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5章 明かされる真実と『狂』の襲撃者

魔王軍の崩壊 〜テレサ視点〜

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~テレサ視点~

テレサは魔王を辞める旨を伝える為、魔王城を訪れていた。

この場所は人里から大きく離れた孤島にそびえ立っており、周辺に他の島は存在しない。
この島から目を凝らして周りを見ても、海が延々と広がっているだけで文字通りの孤島だ。

故に、この城の魔族達の移動手段は地下に置いてある転移装置が主となっている。
種族的にテレサの様に空中を移動できる者は数名ほど存在するが、一番近い陸でも相当距離が離れているので、彼らも転移装置を使用している。


──そんな魔王城を訪れたテレサは、自分の代わりに魔王軍を取り仕切っているアルベルトへ面会を希望し、城の番人に声を掛けるのだった。


「──ちょっと良いかな?」

「ひ、ひぃぃ~~!!?……ウゲェ……」

「…………ごめん……もう少し離れるね……」

孝志やフェイルノートといった自分の呪いを受け付けない者と立て続けに出会った所為もあり、話す距離感を間違えてしまった様だ。

これまでも、稀にテレサから魔族に話し掛ける事があったが、その時は10メートル以上の距離を開けて話掛けるようテレサは気を使っていた。
だが、今は近付き過ぎており、番人とは3メートル程度しか離れてなかった。

もちろんだが、吐き出した番人も悪意があって吐き出した訳では無い。
テレサへ良い感情こそ抱いて無いが、それを表に出さないよう心掛けているし、何よりこの番人は彼女の実力を大いに認めていた。
しかし不意打ちで、しかも近場で声を掛けられて仕舞えばどうしようもないのだ。

そして、彼はこれでもまだ耐性がある方。

並の魔族なら声を聞いた時点で気絶しているか、悪ければショック死している。
彼は魔王城門前の番人を任されるだけあり、相当な実力者だから吐き出す程度で済んでいるのだ。

自分を見て吐かれた事に落ち込みながらも、テレサは普段通りの距離間を開け、再び話し掛けるのだった。

因みにだが、今のテレサは仮面を着用し、更に目を瞑って話しかけている。
それでも耐性の有る相手にこんな反応をされるのだから、彼女は今まで孤独に生きるしか無かったのだ……


「急いでアルベルトと話がしたい……取り次いで貰えるかな?」

「……か、畏まりました……」

それだけ言うと、番人は急いでアルベルトの元へと向かった。


──そうだ……良い事続きで忘れてけど……これが僕なんだ……そして、この場所には僕と仲良くしてくれる者なんて居ない……やっぱり僕はみんなから嫌われる存在なんだ……早く孝志に会いたい……

番人から悪意を一切感じないのが、テレサにとって余計に辛い事だった。

こうなるのが嫌だから、テレサはよっぽどの事が無い限り、他者に話掛ける事をしなかった。
飛び抜けた戦闘能力とは真逆に、彼女の精神は普通の少女と同じくらい脆いのだ。

悲しい気持ちになりながら、彼女は入り口の前で番人を待つ事にした。


────────


番人の到着後、テレサはアルベルトと面会する客間へと案内された。

部屋の中は正面に外の景色を見渡せる大きなガラス窓が取り付けられており、中央には大きな黒塗りのテーブル……それを挟む様にこれまた黒塗りの椅子が二つ置かれている。

アルベルトはまだ来てない様なので、テレサは自分が入って来た扉が正面に見える側の椅子に座り、彼を待つ事にした。

此処は魔王城の中にある一室だが、テレサが恐怖の影響を与える周囲200mに人を立ち入らせて居ない。
なのでアルベルトと一対一の対面と言う事になる。


──待たされること数分……部屋の扉が開かれ、2メートル以上ある長身のアルベルトが部屋の中へと入って来た。

そのままテレサの対面側の椅子へと腰を落とす。

流石に十魔衆第二位だけあって、テレサの呪いの影響は薄い。
もっとも、テレサが目を瞑り、仮面を着用する事が絶対条件だが……


そして魔王を待たせた事を謝罪する事もなく、彼は開口一番に要件を訪ねるのだった。


「──お久しぶりです魔王様。それで要件とは?」

目を瞑っておりアルベルトの表情こそ見えない。
だが、番人からは感じなかった自分へ対する嫌悪をアルベルトからは感じられ、流石のテレサもイラッとしてしまう。


──僕との話なんて早く終わらせたいんだろうけど……こんなに露骨だと嫌だなぁ~。

なのでテレサも要件だけを手短に話し、この場から直ぐに立ち去る事に決めた。


「僕の話は一つだけ。悪いけど、今日から魔王を辞める事にしたから。まぁ僕が居なくなって皆んな清々するんだろうけどね……後、今まで迷惑かけてごめん」

テレサは最後に頭を下げると、椅子から立ち上がり部屋を出ようと移動する。

会談時間はなんと一分未満。

もちろん、アルベルトはそんなテレサを慌てて呼び止めた。


「ま、待って頂きたいっ!どういう事か説明願いますっ!」

呼び止められたテレサも手に掛けたドアノブから手を離し、目を瞑ったままアルベルトの方を向く。

「?……言葉通りの意味だけど?──他に行くところが無かったから今日までお世話になったけど、今はどうしても行きたい所があるから。勝手な事を言ってるのは分かってるけど……ごめんね?」

特に何かされた訳では無く、徹底的に避けられ続けただけだが、それでも今までの扱いにテレサは多少なりとも不満を抱いて居た。
だがそれを責める事はせず、逆に自分が謝る事で場を収めようとする。

しかし、どうやらそんな簡単に済む話では無いようだ。


「そんな勝手なっ!!」

──アルベルトは魔王の突然過ぎる離反宣言に非常に大きな焦りをみせていた。

この男の序列は二位だが、魔王軍の取りまとめは一位のカルマでは無くそれより下の序列のアルベルトが行なっている。

それは単に魔王と序列一位のカルマに、リーダーシップが皆無で自分がトップに立つしか無い状況だった訳だが、上手く立ち回って来れたのも何だかんだ『魔王』と言う象徴的存在あっての事だ。

魔王の代わりなんてそうそう現れるモノでは無い。
そしてテレサが抜けたのなら、一位のカルマが新しく魔王になれば良いとう単純な話でも無い。
彼には十魔衆という確固たる役割があり、それを破棄させての昇格など他の魔族達が納得しない。

実力主義の十魔衆だが、それはあくまでも十魔衆の中での話。
それぞれに派閥が存在しているので、十魔衆の誰かが魔王になると言うことは、その派閥が頂点に立つ事になる。
故に、誰がなろうとも反対意見が出るので、カルマ及び十魔衆が魔王になるのは難しい。

かと言って他の魔族に魔王は務まらない。
魔王軍に所属する他の魔族達は皆、十魔衆以下の戦闘力しかないので自分達より弱い存在を魔王するのは十魔衆の誰も納得しない事だろう。

魔王軍に未所属で、尚且つ十魔衆以上の力を持つものを見付けて来るのが一番良いのだが、これを直ぐに見つけると言うのはあまりに現実的な話じゃない。

つまり、魔王テレサの離反は魔王が存在しなくなる事を意味し、魔王軍崩壊に繋がるのだ。

故に、アルベルトは必死に引き留める。


「考えを改めて頂きたい魔王様っ!我々を見捨てるつもりですか?!」

「ッ!み、見捨てるってなんだよっ!普段は僕の事を蔑ろにしといて、こんな時だけそんなこと言うのはおかしいだろっ!?今だって僕と話すとき、君は凄く嫌そうにしていたじゃないかっ!」

「そ、それは……」

──くそっ、何もかも失態だったか……
確かに魔王と話しをするのは凄く嫌なのだが、もし、今回の会談が離反の話と前もって知っていたなら、もっと丁重な対応になったものを……いや、後悔しても始まらない……怯まず引き止めねば……!

アルベルトはテレサを引き留める為、更に説得の言葉を重ねた。


「──それに、ほかに行く所と申しましても、どちらに行かれるのですか?お言葉ですが、魔王様を受け入れてくれる場所など、この魔王軍以外に在りませんよ?」

「……失礼だな君は……」

怒っても良い位の言われようだが、寛大なテレサはそんな事はせず、アルベルトが抱く疑問に対し目を瞑ったまま答えるのだった。


「魔王軍以外に僕を受け入れてくれる場所……いや、受け入れてくれる人が出来たんだ。その人は、僕を見てもなんともない……ううん、僕を可愛いって言ってくれる程なんだよ?そんな人物が現れたんだ……ほんとに凄いよ……信じられるかい?」

「いいえ!全く持って信じられません!魔王様が可愛いなど絶対にあり得ない事です!」

「…………ねぇ?怒って良い?流石の僕もキレそうなんだけど?ねぇ?ほんとに、ねぇ?」

怒っても良い位の言われようだが……というか、絶対に怒った方が良いと思うが、恐ろしく寛大なテレサはそんな事はせず、苦虫を噛んだ表情で話を続けるのだった。


「別に君が信じてくれなくても良いよ。僕は、その人の事を信じてるから。だから……ね?黙って僕を行かせてよ。何か困った事が有ったら手伝うからさ」

「…………」

表情は仮面で隠れて見えないが、声の質からテレサが本気で言ってるとアルベルトは気が付いた。

──まさか、魔王テレサを受け容れる人物がこの世に存在するなんて俄かに信じられない。
だが、信じざるえない状況に陥ったのは確かだ。

アルベルトは今にも部屋を出て行きそうなテレサに対し、どの様な説得が効果的なのかを必死に思案する。

そして考え込んだ末、ある一つの手段を思い付いてしまうのだった。

──そうだっ!魔王は受け入れてくれる『場所』では無く『人』と言っている……今だにそんな人物が居るのは信じ難いが、これを利用すれば魔王を引き留められるかも知れない……!


「宜しいのですか、魔王様?」

「ん?何がだい?」

「その人物がどうなっても、宜しいのですか?」

「………………………………ああん?」

なんと、アルベルトが思いついた手段とは、松本孝志を人質とした『脅迫』だったのだ。

彼を人質にとった時点で、もはやアルベルトの命運は尽きたも同然だが、テレサの反応に手応えを感じてしまった男は更に脅迫を続ける。


「いえ、ね?私としてもこの様な事を口にするのは気が引けるのですが、魔王様がどうしてもその人物の元へ行かれるとおっしゃるのでしたら……私としてはその人物に危害を加えるのも、やぶさかではない、かと」

「…………………………」

黙り込んだテレサを見て、アルベルトは勝ちを確信する。


──ふふ、動揺してるのが目に見えて分かる。
これで魔王も大人しく…………って、えぇぇえっ!!??


だが、ありもしない勝利の余韻など束の間……途端にアルベルトの全身が激しく震え出した。

そして、次第に身体中から汗が滝のように流れ落ち始める。


……理由は明白だった。
目の前の龍人少女から、今まで感じた事も無いような恐ろしい殺気を感じるからだ。

明らかに、魔王テレサは怒りをあらわにしている……アルベルトは自らの発言を後悔するも、言った言葉が消える筈も無い。

最愛の男性に危害を加えようと目論むアルベルトに向かって、テレサは殺意を撒き散らしながらゆっくりと歩み寄って行く。


「……本当はね?穏便に事を済ませたかったんだよ?……だけどさ……僕のこの世で最も大事な人が、危ない目に会うかも知れないのに、それを無視する訳にはいかないよね?」

「……………………」

「天国のお父さん、お母さん、ごめんなさい。産まれて初めて人を手に掛けます。そんな僕を、どうか許して下さい……」

テレサは天井を向いて語り掛ける様にそう呟くと、手を合わせてこうべを垂れた。
そして、これから自分が引き起こしてしまう惨劇を思い、悲しみのあまり目から一雫の涙を流す。

天国に居ると思っている両親への懺悔の言葉……そしてこの痛ましい涙から察するに、テレサはマジである……本気でアルベルトを殺そうと考えている。

それは怒りや憎しみから来るものでは無く、そうしなければ孝志に危険が及ぶ故……愛する者を守る為に抱く殺意だった。

何も知らないとは言え、アルベルトはテレサの数少ない地雷を踏み抜いてしまったのだった…!


「……ふふ」

しかし、そんなテレサを見て、アルベルトは今まで以上に余裕な笑みを見せる。

テレサはそれを見ても怯むこと無く、彼に近付いて行くが、アルベルトは立ったまま彼女を迎え入れるのだった。


「…………」

「…………」


──ふ、どうやら説得は難しい様だな……ならば仕方あるまい……これだけはやりたくなかったが……今はコレをするしかないだろう。

そしてアルベルトは、この場から生き延びれる唯一の手段を試みる事に決めた。


アルベルトは息を大きく吸い込むと──



勢いよくその場に膝を着くのだった──!!


「──調子に乗って本当にすいませんでした!!本当に申し訳ありません!!」

「…………ふぇっ!!?」

予想外過ぎる出来事にテレサは閉じていたまぶたを開け、アルベルトを視界に捉えてしまう。


「──ひ、ヒィーー!!?魔王様!目を開けないで!!見られると、怖い……!」

「あ、ごめん」

テレサは慌ててまぶたを閉じる。


「……はぁはぁ……もう絶対に……その者には手を出さないと誓います……絶対に手を出したりしません!!そして魔王様を引き留める様な事も致しません!!……ですので、どうか、お許し下さい!!」

アルベルトは額を床に擦り付け謝罪の言葉を口にした。


──テレサの実力は十分に知っているアルベルトだったが、これまで、どの様な態度で接しても決して怒ることの無かった魔王が、まさか脅迫に対しここまでの怒りを抱くとは思ってもなかったのだ。

アルベルトの理想としては『その人が危ないなら魔王軍に残るね!』位の返しだった。

非常に甘く見ていたのだ……テレサと孝志の関係を……

故に先程みせた不敵な笑みは、開き直りから生まれた絶望の笑いである。


一方の土下座されたテレサと言うと……正直、滅茶苦茶引いていた。
あれだけ強気だった男が、態度を180度変えてのコレである。

だが、凄まじいまでに誠意の篭った謝罪と、絶対に孝志には手を出さないとまで言われた以上、テレサは彼を手に掛けようとは思えなくなってしまった。

だが、大事な事なので、もう一度確認をする。


「──本当に孝志には手を出さないんだね?」

「はい!その人物は孝志様とおっしゃるのですね!?もちろん誓いますとも!絶対に孝志なる人物には手を出したりしません!」

「さ、様!?……お、おう。じゃ、じゃあ……もう行っても良い?」

「勿論ですとも!お達者で!」

「う、うん……」

──この人こんなだっけ?もう少し威厳があると思ってたんだけど……?

テレサはドン引きである。
魔族や人を手に掛けず済んだ事には一安心だったが、これまで彼のリーダーシップに一目置いて居たテレサは、引くと同時に騙された気分になるのだった。

しかしこれでお別れなので、一応は最後に労いの言葉を掛けてからこの場を去ることにした。

「今ままで僕の代わりに魔王軍をまとめてくれてありがとうね……それじゃ」

「ちょ、ちょっとお待ちを……!!」

「え~~?まだ何かあるの?」

もう何度目か解らない引き止めで、流石に面倒くさそうな声を上げるもテレサは律儀に応じる。

そしてアルベルトは意を決し、ある事をテレサに尋ねるのだった。


「──その、孝志なる人物は……どの様な人物でしょうか?」

「──っ!?」

また何だかんだ残るように言われると警戒していたテレサだったが、アルベルトの質問が以外にも孝志に関する事で戸惑いの表情を浮かべる。

だが、少しすると好きな人物の事を聞かれた事で何となく嬉しい気分になった。

──な、なんて言おう!?こ、恋人って言えば良いのかな……?い、いや、いずれそうなるかも知れないけど、今は違うし……だからって大好きな人って答えるのも恥ずかしいし……う~ん……なんて答えようかな~?

テレサはじっくり考え込んだ末に、自分が思い浮かぶ最も【無難】な答えを導き出した。


「──そうだね……彼は勇者で……僕にとって『絶対に敵わない相手』かな……」

「……!?」

勿論、非常に深い意味での発言である。

この答えを聞いて黙り込んでしまったアルベルトを見て、テレサは納得してくれたモノと解釈し、部屋を開けてドアから外へ出る。

今度こそ引き止められる事は無かった。


──扉を閉めたテレサは、話合いが終わった事に安堵し、廊下で一息吐く。

「ふぅ~~……一時はどうなる事かと思ったけど、どうにか穏便に片付いたよ……ふふ……これで障害は本当に無くなった……ずっと孝志と一緒に居られるんだ……!」

──やったっ!

テレサは心でガッツポーズを取り、廊下に備え付けられた窓を開けて外へ飛び出すのだった。
もう一秒でも早く、孝志の元へ帰りたかったのである。

外へ飛び出したテレサは最後に魔王城に頭を下げ、その後、全速力で孝志の元を目指すのだった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~アルベルト視点~

アルベルトは部屋を出て行くテレサの姿を、唖然として見つめていた。

そして、彼女の姿が完全に見えなくなった後も、テレサが最後に発した言葉が脳内を何度もフラッシュバックしている。



『──そうだね……彼は勇者で……僕にとって絶対に敵わない相手かな……』


──ば、ばかな……魔王テレサよりも強い存在だと!?

魔王軍が束になっても叶わない相手……それが此度の魔王テレサ=アウシューレン。
正直、彼女より強い存在など、アルベルトは大昔に封印された『邪神』くらいしか想像出来なかった。

だが、魔王は間違いなく言った……自分には敵わない存在だと……


それも最悪な事に、その相手が勇者なのだ…!

相手が勇者だと言う事は魔王テレサ共々、敵になる可能性が非常に高いと言う事になる。

つい先程まで死去したザイスにミーシャ、加えて飛び出して行ったアッシュと連絡が取れなくなった事から、彼を死亡した者と考え、この三人の穴をどう埋めるか頭を悩ませていたアルベルト。

……だが、今はそんなのとは比べ物にならない程の苦悩を強いられる事となった。

いや、正直言って魔王テレサ級の相手二人を敵に回した場合の対処方など、どれだけ考えた所で思い浮かぶ筈もない。


「──ふはは………………魔王軍、終わったな」

アルベルトはそうそうに諦めの言葉を呟いた。




──しかし、このタイミングで、悲壮感漂う部屋を二人の人物が訪れる。















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