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番外編 もう一方で…
小さな亀裂
しおりを挟む~橘雄星視点~
時間は歓迎パーティーまで遡る──
先ほど、パーティー会場でやらかした橘雄星は、冷たい視線から逃げ出すように会場を飛び出していた。
歓迎パーティーで勇者なのに歓迎されないというのは前代未聞の事件であるが、間違いなく悪いのはこの男で間違いない。
それでも、この男が反省などする筈もなく、いま彼の胸の内には怒りと屈辱の感情が渦巻いている。
王宮の長い廊下の中央には赤いカーペットが端まで敷かれているが、橘雄星はその中央を堂々と歩く。
もちろん、反対側から人が来たとしても、この男が道を空けるなんて気遣いはしないだろう。
そして、廊下を歩く橘雄星は酷く荒れている。
なんせ高い金を費やして手に入れた奴隷を、自慢するべくあの場で披露したというのに、周囲の反応がまったく予想外だったのだ。
雄星は、まるで自身を射殺す様な尖った視線を四方八方から浴びる事となった。
彼は、由梨、美咲、リーシャ、ミレーヌ……そして奴隷を引き連れているが、怒りのあまり美女達を引き連れてる優越感なんてなかった。
「 ──っ!クソっ!」
俺は廊下を早足で歩いている最中に通り掛かった、小さな机の様な置物を力いっぱい蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした置物はゴトンッっと鈍い音を立てて地面に倒れた……が、同時に雄星の足に激痛が走った。
……そう、予想以上に硬かったのだ…置物が。
「~~……っ!!」
俺は痛む足を押さえつけて悶絶する……そして思わずその場に蹲った。
直ぐに我に返ってもう一度、目の前で倒れている置物を蹴ろうかと思ったが、再び痛い思いをするだけだと考え直し我慢する……クソッ!
「雄星……大丈夫?」
痛がる俺の側に駆け付けて来たのは由梨だった。
由梨は心配そうに近づくと、俺の足を摩りながら呪文を唱えた。
「《ヒール》」
すると、激痛が途端に収まり、雄星の足の調子は万全となった。
蹲っていた俺はすぐにその場から立ち上がる。
「ありがとう……由梨」
俺は、治すのは当然だろ?と思いながらも、一応は由梨に対して礼を言った。
何も言わずに機嫌を悪くされたら面倒だと思ったからだ。
まぁ、由梨に限っては俺に対してそんな感情を抱く事は無いだろうけど……念の為にね。
「ううん!雄星のためだもん!当然だよ!」
……何だ、やっぱり分かってるじゃないか。
流石は由梨だ。由梨はいつだって俺の味方だ。
雄星は由梨が予想通りの反応をしてくれた事で気分を良くする。
──しかし、そんな上機嫌な彼の気分を、ぶち壊してしまう者が現れてしまうのだった。
先ほど、雄星が恥を描くキッカケとなってしまった獣人の奴隷が、腹を押さえながら雄星に向かってある事を催促した。
「あ、あの……ご、御主人様……できれば御飯を食べさせて下さい……御主人様に買われてから、まだ一度も食事を頂いてません……どうか、ご慈悲を……」
「……チッ」
俺は思わず舌打ちをする。
コイツは自分の立場を解っているのだろうか?お前の所為で俺は酷い目にあったんだぞ?
……何も言わなければ、寝る直前に食事を与えようと思っていたが、もう今日は与えない事にした。
奴隷なんだし、1日くらい食事を抜いても問題ない筈だ。どうせ空腹には慣れてるだろうし。
「さっきの罰だ。今日は食事を与えない、いいね?」
俺がそう言うと、奴隷の少女は大きく肩を落として小さく「はい…」と頷いた。
そして当然、何も悪い事などしていない少女は、何に対しての罰なのか全く理解出来ない。
それでも主人の気分を害さない様に少女は黙って頷くしかなかった。
──因みにだが、奴隷への食事は1日に二度与える事が義務付けられている。
なので奴隷の少女は、1日食事を与えられない経験など無く、これ程の空腹を味わった事は今まで無かった。
その義務を知っているメイドのミレーヌは戸惑いの表情を作り、女騎士リーシャはそんな雄星の発言を耳にし、雄星を鼻で笑うのだった。
二人は、それぞれ別の考えがあって雄星に近付いたが、彼の行いに対して口出しをしない所は同じ。
それが例え法律違反だとしてもだ。
……だがメイドのミレーヌはこの事で少し思う事があったらしく、隣に立つリーシャに話かけるのだった。
「美しい殿方ですが、奴隷への扱いが悪いですね…」
「……そうね……まぁ大した問題では無いわ」
「そ、そうですね!これほど美しい殿方なのですから、性格が悪くても問題ないですね!」
「………本気で言ってるの?」
「?当然ですが?リーシャさんも、そう思ったから一緒に居るのでは?」
「………そうね」
最後にリーシャが笑いを堪える様な表情をみせていたが、ミレーヌはあまり気に留めることは無かった。
なんせミレーヌの頭の中は雄星の事でいっぱいだった。ミレーヌは既に雄星を運命の相手と疑っていない。
特に雄星と何か惚れる様なエピソードがあった訳では無い。
ミレーヌは雄星の外見の美しさに惹かれ勝手にそう思っているに過ぎない。
「……本当に何の思惑も無く彼に惚れ込んでいる様ね……おめでたいわ……婚約者も居るクセに……」
ミレーヌと話終えたリーシャは最後に、彼女には聞こえないほど小さな声で呟いた。
……それも侮蔑を含んだ表情を浮かべて。
──そして、ミレーヌもリーシャも口出しせず、由梨も雄星のやる事を絶対に邪魔する事はない。
なので奴隷少女への食事の件はこれで終わりかと思われたが、そこへ奥本美咲から待ったの声が掛かる。
「あ、あのさ!…流石に御飯をあげないのは可哀想じゃない?何でもいいから食べさせてあげよう?」
「……は?」
美咲に意見された事で雄星は再び不機嫌になってしまった。それを感じた美咲は慌てて取り繕う。
「いや、実はさ、わたし将来学校の先生に憧れていて……だから子供は大切にしたいって言うか……それに、この子たぶん穂花ちゃんと同じくらいの年だよ……?」
この美咲の言葉に対し、雄星は怪訝な表情を浮かべた。
……はぁ?穂花と同じ年だから何だと言うんだ?
それに、穂花はこの世界に来てから態度が悪くなった。俺の誘いを何度も断るし、今だって何処に居るのかも解らない。
だから今は俺の前で穂花の話をする事は、俺にとって大きなマイナスでしかない。
──なので当然、穂花の名前を出したところで、この奴隷に食事を与えないという事を変えるつもりなんてない。
「一度決めた事を覆すつもりは無いよ。今日はその子に食事を与えない。いいね?」
「……う、うん、分かった」
美咲は言い合いをするつもりは無いらしいく、頷きながら簡単に引き下がった。
しかし、簡単に引き下がったとは言え、機嫌の悪いタイミングに意見されたのだ……雄星は美咲に対しても怒りを覚えた。
──そう言えば、美咲は奴隷を買う時も最初は反対してたっけ?
由梨は何でも肯定してくれるし、穂花は偶にイラつかせる事があるが、妹だし反抗期だと割り切れはギリギリ許せる。
しかし、俺にとって美咲は他人。
しかも出会って一年程度の浅い関係でしか無い。
向こうの世界では可愛いと言う理由だけで手元に置いていたが……この世界は向こうの世界と比べて女のレベルが高い。向こうでは滅多にお目にかかれない美咲クラスの美少女にも割と出くわす。
なので、これ以上うるさく意見をしてくる様なら切り捨てた方が良いかも知れないな……
雄星は奥本美咲を冷めた目で見つめ、彼女を見限る様な事を考え始めるのだった。
──そして一見、雄星の言うことに納得した様に見えた美咲だったが、誰も見ていないタイミングを見計らってこっそりと奴隷少女に近づくと、少女にしか聞こえないくらい小さな声で耳打ちした。
「──後で御飯持って来るから……少し我慢してね?」
「!!…………はい」
美咲の言葉を聞いた少女は、一瞬だけ驚いた表情をするが、周囲に気取られない様に直ぐに真顔に戻った。
美咲は雄星に嫌われたくないので、止められてしまった以上、表立って少女を助ける事が出来なくなった。
けどそれなら、こうやって裏で助けてあげれば良いだろう……美咲はそう割り切る事にした。
子供好きの美咲にとって、目の前の少女を見捨てるという選択肢は最初から無かったのである。
雄星を好きな気持ちは間違いなく本物だが、子供が好きというのもまた、紛れも無い本心だからだ。
──そして、何事も無かったかの様に前を歩いて行く美咲に対して、奴隷少女は空腹を堪えながら小さく礼をした。
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