上 下
209 / 217
7章 普通の勇者とハーレム勇者

兄妹喧嘩

しおりを挟む



孝志が到着する頃には口論が始まっていた。阿保や馬鹿と言った子供っぽい罵り合いだが、二人にとってはとんでもない言い合いなのだ。
今まで心で思って居ても穂花は絶対に口に出して言わなかった……我慢の決壊による印の籠った恨言を少女はいま口にしている。


「うるさい!馬鹿っ!」

「阿保に続いて馬鹿だって……!?──ほ、穂花……お、お前ッ!堪忍袋の尾が切れたっ!許さんぞっ!」


ああっ穂花ちゃんが本当の事を言ってる……!
いやそんな場合じゃない、あの状況は妹が居る自分なら解る……ガチ喧嘩だ。
俺は急いで橘のところへ行き奴を制止する。


「よせって橘」

「雄星だっ!」 

ああもう本当に面倒くさい。
こんな時まで名前呼び強要すんなしっ!


「よせって雄星」

「何故だ孝志?!穂花は俺に阿保とか馬鹿とか言ったんだぞ!?」

「そ、それくらい良いだろう……兄妹なんだから」

「妹が兄に対してあんな暴言ダメだろ!?第一、俺だって穂花をそうな風に言ったことはない!!」

「え、兄妹喧嘩してこなかったの?」

「ああ!そうだとも!ずっと仲が良かったからな!」

「………」

それは違うと知っている。穂花ちゃんから『兄は好きじゃない』と直接聞いたからな。

だったら、コイツはどんだけ穂花ちゃんに我慢させてきたんだよ。
橘だけじゃない、橘の両親も気付いてやれなかったんだろうか?他人の家族関係に口出しするのは物凄く嫌だが、流石に穂花ちゃんが不憫でならない。

とりあえず、こんな奴は置いといて穂花ちゃんに声を掛けよう。


「穂花ちゃ──ん!?」


──穂花の方を観ると、彼女は肩をワナワナと震わせ、今にも泣きそうな表情をしていた。
孝志は慌てて今度は彼女の側に駆け寄る。


「穂花ちゃん大丈夫!?」

「ど、どうして兄を名前で呼んでるんですか……?」

「え……まぁ色々あって無理矢理」

「それに……私じゃなくて、真っ先に兄のところに行きました……どうして?」

「いや、こういう時ってさ、やっぱり歳上の方を止めるべきなんだよ」

「知りませんよ……そんなの……うゔ……」

「穂花ちゃん……」

俺の軽率な行動が穂花ちゃんを悲しませてしまった。
アイツに近付く前に、ちゃんと穂花ちゃんの顔を見るべきだったんだ。
きっと俺が橘雄星の肩を持ったと勘違いしたに違いない。天地ひっくり返ってもそんな訳無いと言うのに。
まさか穂花ちゃんを泣かせてしまう日が来るなんて……人間失格だな、俺は。
(※孝志は穂花が相手だと寛大です)


「ごめん、でも俺は穂花ちゃんの味方だからさ」

珍しく孝志が穂花の頭を撫でる。女性関係でやたら潔癖な孝志が自分から手を出すのは極めて稀だ。
それだけ穂花ちゃんに対し、申し訳ない気持ちになって居た。


(あ……孝志さんに頭撫でられた……妊娠しそう)

お陰で穂花の悲しみは一瞬にして吹き飛んだ。
これが本当のゴットフィンガー孝である。


「……じゃあ、私と兄……どっちが大事──」

「穂花ちゃん、圧倒的に穂花ちゃん」

「……本当ですか?」

「うん、確実に穂花ちゃん。だいたい穂花ちゃんのこと大好きだしさ」

後輩として穂花ちゃんのことは気に入ってる。
彼女の助けになるならどんな事だって出来ると思う。それに穂花ちゃんも、弘子の兄として俺を慕ってくれるしなっ!
(※孝志は穂花が相手だと鈍感です)


「ええ……!!??す、好き!?すすす、好きですか!?」

もちろん、穂花は言われたままに捉える。
顔を茹蛸の如く真っ赤に染め、身体が芯まで熱くなってた。孝志に好きと言われた事がどれだけ嬉しかったのか、常人には決して理解できないだろう。

孝志に惚れてから1年弱。
睡眠以外ではずっと孝志の事ばかりを考えて居た……というか睡眠してても夢に出て来た。
また、時には寝る前に孝志を想い過ぎて泣いてしまう事だってあった。彼に会うことが彼女にとって人生最大の幸福だったのである。

少女の目標は孝志と両思いになること。
それがこの世界に来て一緒に行動できるようになり、今こうして好きだと言われた。

そう、目標が達成されたのだ……もう穂花はマジで死んでも良いと思った。
でも孝志は向こうに居ないのでやっぱりそれはナシだと考え直す。



「──あっ……」

「え?どうしたの?」

さっきから顔が真っ赤だ。
キモがられてるとは考えたくないけど……もしかして好きと言われることに免疫がないとか?だとしたら凄く悪いことしちゃったなぁ。

それに唇を噛み、股を抑えて震えてる……トイレを我慢してるのかも。


「穂花ちゃん……本当に大丈夫?」

「大丈夫です──ただ嬉しすぎて、アレが始まっちゃったみたいです」

「ん?アレって何?」

尋常じゃない様子なんだが……本当に大丈夫だろうか?



「橘穂花!レッドカードッッ!!」

──心配になり孝志が更に近付こうとした……しかし、アルマスという守護者から警告が入る。
というより、あんな台詞を聞いてアルマスが黙っている訳がない。それはもう今までに見たことも無いくらい侮蔑の籠った眼差しで穂花を睨みつけている。


「ちょっとアルマスさんっ!何処へ連れて行くんですか!?」

会話が聞こえないところまで穂花を引っ張る。


「やかましい!このドスケベ女がっ!なに孝志の前で赤ちゃんを身籠る準備を整えてるのよっ!」

「いえ、身体が勝手に……」

アルマス的には魔王や王女と結ばれて苦労するより、穂花と一緒になった方がまだマシだと考えていた──戦う術を教えてるのもその為だ。

アルマスはなんだかんだで、向こうの世界からずっと穂花を観ており、彼女のことは憎らしいと思う反面それなりに評価している。

しかし、今のはアルマスでも流石にやばいと思った。
幸いにも孝志は始まったの『意味』を理解してなかったので事なきを得たが、このままでは教育に宜しくないとガチ目の説教を行う。


──そして、離れた場所で話をする二人を、孝志は訳が分からないといった様子で眺めて居た。

「なんなんだよ、まぁ良いけど……ん?」

雄星に見られている事に気付き、そちらを向く。


「どうした、たち──雄星?」

「……俺じゃなくて穂花を選ぶのかよ」

うわぁぁぁッッッ!!!
だから面倒クセェェェッッッ!!!!


なんだよコイツッ!!
どれだけ俺を困らせれば───


【危険ッッ!!!しゃがんでッッ!!!】

唐突に脳内音声が鳴り響く。

それは久しぶりの感覚……【全知全能】を失った孝志が長らく忘れていた【危険察知】の信号音だった。

そして言われた通り、孝志はしゃがんでやり過ごそうとした……いつもの様にこれでどうにかなる筈だ。
数々の困難を乗り越えて来た自分があっさりと死ぬ訳がないと孝志は楽観している。


「ッッ!………あれ?」

「おいっっ!!!孝志ッッ!!」

「た、たっくんッッ!!?」

「松本くんっ!?いやあぁぁッッ!!!」

「三人とも下がってッ!!」

近くに居た橘雄星、奥本美咲、中岸由梨が慌てふためいてるとマリアが大声を上げて三人を制止する。

ただそんなマリアにも余裕がない。
彼女はずっと孝志の『胸元』を強く抑え、ある液体が流れないように必死になっている。


「………あ、そういう事か」

薄れゆく意識の中、孝志は悟る。
自分が何者かに胸を貫かれた事を……真っ赤に染まるマリアの手が、それを物語っていた。


痛みはない。ただ胸には異様な感覚がある。
そんな事よりも、直ぐに駆け付けて来たアルマスと穂花ちゃんの顔がとても観れたものでは無かった。
穂花ちゃんが右手を、アルマスは左手を力一杯握り締め、怒鳴るような声で何かを叫んでいる。

(何を言ってるのか解らない……ただ、ごめんよアルマス……穂花ちゃん、心配掛けて)


………


………


………


このまま死ぬんだろうか?


………


………


………



『やぁ』

「おい、死んだじゃないか、俺」

『まだ死んでないよ』

「え?」

『ただ、危険な状態だからこうして呼んだんだ』


意識が反転し、景色は真っ白な空間に変わった。
死後の世界だと思ったが、自分と瓜二つな存在【アダム】の姿を観て、此処へ呼ばれたんだと気付く。


「あ、そう……で?どうやって生き返る?」

『生き返りたいかい』

「う~ん………まぁそうかな?」

『……………』

「なに?無言になるなよ急に」

『いや、君のそういう所が異常だなと思ってさ』

アダムから客観的に観て、孝志の生へ対する執着は相当薄い。
恐らくアルマス、穂花、テレサの存在が無ければアッサリ死を受け入れて居ただろう。
それは生に執着するアダムにとって異常だった。


「俺は普通だぞ?」

『まぁいいさ。ただ、しばらく君の身体を借りるよ?再構築に時間が掛かりそうだからね。このままじゃ君の身体が焼かれてしまう』

「………アルマスと穂花ちゃん大丈夫か?」


──最後に観た二人の表情が孝志には気掛かりで仕方なかった。アレほど絶望した人間の表情を見たことが無かった。故に本気で二人の事が心配なのだ。


『アレから数時間が経過している。二人とも自害しそうだから、早く君の無事を知らせたいんだけどね?』

「わかった……って、自害とかマジか?穂花ちゃんもか!?」

『……ああ』

「……お前にだけは頼りたくないけど、なんとかしてくれ」

『まぁ一応、僕は君だからね』

「……なんでも良いけど、今回だけは任せるわ。なんか死ぬほど疲れてるんだわ」

『だろうね、死んだのだから……ところで、君を殺した人物が誰なのか──知りたくはないか?』

「……知ってどうする?」

『知っといた方が良いよ。なんせ、本当の意味で君が警戒すべき【敵】なんだからね』




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートスキルで無自覚無双 ~ゴミスキルばかり入手したと思ってましたが実は最強でした~

Tamaki Yoshigae
ファンタジー
北野悠人は世界に突如現れたスキルガチャを引いたが、外れスキルしか手に入らなかった……と思っていた。 が、実は彼が引いていたのは世界最強のスキルばかりだった。 災厄級魔物の討伐、その素材を用いてチートアイテムを作る錬金術、アイテムを更に規格外なものに昇華させる付与術。 何でも全て自分でできてしまう彼は、自分でも気づかないうちに圧倒的存在に成り上がってしまう。 ※小説家になろうでも連載してます(最高ジャンル別1位)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

処理中です...