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2章 クレイジースキル
2章 エピローグ 〜アルマスの過去〜
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『貴女の名前はアルマス……アルティメット・マスターズ・スペシャルの頭文字を取ってアルマスよ』
──私は彼女と初めて会った時のことを思い出していた。
スキルとして人に宿る事が、不安と思っていた私を安心させてくれた言葉。
この世界だと何代前の勇者になるんだろうか?
──当時、私のマスターだった【松本弘子】
ずっと生まれたばかりの娘と夫を置いてきたことを気掛かりにしていた人。
誰よりも向こうの世界に帰る方法を探し続けて、何十年も見つける事が出来ないでいた可哀想な主人……
──誰よりも近くに居ながら何も出来ない……情けない私。
それでも……僅かな手段や手がかりすら見付けることが出来ずとも、弘子は帰る方法を諦めず探し続けていた。
──そしてこの世界で数十年の月日が流れ、弘子の年齢が五十代に差し掛かった頃──
──ずっと悲観していた私の生き方を大きく変える出来事が起こった。
それは、女神様が弘子に救いの手を差し伸べてくれた事だ。
この世界の女神……名を【ティファレト】という。
ただ、女神の名を知る者はこの世界でも決して多くはない。
何故なら、女神様は人の世に全く関心を抱いておらず、どの様な災厄があろうとも手を貸してくれる事がないと言い伝えられているからだ。
故に信仰者はまったくと言っていい程おらず、むしろ無関心なのを恨む人間が多いくらいだ。
──しかし、そんな女神様が私と弘子の前に現れてこう言ったのだ。
『貴女の、あちらの世界に残された家族を想う気持ちに心打たれました……是非、私の力で元の世界へと送って差し上げましょう』
この世界で伝わってる話とはまるで違う……何故人の世を捨てたのか解らないほど慈愛に満ちた表情でそんな事を言ってくれた。
もしかしたら捨てなければならないだけの理由があるのだろうか?
──だが、この時はそんな疑問は一切浮かんで来ず、女神様から与えられた奇跡が嬉しくて仕方なかった。
しかも年齢もこの世界へ来る直前にまで戻してくれるそうなのだ。
こっちでは三十年経っているが、向こうではまだ三年の月日しか流れていない。
弘子はもし家族と出会えた時、歳とった我が身を気にしていたが、その心配すら無くなった。
三年間居なくなった事で咎は受けるだろうが、これなら……充分やり直す事が出来る──!
弘子がこの時に見せた表情は、今まで三十年近く一緒に居る私でも見た事が無い位に嬉しそうなものだった。
私もこれから起こる奇跡に頬を綻ばせるのだった。
──しかし、奇跡は起こらなかった……
女神様は弘子を救う事は出来なかったのだ。
理由はすぐに解った……
それは私が第4能力を解放してしまっていたからだ。
──第4能力 【アルティメット・マインド(究極精神)】──
マスターに対し僅かでも精神に干渉を及ぼす異能は全て無効化する能力。
どんなに高ランクな魔法や、スキル、呪い、奇跡に匹敵する程の力であっても一切受け付けない究極の精神防御。
とても強力な能力だ……ただ、デメリットも大きい。
あらゆる精神異常を無効にするこの能力は、自身にとって助けとなる異能すらも無効化してしまうのだ。
そして、最大の特徴──
──この能力は、一度発動してしまうと二度と能力を解除する事は出来ない──
弘子は私が解放してしまったこの第4能力のせいで女神の力が受けられず、元の世界へ帰れなくなった……
そう……向こうの世界へ帰す能力も、若返らせる能力も、精神に干渉を及ぼす力だった。
私はてっきり、女神様の力であれば私の能力など何の障害にはならないと勝手に思い込んでいたが、どうやら第4能力のアルティメット・マインドは、女神の力でさえも弾いてしまう程に強力な能力だった。
魔王との決戦前に、今まで単独で戦ってきた弘子が味方から支援を受ける事は無いと私は考えた。
それなら魔王が強力な精神異常スキルか魔法を持っていた時の事を考えて、アルティメット・マインドを解放してしまっていたのが取り返しの付かない仇となってしまった。
これは女神様も当然予想外だったらしく、かなり動揺している様に見えた。
そして私は……
……もう消えてしまいたかった。
弘子の為に良かれと思ってした事が、一生掛かっても償えない過ちとなっていたのだ……
どうすれば弘子に償えるのだろうか?
私は頭が真っ白になってしまっていた……
だが、そんな私を見た弘子は、私に向けて笑顔で親指を立てると、女神様に対してこんな事を言った。
『女神様……私がダメでも、このアルマスを向こうの世界へ送る事は可能でしょうか?』
私は弘子のこの言葉に俯いていた顔を上げる程の衝撃を受けた。
動揺していた女神様も驚いて目を見開く。
『…ええ、彼女は能力本体ではあるけれど、貴女と違ってアルティメット・マインドの効力を受けて居ないわ』
『それでは彼女だけでもあちらの世界へ送っては頂けないでしょうか?』
この言葉を聞いた私は冗談では無いと思い、すぐに弘子の元へ詰め寄った。
『私は嫌よ弘子!なんで貴女を置いて向こうの世界へ行かなくてはいけないの!?私が行っても意味がない!私は貴女の家族に思い入れがあるわけではないのよ!?』
もしかして、何処か遠くへ送りたい程に恨まれてしまって居るんだろうか?
……しかしそう思ったのは一瞬で、弘子はこんな事を口にした。
『アルマスはあっちの世界では存在しない異質で強力な力を秘めて居る……そんなアルマスが向こうの世界へ行き、私の家族を護ってくれるのだとしたら、私にとってこれ以上に安心出来る事はないわ』
『…………』
憎しみなど微塵も感じられない、優しい表情で弘子がこんな事をお願いしてきた。
そんな顔でこんな事を言われてしまっては、もう了承するしかないじゃないか。
そこから私は弘子と沢山の話をした。
そして結局、私は弘子が言った様にあちらの世界へ行く事を決めた。
随分と長く話し、随分と長く悩んだが、最後は弘子の家族へ対する想いに負けてしまったのである。
女神様は、私をあちらの世界へと送る転移魔法を作成している間も、救えなかった弘子に対してずっと謝罪の言葉を口にしていた。
本当に伝承とは真逆の優しい方なんだと思った。
そして、それから数分程で転移魔法の準備が整い、弘子と別れの時間が訪れる。
──『それじゃあ、アルマス……家族を任せたわよ?』
『わかりました、マイマスター……さようなら』
『……ええ……さようなら』
本当に簡潔で簡単な別れの言葉。
これが三十年間ずっと連れ添ってきた私と弘子が交わした生涯最後の言葉となった。
───────────
女神様の転移魔法で世界を渡り、私はあちらの世界に辿り着いた。
ただ、生物ではない私が単身で向こうの世界へ向かったのが原因で、数百年ほど時間に誤差が生じてしまったみたいだ。
弘子の家族の元へ辿り着いた時には、この世界でもかなりの年数が経ってしまっており、弘子の娘【松本京子】がタイミング良く出産している場面だった。
──なので、私はそのまま彼女が出産した息子に取り憑く事にした。
──その子が今マスターと呼んでる松本孝志だ。
そして有難い事に、その数年後に産まれた娘を京子は【弘子】と名づけた。
弘子……貴女と同じ名前よ?
貴女はこっちの世界では突然失踪した事になって居るけど、恨まれてなんかいないよ?
ずっと気にしてたものね……家族が自分を恨んでるんじゃないかって……
私は弘子を深く想ってくれていた京子に心から感謝した。
──私はこちらの世界では実体化する事が出来ず、なので姿を見せる事や話掛ける事は出来ない。
それでも、ありとあらゆる災いから松本家を護り続けた。
もちろん、災いと言っても大したものではない。
軽い怪我や風邪をこっそり治癒したり、意地悪なクソガキ共に絡まれなそうになった時に邪魔する程度。
取り付いている孝志から遠く離れる事は出来ないが、その範囲で充分に家族全員を護れる程に、日本とは平和な国であった。
そして自身を宿した孝志とは二四時間、常に一緒に過ごして来た。
好きな食べ物はもちろん、隠し事や人に言えない趣味だって何でも知っている。寝顔だって飽きるほど見てきた。
学校の授業も一緒。
友達と遊んでる時も一緒。
食事の時も一緒。
悪さしている時も一緒。
人助けしてる時も一緒。
ずっと一緒に過ごしている内に、ずっと孝志を見ている内に、その全ての行動が私にとって何より愛おしいものになっていた。
京子には悪いが、私にとって孝志は息子も同然の存在となっている……本当に可愛くて仕方ないのだ。
──そしてそんな日々が17年ほど続いた頃、その瞬間が訪れた。
孝志が光に呑み込まれてあちらの世界へと転移してしまったのだ。
本当になんの因果だろうか……
私は突然の事で対処が出来ず孝志をこの世界へ来させてしまった事を悔やむと同時に、孝志には本当に悪いが少し嬉しくもあった。
この世界に来たという事は、孝志に姿を見せる事が出来る……触れ合う事が出来る……ようやく孝志に自分の存在を認識させる事が出来る様になったんだ……!
ああ、本当に嬉しかった。
孝志が寝静まったタイミングで実体化した私は、何度も孝志の頭を撫でた。これまで観てるだけで触れる事が出来なかったのだから、今は夢の様なひと時を堪能していた──
──────
孝志がこの世界に訪れてから四日目。
ずっと孝志に触れられる様になっていたが、来たばっかりの孝志を混乱させない様に配慮して、未だ姿を見せずに居た。
──だが良い加減に我慢出来なくなった私は、四日目なら流石に慣れてるだろうと強引に解釈して孝志と対面する事に決めた。
いつもの様に寝顔を眺めていたが、今日はいつもより早くに起きてしまったので思う存分寝顔を眺める事が出来なかった。
多分いつもより早く起きたのは、あの橘雄星のせいだろう……クソ野郎が……
少し予定は狂ってしまったが、それでも当初の予定通り孝志と対面を果たす事ができた。
──それから沢山の会話をした。
これまで一切話す事が出来なかった鬱憤を晴らすかの様に喋り掛けた。
弘子が若い時にしていた互いを悪態つき合う会話。
弘子が歳をとって落ち着いてからは無くなってしまったヘンテコなやり取りを孝志とした。
私は嬉しくて昔の様に滅裂な口調で喋り続けた。
そして何よりも嬉しかったのが──
『名前を愛称で呼んでいいか?……例えば、アルティメット・マスターズ・スペシャルだから、それぞれの頭文字を取って【アルマス】なんて呼ぶのはどうだ?』
と言ってくれたこと。
そう、弘子が私に付けてくれたのと同じ名前を、しかも全く同じ言い回しで孝志が私に付けてくれた。
思わず大喜びしてしまったので、誤魔化すのが大変だった……私は名前を付けられた程度で喜ぶ様なチョロい女ではないと思わせなければ。
そして私には全部で4つの能力があるのだが、あえて第4能力【アルティメット・マインド】だけは教えず、能力は全部で3つだと嘘を付いた。
弘子を不幸にしてしまったこの第4能力の存在は、孝志には言わないつもりだ。
それでも、もし教える事が有るとすれば、本当の本当に追い込まれた時だけ……そうで無ければ教える事は無い。
一度発動してしまえば、向こうの世界へ帰る可能性が殆ど無くなってしまうからだ。
もう、弘子の時みたいな失敗は二度とごめんだ……
当然だが、いろいろ話しても私が一方的に孝志を思っていただけで、孝志は初対面な反応だったのが寂しかった。
───────
ついさっきの戦闘で疲れて眠ってしまった孝志の寝顔を眺めながら、私はある事を考えていた。
今はあの能力を解放していない。
だから女神様に会うことが出来れば、この子と元の世界へ帰れる事も出来るだろう。
まずは女神様に会う方法を探さなければ……
ティファレト様はこの世界の住人が思っている程冷たい人物では無いと私は知っている。
弘子……今日はダメだったけど、これからは何としてもこの子を守り抜くから観ててね?
他の何よりも可愛いこの子を、私は大切にしていくからね。
──そして私は胸の中で眠ってしまった愛しい我が子を強く抱き締めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
第4能力 《アルティメット・マインド(究極精神》》
マスターに対し僅かでも精神に干渉を及ぼす異能は全て無効化する能力。
どんなに高ランクな魔法や、スキル、呪い、奇跡に匹敵する程の力であっても一切受け付けない。
そして、この能力は一度発動してしまうと二度と能力を解除する事は出来ない。
ただ唯一、自身が所有しているスキルとアルティメット・マスターズ・スペシャルの他の能力は対象外である。
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