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6章 勇者と、魔族と、王女様
ろくでもない会場
しおりを挟む橘に絡まれながら歩くことおよそ一分。
俺はその異変に気が付いた……優秀だから。
「ヤンキー、この音って何だと思う?」
「ああ、間違いなく戦闘音だ。やっぱし戦ってるみてぇだな」
「やっぱりそうか、俺もたった今そう思ったところだ。何でかって?優秀だからだよ」
「いやおせぇよ……お前ショボくね?」
「ああん?」
「おう?なにメンチ切ってんだてめぇ?」
ヤンキーに舐められて怒りを露にする俺。
テレサに告げ口し注意して貰おうと思ったが、それを遮るように橘が横から話しかけて来るのだった。
「ところで知ってるか松本?レトルトカレーはお湯じゃなく、電子レンジでも温められるんだ……どうだ、僕って中々に博識だろ?」
……心底どうでもいい。
「すげぇ」
俺は適当な相槌であしらい、戦闘音の聞こえて来る場所を目指す事にした。
恐らく、そこで中岸さんともう一人が戦ってる筈だ。
因みにだが、レトルトカレーは確かに電子レンジで温めても十分美味しく頂く事は出来る──が、お湯でしっかり温めた方が美味しいに決まってる。頭使えタコが。
─────────
そして目的地付近まで到着した。
アルベルトやマリア王女達には少し離れた場所に待機して貰い、目的地へは俺とアッシュの二人で向かう。
橘も来たがってたがダイアナさんの説得で残る事にしぶしぶ納得したようだ……本当に良かった。
また、アッシュとアルベルトが魔族だという事はバレてしまったが、余計な混乱を招かないように二人が十魔衆であることは伏せている。
しかし、道がてら襲ってきたドラゴンナイツを瞬殺し続けてる二人に橘以外はかなり驚いてたので、正体を知ったら驚きより納得の方が大きいことだろう。
「孝志……気を付けて行ってらしゃい」
「マリア王女……行ってきます」
「孝志……早く帰って来てね」
「マリア王女……それ橘の相手を俺にさせたいからでしょ?」
「うん!!!」
「うわっ良い返事」
腹黒王女め……でも心配してくれてるのは本心だろうな。
バカエルフに捕まった時なんかは特に心配掛けたみたいだし、気を付けて行くとするか。
俺は手を振って皆んなと別れた。
ほんの少しの別れなのに、殆どが名残惜しそうに手を振ってくれる。
特に初対面の女の子……ダイアナさんのお孫さんが一番寂しそうに見えるけど、長い別れでもないのに大袈裟だな……でも心配されるのは悪い気がしない。
「おい、松本」
「どうしたの?」
気安く話し掛けるな、橘。
「お前とは向こうの世界から因縁がある筈だ」
「そ、そうだな」
──え?そうなの?
身に覚えが全く無いんだけど?
もしかして並行世界の俺の話してる?
「言うまでもない事だけど、僕以外の奴に負けるんじゃないぞ」
「──!!……お、おう、わ、分かった」
……まさか橘にそんな事を言われるとは夢にも思わなかった。
なんか死亡フラグみたいになってるけど、俺死なないよな?!
──────────
最後に橘と話をした後、俺とアッシュは直ぐに別行動を開始している。
そして移動を初めてから直ぐに大きな扉の前に辿りた。
そこは、まるで舞踏会場の入り口のような扉だ。
この場所を俺は知っている……あの橘が盛大にやらかした曰く付きのパーティー会場だ。
耳を澄ませるまでも無い。
間違いなく戦闘音はこの中から轟いでいる。
俺とアッシュは中の連中に気付かれないように扉に【ある細工】を施した後、ゆっくり扉を開けて中を覗いた。
すると、そこには小さい老人と戦う奥本と見慣れない女性騎士の姿があった。
中岸さんは何処にも見当たらない……だったらもう帰ろうかしら?
いやまぁ他の人もいるから助けるけどさ。
そして更に場内を見渡す。
広間の隅っこを観れば、大勢の貴族らしき人物達が震えながら一箇所に固まっており、負傷した沢山の兵達が至る所に横たわっていた──
「……どうすんだ相棒」
「う~ん……ところでアッシュ、あの爺さんに見覚えあるか?」
「ああ、あの人は【明王】だ。俺の師匠だぜ?」
「そんなあっさり──ん?師匠?それって強いんか?」
「おうよ!……訳あって十魔衆の誘いは辞退してるんだけどよぉ、実力的には他のカルマ親衛隊の比じゃないぞぉ?──ま、魔神具を開放すれば問題無いと思うぜぇ?」
「……開放しなかったら?」
「う~ん……俺と互角じゃねぇかなぁ?」
「……えぇ」
冗談じゃないし!!
そんな拮抗した実力差で無造作に挑めるか!!
此処は作戦を練った方が良いだろう。
俺は戦ってる二人には悪いと思いながらも、少し戦いの様子を伺う事にした。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~リーシャ視点~
──状況は最悪。
私は美咲と連携を取りながら【明王】と名乗った魔族に斬り掛かった。
しかし、彼の持つ薙刀で払い退けられ、その反動でバランスを崩してしまい、私と美咲に致命的な隙が生まれてしまう。
明王は、しめたと言わんばかりに私達を殺そうとするが、遠距離から壁をすり抜けて来た【矢】に邪魔されるのだった。
「……ッ……ふぉふぉ~、相変わらずじゃのう~」
明王が矢の攻撃を防いでる間に、私は美咲を連れながら急いで彼の攻撃範囲外へと逃れた。
私と美咲が、天と地ほど格上の相手と戦い続け、こうして生きてられるのは先程から飛んで来る矢のおかげ。
明王が【相変わらず】と言った通り、何度この矢に助けられて来た事か分からない。
中岸由梨……彼女の桁外れな射撃能力の前には相手も随分手を焼いてる様子だ。
「──むむむぅ……」
明王と名乗った魔族は矢を防ぐ度に、矢の飛んで来た方角から射者の居場所を特定しようと試みるも、いまだ由梨の居場所を見つけるに至ってない。
だがそれもその筈、由梨は放った矢を変幻自在にコントロール出来るスキルと、障害物をすり抜け獲物を射抜くスキルを所持しており、その二つの能力を用いて相手をかく乱しているのだ。
……いや本当に強いし上手い。
彼女と共闘していたのが私達ではなく、もっと強い存在だったら戦いは既に勝利して終わっている筈だわ。
足を引っ張る事になって本当に申し訳ないわね……
──そんな事を考えている内に、再び矢が明王へ向かって放たれるのであった。
「……むむッ!!」
三本ほぼ同時に放たれた矢を薙刀で弾くも、三本目を防いだ所で明王は強烈な矢の威力に押されよろけた。
──やったわ……!この隙を突いて由梨がもう一撃矢を放てばダメージを与える事が出来──え?
「──隙が出来た…!後は任せて!由梨!」
『え、ちょ、美咲ちゃん!?』
しかしそれは叶わなかった。
何故なら強力な一撃を由梨が放つよりも速く、何故か奥本美咲が明王へと斬り掛かったからだ。
思わず私も由梨のように叫び声を上げてしまった。
「……違うは美咲!!ここは由梨に任せて!!」
──しかし、攻撃体制に入っていた美咲に声が届く事は無かった。
「……むぅ?これはラッキーじゃの~う」
「……なっ!?」
筋力に任せた一撃なんて通用する訳がない。
明王は容易な攻撃を薙刀で難無く受け止めると、美咲にぴったりくっ付き遠距離攻撃に対する死角を作った。
これでは明王も動けないが、美咲が邪魔となり由梨も追撃する事が出来なくなってしまった。
──でもこれは、咄嗟の事とはいえ美咲を止められなかった私のミスだ。素人で状況判断が全く出来ない美咲のことは責められないだろう。
この後の展開は予想出来る。
由梨が狙撃を辞めたという事は、美咲を傷付ける覚悟が無いという事である。
となれば明王は彼女を人質として利用し、由梨をあぶり出そうとして来るでしょう。
「離れなさ……うぐぅっ!」
騒ぐ美咲を黙らせる為に、明王は彼女の腹部を殴りつけた。
その後は予想通りというか……案の定、美咲を盾にしながら、遠くで狙撃を行なっている由梨へ交渉を持ち掛ける。
「え~聞こえているかのう~?弓使いの勇者」
『…………あ』
──更に最悪な状況ね。
友人が殴られたのを観てしまった由梨から圧が消えたのを感じる。
こんな状況に慣れてる筈がないから当たり前なんだけど……
私が彼女の立場で魔族のボスを倒せる状況だったら、人質が友人だろうと、家族だろうと、それを死なせてでも矢を放ったでしょう。
そして、危機が去った後で自害する。
貴族騎士の私と違って、一般人の彼女にそんな覚悟がある筈がない……だからこそ状況が最悪なのよ。
「弓使いの勇者よ~い。速く姿を現すんじゃぞい……でないと仲間が死んでしまうぞ~?」
「ひぃ……!」
『ま、待って!!分かった!!直ぐに行くから、美咲ちゃんには手を出さないで!!』
「うむ……宜しい」
明王はひねり上げようとしていた美咲の腕を離した。
彼女がこの場に来るのなら痛め付ける必要がないと思ったから辞めたのだろう。
この明王という魔族の残虐性が低いのがせめてもの救いかも知れない。
──それから数分程で由梨が広間の扉を開け姿を現した。
……ただ、扉の向こうで少しもたついてた様子だったけど、怖くて中々入って来れなかったのだろう……可哀想に。
また、それを察してなのか、明王も手間取る由梨を急かすような事を言わなかった。
部屋に入って来た彼女はすぐさま手を上に挙げ、戦意がない事をアピールしている。
上に挙げた手には弓が握られているが、それを使うことは出来ないでしょう。
「ふぉふぉ……いい心掛けじゃわい。じゃあ手に持っている武器をこっちに投げてくれるかのう~?」
「た、助けて…!由梨…!」
「………くっ」
抵抗は無意味だと悟ったのか、それとも美咲の言葉にやられたのか……由梨は言われるがまま、武器を明王へと投げ渡す。
──静寂な場内には彼女の投げ付けた武器が床に擦れる金属音が鳴り響く。
武器を手離し、これで万が一にも勝ちの目は無くなってしまった事は、もはや誰の目にも明らかだ。
「……ぇ?」
だけどおかしな点に私は気が付いた。
明王と、周りの貴族や令嬢達はもちろん、極限状態の美咲もその違和感には気付いてない。
でも私は気付いてしまった……そして恐らく、この場で由梨のその変化に気付けたのは私だけの筈だ。
──顔を俯けて絶望感を漂わせている由梨だけど、少しだけ見えた横顔から力強いモノが私には見えた。
その表情は武器を手離した人間の見せる顔とは断じて違う……!
きっと何かが、有ったんだ……恐らくは扉の向こうで。
入るのを躊躇っていたんだとばかり思っていたけど、もしかしたら六神剣並みに強い誰かとそこでばったり出会して居た…?
状況が状況だけに、救援で駆け付けてくれた可能性は極めて高い……もしかしたら勝機を見出だせるかも……!
──差し違える覚悟で立ち向かうつもりだったけど、ここは由梨が持ってきた可能性に賭けてみよう!
そう思って私は、剣を握り締めていた掌の力を抜いた。
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