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6章 勇者と、魔族と、王女様
正体なき侵入者
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~ラクスール王国・検問所~
「おおっ!これはこれはユリウス様!お会い出来るとは大変光栄であります!」
以外な訪問者に、この検問所を任された騎士は思わず喜びの声を上げる。
彼以外の騎士達も離れた位置に居るが、尊敬の眼差しで訪れたユリウスを見つめていた。
「そう畏まらなくてもいいさ、はは」
ユリウス・ギアード……の皮を被ったアイヌス=オソマは無事検問に到着した。
目利きに優れた検問所の検査官達でも、彼の変身を看破する事はできず、誰もアイヌスを剣帝だと疑っては居ない。
そして、国中を完全に覆う魔族侵入阻止の結界は、ユリウスに変身したアイヌスに対しては全くの無意味だった。
彼の所有するユニークスキルは、ただの変身スキルではない。
見た目だけでは無く、その者が持つスキルや戦闘能力以外であるなら、性格も種族も完璧にトレースする事が出来るシロモノなのだ。
そんな者を、スキルを持たない検査官に見破れと言うのは酷だろう。
この方法をとればいつでも潜入出来たが、これまでは三大戦力が邪魔で行えなかった作戦だった、しかし生憎今は彼らは全員不在だ。
もはや潜入したアイヌスを止められる者など居まい。
──アイヌスの思惑にまんまと嵌った兵は、そのままユリウスを王国内へと導く。
魔族を王国内に導いている兵士が、その事実を知る事は生涯ないだろう。
やがて兵士の案内のもと間所を抜け、アイヌスはラクスール王国の入り口へ到着する。
ここまでアイヌスを案内していた若い兵士は、その場で礼を取った。
「ではお気を付けて!ユリウス様!」
「ああ、じゃあな。案内ありがとう」
アイヌスは敬礼する兵に向かって手を振り、気さくに答えた。
これはアイヌスではなくユリウスが普段やっていること。
彼は違和感を抱かれる事なくユリウスを演じていた。
「──よしっと!早く結界を維持しているコアを壊さないとな」
そう呟くと、アイヌスは結界維持のコアが設置してある王宮へと向かうのだった。
───────
──アイヌスは王宮へ続く道を歩いている。
綺麗に整備された道なりをずっと真っ直ぐ進めば、王宮へ到着する。
至る所に分岐点があり、それぞれの道は街へと続いているようだ。
時折すれ違う人達はユリウスに気付くと嬉しそうに挨拶をして来た。
子供や騎士なら目を輝かせユリウスに会えた事の幸福感に浸る……偽物だなんて思いもしない。
……1時間近く歩いただろうか?
だいぶ歩いたが、王宮へ到着するには後もう少し時間が掛かりそうだ。
もちろん飛ばせばとっくに到着しているが、周囲に不審がられない様にアイヌスは歩き続けた。
──だが街道を過ぎ、少し幅の狭い橋に差し掛かったタイミングで……一人の少女がアイヌスの前に立ちはだかった。
「…………?」
「どうも」
彼女は橋の前でユリウスを待っている様だ。
──その少女は金髪のショートヘア。
白い甲冑を身に付け、ロングスカートを履いており、腰には銀色の鞘に納めた剣を刺している。
年齢は幼い。まだ十歳かそこらといった所だろう。
だが、佇まいや格好から間違いなく騎士だと言える。
そんな少女はずっとユリウスを見つめていた。
「──え~と……誰だっけ?」
アイヌスは明らかに自分に用事のある少女に話し掛ける。
性格は真似出来ても記憶まではトレース出来ない。
彼女とユリウスの関係などわからない。故に手探りだ。
そしてユリウスに話し掛けられた少女は徐に口を開いた。
「──お忘れですか?私ですよ──ヴァルキュリエ隊隊長、シーラです」
「ああ!もちろん覚えていたさ。今のは冗談だよ。悪い悪い……じゃあ、俺は急いで居るから、これ──」
「急いでいるにしては、随分ゆっくり歩いて来ましたね?……不審に思われるのがそんなに嫌でしたか?」
「……何の話?急にどうしたの?」
すれ違ってそのまま立ち去ろうとしたアイヌス……だがすれ違い様シーラに呼び止められてしまう。
アイヌスが彼女の方を観ると、その瞳は敵に向ける様な殺気を帯びていた。
「いつまで惚けるつもりですか?第一…………私には【魔族】の知り合いなんて二人しか居ませんよ?」
「…………なんなの?怖いんだけど?魔族?俺が?」
「変身するユニークスキルですか。姿だけで無く、雰囲気や種族まで変えられるとは恐れ入ります……ですが、今回は相手が悪かったですね?自分で言うのもアレですが」
「………………」
まさか変身が見破るとは予想もしていなかった事だろう。
だが、目の前の少女は、ユリウスでは無いと見破る所か、自身が魔族である事まで看破したのだ。
まるで得体の知れない少女。
最早、少女を欺くのは不可能だとアイヌスは誤魔化すのを諦めた。
「………ふぅ~……面倒くせぇなぁぁッ!!」
アイヌスは距離をとって戦闘体勢になる。
……幸い、周囲に人影はない。
彼女さえ仕留めれば、作戦になんの支障もない。
そう考え至ったアイヌスは、自らの実力を最大限に発揮すべく、ユリウスに化けていた変身を解き元のアイヌスの姿へと戻る。
「──なるほど……【ドッペル族】でしたか。ただの魔法では結界に入る事は叶いませんが、ドッペル族の変身特性が昇華し、ユニークスキルとなったなら、此処まで侵入出来たのも頷けますね」
「けけっ、くわしいぃぃじゃねぇぇかよぉッッ!!」
アイヌスは両手の指先に力を込める。
すると、全ての爪が瞬時に伸び、鋭く尖った凶器へと変貌した。
長さはそれぞれ三十センチにも及ぶだろう。
アイヌスはその爪武器を出現させたのを皮切りにシーラへ襲い掛かる。
彼は正々堂々や騎士道などに拘るタイプでは無い。
シーラが剣を抜き、それを構えるのをわざわざ待つ理由など存在しなかった。
数メートルの距離など一瞬で跳躍し、勢いのままシーラを切り裂こうと爪を振り翳すアイヌス──
だが、その不意打ち同然の攻撃を───シーラは瞬時に抜いた剣で弾き返した。
「──!!?きひぃ……!!」
この爪で少女を斬り裂くモノだと確信していた。
しかし、小柄な少女から放たれたとは思えない力強い剣撃により、彼は十メートル以上も後方へ吹き飛んで行く。
爪と剣との衝突な為、肉体にダメージこそ無かった。
……だが、たった一度の攻撃だけで彼は確信する。
目の前の少女が、見た目で脆弱だと決め付けて良いような相手では無いと。
現に、少女とは思えない熾烈な一撃で吹き飛ばされたのだから……!
「………………はっ!はぁああぁぁ~」
「………………」
アイヌスは押しやられたその位置で、爪を構えながらシーラの様子を伺って居る。
一方のシーラも抜いた剣を上段に構えながら、攻撃へ移行するタイミングを見計らう。
互いに膠着したまま数秒ほど経過した。
二人は構えながら睨み合っている。
──先に仕掛けたのはシーラだ。
彼女は地面をクレーターが出来るほど力強く蹴り上げ、アイヌスへ突進して行く。
これが開戦の合図となった。
かなりの距離から仕掛けた攻撃なので、シーラがアイヌスの側まで到着するのにどうしても時間が掛かってしまう。
それにより、アイヌスにはどこから攻撃を仕掛けられるか丸分かりだったのだが……そこへアイヌスが攻撃を繰り出しても、シーラに当たるどころか攻撃が彼女を掠める事すら叶わなかった。
何故ならシーラは攻撃が放たれた瞬間に身を翻し、アイヌスの攻撃を難無く躱していたからだ。
かなり無理な姿勢だが、シーラはその小躯を存分に生かし、小回りな立ち振る舞いでアイヌスを翻弄してゆく。
本来なら大人と子供の体格差ではリーチの広い大人に軍配が挙がる筈なのだが、シーラは速さの桁違う。
不利な体格差は、小回りの効くシーラにとって逆にアドバンテージとなっていた。
アイヌスは、先程からシーラが居る場所に間違いなく爪を突き刺して居る……それも何度も。
しかし、常人からすれば目で捉える事など叶わないアイヌスの俊敏な一撃も、シーラに比べれば鈍足なものだ。
ただ単に身体的な速度だけならアイヌスがシーラを上回っているが、シーラは持ち前のスキルや加護を重ね掛けで速度を底上げしている。
女神としての本来の姿なら、身体能力だけで充分に圧倒出来るが、今の彼女はシーラだ……所詮は人間の子供である。
少し卑怯とも彼女は考えたが、アイヌスの実力を存分に認めた上でやむ終えずスキルに頼っていた。
このアイヌスは、少女の身体を依代にしているシーラだと、スキル無しでは手に余る相手なのだ。
元十魔衆五位とはそれほど厄介な実力者だ。
「……ッッくそぉぉおおッッ!!ちょろちょろちょろちょろすんじゃねぇよぉぉッッ!!!」
全くシーラを捉える事の出来ないアイヌスは、がむしゃらに爪を振り回す。
その風圧で橋は壊れ、地面はヒビ割れ、騒音も轟いて居るが周囲は此処での戦闘に気が付かない。
シーラとアイヌスが戦っている場所は人里からそこまで離れてない。
それでも誰一人、野次馬が集まって来ないのは、既に周辺にシーラが【人避けの結果】張っているからに他ならない。
故に、シーラは周りを気にせず存分に動き回っていた。
その動きは人並み外れているが、そもそも女神のスキルに頼りっきりのシーラは人とは呼べない。
全力では無いにしろ、今の彼女は女神に近い存在となっているだろう。
しかし、そんな事など知る由も無いアイヌスは、年端もいかない少女に剣術だけで完全に抑え込まれてる様にしか感じなかった。
シーラのスキルは女神仕様なのでスキルを発動した痕跡が全くないのだから。
その勘違いが、アイヌスを激昂へと誘う。
「──くぞがぁあぁぁッ!!おれがぁ!おれがぁぁ!!こんな人間のガキにぃぃッッ!!!」
「………………ッ!!」
怒りの雄叫びを上げた瞬間、アイヌスに大きな隙が産まれた。
アイヌスが相当なスピードで常に動き回っていた為、正直シーラは決定打に欠けていたのだ。
自身が小柄なので腕力はあまり高くない。
腕力増加のスキルで何とかできないモノかと模索していたが……思い掛けない隙に彼女は口元を釣り上げた。
そして、シーラはアイヌスのみせた隙を付き、急所目掛けて剣を突き立てた──!
「…………え?…………あ……れ……?」
「……はぁ……くはぁ…………な、なんだあぁ?」
しかし、シーラの突き刺す筈の剣は……止まった。
剣だけではない、身体を動かす事が出来なくなってしまったのだ。
一瞬、目の前のアイヌスが何かしたかと疑ったシーラだが、彼も動けないらしく困惑の表情を浮かべていた。
ならば要因は別にある筈だが、それが何かはシーラには解らない。
「ぎ、ぎぎいぃぃ、うごかねぇなぁぁぁッッ!!動けねぇぞおぉぉッッッ!!!」
アイヌスも足掻いて居るが、シーラと同じく指一本動かす事が出来ない。
この現状は、まるで肉体の時間でも止められているような感覚だ。
そう思った所でシーラはある可能性を思い至る。
「…………まさか……タ、タイムレジストッ!!」
シーラがある呪文を唱える。
すると、身体を自由に動かせる様になった。
今、シーラの唱えた呪文は時間操作系の魔法を無効化するものだ。
この魔法でレジスト出来たと言うなら、これは時間操作魔法で間違い無い筈だが、それならシーラには解せない事がある。
何故なら、時間操作魔法はこの世界には存在しない筈の魔法だからだ──!
「──え?……な、なに……嘘?」
そして魔法をレジストしたと同時に、戦闘でボロボになった橋の向こう側から、夥しい気配を放つ怪物が二人の元へと近付いて行く。
「…………こ、この……魔力は……ッッ」
──それは、正真正銘の化物だった。
橋の向こうからの気配と言う事は、外では無く中からの出現になるが、今はそんな事に気が回らない。
この脅威をどう対処するかでシーラの頭はいっぱいとなる。
近付いて来ているのはそれほど恐ろしい存在なのだ。
そして、橋を渡り終えた怪物はアイヌスへは眼もくれず、圧倒的な身長差でシーラと対峙した。
「──ふむ。余の【オーバークロック】を無効化するとは……主人の言った事は本当であるな」
「……貴方は……誰……?」
「ティタノマキア=グレートデビル……それが余の名であるぞ、女神ティファレトよ」
「……ッッ!!わ、私の正体を知ってるのッ!?……けど、ティタノマキアって……聞かない名前ね……あなたのような邪悪な存在を知らない何て……有り得ない事だわ……」
「ふむ。しばらく大人しくしていたからな……そんな事より、余の相手をして頂けるかな?」
そう言うと、金髪の大男はニヤリと笑った。
「…………くっ……!!」
──戦わずしてシーラは理解している。
例え、仮の姿で無くても目の前の存在に自分が勝つ事はどうあっても不可能であると。
女神を遥かに凌駕した存在……ティタノマキア=グレートデビル。
かつて戦ったフェイルノートとは比較にならないほど恐ろしい怪物に、シーラはこれまで味わった事のない絶望感を抱いていた。
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