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3章 フェイトエピソード
問題を起こす為に転移して来た男・前編
しおりを挟む──橘が入って来たのを見るや否や、国王が一番にヤツの元に駆け付ける。
そして真っ先に国王が来てくれたおかげで、そこで起きていた騒めきがだいぶ収まった様だ。
「おお!よく来たな雄星!随分遅いから今日はもう来ないと思ったぞ!」
「それは悪かったよ、とても大切な用事があったからね」
初めは何だかんだで周囲の人達は橘達のことを歓迎していたのだが、橘がまったく悪びれもせずにそんな事を言うので歓迎のムードなど周囲から消え失せる。
「……ほぉう?主役の勇者が、その歓迎パーティーよりも重要な用事とな?」
王様は遠回しに嫌味を込めて言っている様だが、残念な事に橘には通用しない。
橘はよっぽど神経が図太いのか、王様の威圧感がまったく効いてないみたいだ。召喚の時もそうだが、橘のこういう所はある意味一流なんだよな。
「実は買い物をしていてね。勇者が自分に必要な物を買いに行くんだから、こんなパーティーなんかよりずっと大事だろ?」
「……う…む…」
王様は橘の思うままな言動に言葉が詰まってる様だ。橘との意思疎通の取れなさに次の言葉が思い浮かばないのだろう。
はっきり言って橘が相手だとなまじ賢い人ほどコミニュケーションが取りづらくなる。
こちらがどれだけ深く考えて発言しても、橘は悉くこちらの考えの下を行くのでレベルを合わせなければならない。
しかも王様なんて地位に居ると普段から優秀な人との関わりが多いだろうし余計に大変そうだ。
──そして見兼ねたブローノ王子が、人混みを不快感を与えずに掻き分けて橘の前に出てきた。
残念だがブローノ王子のカリスマ性も、この男には通用しないだろう。
本当にブローノ王子には申し訳ないが迷惑を掛けてしまう未来しか見えない。
「これは橘雄星殿。初めましてになるが、私がこの国の第一王子ブローノ・ラクスールと申します。これから貴方や他の勇者の方々に大変世話になると思うがどうか宜しく頼む」
ブローノ王子は笑顔を作り、握手を求めて橘に手を差し出した。その笑顔は俺や穂花ちゃんに対して見せた自然な笑みではなく、文字通り作り笑顔だ。口調もより一層硬くしている。
……多分、作り笑顔なのは橘が嫌いだからとか苦手だからでは無くて、橘の返しがまったく読めないので警戒し過ぎによる作り笑いだろう。
……そして有ろう事か橘は未だに差し出されたブローノ王子の手を握ろうとはしない。
俺が内心で腹を立てるがブローノ王子にしてもどうしたもんかと苦笑いしている。
……そんな中、橘はブローノ王子に対してとんでもない事を言いだした。
「ん~~……君が第一王子か……なんかパッとしないな君」
「……ははは、それはすまないね」
ブローノ王子は困った顔で軽くいなす。
側から見ていてもムカつくんだが……周囲の注目があるときは自重しろよ。ブローノ王子は凄い人だぞ?
──だが当然、橘の発言で怒りを抱いたのは俺だけでは無い。今の発言は例え勇者であっても不敬過ぎた。
「なんだその口の聞き方は!?王子に対して無礼だぞ!」
誰とも分からない貴族の一人が橘を指差して強い口調で言い放った。そしてこれを皮切りに、沈黙に水を掛けられたかのごとく至る所から橘へ非難の声が殺到する。
「買い物でパーティーに遅れるとはどう言う事だ!」
「しかもこんなパーティーと言っていたな?!このパーティーを開催するのに我々が幾ら投資したと思ってるんだ!」
「遅れて来てごめんなさいの一言も言えないのか!」
もう完全に四面楚歌、正論の嵐である。
橘の後ろに控えて居た三人のメイドも、一人を残して既に姿を消して居た。
そして二人居た女騎士の一人に至っては、橘がブローノ王子を侮辱した瞬間に橘を一睨みしてから側を離れて行ってしまう。ブローノ王子に特別な感情か尊敬を抱いているのだろうか?……なら初めから橘なんかに付くんじゃないよ。
──と言うか、そもそも王族を馬鹿にした態度をとった橘の側に残ったらそれだけで不敬罪じゃないか?
橘と後ろの二人は残念ながら勇者なので罰せられないかも知れないが、他の人達はそうじゃない。
残った緋色長髪のメイドと青髪の女騎士さんは馬鹿なんじゃないのか?
「そうですわ!お兄様を愚弄するなど、腹切ってお詫びなさい!」
……なんかこの国の王女様が野次に混じってるけど良いのか?しかもヤバい日本語をまた披露してるし。
あの王女、呆れる程ブラコンだから流石に黙って無いとは思ってたけど、王族が野次馬に混じんなよ。
「な、なんだコイツ等は!」
もともとメンタルの強くない橘は、浴びせられたバッシングに大きく動揺する。
あのメンタルでこれだけ調子に乗れるんだから、今まで余程好き勝手に生きてきたんだろうな。
そして中岸と奥本……そして残ったメイドさんも同じ様に慌てているのだが、青髪の女騎士さんの方は何の反応も示さず動向を見守っている。
そして今だに周囲から誹謗中傷の声が橘に浴びせられているが、それを止めたのは被害を受けたブローノ王子であった。
ブローノ王子がパンパンッと手を二回ほど叩く。
「みんな……すまないが静かにして欲しい……このパーティーにはちゃんとした勇者が居るんだよ?」
ブローノ王子が一言そう言えば、当然の様に辺りは静まり返った。
そして俺と穂花ちゃんの近くに居た何人かの人達は、俺達を見て申し訳無さそうに頭を下げる。
頭を下げないで欲しい。寧ろ動揺する橘が見れたのでありがとうございます。
「買い物と言ってたけど、何を買ったんだい?」
ブローノ王子が場を落ち着かせて何気ない会話を再開した。橘の性格はだいたい解ってるだろうが、それでも勇者である橘に気さくな口調で話し掛ける。
マリア王女ならブチギレてそうだな。
そしてブローノ王子の質問に対して橘は、その質問を待ってましたと言わんばかりに表情を綻ばせた。
「…では紹介しよう、彼女が俺が買ってきた物だ」
──そして橘が会場の入り口の方に合図を送ると、一人の少女がパーティー会場の中へと恐る恐る入って来るのが見えた。
少女の年齢は多分、穂花ちゃんと同じくらいだろうか?日本で言うなら中学生くらいになるだろう。少し人混みが死角となって見えにくいが、その位の年齢の筈だ。
……だがそれはいい。俺が見えてる範囲でヤバイと思ったのは彼女の格好だった。
彼女は古代のギリシャ人が着ていた様な、ぼろぼろのキトンを身に付けており、装飾品などは一切付けていなかった。
その姿はまさしく奴隷であり、それも買ったばかりの者をそのまま連れて来ましたと言った感じだ。
中でも一番ヤバかったのは、奴隷の少女が入室して数秒の静寂が訪れた後、周囲に集まっている貴族や騎士達の一部から絶対零度の敵意が橘に向けられたこと。
そしてその一部と言うのが、所々に散らばってる獣人達。人族の方々は気まずそうに下を向いている。
俺は何事かと思い、奴隷の少女が良く見える所まで移動し、少女を確認した。
そこで俺はある事に気付いた……そしてそれに気付いた瞬間、何となく事情を悟り、深い溜息をつく。
……橘が連れて来た奴隷が獣人だったのだ──
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