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6章 勇者と、魔族と、王女様
雄星VSカルマ
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~雄星サイド~
互いに睨み合う雄星とカルマ。
辺りは静寂に包まれ、微かに孝志とリーシャの話し声が聴こえる程度だ。雄星はその話し声が気になって仕方ないのかずっとチラチラ様子を伺っており、戦う相手に対する集中力があまりにも無さ過ぎる。
このまま無駄に時間だけが過ぎて行くかと思いきや、少しすると突拍子もなく雄星がカルマへと仕掛けた。無論、不意打ち狙いとかではなく、唐突にカルマを倒そうと思ったから仕掛けただけである。
踏み込みの速度ならバフも盛りにもった孝志より速い。
知力と精神意外のステータスが最低レベルの数値だった孝志と違って、橘のステータスは知力とか以外まぁまぁ高水準。
しかも雄星が自ら馬鹿にしていたスキル【ゴールドパワー】──この能力は自身の腕力・速度を五倍にまで引き上げられるモノで相当優秀。よって今の雄星は実力を遥かに上回る力を発揮していた。
……しかしそんな程度モノが、テレサを除く魔王軍の中で頂点に君臨するカルマに通用する筈が無かった。例え能力が五倍になろうとも、どうにもならない実力差が二人には有ったのだ。
にも関わらず何の駆け引きもなく速度と力任せで雄星は真正面から突っ込んでゆく。
雄星はそのまま剣を振り上げカルマ目掛けて振り下ろしたが……その一撃をカルマは──
「ッッ!!!?ば、ばかな……!!」
──全力だった雄星の攻撃を中指と親指の二本指だけで簡単に止めてしまったのだ……!
まるで話にならない。予想よりも遥かに最悪の形で攻撃を受け止められてしまっていた。
「……愚かな」
──勝敗はどちらも傷を負わないで決まる。
カルマだけではない、戦いを見守っている殆どの者達が悟る。今の一回の攻防を観ただけで雄星ではどうやってもカルマに勝つ事は出来ないんだと、貴族の愚か者達は解らされた。
「……終わった」
離れて観戦していた中の誰かが、ボソッと諦めの言葉を呟いた。その呟き声は離れ過ぎている孝志やリーシャの耳には届かなかったが、貴族達は皆同じ感情を抱いてる事だろう。
怒気に満ち溢れたいたカルマも怒りの感情が少し引く。今は愚かにも自分に挑んで来た弱者へ対する哀れみが大きかった。
さっきまで橘を警戒していたカルマは今ので雄星を格下だと認識した。もはや先程の様な挑発も通用しないだろう。
どう間違っても自分が橘雄星に敗北するビジョンがカルマには見えないのだ。
──雄星は一生懸命になって掴まれた剣を動かそうとしているものの、やはりピクリとも動かない。そんな金色に輝きながら醜態を晒す勇者へカルマは嘲笑うように言葉を発する。
「ふん……馬鹿らしい。お前如きに目くじらを立ててしまっていたとはな……なっ!」
カルマが二本指で掴んだ剣ごと雄星を突き離した。
強く押された事でバランスを崩すも、なんとか転ばすに雄星は持ち堪える。
そして言われた言葉に対して怒りを露わにした。
「なんだとッ!!僕に向かってお前如きだってッ!?」
──コイツ……急に小馬鹿にした態度になりやがって!偶然指に挟めたからって得意になるなよっ!
俺は再び剣を振るおうと構え直しヤツに立ち向かう……しかし構えてから剣を振るよりも早く、俺の顔に鋭い激痛が走った──!!
「……え?──ぐわぁっ!!」
余りの痛みに雄星は剣を手放し、顔を抑えたままその場に蹲った……カルマに顔を殴られたのだ。
もちろん手加減された。
本気で殴られていたら顔が吹き飛んでる。
それでもこれまでの人生で痛みを殆ど味わった事のない雄星には耐えられない痛みであった。
──顔を殴られた!?い、痛い痛い…!痛過ぎる…!
「い、痛い……!!それに、は、鼻血が……!」
アッシュの血の量には全く及ばないにしても血は床の大理石に滴り落ち続けた。鼻血にしてはかなりの出血量だ。
美咲はもちろん心配し、アンチ橘のリーシャすら大丈夫かと気遣う姿を見せている。
……だが、それを離れた所から観ていた令嬢、貴族達からは信じられない事に落胆の声が上がった。
あれだけ雄星を尊崇していた貴族や令嬢達から心配の声はなく、無様を晒した途端に雄星を乏め始めていた。
「な、なんてみっともないんですの」
「信じられん……一撃でやられるとは」
「リーシャの方が強いんじゃないかしら?」
「良いのは顔だけかしら?」
「今回の勇者はみんなハズレじゃない?」
「あんな弱かったなんて……騙されましたわ」
「……ア、アイツらっ!」
くそっ!何なんだアイツらはっ!?
少し痛がったくらいで文句言いやがって……!顔は覚えたからなっ!後で国王に言い付けて──え?
少し痛みが引いて来たので、雄星が観戦者に悪態を吐きながら立ち上がろうとした瞬間──立つよりも早くカルマに横腹を蹴り上げられる。
これを受けて雄星は二回三回と転がりながら後ろへと飛ばされるのだった。
「──?だいぶ強く蹴ったつもりだったが……何かの魔法でも使ったのか?直前に俺の速度が大きく落ちた……」
カルマは結構な力を込め、それこそ五十メートル以上離れた壁際まで飛ばす位の勢いで思いっきり強く蹴ったつもりだったのだが、それはテレサの魔法によって防がれていた。
『孝志、ちょっと危なかったから援護したけど?』
「(………ああ、頼む)」
──それにしても橘、アイツ……
孝志は蹴飛ばされた雄星を見て驚いていた。
割とダメージを喰らっている筈なのにまだ立ち上がろうとしているからだ。
孝志の中の橘雄星は打たれ弱い。こんな目に遭ってまで向かって行く気概なんてないと思っていた。
「……ッ!!」
──本気で痛い…!でも起き上がらないとダメだクソッ!
奴の方から視線を感じる……ダメだ絶対にダメだ!!
あんな奴に舐められてる姿を、これ以上松本に見せる訳にはいかないッッ!!
今度は雄星からカルマへ仕掛けた。
それは誰がどう観ても無謀で、カルマも向かって来る事は絶対無いと思っていたらしく驚きを隠し切れない様子だ。
しかし、意表を突かれた所で弱った雄星の攻撃程度、カルマには全く通用しない。
カルマは簡単に躱わし今度は確実に殺す為、雄星の首目掛けて剣を振る──が、またしても見えない力によって阻まれる。
「……ぐっ!!」
「チッ、またか…!」
今度は雄星の首が一瞬で硬化したらしく、衝撃で転倒させたものの、切り傷を付ける事も大したダメージを与える事も出来なかった。
(一体どうなっている……?防御に特化したタイプの者か……?──いや、橘雄星が発動した様には見えない……と言う事は誰か他に……?)
カルマは一番疑わしい孝志へ目を向ける。
しかしボーッと突っ立てるだけで何か魔法やスキルを使ったとは思えないし、使用した形跡もない。
アッシュと由梨も気絶したままで、それ以外で元気そうなリーシャや美咲も何かをした様には見えない。
真相を確かめる為に、カルマは足下に転がる雄星へもう一度剣を振り下ろした。
「……ぐがっ!!」
「………」
(まただ……また見えない力に邪魔された。振動でダメージは伝わってる。だけど殺す事も致命傷を与える事も出来ない……何故なんだ?)
床に広がる広範囲のヒビ割れが、カルマの振り下ろした一撃の凄まじさを物語っている。手加減など一切ない……だからこそカルマは理解出来なかった。
そして思考している最中、足下の雄星が剣で攻撃を仕掛けて来た為、カルマはそれを躱して大きく間合いを取った。
「……は、はぁ……クソッ!!」
「……どいつもこいつも……邪魔ばかり……」
──この橘雄星の行動も僕には理解出来ない。
一撃目は手を抜いたが、二撃目の蹴り上げ、三撃目と四撃目の斬り付けは殺すつもりだった。
要は三度死ぬ様な目に合わせて居る……にも関わらず、橘雄星は立ち向かって来る。全く理解出来ん。
根性の据わった男には見えないのだが?
「人間とは全く理解し難い生き物だな……だが橘雄星、予想より楽しめているぞ?」
「はぁ、はぁ……ぐっ!」
雄星は剣で身を支えながら立ち上がろうとする。アホなりに負けたくない理由だあるからだ。
──全身が痛い…!
こんなに痛い思いをしたのはアリアンに痛めつけらて以来となる……案外最近の出来事だった。
──ア、アイツさえ居なければ無理なんてしないッッ!!だからこんな目に遭う事は無かったのにッッ!!
アイツとは……雄星にとってのライバルの事だ。
ソイツが負ける事も許さないし、自分が負ける事も許されない。
──だからアイツの前でだけは負けたくないッ!!
松本にだけは絶対に敗北した姿は見せたくないんだッ!!
橘雄星は時間を掛けその場から立ち上がった。
そして再びカルマと相まみえようと剣を構えた──
「──も、もうその辺で良いだろう」
「ッッなっ!!!?」
「──!」
仲裁の声を上げた者が二人の間に割って入る。
その人物は松本孝志。
彼は色々と葛藤したのだろう……心の底から仕方ないと言いたげな感じで、ボロボロの雄星を庇う様にカルマの前に立ちはだかった。
「橘くん、これ以上の醜態──いや、じゃなかった……えっとこれ以上の無理は良くないよ?」
「どういうつもりだ……?僕はまだ戦えるぞ……?」
「無理だろ」
「……いま何て?」
「……いや~、橘くんもう立ち上がるのがやっとみたいだし、カルマの相手は俺に任せて休んだ方が良いよ」
「そんな……ことは……ッッ!!」
足に力を入れる。
だが自分でもよく立ち上がれたなと思う程、足に全く力が入らない……一歩も足を動かす事が出来なかった。
これはダメージの影響だけでは無い……多分、死ぬような目に合った消耗と恐怖心もあるんだろう……
………
………
断じて負けを認める訳じゃない。
でも限界を迎えた以上、此処は松本に任せよう。
「……た、頼む」
「あ、ああ、どうも(急に素直になるなし)」
限界だったからその場に尻餅を着いた。
そして顔を上げ松本を観る……その時、信じられない幻覚を俺は見てしまった。
「──馬鹿な」
俺は信じられず何度も目を擦った。
でも見間違えではない。
俺を庇う松本の後ろ姿が、鏡で観る自分の姿より──
──カッコ良く輝いて見えた。
松本なら、多分、何とかしてくれる筈だ。
俺が手も足も出なかった相手だが、それでもヤツなら何とかしてくれる気がする──
──何故か心からそう思えてしまったんだ。
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