上 下
211 / 217
7章 普通の勇者とハーレム勇者

過去話 〜穂花と孝志〜 穂花視点

しおりを挟む


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~穂花視点~


「──こんにちわっ!松本先輩っ!」

「んあ?──橘さんか。こんにちわ」

「はいっ!それでは失礼しますっ!」

「あ……うん」

挨拶だけ交わして一目散に逃げ出してしまった。だって孝志さんを直視できないんだもん好き過ぎて。こんな私がどう思われるかなんて考える余裕もないよ。

そもそも弱気な私に好きな人と沢山お話する勇気があるはずもないし……こうやって挨拶をするだけで我ながら驚異的な躍進だと思う。


「はぁ……はぁ、はぁ~~」

曲がり角を曲がった所で胸を押さえる。
この高鳴りも何回目なのか解らない……私の心臓が全然慣れてくれないんだもん。
孝志さんを近くに感じるだけで気持ちが昂り、幸福感に浸ってしまう。
それだけで勝手に満足する私の気持ち。


「こんなんじゃ、いつまで経っても絶対に前へなんて進めないよぉ~……ひぐっ」

それは嫌だ。
孝志さんともっともっと仲良くなりたいのに、いざ目の前に立つと全く動けない……そう考えると情けなくて涙が出て来た。
もし仮に、孝志さんが他の女性と一緒に歩いてる所を見かけたら?

想像するだけで怖いよ。
だからそうならない為に、いっぱいいっぱいアピールしなきゃダメなのに言葉で気持ちを伝える事が出来ない。
いつも挨拶をするだけで逃げ出しちゃうよ……


「うぅ……ぐすっ」

「もぉ~、また泣いてるの?」

「……え?ひ、弘子ちゃん?」

孝志さんの妹……そして私の親友である松本弘子ちゃん。弘子ちゃんはしゃがみ込んで泣く私にハンカチを差し出してくれた。
そして、私と同じ様にしゃがんで話を聞いてくれる。兄妹揃って本当に優しい。


「兄のどこが良いの?」

「悉く全てが好き」

「悉くって……ま、まぁ拗らせれてヤンデレ化しない様にね──よっと!」

「きゃっ!?ひ、弘子ちゃん!?」

弘子ちゃんは泣きべそをかく私を抱き抱え、そのまま起こしてくれた。
互いの頬っぺたが触れるかという位に接近したから変に動揺してしまう。


「あ、ありがとう」

「元気出してね」

「う、うん」

少し乱暴なやり方に見えるかも知れないけど、弘子ちゃんはいつも勇気をくれる。
孝志さんの良いところを見て育ったからかな……?要所要所で凄く優しいっ!本当に困った時こそ頼りになる存在だよっ!

そんな弘子ちゃんに、私は最初不純な動機で近付いた。孝志さんの妹だからと言う理由で──今にして思えば最低だったよ。

だけど今は違う。
きっと孝志さんが居なくても、私は弘子ちゃんと友達になれたと思っている。

そう……孝志さんが居なくても……


孝志さんが……居ない!?


「うわ~んっ!!」

「急にどうした穂花!?メンヘラか!?」

「違うよ」

「そっか──って急に落ち着くなしっ!」

急にメンヘラとか言い出すとわね。
ちょっとトチ狂った所もあるけど、弘子ちゃんは初めて出来た大事な友達だ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~弘子視点~


「う~ん~まさかアレ程ウチの兄が好きとはね……ジィ~……」

弘子はソファーで寛ぐ孝志を見詰める。

そこで漫画を読んでいる孝志──しかし、寝転がってる訳ではなく、割とキッチリした姿勢で座っている。


「意外にこういう所は嫌いじゃないけど」


──弘子はそう呟いた。

そうなのだ……松本孝志は家族の前でも何故か隙を見せようとしない。
一人で居る時以外は寝転んだりしないし、下品な姿も絶対に見せようとしない。穂花がいる時だけでなく、一緒に暮らしてる妹、母、祖父の前でもそれは同じなのだ。
無駄に品性ある暮らしを送っており、それはアルマスも不思議に思っていた。

そして弘子は、他の友達からそれぞれの兄の醜態を聴かされる。なのに自身の兄である孝志はどれも当て嵌らず、そこに弘子は好感を抱いていた。


「ん……弘子っ!どこ見てんのよぉっ!?」

「うぜ」


──こういう風に孝志はアホっぽい言動を頻繁に口にする。しかし、弘子は孝志のこういう所がユーモアに溢れてて大好きなのだ。
また、今の様にふざけてキレる事があっても、自身が傷付く酷い台詞を言われた試しがない。

後は凄まじく空気が読める。
落ち込んでる時は無言でプリンを買って来てくれたり、それとなく話を聞いてくれたりもする。
本人には口が裂けても言えない事だが、弘子にとってこれ以上ないほど誇れる自慢の兄なのだ。

だというのに、かつて家に連れて来た弘子の友達と来たら──


『弘子のお兄さんって、普通って感じだね』

『そうそう!毒にも薬にもならないし』

『存在が空気的な!』


その三人を家に呼ぶことは二度と無かった。孝志の良さはずっと一緒に居る人間にしか分からない。それなのに勝手なことを言ったのが許せなかったのだ。


「べつに見てないし」

「いや観てたね!俺は背中にも目が付いてるんだよ!」

「いや妖怪かよ」

「おっ!突っ込むね~!」

「うっぜぇ」

「まぁそう言うなや。冷蔵庫にアイスあるから食って良いぞ」

「……今日は暑くないし、要らない」

「マジで美味いから、絶対に、マジで死ぬほど美味いからマジでガチで本当に」

「そこまで言うなら食べてあげる」

「ならサッサと食えや」

「二重人格なの?」

す、素直になれない、嬉しいのに……ただ辛うじて兄ちゃんのボケになら突っ込める。
兄に反抗したくなる年頃なんだろうけど、私の方が嫌われないか心配だ。

冷凍庫を開けると、コンビニのソフトクリームが置いてあった。それを頬張りながら兄ちゃんの隣に座る。
ソファーはこれしかないし、し、しし、仕方なく隣に座っただけっ……!

……でもなんか、兄ちゃんの近くに居るとやっぱり落ち着くなぁ~


「なぁ弘子」

「なに?」

「……お前の友達の穂花さんって、どんな人なの?」

「ぶふぁっ!」

「うお汚ね……ほらティッシュ」

「う、うん」

まさか兄ちゃんが穂花の名前を口にするとは……思わずアイスを吹き出してしまった。そしてそれを無言で拭いてくれる兄ちゃん……ほんとごめんよ。


「ほら、水」

水まで……あ、ありがとね。


「……オレンジジュースが良い」

そしていちいち突っ掛かる私……ほんとに信じられない。どうしてありがとうが素直に言えないのよぉっ!


「ふっ、そういうと思って用意しといたぞ?」

「……うざっ」

私のこと分かってくれてるっ!
嬉しい嬉しいっ!それと全然うざくないよっ!松本弘子とかいう女のいう事は間に受けないでねっ!

あ、そうだ!
穂花について聞かないと……あの子、兄ちゃんの事が好きだから、話題に出たのを話せば喜ぶと思う。
兄ちゃんに惚れるなんて……穂花ってばセンスあるよ、うんうん。


「それで?穂花がどうしたの?」

「いや、ちょっとな……キモがらず聞いて欲しいんだけどさ……橘穂花さんってどんな人なの?」

「はぁ?どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、何というか……少し気になってな?」

「………!」

やったね穂花!
諦めず挨拶を続けてたのが印を結んだのかなっ!?兄ちゃんが異性を気にするなんて凄いよっ!

よしっ!此処は親友としてフォローしよう!


「……穂花は良い子だよ」

「知ってるよ。それに物静かで大人しいしな」

「ほ、惚れた?」

どうなんだろう……?
でも、もし惚れてたらそれはそれでモヤモヤする……相手が穂花だから許せるけど。


「いや、そんなんじゃなくて……最近良く会うんだよ。だから変に思われてないか心配でな」

「ふぅ~ん」

やっぱり挨拶作戦大成功だ。
ずっと挨拶しか出来ないって落ち込んでたけど、逆にそれが心象に良かったのかも……これだけ気にしてるんだからそれは間違いないよね?
大人しい子が好きだから兄ちゃん……まぁそう穂花にアドバイスしたの私だけどさ。


「変に思われてないよ別に」

「なら良いんだけど」

「これからも家に連れて来るから……穂花なら別にいいでしょ?」

「ん?誰を連れて来ても良いぞ?いちいち俺の事は気にすんなや。俺の所為でお前の交友関係が狭くなるの嫌だからな」

「……わたしの勝手だし」

めちゃくちゃ優しい。こんなことを平気で言える兄ちゃんの所為でクラスの男子がガキっぽく見えるんだよ。逆にどうして穂花しか惚れないのよっ!


「お前近くない?」

あ……いつの間にか兄ちゃんに近寄り過ぎてたみたい。そんな嫌そうな顔しなくて良いのに……なんだよもぉ~


「………うるさい、別に良いでしょ?」

「………まぁ良いけど」

「ねぇ、兄ちゃん」

「あん?」

「もし彼女が出来ても……相手してよね」

「どうした急に?──いやまぁ兄妹だからな。これからも一緒に居るんじゃないのか?」

「うん……そうだね」

いずれ恋人が出来て結婚もするだろう。
それが穂花なのか、それとも別の誰かなのか、それは分からない。
でも兄ちゃんが一緒に居てくれるならそれで良い。きっとこの兄は私を見捨てたりしないだろうから──


「──とうっ!」

「あいたっ!……背中に乗るな!」

「自力で退かしてみなよ?」

「もう漫画に集中したいから静かにしな?」

「じゃあ乗っかってても良い?」

「…………5分だけな?」

「うん!」


兄ちゃん……いつもありがとう。
甘えられる時はこうして存分に甘えよう。どうせ普段は恥ずかしくてこんなこと出来ないし。
さっき私の交友関係を気にしてくれたの……凄く嬉しかったからね。


「ただし、五分で10万な?」

「………いや高ーよっ!」

「孝志だけに?ハハハハッ!」

「…………」

「………なんとか言えや」

「つまんないんだよッッ!!!」

「ふぁっ!?」


──────────


手応えがあったと思ったのに──

──結局その後、穂花と兄ちゃんは何も進展なく、あっという間に1年の月日が流れた。
いろいろ手助けしたのに穂花は肝心の所でいつも立ち止まってしまう。
兄ちゃん彼女出来ても知らないよ?


それにしても、今日の私はいつも以上に酷かった。


「兄ちゃんに悪いことしたなぁ……」

今朝、兄ちゃんのケチャップを台無しにしたのに、あろう事か私は逆ギレしちゃった。
兄ちゃんは優しいから気にしてないだろうけど、私の気が済まない。

ちょっと奮発して良いケチャップを買おう!
だから色んな所を周って値段の高いケチャップを買った。今月はあまりお小遣いは無かったけど、兄ちゃんの為なら痛くも痒くもない。

うん、折角だし、オムライスを作るのも悪くないね。出来栄えに自信は無いけど、いいケチャップを使うから大丈夫な筈……多分だけど。

それより、今日は帰りが遅いな。
いつもバイトじゃない日は速攻で帰って来るのに……早く兄ちゃんの喜ぶ顔が見たい。
それから今日学校であった面白い話を聴いて貰おう。



──弘子はベランダから顔を出し玄関の方を見た。




「兄ちゃん……早く帰って来ないかな」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー

光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。 誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。 私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。 えぇ?! 私、仙人になれるの?! 異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。 それなら、仙人になりまーす。 だって、その方が楽しそうじゃない? 辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。 ケセラセラだ。 私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。 まぁ、何とかなるよ。 貴方のこと、忘れたりしないから 一緒に、生きていこう。 表紙はAIによる作成です。

きっとそれだけが私たちの答えだと思うのです

奏穏朔良
恋愛
例えば、この身に流れる血を抜き去ったとして。 この地に立つ足を切り取ったとして。 果たして私に、どれだけのものが残るのだろうか。 **** お互い都合のいい関係だったと思っていた、マフィアの幹部とボスの従姉妹の話。 【注意】直接的な描写はありませんが、匂わせ程度の肉体関係描写があります。

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

(新)師匠、弟子にして下さい!〜その魔女、最強につき〜

ハルン
恋愛
その世界では、何千年も前から魔王と勇者の戦いが続いていた。 ーー世界を手に入れようと魔を従える魔王。 ーー人類の、世界の最後の希望である勇者。 ある時は魔王が、またある時は勇者が。 両者は長き時の中で、倒し倒されを繰り返して来た。 そうしてまた、新たな魔王と勇者の戦いが始まろうとしていた。 ーーしかし、今回の戦いはこれまでと違った。 勇者の側には一人の魔女がいた。 「何なのだ…何なのだ、その女はっ!?」 「師匠をその女呼ばわりするなっ!」 「……いや、そもそも何で仲間でも無い私をここに連れて来たの?」 これは、今代の勇者の師匠(無理矢理?)になったとある魔女の物語である。

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介
ファンタジー
領主お抱えの立派な冒険者となるべく『バーグナー冒険者予備学校』へ通っていた成績優秀な少年、アストル。 しかし、アストルに宿った『アルカナ』は最低クラスの☆1だった!? 『アルカナ』の☆の数がモノを言う世界『レムシリア』で少年は己が生きる術を見つけていく。 先天的に授かった☆に関わらない【魔法】のスキルによって! 「よし、今日も稼げたな……貯金しておかないと」 ☆1の烙印を押された少年が図太く、そして逞しく成長していく冒険ファンタジー。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。
ファンタジー
悪役令嬢? なにそれ。 乙女ゲーム? 知らない。 そんな元社会人ゲーマー転生者が、空気読まずに悪役令嬢にベタぼれして、婚約破棄された悪役令嬢に求婚して、乙女ゲーム展開とは全く関係なく悪役令嬢と結婚して幸せになる予定です。 一部に流血描写、微グロあり。

処理中です...