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7章 普通の勇者とハーレム勇者
兄妹喧嘩
しおりを挟む孝志が到着する頃には口論が始まっていた。阿保や馬鹿と言った子供っぽい罵り合いだが、二人にとってはとんでもない言い合いなのだ。
今まで心で思って居ても穂花は絶対に口に出して言わなかった……我慢の決壊による印の籠った恨言を少女はいま口にしている。
「うるさい!馬鹿っ!」
「阿保に続いて馬鹿だって……!?──ほ、穂花……お、お前ッ!堪忍袋の尾が切れたっ!許さんぞっ!」
ああっ穂花ちゃんが本当の事を言ってる……!
いやそんな場合じゃない、あの状況は妹が居る自分なら解る……ガチ喧嘩だ。
俺は急いで橘のところへ行き奴を制止する。
「よせって橘」
「雄星だっ!」
ああもう本当に面倒くさい。
こんな時まで名前呼び強要すんなしっ!
「よせって雄星」
「何故だ孝志?!穂花は俺に阿保とか馬鹿とか言ったんだぞ!?」
「そ、それくらい良いだろう……兄妹なんだから」
「妹が兄に対してあんな暴言ダメだろ!?第一、俺だって穂花をそうな風に言ったことはない!!」
「え、兄妹喧嘩してこなかったの?」
「ああ!そうだとも!ずっと仲が良かったからな!」
「………」
それは違うと知っている。穂花ちゃんから『兄は好きじゃない』と直接聞いたからな。
だったら、コイツはどんだけ穂花ちゃんに我慢させてきたんだよ。
橘だけじゃない、橘の両親も気付いてやれなかったんだろうか?他人の家族関係に口出しするのは物凄く嫌だが、流石に穂花ちゃんが不憫でならない。
とりあえず、こんな奴は置いといて穂花ちゃんに声を掛けよう。
「穂花ちゃ──ん!?」
──穂花の方を観ると、彼女は肩をワナワナと震わせ、今にも泣きそうな表情をしていた。
孝志は慌てて今度は彼女の側に駆け寄る。
「穂花ちゃん大丈夫!?」
「ど、どうして兄を名前で呼んでるんですか……?」
「え……まぁ色々あって無理矢理」
「それに……私じゃなくて、真っ先に兄のところに行きました……どうして?」
「いや、こういう時ってさ、やっぱり歳上の方を止めるべきなんだよ」
「知りませんよ……そんなの……うゔ……」
「穂花ちゃん……」
俺の軽率な行動が穂花ちゃんを悲しませてしまった。
アイツに近付く前に、ちゃんと穂花ちゃんの顔を見るべきだったんだ。
きっと俺が橘雄星の肩を持ったと勘違いしたに違いない。天地ひっくり返ってもそんな訳無いと言うのに。
まさか穂花ちゃんを泣かせてしまう日が来るなんて……人間失格だな、俺は。
(※孝志は穂花が相手だと寛大です)
「ごめん、でも俺は穂花ちゃんの味方だからさ」
珍しく孝志が穂花の頭を撫でる。女性関係でやたら潔癖な孝志が自分から手を出すのは極めて稀だ。
それだけ穂花ちゃんに対し、申し訳ない気持ちになって居た。
(あ……孝志さんに頭撫でられた……妊娠しそう)
お陰で穂花の悲しみは一瞬にして吹き飛んだ。
これが本当のゴットフィンガー孝である。
「……じゃあ、私と兄……どっちが大事──」
「穂花ちゃん、圧倒的に穂花ちゃん」
「……本当ですか?」
「うん、確実に穂花ちゃん。だいたい穂花ちゃんのこと大好きだしさ」
後輩として穂花ちゃんのことは気に入ってる。
彼女の助けになるならどんな事だって出来ると思う。それに穂花ちゃんも、弘子の兄として俺を慕ってくれるしなっ!
(※孝志は穂花が相手だと鈍感です)
「ええ……!!??す、好き!?すすす、好きですか!?」
もちろん、穂花は言われたままに捉える。
顔を茹蛸の如く真っ赤に染め、身体が芯まで熱くなってた。孝志に好きと言われた事がどれだけ嬉しかったのか、常人には決して理解できないだろう。
孝志に惚れてから1年弱。
睡眠以外ではずっと孝志の事ばかりを考えて居た……というか睡眠してても夢に出て来た。
また、時には寝る前に孝志を想い過ぎて泣いてしまう事だってあった。彼に会うことが彼女にとって人生最大の幸福だったのである。
少女の目標は孝志と両思いになること。
それがこの世界に来て一緒に行動できるようになり、今こうして好きだと言われた。
そう、目標が達成されたのだ……もう穂花はマジで死んでも良いと思った。
でも孝志は向こうに居ないのでやっぱりそれはナシだと考え直す。
「──あっ……」
「え?どうしたの?」
さっきから顔が真っ赤だ。
キモがられてるとは考えたくないけど……もしかして好きと言われることに免疫がないとか?だとしたら凄く悪いことしちゃったなぁ。
それに唇を噛み、股を抑えて震えてる……トイレを我慢してるのかも。
「穂花ちゃん……本当に大丈夫?」
「大丈夫です──ただ嬉しすぎて、アレが始まっちゃったみたいです」
「ん?アレって何?」
尋常じゃない様子なんだが……本当に大丈夫だろうか?
「橘穂花!レッドカードッッ!!」
──心配になり孝志が更に近付こうとした……しかし、アルマスという守護者から警告が入る。
というより、あんな台詞を聞いてアルマスが黙っている訳がない。それはもう今までに見たことも無いくらい侮蔑の籠った眼差しで穂花を睨みつけている。
「ちょっとアルマスさんっ!何処へ連れて行くんですか!?」
会話が聞こえないところまで穂花を引っ張る。
「やかましい!このドスケベ女がっ!なに孝志の前で赤ちゃんを身籠る準備を整えてるのよっ!」
「いえ、身体が勝手に……」
アルマス的には魔王や王女と結ばれて苦労するより、穂花と一緒になった方がまだマシだと考えていた──戦う術を教えてるのもその為だ。
アルマスはなんだかんだで、向こうの世界からずっと穂花を観ており、彼女のことは憎らしいと思う反面それなりに評価している。
しかし、今のはアルマスでも流石にやばいと思った。
幸いにも孝志は始まったの『意味』を理解してなかったので事なきを得たが、このままでは教育に宜しくないとガチ目の説教を行う。
──そして、離れた場所で話をする二人を、孝志は訳が分からないといった様子で眺めて居た。
「なんなんだよ、まぁ良いけど……ん?」
雄星に見られている事に気付き、そちらを向く。
「どうした、たち──雄星?」
「……俺じゃなくて穂花を選ぶのかよ」
うわぁぁぁッッッ!!!
だから面倒クセェェェッッッ!!!!
なんだよコイツッ!!
どれだけ俺を困らせれば───
【危険ッッ!!!しゃがんでッッ!!!】
唐突に脳内音声が鳴り響く。
それは久しぶりの感覚……【全知全能】を失った孝志が長らく忘れていた【危険察知】の信号音だった。
そして言われた通り、孝志はしゃがんでやり過ごそうとした……いつもの様にこれでどうにかなる筈だ。
数々の困難を乗り越えて来た自分があっさりと死ぬ訳がないと孝志は楽観している。
「ッッ!………あれ?」
「おいっっ!!!孝志ッッ!!」
「た、たっくんッッ!!?」
「松本くんっ!?いやあぁぁッッ!!!」
「三人とも下がってッ!!」
近くに居た橘雄星、奥本美咲、中岸由梨が慌てふためいてるとマリアが大声を上げて三人を制止する。
ただそんなマリアにも余裕がない。
彼女はずっと孝志の『胸元』を強く抑え、ある液体が流れないように必死になっている。
「………あ、そういう事か」
薄れゆく意識の中、孝志は悟る。
自分が何者かに胸を貫かれた事を……真っ赤に染まるマリアの手が、それを物語っていた。
痛みはない。ただ胸には異様な感覚がある。
そんな事よりも、直ぐに駆け付けて来たアルマスと穂花ちゃんの顔がとても観れたものでは無かった。
穂花ちゃんが右手を、アルマスは左手を力一杯握り締め、怒鳴るような声で何かを叫んでいる。
(何を言ってるのか解らない……ただ、ごめんよアルマス……穂花ちゃん、心配掛けて)
………
………
………
このまま死ぬんだろうか?
………
………
………
『やぁ』
「おい、死んだじゃないか、俺」
『まだ死んでないよ』
「え?」
『ただ、危険な状態だからこうして呼んだんだ』
意識が反転し、景色は真っ白な空間に変わった。
死後の世界だと思ったが、自分と瓜二つな存在【アダム】の姿を観て、此処へ呼ばれたんだと気付く。
「あ、そう……で?どうやって生き返る?」
『生き返りたいかい』
「う~ん………まぁそうかな?」
『……………』
「なに?無言になるなよ急に」
『いや、君のそういう所が異常だなと思ってさ』
アダムから客観的に観て、孝志の生へ対する執着は相当薄い。
恐らくアルマス、穂花、テレサの存在が無ければアッサリ死を受け入れて居ただろう。
それは生に執着するアダムにとって異常だった。
「俺は普通だぞ?」
『まぁいいさ。ただ、しばらく君の身体を借りるよ?再構築に時間が掛かりそうだからね。このままじゃ君の身体が焼かれてしまう』
「………アルマスと穂花ちゃん大丈夫か?」
──最後に観た二人の表情が孝志には気掛かりで仕方なかった。アレほど絶望した人間の表情を見たことが無かった。故に本気で二人の事が心配なのだ。
『アレから数時間が経過している。二人とも自害しそうだから、早く君の無事を知らせたいんだけどね?』
「わかった……って、自害とかマジか?穂花ちゃんもか!?」
『……ああ』
「……お前にだけは頼りたくないけど、なんとかしてくれ」
『まぁ一応、僕は君だからね』
「……なんでも良いけど、今回だけは任せるわ。なんか死ぬほど疲れてるんだわ」
『だろうね、死んだのだから……ところで、君を殺した人物が誰なのか──知りたくはないか?』
「……知ってどうする?」
『知っといた方が良いよ。なんせ、本当の意味で君が警戒すべき【敵】なんだからね』
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