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7章 普通の勇者とハーレム勇者
普通の勇者VSハーレム勇者 続
しおりを挟むよしっ、気を取り直すぞっ!
橘(アホ)相手に加護が発動した位で動揺し過ぎだな。
確かにプライドは傷付いたよ?
でもね?初めから身体能力では劣ってる……それは解ってんだからティファレトの加護が発動してもおかしくないんだよ。
そうそう全然おかしな事じゃないしむしろコレが普通だしこんな屈辱余裕で乗り切れるし舐めんなやっ!
──孝志は早口で自分にそう言い聞かせた。そうする事により孝志の気持ちが安定する。
言っちゃアレだが、この男も大概アホである。
「ゴールドパワー2。やはり不完全なスキルだったか。やっぱり使うんじゃなかった!動けなくなるから解除も出来ないし、ちくしょうっ!」
おっ、橘のヤツ、身体が重くなった原因が俺のスキルとは思ってもないようだ。自分が能力を制御出来てないと良い感じの勘違いをしてくれている。
橘の後ろのマリア王女の視線が痛いけど、このまま何事も無かったかのように進行してしまおう。
……いや待てよ?
進行も何も今確かに勝ったよな?なんでまだ戦わなきゃいけないんだ?
「……橘、さっきので決着が着いたと思うんだけど?なのにまだ続けるのか?」
「……ああ、もちろん……先に2勝した方の勝ちだ」
「あ、ずるっ」
ルール付け加えるとかコスイわ。
それを許したら次にコッチが勝っても、今度は3勝した方の勝ちって話が通るんだが?それは面倒臭いぞ?
本当どうにかしないと……でもアルマス達も全然帰って来る気配が無いし、やっぱり一人で対応するしかないか。
「因みにだが松本、この勝負に僕が勝ったら、僕……いや俺の事は『雄星』と名前で呼んで貰うからな?──そして俺は君をた、たた、たたたた、孝志と、よ、呼ぶっ!」
このバカは何をトチ狂ったことほざいてんだ?
「え………………やだ」
「やだって……大丈夫だから安心してくれ」
「あの、人としての会話って出来ますか?」
「当然だ──では再開するとしよう」
いや全く出来てないじゃん!!
ドッヂボールにも程があるだろっ!?
第一、橘と名前で呼び合うとか死んでも嫌なんだが……友達じゃあるまいし。
そもそも俺の事嫌いだろ?それなのに嫌がらせの為によくそこまで身体張れるよな。もしかして嫌がらせに人生賭けてるの?
呆れながら俺はある人物に目線を送った……マリア王女と並んで立ってる中岸さん。
幼馴染のアナタからもなんとか言ってくれっ!
──僅かな望みに賭ける。
すると、目の合った由梨が笑顔で頷いた為、彼女が何とかしてくれるだろうと孝志はホッと胸を撫で下ろした。
「雄星っ!」
「ん?どうした由梨?」
「やっと言えたね!」
「ありがとうっ!」
ズゴーッ!!ああっ全然ダメだった!!
そう言えば中岸さんアイツの恋人だったわ!!マトモならあんなのと付き合える筈がない……嫌いじゃないレベルのポンコツだあの人。
彼女の他には全く面識のないメイド──
「………あ……あはは」
「ッチ!」
後は奥本くらいか。
目が合うと笑いかけて来た、絶対馬鹿にしただろ。
マリア王女も木刀で戦い始めた途端に何も言わなくなった……この決闘は安全だと判断したんだな。
今ではむしろ俺の現状を面白がってる。
どこまでも腹黒い女だぜ。もうブローノ王子以外の王族みんな滅びれば良いのに。
「………」
「………」
助けが期待出来ないと諦めた孝志は再び木刀を構え、雄星と向かい合った。
さっきはティファレトの加護で動揺してしまったが、今は少し冷静さを取り戻している。
そもそも普通に戦えば苦戦する相手ではないのだ。
それに、敗北リスクが【互いを名前で呼び合う】になった以上、孝志はどうしも負けられなかった。
気を引き締めて全力で挑むだろう。
「行くぞっ!」
「………」
スキルの影響で、先程より格段に弱くなった雄星の攻撃を孝志は冷静に受け流す。危険察知とのコンボであっさり剣を見切る。
そして力を抑え、雄星の右肩を木刀で叩いた。
「……くっ!」
雄星の表情が苦痛に歪む。
力を抑えていてもやはり木刀で殴られると痛いのだ。
魔法で回復可能なこの世界では訓練に用いられる木刀も、向こうの世界だとれっきとした凶器。
それが解っているので、殴った側の孝志もあまり良い気分ではなかった。雄星を痛め付けるのを楽しんでると思いきや、案外そうでもないらしい。
「く、くそっ!」
「………!」
再度同じように雄星の攻撃を躱し、今度は足に木刀を叩き付ける。
次に向かって来たのを躱し、今度は二の腕。
更に繰り出される攻撃も躱し、今度は左肩と──合計で四度孝志は雄星を斬り付けた。
「ぐぉっ……!」
「………嫌だなマジで」
しかし、雄星は倒れず尚も立ち向かってくる。
木刀を打ち込む度に、生きてる生物の肉を叩く不快感が掌に伝わってくる。
幾度となく戦闘を経験して来た松本孝志──
──しかし、これまで攻撃を防がれる事があってもマトモに当たる事など一度も無かった。
初めて生きた生物に加える直接攻撃は精神的にあまり良いものではなかったらしい。人を痛め付ける事に関しては孝志もまだまだ未熟なのだ。
……そして、二人の戦いを観戦している者達にも違和感を持つ者が居た。
戦闘の心構えの一切ない美咲とミレーヌは何も気付かないが、マリアと由梨は雄星の動きが唐突に鈍くなったことに気付く。
この状況で手加減など有り得ない──二人は不思議そうに互いの顔を見合わせる。
「中岸様も気付きましたか?」
「は、はい……何やってるんだろう雄星」
「孝志様も最初はおかしかったですが、今は立ち直ってる御様子……まぁ恐らくは何かのスキルでしょう。詳細は不明ですが──しかし、それに気付くとは、中岸様なかなかの洞察力ですね」
「そ、そうですね」
──この王女さま……私達と松本君とで態度が全然違うなぁ。明らかに松本君に好意を持ってると思う。でも言ったら殴って来そうな雰囲気あるんだよこの人。
なんか凄く腹黒そうだもん。
それに松本君もスミに置けないね。
ただ、彼と話ようになったのは最近だけど、浮気とかもしなさそうだし、真面目だし、しっかりしてるし、マリアさんや美咲が好きになるのも分かるかな?
私も恋愛感情じゃないけど、人として松本君は尊敬も信頼もしてるしね。だから二人とも応援するの。
「二人とも頑張って~!!」
「中岸様、どちらか片方に肩入れしないなんて……貴女良い人ですね」
──私は橘雄星の応援なんて死んでも御免なのに。
…………
…………
戦闘が始まってからまだ5分も経っていない。
「……はぁ……はぁ……くっ!」
しかし、雄星の身体は既にボロボロだった。
「…………」
雄星がその身に受けた攻撃は既に16回。
それに対して孝志は肉体的なダメージは一切なく、平然と立ち木刀を構えている。
「はぁっ!!」
「………!」
大きな雄叫びを上げ突進する。
それを紙一重で躱し、これまで通り反撃を行う。
「ぐがっ!!」
「わ、やばっ!」
ただし、これまでにない動作に驚き、孝志は誤って力の籠った一撃を雄星の腹に打ち込んでしまった。
「おい!大丈夫か!?」
──今のは結構効いただろ……最悪な感触だった。
橘も痛そうに悶えてるし、助けてやるか。
流石に今ので諦めてくれるだろう。
孝志はポーションを渡す為、地面に倒れ伏している雄星に近付いた。
「ぬぁぁ!!」
「……わっ!?」
しかし、雄星は立ち上がった。
まだポーションを使ってないのに勢いよく立ち上がった。その必死さはアリアンと戦っている時の孝志に良く似ている。
「俺は……この戦いだけはどうしても負けられないんだ……!!」
「え……いや……あの」
謎の気迫に、あの孝志ですら気が動転してしまう。
腹を攻撃された事で胃液を吐き、ふらふらになりながらも諦めようとしない。
そのド根性っぷりは、孝志が抱いてる橘雄星のイメージとは大きくかけ離れていて思わず後退った。
そして同時にこう思った『しょーもないところで意外性を出すな』……と。
「……松本ぉ!ここでだけは負ける訳にはいかないっ!ここで負けるくらいなら死んだ方がマシだっ!」
「いや……えっと……」
「まだまだ行くぞっ!ここからが本当の勝負だっ!」
「………あー」
「はあぁぁぁぁっ!!」
「……………」
………
………
………ふぅ~
「──もう……いいです」
「はあぁぁぁッ!!──え?いまなんて?」
「もう───俺の負けで良いです……はい」
「ッッッ!!!??」
「ぬぇ?」
あれ、今度は動かなくなったぞ?
もしかして死んでくれたか?
「……あの~?」
「勝ったのか……?俺があの松本に……?」
「うんまあ、そんな感じで」
「──ゆ、由梨っ!!!」
しっかり言質を取り、雄星は由梨の元へ向かう。
それを暖かく迎え入れる幼馴染。
二人は泣きながら抱き合った。
「雄星っ!やったね!」
「ああ……!生きてて良かった……!」
「ふふ、じゃあ松本君のところへ行こう?」
「そうだなっ!」
──ああ戻って来た……中岸さんまで一緒に……アイツ、これまではウザイだけだったけど、今は怖い。
怖いから来ないでよ。
マリア王女とかドン引きし過ぎて遠く離れた所まで後退しちゃってる……薄情だぜ幾ら何でも。
「ま、松本……」
「雄星?違うでしょ?」
「あ、た、たた、孝志っ……!」
「ん……ああっ!?」
やべぇ……負けたら名前で呼び合う約束だったの、すっかり忘れてた。あれ以上戦うのが嫌だったから、そこまで頭が回ってなかったんだよ。
ええ!?これから名前で呼ばないといけないの!?橘みたいなヤツを俺がかっ!?
いやいや、死んでもいやマジ無理ちょー無理。
そうだっ!
ここは有耶無耶にして誤魔化そう!!
「ど、どうした橘くん……?」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
あっ、有耶無耶作戦無理っぽい。
無言の圧力が相当エグい。
中岸さんも橘が絡むと全然味方になってくれない。
「……雄星くん」
「ッ!!ああ!これから宜しく頼む!孝志!」
ほんと地獄。これまで一生懸命頑張って来たのに……この仕打ちって何?
橘も正攻法じゃ勝てないからって、まさかこんな手段で来るとはな。
ただ、この作戦は大成功だぞ?
だってめちゃくちゃダメージ受けてるもん。
「「ばんざーい!ばんざーい!」」
「ば、万歳は止めて……恥ずかしいからさ」
「何言ってるの?松本君も一緒に!!」
「え……中岸さん?」
「ほらっ!ばんざーい!!」
「ば、ばんざーい」
中岸さん……まともだと信じてたのに、まさか彼女もやべぇ奴だったとは……この裏切り者めっ!
「まだ声が小さいっ!孝志も由梨も!もう一回行くぞ!?──せーのぉっ!!」
「「ばんざーいっ!!ばんざーいっっ!!!松本孝志ばんざーいッッッ!!!!」」
「ハハハ、ばんざーい」
「「松本孝志!!イェーイッ!!」」
「いぇーい、ふはは」
……コイツら超嫌い。
──雄星の気持ちが近づく一方、孝志の気持ちはドンドン離れて行く。
果たして、この二人の奇妙なすれ違いに終わりは有るのだろうか?
ただ、なんだかんだで『和解?』という形で、普通の勇者とハーレム勇者の因縁に決着が付くのであった。
「……お兄ちゃん……何やってるの?」
しかし、ある妹がそれを許さなかった。
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