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5章 明かされる真実と『狂』の襲撃者

オーバー・ザ・デビル 後編

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♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

~松本弘子視点~


松本弘子は離れた位置からアリアンの敗北を目の当たりにしていた。

ラクスール王国とは400年以上も前に決別し、そこから連絡を取った事は無い。
弘子は召喚された当初、戦いを拒んだが、王国に無理やり戦わされた過去があるのだ。

もちろん連絡が取れなかったのは、こちらが殻に篭って外との繋がりを持たないのが原因だが、王国側が今まで一切の謝罪にあの古城を現れ無かったのも事実。

もしかしたら私が気が付いてないだけで、訪れたことがあるのではと思い、結界の管理を任せていたアルマスとアレクセイに確認したが『王国からの使者は来たことが無い』と言っていた。

故に、今トドメを刺されようとしているラクスール王国の騎士を助ける義理はないのだが……

「……今はそんな事を言っている場合じゃないわね……ジーク、メイア、ちょっと良いかしら?」

私は思いついた作戦を成功させる為、二人に協力を仰ぐのだった。

「「了解しました」」

二人は黙って弘子の指示に頷いた。


──いまアレを取り逃がしたら、恐ろしい事が起こる。
ここでアレを確実に無力化させる必要があるのだが、その為にはあの騎士の高い戦闘能力が必要だと考えた。


故に、弘子がジークとメイアに出した指示は、アリアンの援護だ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~アリアン視点~


「──っ!……く!」

アリアンはトドメを刺そうと近づいて来る敵に立ち向かう為、剣を地面に刺して立ち上がろうと気張るが、あまりにダメージが大きく体が言う事を聞かない。
剣を軸に、途中まで立ち上がってたアリアンだったが、体を支え切る事が出来ず、地面に倒れ込んだ。


その様子を見て、赤眼の悪魔は勝ちを確信した。

「ふふ……お主、中々やるでは無いか。思わず途中から半分程の力を出してしまったぞ?たった半分と思うなよ?妾にここまでの力を出させた人間は其方が初めてじゃ……特にその神化というスキルは格別じゃのう」

「……殺せ」

歩みを止める事なく、女はアリアンの目の前に迫った。

「当然じゃ。お主程の実力者は、生かして置くにはあまり危険過ぎる……」

そう言うと女は腕を振り上げ、アリアンの心臓目掛けて手刀を繰り出した。


「……ッッム!?」

しかし、女の繰り出した攻撃は、突如この戦闘に介入してきた第三者によって阻まれるのだった。

圧倒的な力を持つ悪魔だが、不意打ちの攻撃に堪らず後ろへ飛ばされる。

「……不意打ちの攻撃とは言え、妾を数メートル吹き飛ばすとは……お主やりおるな!」

被害を受けたはずの相手は怒りを露わにする事は無く、ただ嬉しそうに自分を害した相手に賞賛の言葉を述べた。

「はぁ~、無傷とは……自信なくすな……」

「──はぁ、はぁ……お前は……何者だ…?」

危ない所を助けられたアリアンは荒い呼吸の中、なんとか顔を上げて目の前の人物にその正体を訪ねた。
この様な危険で未開の地に、しかも怪物が産まれたタイミングでこの地を訪れる……そんな人物や組織に心当たりなど無い。

「う……む……主人に言われて飛び出したは良いが……なんと答えたものか…」

アリアンの前に立ったジークは、主人の許可なしで自らの正体を明かして良いものかと迷って居たが、遅れてやってきたメイアが躊躇するジークの代わりにアリアンの質問に答える。

「ジーク、名前くらいなら名乗っても問題無いはずだわ。──ラクスール王国の剣聖アリアン・ルクレツィアでしたわね?──私の名前はメイア=アウシューレン。そして彼がジーク=アウシューレンよ」

メイアが安心させる様に言うが、アリアンはメイアの頭に生えているツノが目に入った。

「竜人の魔族か……それにアウシューレン?どこか聞き覚えがある気がするわ」

「敵対心が無いのはわかると思うけど?」

「もちろんだ。助けてくれてありがとう」

「いえいえ」

メイアとアリアンの二人は会話を重ねて行くが、状況を見てジークが話に割って入る。

「話をしている場合では無いぞ?……アリアン嬢。ここは助太刀する、文句はあるまいな?」

数秒休んで少し体力が戻ったアリアンは、ジークの言葉に反応する様に力強く立ち上がった。

「当然だ……何者か知らんが、細かい事は気にしない主義なの。二人とも相当強そうだし、当てにさせてもらうわね……あれは、この洞窟から出すと非常にまずい事になる」

「同感ね……あれはここで倒してしまいましょう」

アリアンの言葉にメイアは頷いて答えた。


「──話は済んだかのう?」

まるで待ってましたとでも言いたげな口調だが、三人とも既に戦闘体勢……女の問いかけに答える事は無い。

「なんだつまらん…………のぉッッ!!」

悪魔が三人目掛けて突進してくる。
三人はそれぞれ違う方向に身を移動して、この攻撃を躱した。
よって、女は三人に挟まれて中央に立つ事になった。

「「はぁッッ!」」

ジークとメイアはそれぞれ別方向から攻撃を仕掛ける。ジークは剣、メイアは長刀。

しかし、メイアの方の攻撃はあっさりと躱され、バランスを崩した所に蹴りを入れられた。

「──ぐうッ!?」

長刀を使って防御の姿勢を取るも、メイアは防御の姿勢ごと壁際まで吹き飛ばされた。

そしてジークの攻撃は素手で掴まれた。そしてそのまま上へ持ち上げられる。

「ぬぉっ!?」

恐るべき力で抵抗も許されず持ち上げられたジークは、そのまま地面に叩きつけられようとした……その時だった。

正面からアリアンが剣を突き立てながら悪魔に襲い掛かった。
だが、既にアリアンの限界を把握している悪魔は、彼女の攻撃を脅威とは受け取らず、余った左手で軽く弾こうとした。

「──神化ッッ!!」

「ッッなに!?」

だが、この攻撃にアリアンは肉体強化スキル、神化を織り交ぜた。
今のアリアンの体力では体の負担が大きい神化など使えないと慢心していた悪魔は、予想外の攻撃に防ぐ事が叶わずシュヴァリエの直撃をその身に受けてしまうのだった。

そして悪魔は転がりながら後ろに吹き飛ばされる。


掴まれた剣を離されたジークは地面に落とされるが、無事に着地した。

「見事だ、アリアン嬢…!」

「はぁ…はぁ…騙し打ちみたいで気がひけるけど、仕方ないわ…ね」

無理なスキル行使に力を使い果たしたアリアンはそのまま地面に倒れ込んだ。
しばらく休むか、回復魔法でも使わない限り立ち上がる事は流石に不可能だろう。

吹き飛ばされた白髪の女は、転がり飛んだ事で発生した砂煙で姿が見えない……だが、アリアンの一撃は【心臓】への直撃だった。実際、アリアンの手にも心臓を貫いた感触が残っている。

「あいたた……思いっきり腰打っちゃった……」

「メイア!無事だったか!」

体にいくつかの擦り傷を負っていたものの、しれっと帰って来たメイアに、ジークは喜びの声を上げて駆け寄るのだった。

そして戦いが終わった事で余裕が出来たアリアンは、二人の正体を詳しく聞く事にした。

「……二人はいったい何者なの?」

問われた二人は互いに顔を見合わせる。

「う~ん……答えていいかわからないけど……どうしようかジーク?」

「そうだな。名前くらいなら語っても構わなかったが…」

悩む二人の姿を見て、アリアンはフッと息を吐く。
普段頭のおかしいアリアンだが、戦場においては武人。ましてや助けられた恩を忘れる事はない。
困るのなら無理に話す必要は無い……倒れる自分を手当てしようと近付いて来る二人に、アリアンはそう告げようとした。


「──妾も知りたいのじゃ。まさか妾の心臓がたったの三人掛りに取られるとはのう……お主らが勇者だったら、妾は確実に殺されていたのじゃ」

「「「ッッ!?」」」

今もっとも聞こえてはならない筈の声を聞き、メイアは後ろに飛び引き、ジークも動けなくなったアリアンを抱えてメイアと同じ様な行動をとった。

「そう怯えるでない。しかし、圧倒的な力の差が有るとは言え、手加減をしすぎると言うのもあまり良くないのう……良い勉強になったわい」

ジークとメイアはそれぞれの武器を構えて交戦体勢入る。
だが、二人とも額に汗を流してこの状況に絶望を感じるのだった。

心臓に攻撃を受けて、なお無傷の様に立ち上がる相手だ。アリアンという戦力を失った今、とてもじゃないが戦闘で勝つ見込みなんて無かった。

そしてアリアンの方も、心臓を貫き勝利を確信していただけに、相手が何事もない事に一瞬だけ精神的なダメージを負うも、直ぐに気を取直しなんとか勝つ見込みが無いかと模索する。
……しかし、身体はどうやっても動かない。

「うむ。お前たちはそれぞれが相当な手練れじゃ。ジークとメイアと言ったか?神化したアリアン程では無いにしろな──ここからは本気で行くぞ?」

すると、女の周囲が殺気で満ち溢れる。
見た目的な変化こそ観られないが、感じる圧は先ほど迄の比では無い。
あれ程までに苦戦していたさっきの悪魔は、本当に手を抜いてたんだと、三人はここに来て初めて実感した。

最早為す術など無い。
力を解き放った女を前に、三人に敗戦の色が濃く出始める。



──だが、ここで弘子の準備が整った。


「むっ!?」

突然、女の足元が輝き出す。
女は急いで逃げようとするが、足元が何かに固定される様になってしまって動けなくなった。
そして、今まで洞窟の柱に隠れて【封印結界】の準備をしていた弘子が女の前に立つ。

「不意打ちばっかりで悪いわね?──デッドエンド・サンクチュアリッ!」

柱に隠れて大規模な結界魔法を詠唱していた弘子は、詠唱の仕上げとなる魔法名を口にする。

すると、女の周囲にバリアのように半透明な壁が隙間なく造られ、女はその中に閉じ込められてしまった。

……この魔法は、弘子がアルマスのパーフェクトヴァリアブルを参考に編み出したモノ。
この世界には何も無い場所に壁を作り出す魔法やスキルが存在しないので、これは弘子のオリジナル魔法である。


「──なんじゃこれはっ!?」

吸血鬼は半透明の壁を幾度となく殴り付けるが、傷一つ付くことは無かった。
それを観て弘子は封印に成功したと確信する。

「ごめんなさいね?封印が解けたばかりで、再び封印と言うのも可哀想な話だけど、貴女をこの洞窟から逃す訳には行かないのよ。その結界からは一生出られないわ」

悪魔は結界を壊そうと何度も壁に攻撃を加えるが、ビクともしない。
そしてしばらく足掻いた後、大人しくなる。


「……万事休すじゃのう」

「………ええ……ここまでよ【フェイルノート】」

「ッッ?!なんじゃ?妾を知っているのか?」

ここに来てフェイルノートは、初めて素で驚きの表情を見せた。

「ええ……貴女の事はティファレト様に伺って居たからね」

「ティファレト……ティファレトじゃと!?」

重ねて驚きの声を上げる。
だが次第に、なんだそう言う事か……と納得の表情を作り始めた。

「なるほどのう……あの女神の使いなら、手際良く妾を封印出来たのも納得じゃ!くくくッ」

「………」

何が面白いのか、この状況で笑い声を上げるフェイルノートを弘子は怪訝に見詰める。
そしてひとしきり笑ったあと、フェイルノートは結界のギリギリの所まで弘子に近づき、おかしな事を口にした。

「そうじゃ!ついでに良い事を教えてやろう!妾を封印した褒美なのじゃ!」

「………」

弘子は黙ってフェイルノートの言葉を待つ。

「妾を殺せるのは勇者だけ。ダメージこそ与えられるが、勇者以外が妾を殺害しても、その場で完全回復して生き返る……覚えておくと良いぞ」

「……肝に命じるわ。もっとも、貴女は二度とそこから出られないけどね」

結界内に閉じ込められて、一生そこから出られないと忠告した。
……にも関わらず余裕な態度のフェイルノートに疑問を覚える弘子だが、フェイルノートが結界内の奥へ消えてしまったのでそれ以上は何も聴きだす事が出来なくなる。

結局、彼女がどういう存在なのか解らずじまいに終わってしまったのだった。


──封印後の彼女の態度など、腑に落ちない事は有ったが、ここで見張り続けても仕方ないと弘子は結界の側から離れた。

そして合流したメイアと、体力が限界を迎えて気を失っているアリアンを背負ったジークと来た道を引き返す。

弘子は転移魔法の適性がない。
なので他者からの魔法やスキルの影響を受けれないのは、こう言う時に不便だと弘子は溜め息を付いた。

だが、このスキルが戦闘で限り無く役に立っているのは間違い無いので、普段はこの体質を不便に思う事はない。
術やスキルを受付けないのがどれだけ相手にとっての脅威になるか……これまで対峙してきた敵対者の反応でもはっきりと解る。


──そして洞窟内で帰路を歩いている最中、弘子はアリアンを背負いながら歩くジークと会話をしていた。

「──バケモノでしたね」

「……そうね……でも封印が上手くいって良かったわ。この世界に透明な壁を生み出す魔法なんてないでしょう?あの怪物にも対処は出来ない筈よ」

「だと良いんですが……去り際の彼女の反応を見ると……少し腑に落ちませんね」

「そうね……城に帰って少し休んだらアレクセイに判断を仰ごうかしら?」

「その方が良いと思います。私はこれでも勇者の息子としていろいろ観てきましたが、彼ほど頼りになる男は見たことがありません」

「ほんとにね……でも気を付けて?男扱いされたらアレクセイ怒るから」

「ハハ、性格が少し難点と言った所ですよ、彼……いや、彼女は!」

ジークと二人で会話をしていると、アリアンの寝顔にいたずらしながら歩いていたメイアが二人の会話に入って来る。

「ウチの娘より強い生物なんて居ないと思っていたけれど、あのフェイルノートって女……娘に近い強さが有ったわね~」

「いや、どんな娘よ!」

メイアの言葉に弘子は思わずツッコミを入れる。
だが、ジークもメイアに同意らしく、無言で頷く。

「…………本当に?」

「「自慢の娘です」」

弘子には二人が嘘を言ってる様に見えず、信じられないと言った表情を見せる。
あんな化け物に匹敵する生物が存在するなんて、にわかに信じられなかった。


──そして移動中も、二人は周囲に魔物の気配が無いタイミングを見計らっては、夫婦水入らずの会話を繰り広げていた。


……羨ましいわ。

私も、もしこの世界に来る事なく、ずっとあっちの世界に居られてたら、ジークやレイアみたいに、あの人とああやって笑い合えてたのかしら?

そして可愛い娘とずっと一緒に居られたら、どんなに幸せだったでしょう……成人して家を出て行ったら泣いてたとおもう。

そしてその内孫なんかも産まれてね……
多分私って孫が出来たら死ぬほど可愛がるんだろうな~……なんて、絶対に叶わない夢を想ってどうするのかしら私ったら。
仲のいい夫婦の愛を見せられておかしな事を考えてしまったようだわ。


──そんな気持ちを抱いたまま、弘子は城を目指して歩き続けるのだった。



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