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5章 明かされる真実と『狂』の襲撃者
拒絶されし者
しおりを挟む孝志がアルマスの案内で古城へと向かっている時間、ラクスール王国に残った勇者達の関係に変化が起きていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
孝志達が暮らしている宮殿は、勇者の為に作られた建物で、これまで呼び出した勇者達の知識などを元に、向こうから呼び出された者達が快適に暮らせる様にと様々な設備が施されている。
その中には、喫茶店を再現した内装の部屋があり、普段、雄星達はこの場所に寄り合っている。
現在この部屋には雄星、美咲、リーシャ、ミレーヌの四人が居り、由梨は外出申請を貰いに宮殿の管理者の下へ向かっていてこの場に居ない。
因みに孝志もこの場所の存在は知らされていたが、雄星達が頻繁に利用している事を知ってたので、一度も訪れなかった。
──そして部屋の中では雄星と美咲が口論をしていた。
「ど、どうして、私は連れて行ってくれないの?」
「……別に。僕と由梨、それにリーシャとミレーヌが行くんだ、美咲まで一緒に来られると人が多すぎると思っただけだよ」
言い終えた雄星は手元に置いてあるコーヒーを飲むと、この話は終わったとでも言いたげな表情をした。
加えて雄星が美咲へ向ける目は、これまで彼女に向けていた視線と違って実に冷ややかなモノで、本当にどうでも良い存在を見るようだった。
……その冷たい視線を感じ取ってしまった美咲は、苦しげに唇を震わせながら意見を言う。
「ま、まって!今まで大人数でも普通に行動してたじゃん!き、急にそんな…」
言ってる最中で美咲はこれ以上言っても無駄だと思い、つい言葉を詰まられてしまった。
……それに美咲は何となくわかっていた。
人が多過ぎるのが嫌だと言うのは方便で、本当は自分の事を不快に思っているから置いて行きたいだけだと……
自分に対して不快感を抱いてる理由は、間違いなく奴隷少女を庇った一件だと美咲は思っていた。
あれで気を悪くした雄星が、あの出来事以降、自分に対して急に冷たくなった事を美咲は感じていた。
冷たくあしらわれる度に『たったあれだけの事でどうして?』……と、美咲は何度か言いそうになったが、この言葉を口にしてしまうと、雄星の性格からして二度と口を聞いてくれないだろうと思い、その言葉を飲み込んだ。
──これから雄星は宮殿を出て、町へ買い物に向かう。
美咲の推測通り、雄星は奴隷を庇った美咲に腹を立てており、自身の気が晴れるまで美咲と距離を置くつもりでいた。
しかし、しつこく同行しようとする美咲を見て、雄星は距離を置きたがってる自分の意図を全く理解できていない……と彼女へ対する好感度を更に下げた。
美咲は雄星の意図が理解できていないのではなく、ただ一緒に居たいと必死なだけだが……そんな事を、この男が考える筈もない。
雄星は、この美咲をただただ鬱陶しいとしか思わなかった。
……美咲は一度は言葉を詰まらせるも、直ぐに新たな弁を思案し、椅子に座って寛いでいる雄星に対して再び言葉を掛けようとするが……その直前、一人の女性が間に割って入るのだった。
「この様な静かな場で騒ぐのは、みっともないんじゃない?……少し静かにしてはどうかしら?」
口を挟んで来た人物は、先ほどから二人のやり取りを黙って見物していたリーシャだった。
この言葉をリーシャの隣で聞いていたミレーヌは、便乗する様に黙って頷く。
……だが、何も考えず雄星に味方するミレーヌと違い、リーシャは寧ろ美咲の為に仲裁に入ったつもりであった。
喧嘩腰な言い方ではあるものの、これ以上無理に取り繕うと、雄星に対して良くない印象を与えてしまうと考えたからだ。
……実のところリーシャは雄星に対して全く異性として興味を持っていないので、美咲をライバル視した事など一度もない。
なので、勇者同士が仲間割れをする事は極力避けたいとリーシャは考えている。
……もっとも、隣のミレーヌは全く真逆の考えで、一人でも多くライバルは蹴落としたいと思っているが……
リーシャの場合は、反王族派である父の命令で【一番使えそうな勇者】を取り込む為に、仕方なく雄星と一緒に行動しているに過ぎないのだ。
しかし、この数日の雄星の行動を見てリーシャは、橘雄星は【一番使えそうな勇者】には全く以て該当しないと判断を下していた。
むしろ、鬱陶しくて関わりたくないとすら思うほどに、雄星に対して強い嫌悪感を抱いている。
それくらい我儘で無能だと、リーシャは雄星に対して評価を付けた。
なので、この男を反王族派に取り込んだ所で役に立つとは思えず、何度も父にこの事を進言していた。
そして、その為の代案として、父には知らせず個人的に調べを進めていたもう一人の男性勇者、松本孝志を橘雄星の代わりに取り込むように動いてはどうかと……そんな提案を持ち掛けた。
……実のところ、リーシャから見た松本孝志という勇者は、味方に付けるのに打って付けの存在に思えた。
まず、リーシャは孝志の人を見る目を高く買っていた。
何度か第二王女やユリウスに対して失礼な言動が見受けられたが、国王やアリアンといった冗談が通じなさそうな危ない相手に対してのやり取りは慎重。
加えて、何処で接点を持ったか解らないが、第一王子の優秀さにも気が付いていた。
更に、下手な行動を取らないのも良いし、雄星の様に高い奴隷を買って散財しないのも良いし……多分、一緒に居ても適度な距離感を保ってくれるとリーシャは思った。
それに比べて雄星は……
基本男性とは絡まず、自ら話掛けるのは女性のみ。
その女性を味方に引き入れるにしても、顔のみで相手を判断する。
更に大勢の前で王族を侮辱したり、城のお金を使って高額な奴隷を購入したり、あまつさえその奴隷をパーティーで披露したりと、僅か数日の間で斬首刑レベルの大チョンボを連発してきたのだ。
リーシャ自身も、初めて雄星を目にした時は、そのあまりの美しさに驚き、味方に引き込めれば目覚ましい活躍を魅せてくれるだろうと喜んだ。
……しかし、少しの間一緒に居れば、そんな美しさに欠片の興味を失う程の嫌悪感を抱く事になった。
──だからリーシャは父に報告する時に熱弁した。
『取り込むなら橘雄星では無く、松本孝志にしては?』……と。
それも熱く、いかに松本孝志が有能なのかを盛りに盛って報告した。
もしかして……松本孝志に特別な感情を抱いているのでは?……と思われてしまっても仕方ない程に。
本当に橘雄星だけはやめて欲しかったのだ。
だがリーシャの父である公爵は『あの男の容姿は女を取り込むのに使える、多少性格が悪くても補える筈だ』と全く取り合わなかった。
報告で聞くのと実際目にするのとでは、彼から伝わる異常さは全く違う。
父だって数日も雄星と一緒に過ごせば自分の言ってる事が解るのに……とリーシャは切に思っている。
「──あ、アンタには関係ないでしょ!」
そして話は戻るが、横から口を挟まれた美咲は怒りを露わにし、リーシャを睨み付けていた。
「美咲、いい加減にしてくれないか?いい加減目障りなんだけど?……それに、美咲。君は僕を裏切ったよね」
「……裏切る?あの子を助けただけで、そこまで言わなくていいじゃない…!」
「……じゃあ、ハッキリ言うけど……美咲、あの奴隷に食事を与えて居たね?」
「……え?……あ……そ、それは…!」
美咲は思わず顔を伏せた。
まさか、バレていたとは思っていなかったからだ。
「……それに昨日も食事を与えて居たね?……言ったはずだ。しばらくあの奴隷には昼食しか与えないってね」
「い、言ってたけど、雄星は1日1食で我慢出来るの?」
「躾だよ。それに、しばらくすればちゃんと朝と夜に2回食事を与えるつもりだったんだ……躾を台無しにされた僕が美咲に怒るのも……わかるだろう?」
そう言うと、雄星はコーヒーを半分以上残して席を立った。
「ご、ごめんっ!謝るから!だから許してっ!私を置いてかないで……」
部屋を出て行こうとする雄星を見て、美咲は駆け寄るが、そんな彼女を雄星は手で制止する。
「そんなにあの奴隷が大事なら、美咲がこれから世話をすると良いよ」
この言葉だけを残して、雄星は美咲に一瞥もくれず部屋を出て行ってしまった。
そのまま、彼に続く様にリーシャとミレーヌも部屋を後にする。
──そして部屋の外に待機していた奴隷の少女が、部屋を出て行った雄星達と入れ替わる様に、すぐさま部屋の中に入ってきた。
そして美咲の元へ近づくと、その場で跪く。
「美咲様。この度は私のせいで御迷惑をお掛けして本当にごめんなさい…!…ごめんなさい!」
頭を何度も下げて謝る奴隷の少女。
美咲は座っていた椅子から立ち上がると、少女と同じように正座して彼女を宥める事にした。
「気にしないで……【ミライ】が謝る事は何も無いよ。私がもっと上手くやれば良かっただけだから」
美咲は奴隷の少女にミライと名付けていた。
雄星は、名前なんて獣人奴隷で十分だと言っていたが、それでは可哀想だと名前を与えた。
もっとも、勝手に名前を付けたので、二人きりの時でしか名前を呼ぶ事は出来ないけど…
そして美咲は何度も自分自身に『ミライは何も悪くない』と言い聞かせる。
心の中に、僅かでもミライの所為でこうなってしまった……なんて思う隙が生まれない様に。
──良し!ここは開き直ってしまおう!
美咲は強く自分を奮い立たせた。
「それに、好きにして良いって言って貰えたし……はは、これからは堂々と御飯が食べられるね」
「……美咲様……」
「夜は一緒に食べようか…?」
「……み、みさ……き…様……っ」
顔を上げたミライは、美咲の優しい言葉に心打たれ止め処なく涙を流す。
それを見た美咲は、優しく包み込む様に少女を抱きしめた。
──雄星に嫌われてしまった。
美咲は普段から物事を楽観的に考えがちではあるが、それでもあそこまで拒絶されてしまっては、嫌われたと理解出来てしまう。
このまま……嫌われてしまったまま終わらせるつもり何て無いが、でも、美咲にはどうすれば信頼を取り戻せるのか検討も付かない。
「……たっくん」
思わず子供の頃に呼んでいた雄星のあだ名を口にしていた……自分が一番好きだった頃の雄星。
正直、ずっとお互いがあだ名で呼び合っていたので、名前を知ったのは高校で再会してから。
なので、あだ名の由来は橘の頭文字を取って『たっくん』だったんだと再会してから気が付いた。
子供の頃に告白した時は『子供で恋愛は怖い』と言って断られてしまい、その後直ぐに私が転校してしまったので、もう会う事は無いと諦めていた。
けど、高校に入って再び出会う事が出来た。
性格は大きく変わってしまっていたが、キザな口調は昔のまま……何より信じられないくらいカッコよくなっていた。
雄星は私が告白した事は疎か、私の事すら覚えていなかったけど、それでも一緒に居られる今が本当に幸せだった。
──その幸せが崩れ去ろうとしている……そう思うと自然と涙溢れて来た。
美咲は自分の流している涙をミライに気取られない様に……抱きしめている腕に力を込めるのだった。
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