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6章 勇者と、魔族と、王女様
俺じゃないのに……
しおりを挟む──戦いとは実に虚しいものだ。
そう感じながら俺は、めちゃくちゃになった会場を一度見渡し、抜いていた剣を鞘にしまう。
実は途中から剣を抜いてました……結局1回も振る機会無かったけどね。
それに去り行くカルマを見送りながら俺はこうも思った。魔族だろうと人間だろうと、そんなの関係なく互いに分かり合う事が出来るんだという事を。
だってそうだろう?
俺とカルマもこうして和解する事が出来たんだから──正直、何故カルマと良い感じになったのか理由はあまり解って無いけど、とにかく穏便に事が済んで良かったと思う。
もしかしたら悪い奴じゃなかったのかも知れない。
そして魔族を束ねている魔王も決して悪い人達じゃないのを俺は知っている。
元魔王のアレクセイさんだってそうだし、何よりテレサとは俺があんなにも仲良くなっている。この世界全般的に観ても二人は性格に相当癖があるものの、かなりの良人で間違いないと言えるだろう。
いや寧ろ、この国の人達の方が醜く争ってるんじゃないかと思う。だって俺に嫌な思いをさせるのはいつだってラクスール王国の人達だった。
さっきの貴族達にしてもそうだし、俺に肉体的なダメージを与えたネリー王女なんかは特にそうだ。
しかもユリウスさんは裏切るし、あとマリア王女も大概酷い……さっき俺をロリコン扱いしてきたしな。
そしてアリアンさん。
そう言えば戦ってる最中、マリア王女は破壊されてゆく城の有様を観て真っ青になっていたけど、それに関しては本当ごめん──
まぁ終わった事をグジグジ言っても仕方ない。
そもそも城を壊したのはテレサだし。
──そして俺は思うが、やっぱり聞き分けが良いのはいつも魔族達で、まともじゃないのはラクスール王国人だと感じている。いや事実そうだと言っても過言ではない。
変わるべきは人間の方なのかも……
なのに、俺は本当にこのままで良いのだろうか?
変わるべきは人間だと思って居るのに何もせず、おばあちゃんの城に帰って良いんだろうか?──俺は自分自身にそう問い掛けた。
しかし問い掛けた所で答えが返って来る事はない。
「だって人生に解答用紙などないのだから──!」
『──ねぇ孝志、さっきのセクハラの件だけど、今日の夜なんかどう?』
「……あの……猛烈にカッコ付けてる最中なんで、変なこと言うの辞めて貰って良いですか?」
『ん?どうして?』
「いや自分で考えてよ」
『人生に解答用紙は無いんでしょ?』
「……え?それ俺の傑作ポエム何だけど……もしかして心読んだの?」
『ううん、声に出てたよ』
「は、恥ずかしい……!」
人生においてこれ以上の辱めなんて存在するのだろうか?もうテレサってば絶対に許さない。
『ふふ、無理矢理カッコつけなくても孝志はいつだってカッコいいよ!なんたって僕の王子様だからねっ!!』
「……え?……そ、そうかな?」
『うん!!それに頭も良いし!!』
そういう事なら許すしッ!
しかし参ったな……俺にそんなつもりは微塵も無いんだけど、やっぱり解る人には俺の有能さとかカッコ良さが解ってしまうみたいだ。
能ある鷹は爪を隠すって良く聞くけど、あり過ぎると隠せないんだね。
能ある鷹……孝志だけに……ふふ。
『──寒ッ!!孝志、何故か分からないけど、急に寒くなって来たよ……!?』
「…………」
そんなに寒かったか今のギャグ?
碓井がいつも笑ってくれる鉄板ネタなんだけど?
いや、テレサがセンス無いだけだな……可哀想な子だ。流石ボッチだっただけの事はあるぜ。
──俺がショックを受けてると近くから人の気配を感じる。そっちへ視線を向けるとマリア王女の姿がそこにあった。
「……どうしてそんなに気持ち悪く表情がコロコロ変わってるの?それに独り言が凄いわよ?顔も変になってるし」
「……言い過ぎだろおい」
いつの間にか近くまで来ていたマリア王女は、とても引き攣った表情を浮かべていらっしゃる。これは恥ずかしいシーン全部見られちゃったかも知れない。
コロコロ表情が変わってるとか、独り言が凄いとか言っちゃってるし、もしかしたら結構前から見てたんじゃないのか?
……まぁいいや。
「取り敢えず、王国は無事になりましたよ」
「へこたれないなんて……あなた相変わらずメンタル凄いわね……流石は精神Sランクだわ」
「ありがとうございます、そういう貴女も美しいですよ、麗しのマリア王女」
「人生に解答用紙のない男は言う事が違うわ」
「……おっと、心はガラスだぞ?」
「ふふ、精神Sはどこにいったのかしらね?」
「……くっ!」
煽りすぎだろこのクソ王女ッ!!
精神力が高くても傷付く時は傷付くしっ!だからあまり酷い事は言わないで欲しいんだけど!
文句を言いたい気持ちは有ったが、言い返すと更に煽られると悟り口を閉ざす事にした。
これぞ危険予測の真髄である。
それに今は王女とこうして軽口を叩ける状況になった事を喜ぼう。
こんなやり取りが出来るのも全部テレサのお陰なんだよ。テレサが居なければ今頃とんでもなく酷い状況に陥っていたのだろうからな。
なので俺は改めて彼女に礼を言う事にした。
「(こうしてほのぼのした話が出来るのも、全部テレサのお陰だよ。ありがとうな)」
『……あ……うん!!』
「(どうした?)」
『ううん、何でもないよ……(僕以外にも仲のいい女の子沢山居るんだね……)』
礼を言うとテレサは明るく返事をしてくれた……ようにも聴こえるが、表情は見えないけど声に陰りがみえた気がする……有耶無耶にはせず、後でテレサとしっかり話をするとしよう。
そして俺はある事に気が付いた。
「……マリア王女、そう言えば随分と王女っぽくない服装ですけど、どうされましたか?」
出会った時から違和感が有ったが、安全な状況になってその違和感が何なのかに気が付く。
それはマリア王女の服装が王女っぽくない事だ。
普段着のまま慌てて避難したという感じでもなく、意図的に修道女が着ているような服を着ている様に見える。
さてはこの女やらかしたな?
「もしかして腹黒いから追放されますか?……可哀想に」
「違うわよッ!!」
「ええ……じゃあどうしてそんな格好を?」
「その……捕まって軟禁されてるのよ……だからこんな格好なのよ」
「え!?あ、そ、そうでしたか……いや、大変っすね、ははは」
「気を使って低姿勢になるんじゃ無いわよ!!」
て、低姿勢にもなるぜ?
だって冗談のつもりで追放されたって話をしたのに、更にその上をゆく悲惨な状況だったなんて……いったい王女は何をやらかしたんだ?
俺の予想だと誰かに暴行を働いたんだと思う。
だとすれば相手はネリー王女か?……もっと姉妹で仲良くしろよ。
「取り敢えず向こうに行きますか」
「そ、そうね」
俺はいろいろ気にはなったが、空気を読んで話を掘り返さない事に決めた。マリア王女もその方が助かるらしく、それ以上何も話さなかった。
「貴方はこうして気を遣ってるのに、さっきは煽ってごめんなさいね……城が壊れたストレスでおかしくなってたみたいだわ」
「いえ、普段通りでしたよ」
「そ、そんなことないわ!」
そんなことあるぞ。
だけど危険予測の真髄で黙っとくね。
「……あ、マリア王女、足下危ないですよ」
「……え!?あ、ありがとう……以外と気が利くのね」
──マリアは顔を真っ赤にしながら、孝志から差し出された手を取った。
足下には瓦礫が散乱しており、歩きにくそうな靴を履いていた彼女が転ばない様に孝志が気遣っての事だったが、マリアにはそれが恥ずかしいらしく顔を赤くする。
まさか孝志がこんな紳士的な振る舞いをするとは考えても無かったので、そのギャップもマリアの中では大きかったようだ。
「……ず、ずるい……ば、ばかぁ」
「え?どうして?」
急に馬鹿とか言いやがって張っ倒すぞ?
『…………(後でいっぱい抱っこして貰おう)』
──戻ると俺の周りには大勢の人達が集まって来た。
リーシャさんの魔法や、俺が道具袋に入れてたポーションである程度回復し起き上がった兵士達と、気絶から目を覚ました貴族達も、皆が一様に俺を褒め称えてくれている。
想ったより大人数で驚いたな。
もしかしたら三桁はこの場に居るかも知れない。人が多過ぎてダイアナさん達の姿が見えない程である。
「も、もう手を離しても良いかしら……?」
モジモジしながらマリア王女が訪ねて来るのだが……
「え?逆にいつまで繋いでるんですか?」
「……!!」
思いっきり振り払われてしまう。よく見ると耳まで真っ赤に染まっている。
もしかして手を握られて照れてたのか?腹黒王女の分際で一丁前にウブな反応してんじゃないよ。
まぁマリア王女は一旦置いといて──
──こうして皆から称えてくれるのは有難いけど、俺は最初から自分の手柄にするつもりなんて無かったりする。
実際カルマを倒したのは全部テレサで、俺は何一つ成果を上げては居ない。
あえて俺の成果を上げるとしたら、テレサをこの場所へ連れて来た事くらいだ。
……それに何となくだが俺には解る。
人の手柄を横取りするような奴はロクな目に遭わないという事を……
だから全て正直に話してしまう事にした。
それに、もしかしたら人と魔族が歩み寄るキッカケになるかも知れない。
俺は少し息を吸い込み、騒音を掻き消すように声を張り上げた。
「みなさん、聞いて下さい!」
「「「「…………!」」」」
ずっと聞きに徹していた孝志が初めて呼び掛けた事で、騒がしかった者たちは一斉に口をつぐんだ。
若い兵士も、熟練の騎士も、令嬢も、初老の貴族男性も……全員が孝志に注目する。
無論、目を覚ますのが遅れて輪に入れなかったダイアナとエミリアや、少し離れて様子を伺っているアルベルトも例外ではない。
皆、孝志の言葉の続きを待つのだった。
──そして注目されてる事など意に介さず、孝志は話し始める。
「実は今回、カルマという魔族を追い払ったのは自分では無いんですよ」
思いがけない言葉を耳にし、再びざわざわと騒めく場内。互いに顔を見合わせてもどういう事なのか全くもって誰も理解出来なかった。
しかし、意識を失っていた者が殆どだったので、孝志がカルマを撃退する場面を実際に観た者は限られており、情報が少ないのも事実……故に、彼らは孝志の言葉の続きを再び待つ事にした。
「──実は、俺の中に魔王が宿っている」
今度の騒めきは先程の比ではない。
聴き慣れた魔王という単語に驚きは無いが、その後に孝志が発した【魔王が自分に宿っている】──その一言が信じられないモノだったのだ。
最悪のケースとして勇者が魔王と手を組んで人族を滅ぼそうとしてるのか……?そう勘繰る者は当然現れた。
孝志も言回しを間違えてしまったと焦り、中断せずそのまま話を続けた。
「ですが、もちろん敵という訳では有りませんよ?彼女は我々の味方です──現に魔族を撃退し、王国の危機を救ったでしょ?」
「いや、急にそんな事を言われても」
「魔王が撃退して去って行ったのか?」
「しかし、本当だとしても信用は……」
「……あ、あの……一つお聞きしても宜しいですか?」
皆が戸惑ってる中、一人の若い兵士が堪らず孝志に質問をした。その若い兵士は皆を代弁するかのように口を開く。
「魔王が助けたとおっしゃってますが……どの様にしてですか?──実は自分、途中から意識が戻ったのですが、どう観ても勇者様が攻撃している様にしか観えませんでした」
「わ、私めもです!」
「お、俺も!!」
便乗するように、他に目撃していた者達も次々と声を上げ始めた。もはや気絶して現場を見ていなかった者達にとっては何が何やら訳の解らない状況となってしまう。
「ん?ああ、それは俺を通して攻撃したんだよ」
「「「「「?????」」」」」
場は更に混乱を極める。
皆の頭にクエスチョンマークが浮かぶのが目に見えるようだ……誰にも孝志の言っている意味が理解出来なかった。
ただ唯一、孝志の弱さを知っていたアッシュだけが『そういう事か』と納得する。
アッシュにとって孝志がカルマを倒すよりは、孝志の言う事の方がまだ現実的だと思えたらしい。
「いや、俺を通して衝撃波とか放ってたの。ビックリだよな……はは──だから皆んなを助けたのは魔王テレサだし、彼女とも仲良くしようぜ!」
……因みに余談だが、孝志は演説やスピーチが大の苦手である。
「「「「(なるほど、そういう事か)」」」」
孝志は本当の事を包み隠さずに話したが、この場のほぼ全員が孝志の狙いとは違う解釈をしてしまった。
今のはセンスの無い冗談だと確信し、皆は互いに顔を見合わせ笑い出す。不謹慎で尚且つあまり面白い冗談では無かったが、少年が場を和ませようとした気遣いだと、皆は次第に表情を綻め始める。
聴く側からすると、孝志の言っている事には現実味がまるで無く、信じる者はアッシュ以外に存在しなかった。
だがこうなったのは下手くそな言い回しの所為とも言える。孝志は気が緩むと偶にこうしてやらかすのだ。
「あるぇぇ??」
思ってたのと違う。
全然信じてないんだけど……?
「いや俺クソ雑魚だぞ?!」
「またまた御冗談を……はは」
「ですがとても控えめで私の好みですわ!」
「私もです!ガツガツした殿方苦手なの~!」
「──主人様ッ!!ヒューヒューッ!!」
やばい誰も信じてくれない……こんなモテ方ちっとも嬉しくないんだが……ってか最後のアルベルトじゃね?
しれっと混ざりやがってあの野郎…!俺の好感度が天井まで上がってたのに、今ので随分下がったぞ!!
いや待てそれよりも、このままだと本当に最強勇者の称号を手に入れてしまう──そうなると面倒くさいから、それだけは何としても阻止したい。
あぁでもアルベルトも敵に回ってるから厳しいなぁ……
………
………
あっ!そうだっ!
直接戦ったアッシュはどうだろうか!?
アイツは俺の実力を良く解ってくれてる筈だ!!
そう思ってアッシュを見ると──
おお!気まずそうに苦笑いしているっ!アレは絶対に解っている顔だっ!節穴のアルベルトとは違うぜ!
助けてアッシュ……パチッ
目が合ったのでウインクも決めてやった。目と目が合ってウインクまでされれば助けない道理は無いだろう。愛してるぜ相棒。ダメ押しにもう一回……パチッ
「(うげぇウインクして来やがった……しかも二回……気色わりぃ奴だぜ──でも俺は空気を読んで黙る事にするぜぇ……つーか言っても信じて貰えねぇだろうしよぉ)」
アッシュは目を逸らす。
「…………はぁ?」
え?あっさり見捨てたられたし。
ヤンキーって生き物は情に熱いんじゃないのか?ウインクまでしたのに……てか俺詰んだんじゃね?
──孝志の憶測通り、このアッシュの裏切りが決定打となった。
「「「「「勇者様ばんざーーーいッッ!!」」」」」
貴族も、兵士も、高く腕を上げ孝志の勇姿を讃える。
孝志はその後も説得を続けるが、助けてくれる者が居なかったのでやむ終えず称賛を受け入れた。
ただこの一件で、ラクスール王国からは絶対に出て行くと強く胸に誓うのだった。
──また、他の三人の勇者がこの場に居ない事に、最後まで誰も気が付く事はなかった。
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