの」
紹介される。話しぶりでは、どうやら殿の弟らしい。にっこり笑い、両手を差し出してくるマサト君。甚平姿で、やや長めの髪。あ、瞳の色、殿と違う。良く見ると濃いめの緑色の瞳。たれ気味の眉は、愛嬌溢れる。丸顔で、優しい雰囲気を醸し出している
「はじめまして、あかねねえさま。にいさまからうかがってます。どうか、わしともなかよくしてください」
にいさまって事は、殿の弟なんだ。殿を見習ってか、自分のことを『わし』と呼ぶマサト君。あまりにミスマッチで微笑ましい。って言うか、超カワイイ
「よろしくね、マサト君」
しゃがんで握手を交わす。お手々、やわらか~い
「さあアカネ、こちらじゃ。席に着くがよいの」
「おにいさま。アカネちゃんのお箸用意しておきました~」
「お利口じゃの、恵。これまた、美しい箸じゃの~ぅ」
殿が、メグさんの頭をなでながら腰をおろす。うれしそうに笑う、メグさんの格好はシンプルな着物。ん、よく見るとメグ姉とマサト君、顔立ちが似てる気がする。瞳の色も、バッチリ二重も同じ。殿とは、顔の感じが違う気がする。丸顔、ボブカット。優しい瞳と太い眉毛のメグさん。そういえば、リリさん、ミホさんは茶色の瞳。殿だけが空色の瞳なのも、どうしてだろう
「ん、どしたのカナ、アカネちゃん」
「あ、ううん、何でもない、メグさん」
じろじろ見られたら、そりゃ気になるよね。あわてて目線をそらし、わたしも席に着く。ガラス細工の箸置き。紅い漆に施される、紅葉模様の箸。どちらも美しい
「兄様、午前の稽古は終わりました」
「お手間様じゃの、凛々。さあ食にいたそうの~ぅ」
白の袴に着替えたのリリさんの声が響く。殿が手招きする。妹さん達が、わたしと同じ卓に着く。なんだか申し訳ない気がしてくる
「殿、良いの、わたし一緒で」
「当然じゃの。アカネは、ワシらの家族じゃからのぅ。案ずる必要はないの~ぅ」
頭に、手が乗る。あ、撫で撫で。撫でられるの大好き。だったのか、わたし
「そうだよ、アカネちゃんはわたし達の妹なんだから」
「そうだ、アカネ。そちは、拙者の妹と申しただろう」
「あかねねえさま、わしはおとうとです」
あたたかく、わたしを受け入れてくれる。胸の中が暖まる。でもそのなかにミホさんの姿が見えない
「殿、ミホさんは一緒に食べないの」
「ああ、美穂はの、民と共に食べるのじゃ。今頃は畑で、にぎりめしを頬張ってるはずじゃの」
殿が告げる。民と共にという殿の姿勢は、妹さんたちにも染み渡っている。本当に、思いやりに溢れる人
「畑仕事ができる季節は、だいたい昼は居ないんだよ~『さん』じゃなくて、お姉ちゃんだよ、アカネちゃん」
「そうだ、アカネ。ほら、申してみよ」
お姉さん二人、言ってくれる。イキナリお姉さんが、たくさんできた。うれしいけど、どう呼ぶかな、え~っと
「えっと、め、メグ姉(めぐねえ)リリ姉(りりねえ)」
「そうだ、それでよいのだぞ、アカネ」
リリさんが『いいね』してくれる。でも、ちょっとまだ照れる
「おまち~、今日の昼飯は冷やしぶっかけそばだ。七味とわさびは好みでな。タレをぶっ掛けてから食ってくれ~」
ミナトさん、調理師の人たちを引き連れ運んでくる。殿をはじめ、隣に座るわたし。順々に置かれていく。運んでくれた調理師さん、ミナトさん。それぞれ着席
「皆の者、昨晩遅く、越後の国より来られたアカネ殿じゃ。しばらく城で生活を共にする故、紹介しておくの~ぅ」
「『越後の雄』父上が遣わした、拙者の妹だ。皆、粗相の無いように頼むぞ」
殿とリリ姉。紹介してくれる。わたし反射的に立ちあがってお辞儀をする。みなさんが、暖かい声で迎えてくれる。涙が出そうになる。わたしを受け入れてくれる人たちが、こんなに居る。わたしの居場所がここにはある
「では、感謝の念を込めて、食(じき)をいただくかの~ぅ」
「みなさま~、お手々あわせてくださ~い」
殿のが声を掛け、メグ姉がお手々あわせを促す。あ、手を合わせるってどう、と、隣の殿を見る
「の、アカネ」
「あ、うん」
綺麗に手を合わせる、殿の真似をする
「では、皆の者っ」
「「「「「「「「「「いただきますっ」」」」」」」」」」
リリ姉が音頭を取る。いただきますの大合唱。わたしもそれに習う。見やる、海鳴渡さんのおそば。きざみ海苔にネギ、天かす、細切りの油揚げ。大根おろしと納豆まで乗っている
「~」
また空腹を忘れて、見入ってしまう。でも殿が隣で、豪快にすする音を聞き、正気に戻る
「いただきますっ」
勝手にもう一度いただきます
「コレ、かけるんだよね、殿」
「そうじゃの、アカネ」
陶器に入っている、タレをお蕎麦に掛け回す。箸ですくって、殿の真似してすすってみる
「っ~っ」
おいしい、本当に。人の手間がかかった食べものは、こんなに美味しいんだ。これが本物のお蕎麦の味っ。口いっぱい、良い匂いが広がって、鼻から抜ける。すごく良いお蕎麦のニオイ
「ぅん゛」
それに負けない甘めのツユ。色々な味が溶け出してる
「~~~~~゛」
お蕎麦と一緒にすすった、納豆と大根おろしが、凄く良いアクセント。な、気がする。大根おろしが瑞々しい、朝と違う粒の小さい納豆も、お蕎麦の味を高めてくれる
「ん゛」
サクサクの天かすが口の中で弾けて、甘い油が広がるっ。味音痴じゃ無いと思うけど、味付けの事は良く解らない。今までどうでもいいもの食べてたから。お母さんが生きていた頃のご飯の味は、思い出せないし。だけどこのお蕎麦の味は断言出来る、おいしい
「どうだ、嬢ちゃんっ。蕎麦は、大江戸名物の一つなんだぁ」
離れた席から、ミナトさんが訊いてくれる。わたし、朝同様、口の中がいっぱい。美味しい事を伝えようと、何度か首を、縦に振る。すると殿が
「心配無用じゃの、海鳴渡。朝同様、アカネは気持ちの良い食べっぷりじゃの。蕎麦も、いつも通り絶品じゃ」
わたしの気持ちを代弁してくれる
「よ~しっ、たくさん食えよっ。嬢ちゃん、少し痩せすぎだからな」
「ほんとだよ、アカネちゃん。美味しいご飯、たくさん食べようね~」
ミナトさん、わたしが『食べる』事に、安心してくれる。こんな気遣いされたのが、凄く嬉しい。メグ姉、たくさん食べようと促してくれる。そう、わたしはガリガリだ。化け物の家(しんるいのいえ)に居たときは、お腹が満たされれば何でも良かった。体重は、同世代の女の子より十キロは下回っていた。コンビニ弁当などはまだ上等。スナック菓子とゼリー飲料だけ。廃棄寸前の菓子パンとか、固形栄養食のみ。そんな食生活だった
「良いぞ、アカネ。食す事は、生きる活力じゃからの」
殿の言う通りかも知れない。今までわたしに、生きる気力が無かったのは、あんなどうでもいい食生活してたから。今、わたしのお腹を満たすのは、そんなものではない。ミナトさんが、料理人さん達が。丹精込めて作ってくれた、おいしいご飯。お腹も心も満たれて。わたしは幸せに包まれる
「本当にごちそうさまでした、ミナトさん。すっごくおいしかったぁ」
「お手間じゃったの、海鳴渡。がの、アカネも満足したようじゃ、ありがとうの」
お腹いっぱい。こんなに食べたの初めて。食べる事って、こんなに楽しいんだ
「そいつぁ良かった。三食は出すけどよ、腹が減ったらいつでも来な、嬢ちゃん。出来るモンならな~んでも作ってやるからよ」
食堂の暖簾の前、頭を下げるわたし、と、殿。豪快に笑う、ミナトさん。そして殿、おもむろに
「そうじゃ、海鳴渡。明日にでも、アカネを迎える宴をしようと思うのじゃが。如何かの、時をさけるかの」
「え、歓迎会なんてしてくれるの、殿」
そんな提案をしてくれる、殿。ただ降ってきた、どこの誰かも解んない、わたし。歓迎してくれるなんて、思ってない。まして宴会を開いてくれるなんて、それこそ全くの想定外だ
「はは、大江戸でしばし暮らすのじゃ。ワシの家族に加わる故、当然じゃの。如何かの、海鳴渡」
それなのに殿は、わたしの歓迎会を決めてしまう。どうやら殿にとって、当たり前の事らしい
「おいおい、親友の頼みを断るほど、俺っちは無粋じゃねぇぞ。やろうじゃねえか、殿様。嬢ちゃんの歓迎会」
親友と言う、ミナトさんノリノリ。殿の肩を、バンバン叩いて宣言する
「場所は、そうさの、天歌屋(てんかや)を借り切るか。海鳴渡もそちらの厨房で腕を振るって欲しいのぅ」
「あいよっ、任しとけっ」
頭を下げ、殿に促され、調理場を後にする。ああ、嬉しい。何でかは解んないけど、わたしを受け入れてくれる、殿がいる。邪魔者扱いされないことが嬉しい
「せっかく下に降りたからの。鍛錬の間にゆこうかの」
「タンレンノマ」
聞き覚えのない言葉。タンレンノマとは、何のこっちゃ。疑問符を浮かべるわたしに、殿が説明してくれる
「剣術や武道の訓練をする間じゃ。この時間じゃ、ワシの妹もおろう」
「えっ、昨日の優しそうな妹さんが剣使うの」
剣術、武術『ケンカクソウル』とか『ミチノクファイター』とか、ゲームのが浮かぶ。まさか昨日のかわいい人が、剣を使って、闘うの。格闘技なんか、絶対似合わない
「ああ、恵ではない。妹と言うたが、親族の一人での」
「あ、別の人なんだぁ」
びっくりした。昨日の妹さんと武術、全く結びつかないから。別の人と聞いて、何だかほっとする。またも、殿の右後ろ。付いて歩いて行く。草履を履く、用意してくれる殿。城の庭に出る。そこでまず『あにさま~』と後ろから声を掛けられる。振り向いたわたしと殿。走って来るのは、泥まみれの女の子
「おお、美穂(みほ)どうかの、今年の作物の出来は」
「期待して、あにさま~。占いさんの通り植えたら、今年も抜群。悪い動物とか、虫の害も無くて状態良好~。股金鋤(またがねすき)が足りなくなってね。取りに戻って来た~」
わたし達の方へ駆け寄ってくる、女の子
「それは良いの~ぅ。そなたも作りがいがあろうの。民が飢えないのは、ワシの願いの一つじゃからのぅ。作物の出来が良いのはそなたの育て方もよいという証じゃ。宜しくの、美穂」
殿の前で止まる。土にまみれ、ツギハギの着物を、股上までたくしあげ、ふんどし姿の女の子
「よろしくされた、がんばるよ~。ねぇねぇあにさま、その子が、あかねちゃ~ん」
「うむ、早朝に話した通りじゃの」
あにさま、ってことは、殿の妹さん。え、つまりお姫様じゃないのっ間違ってないよね
「わ~かわいいね、あかねちゃん。はじめまして~。野良仕事が担当の、みほだよ、よろしくね~」
「美穂も親族での、ワシの妹じゃ。作物を、民と共に育てておる」
「えええ、お姫様でしょ、ミホさんっ。野良仕事するのぉっ」
紹介される、殿の妹。仰天だよ、お姫様が野良仕事って、畑仕事の事だよね
「はは、アカネ、何故驚くかの。民の皆々と共に仕事せずに、どうして食(ジキ)が頂けるかの。ワシも初田植えや収穫時には、田畑(でんばた)へ参るのぅ」
「みんなと一緒に野良仕事するから、ごはんがおいし~んだよ、あかねちゃん」
イロイロ突っ込みたいけど、どうも当然のことらしい。この格好や、浅黒く日焼けした肌からは、とても殿様の妹だとは思えない。でも、その顔に、輝く大きな瞳(ひとみ)綺麗な目鼻立ちからは、気高さが溢れ出ている。殿と違って、わたし達と同じ、茶色の瞳。髪は殿と同じ、艶々の黒髪で、ミディアムショート。前髪を、紐で括って上げている。そっか、本当に『気高い』人は、格好なんて関係ないんだ。妹さんが多いんだな。思うわたし。と、言うか、かわいいなんて照れる。べつにわたし、かわいくなんか無いのに
「ミホさん、よろしくお願いします」
「みほでい~よ、あかねちゃん。ん~、あかねちゃん、痩せすぎだよ。これからは、みほの作るお米、たくさん食べてね。またね~」
わたしを見て、一瞬でも心配な顔で、心配り、してくれた。そのミホさんは、農具を持って、走っていく
「殿も、田んぼに行くんだよね」
泥んこまみれのミホさん。いまだにその格好が信じられない。イメージのお姫様とかけ離れているから
「ぅむ。降ってきた晩申したこと、覚えておるかの、アカネ。ワシは民の事を家族と思っておる。先頭に立って働かねば、示しが付かんからの」
「~、でも、すごいなぁ」
楽しげに笑って、話す、殿。感想が口をつくけど
「さして特別とは思わんの。季節が来たなら、アカネも田畑へ入ってみると良いの」
殿は当然のことと、意に介さない。上手く言葉に出来ないから黙っちゃうけど、殿様が先頭切るって、やっぱり凄い。色んな出来事が起きて、ちょっとふわふわする。そんな状態で、また、殿について歩く。聞こえてくる、男の人の掛け声。その中に、凜と響く女性の声ある。城の離れ、庭を横切った先
「大きいね、殿」
「ここで種々の武芸を鍛錬するで、の」
広い建物、板戸が開け放たれ、たくさんの人が居る。その中心で声を荒げる女の人が居た。長身痩躯、白の剣道着、サラサラの黒髪を振り乱し、木刀を振るう、ただ一人の女性
「気が入っておらんぞっ。修練と思うな。鍛錬を誠の戦場(いくさば)と思って励まん者は、早死にぞ」
「ご苦労じゃの~ぅ。凛々、励んでおるようで頼もしい限りじゃ」
殿が負けじと声を張る、大迫力だ。昨日から、優しい声しか聴いてなかったわたし。本気を出すと、殿はこれだけの大声量が出せると知る
「兄様っ(あにさま)皆しばし己で努めておれ」
わたし達に気付き、駆けてくる女の人。タンレンンノマを出てきて、殿の前に跪く。切れ長の鋭い瞳と、凜々しい眉、まつげも長め。ミホさんと違って、色白、綺麗な肌のお姉さん
「ワシの妹、凛々好(りりす)じゃ。侍大将を務めておる。凛々、今朝方、話したアカネじゃ」
女の人が、これだけの男の頂点に立つ。何か凄い。だって他の人、見た目強そうだもん。ゴツイ感じの人もいる。その頂点に立つのが、こんなに綺麗で細身のお姉さん。やっぱり凄い
「そちがアカネか。兄様から伺っておるぞ。難儀な所より参ったそうだな。ん―」
汗を袖口で拭って、わたしを見つめるリリスさん。な、なんだろう、綺麗なお姉さんに覗き込まれるわたし。もしかして『ガンをトバス』ってヤツなのだろうか。なんだか相手の格好良さに、どきどきする。リリスさんの胸くらいまでしか、身長無いわたし。蛇に睨まれたカエル、なんて言葉を思い出す
「うん、思った通りだ。そち、拙者と心なしか似ておるな」
「え、そ、そんなことないっ。だって、わたし、リリスさんみたいに格好良くない。ちんちくりんで、ガリガリだし」
思ってもみない事を告げられて、ちょこっと焦る。でも、カッコイイお侍お姉さんに『似てる』とか、実はちょっと嬉しい
「そう自分を卑下するものでないの、アカネ。言われてみれば、幼少の凛々と似てるやもしれん、の」
殿に褒められるのも、実は嬉しい。って言うか、殿の一族って、顔面偏差値が高すぎる。ちんちくりんと格好良くないのは、確かなわたし。そんなわたしに
「うむ、決めた。アカネ、そちは拙者の妹と名乗るが良い」
またも驚きの提案をしてくれる
「それは良いのぅ、凛々。アカネも、ワシの家族になるのじゃからの。凛々も恵も美穂も、姉じゃと思うてくれれば良いの。うん『越後の雄』の遣いで参った、凛々の妹ということにしようかの。越後の雄はの、アカネ。凛々と美穂の父君なんじゃ」
リリスさん、わたしのお姉ちゃん宣言。殿の『家族』宣言にも驚いたけど、リリスさんの発案で『妹』にまで昇格する、わたし
「兄様、素晴らしいご提案っ、拙者も賛同いたします。アカネ、そちは今より、拙者の妹ぞっ」
わたしの肩を、がっしり掴む、リリスさん
「この城に、この大江戸に。そんな屑はおらんと信ずる。がな、もし、虐め(いじめ)られるようなことがあればいつでも申せ。侍大将、凛々好の妹だとな。拙者のことは姉と呼べ」
なんだかとても嬉しい。本当のお姉ちゃんができたようで。殿がみんなを大切にしているからだろうか。このお城の人は、なんだかみんな温かい
「ありがとうございます、リリスさん」
「凛々好姉様、だ、アカネ」
反射的に、お礼の言葉が口をつく。わたしの肩に手を置き『お姉ちゃん』呼びを促す、リリスさん
「ほっほ、次第に慣れれば良いの、アカネ。ではの、凛々、鍛錬の邪魔をして、済まなかったのぅ。次の場所に参るかの、アカネ」
「はいっ、との~」
「では兄様、拙者は稽古に戻ります。またな、アカネ」
タンレンノマを後にする。殿に案内され、城の中を歩く。午前中は、お城の中を見て回るだけで時間が過ぎていった。お寺の、だろうか、鐘の音(ね)が聞こえてくる
「城の中に、風呂もあるがの。街の風呂屋へ行った方が快適じゃ。うむ、アカネ。正食(しょうじき)を食べた後は、街を案内(あない)いたそう。ワシの友を紹介したい。もちろん、そなたのこともな」
「やった~、街、行ってみた~い。あ、殿~、ジキって何、ご飯のこと。ショウジキってナニ~」
気になるので訊いてみる。ニュアンスからご飯っぽいけど、ジキって何。正直者とかのじゃないよね
「ああ、すまんの。ワシの御師様だった僧正様(そうじょうさま)がの、使っていた言葉遣いでのぅ」
「ソウジョウサマ、また解んない~」
大江戸の言葉なのかな。どちらにしても解らないので、殿に訊き返す
「偉いお坊様のことじゃの、僧正様は。食(ジキ)はアカネが言うように、食事のことで間違っておらんの。さてさて、その楽しい正食『お昼ご飯』の時間じゃの。食堂(じきどう)へ向かおうかの、アカネ」
「は~いっ、お昼ごはん楽しみ~ぃっ」
楽しくなってくる。昨日までの閉塞感など、空の彼方に消し飛んじゃう。朝観た、あの綺麗な街に降りることができるのだ。朝ごはんを食べた城の一階、調理場から、少し離れた部屋に来る
「大きい~」
「ここが大江戸城の、食堂じゃの」
広く明るい畳敷きの間には、殿の家族や配下の人が入り乱れている。食事はみなと共にという、殿の方針らしい。座る卓は、殿親族と配下の人たち、さすがに別れているけれど。上座へと通される。良いのだろうか等と思っていると
「にいさま、ただいまもどりました」
可愛らしい男の子が、ぽてぽてやって来る。え、何この可愛い子
「おお、雅郷(まさと)よく戻ったの。寺子屋はどうじゃ」
「ほんじつもたのしかったです。せいとせんせいのおはなしは、とってもわかりやすいです」
「雅郷、先般話したアカネじゃの」
紹介される。話しぶりでは、どうやら殿の弟らしい。にっこり笑い、両手を差し出してくるマサト君。甚平姿で、やや長めの髪。あ、瞳の色、殿と違う。良く見ると濃いめの緑色の瞳。たれ気味の眉は、愛嬌溢れる。丸顔で、優しい雰囲気を醸し出している
「はじめまして、あかねねえさま。にいさまからうかがってます。どうか、わしともなかよくしてください」
にいさまって事は、殿の弟なんだ。殿を見習ってか、自分のことを『わし』と呼ぶマサト君。あまりにミスマッチで微笑ましい。って言うか、超カワイイ
「よろしくね、マサト君」
しゃがんで握手を交わす。お手々、やわらか~い
「さあアカネ、こちらじゃ。席に着くがよいの」
「おにいさま。アカネちゃんのお箸用意しておきました~」
「お利口じゃの、恵。これまた、美しい箸じゃの~ぅ」
殿が、メグさんの頭をなでながら腰をおろす。うれしそうに笑う、メグさんの格好はシンプルな着物。ん、よく見るとメグ姉とマサト君、顔立ちが似てる気がする。瞳の色も、バッチリ二重も同じ。殿とは、顔の感じが違う気がする。丸顔、ボブカット。優しい瞳と太い眉毛のメグさん。そういえば、リリさん、ミホさんは茶色の瞳。殿だけが空色の瞳なのも、どうしてだろう
「ん、どしたのカナ、アカネちゃん」
「あ、ううん、何でもない、メグさん」
じろじろ見られたら、そりゃ気になるよね。あわてて目線をそらし、わたしも席に着く。ガラス細工の箸置き。紅い漆に施される、紅葉模様の箸。どちらも美しい
「兄様、午前の稽古は終わりました」
「お手間様じゃの、凛々。さあ食にいたそうの~ぅ」
白の袴に着替えたのリリさんの声が響く。殿が手招きする。妹さん達が、わたしと同じ卓に着く。なんだか申し訳ない気がしてくる
「殿、良いの、わたし一緒で」
「当然じゃの。アカネは、ワシらの家族じゃからのぅ。案ずる必要はないの~ぅ」
頭に、手が乗る。あ、撫で撫で。撫でられるの大好き。だったのか、わたし
「そうだよ、アカネちゃんはわたし達の妹なんだから」
「そうだ、アカネ。そちは、拙者の妹と申しただろう」
「あかねねえさま、わしはおとうとです」
あたたかく、わたしを受け入れてくれる。胸の中が暖まる。でもそのなかにミホさんの姿が見えない
「殿、ミホさんは一緒に食べないの」
「ああ、美穂はの、民と共に食べるのじゃ。今頃は畑で、にぎりめしを頬張ってるはずじゃの」
殿が告げる。民と共にという殿の姿勢は、妹さんたちにも染み渡っている。本当に、思いやりに溢れる人
「畑仕事ができる季節は、だいたい昼は居ないんだよ~『さん』じゃなくて、お姉ちゃんだよ、アカネちゃん」
「そうだ、アカネ。ほら、申してみよ」
お姉さん二人、言ってくれる。イキナリお姉さんが、たくさんできた。うれしいけど、どう呼ぶかな、え~っと
「えっと、め、メグ姉(めぐねえ)リリ姉(りりねえ)」
「そうだ、それでよいのだぞ、アカネ」
リリさんが『いいね』してくれる。でも、ちょっとまだ照れる
「おまち~、今日の昼飯は冷やしぶっかけそばだ。七味とわさびは好みでな。タレをぶっ掛けてから食ってくれ~」
ミナトさん、調理師の人たちを引き連れ運んでくる。殿をはじめ、隣に座るわたし。順々に置かれていく。運んでくれた調理師さん、ミナトさん。それぞれ着席
「皆の者、昨晩遅く、越後の国より来られたアカネ殿じゃ。しばらく城で生活を共にする故、紹介しておくの~ぅ」
「『越後の雄』父上が遣わした、拙者の妹だ。皆、粗相の無いように頼むぞ」
殿とリリ姉。紹介してくれる。わたし反射的に立ちあがってお辞儀をする。みなさんが、暖かい声で迎えてくれる。涙が出そうになる。わたしを受け入れてくれる人たちが、こんなに居る。わたしの居場所がここにはある
「では、感謝の念を込めて、食(じき)をいただくかの~ぅ」
「みなさま~、お手々あわせてくださ~い」
殿のが声を掛け、メグ姉がお手々あわせを促す。あ、手を合わせるってどう、と、隣の殿を見る
「の、アカネ」
「あ、うん」
綺麗に手を合わせる、殿の真似をする
「では、皆の者っ」
「「「「「「「「「「いただきますっ」」」」」」」」」」
リリ姉が音頭を取る。いただきますの大合唱。わたしもそれに習う。見やる、海鳴渡さんのおそば。きざみ海苔にネギ、天かす、細切りの油揚げ。大根おろしと納豆まで乗っている
「~」
また空腹を忘れて、見入ってしまう。でも殿が隣で、豪快にすする音を聞き、正気に戻る
「いただきますっ」
勝手にもう一度いただきます
「コレ、かけるんだよね、殿」
「そうじゃの、アカネ」
陶器に入っている、タレをお蕎麦に掛け回す。箸ですくって、殿の真似してすすってみる
「っ~っ」
おいしい、本当に。人の手間がかかった食べものは、こんなに美味しいんだ。これが本物のお蕎麦の味っ。口いっぱい、良い匂いが広がって、鼻から抜ける。すごく良いお蕎麦のニオイ
「ぅん゛」
それに負けない甘めのツユ。色々な味が溶け出してる
「~~~~~゛」
お蕎麦と一緒にすすった、納豆と大根おろしが、凄く良いアクセント。な、気がする。大根おろしが瑞々しい、朝と違う粒の小さい納豆も、お蕎麦の味を高めてくれる
「ん゛」
サクサクの天かすが口の中で弾けて、甘い油が広がるっ。味音痴じゃ無いと思うけど、味付けの事は良く解らない。今までどうでもいいもの食べてたから。お母さんが生きていた頃のご飯の味は、思い出せないし。だけどこのお蕎麦の味は断言出来る、おいしい
「どうだ、嬢ちゃんっ。蕎麦は、大江戸名物の一つなんだぁ」
離れた席から、ミナトさんが訊いてくれる。わたし、朝同様、口の中がいっぱい。美味しい事を伝えようと、何度か首を、縦に振る。すると殿が
「心配無用じゃの、海鳴渡。朝同様、アカネは気持ちの良い食べっぷりじゃの。蕎麦も、いつも通り絶品じゃ」
わたしの気持ちを代弁してくれる
「よ~しっ、たくさん食えよっ。嬢ちゃん、少し痩せすぎだからな」
「ほんとだよ、アカネちゃん。美味しいご飯、たくさん食べようね~」
ミナトさん、わたしが『食べる』事に、安心してくれる。こんな気遣いされたのが、凄く嬉しい。メグ姉、たくさん食べようと促してくれる。そう、わたしはガリガリだ。化け物の家(しんるいのいえ)に居たときは、お腹が満たされれば何でも良かった。体重は、同世代の女の子より十キロは下回っていた。コンビニ弁当などはまだ上等。スナック菓子とゼリー飲料だけ。廃棄寸前の菓子パンとか、固形栄養食のみ。そんな食生活だった
「良いぞ、アカネ。食す事は、生きる活力じゃからの」
殿の言う通りかも知れない。今までわたしに、生きる気力が無かったのは、あんなどうでもいい食生活してたから。今、わたしのお腹を満たすのは、そんなものではない。ミナトさんが、料理人さん達が。丹精込めて作ってくれた、おいしいご飯。お腹も心も満たれて。わたしは幸せに包まれる
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