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1章 五人の勇者
明確な敵
しおりを挟む──酷い目にあった……
アリアンさんとの訓練で疲弊した俺は、廊下を歩いて宮殿の食事場へ向かっていた。
身体の傷はついさっき回復魔法により完治したのだが、身体の傷は癒せても心労はそのまま……つまり辛いのである。
……心の傷を癒して下さい。
アリアンさん的には、身体の傷は治るから大丈夫だと思ってる節があるので、人の心を持ち合わせていないアリアンさんには心労など理解できないだろう。
因みに結構な傷を負ったが橘ほどやられていない。
それに、橘の場合は一方的にボコられての傷だが、俺の場合は訓練による傷…明らかに質が違うのだ。
「お疲れ様です、孝志様……貴方は本当に良く頑張りましたよ…逃げ出さず良く最後まで頑張りました」
「うぅ…ありがとうございます」
心労で疲れ果ててた所為もあり、ダイアナさんの優しい言葉に泣いてしまいそうになる。
一応はメイドとしての務めなのだろうが、待ってくれて居たのも心情的に嬉しい。
……まぁ逃げなかったんじゃなく、怖くて逃げる勇気が無かっただけなのは言わなくていいな!
そして、ダイアナさんと他愛もない会話をしながら食事場へと続く廊下を歩いていると、前方からとある集団がこちらとすれ違う様に歩いて来るのが見えた。
……殆どが鎧で着飾った兵士である。
一応は勇者である俺に対し皆が礼をとってくれる中、高価そうなドレスを着飾った女性が前に出て声を掛けてきた。
「あら?貴方は確か勇者の…」
現れたのはマリア王女の姉で、確か名前は…………なんとか王女だった。
てか、うわっ…ガチの厄日だな今日は、この人も絶対まともな人じゃないからな。
名前だけはちょくちょく聞くが、何気に話すのは今が初めてだ。
彼女に関しては良い話は一切聴かないし、話をする前から凄く不安なんだけど?
そして自分を守ってくれている兵士達を押しのけてまで前に出てきた彼女は、明らかに見下した様な表情を浮かべてこちらを見ていた。
彼女は今は心労により酷い顔をしているであろう俺の顔を見て一言こう言った。
「酷い顔ね……さしずめ、雄星の引き立て役として呼び出されたところかしら?無様もいいところね」
「……申し訳ございません、第一王女さま」
マジで殺意が沸くんだけど?
けど目の前のなんとか王女がどこまで話が通じる相手なのかまだ解らない。
もちろん会話としての話が通じない相手なのは、今の一言で解り切っているが、いきなり牢獄に入れてきたりする相手かも知れない。
実際に見た感じそういう事をしそうな相手だ。
俺は彼女の様子を窺いながら逆なでしない様、慎重に言葉を選んで無難に返答した。
……つーか誰が橘の引き立て役だ、こら。
一番腹たったぞ?
とりあえず今まで磨いてきた我慢力を活かしてここは聞き流そうか、気が済んだら何処か行くだろうし。
「こんな時間にこんなところを移動して……遊んでいるのかしら?ステータスも低いですし、遊ぶ暇はないと思うのだけど……どこまでクズなのかしら?」
はんっ安っぽい挑発だぜっ!余裕で耐えられるからなっ!…………このクソ女がっ!
ふぅ~、まぁ心で罵倒すれば我慢できそうではあるな……と思っていたのだが──
──付き添ってくれていたダイアナさんの方は我慢出来なかった様だ。
「お言葉ですが、ネリー王女様。孝志様は決して遊んでいた訳ではございません。この時間に食事場へ向かっているのは、こんな時間まで修練に励んでいたからなのです」
ネリーか、ネリーと言うのかこの女は!
そういえばマリア王女がそんな名前を言ってた気がするが忘れてしまっていた様だ。
そしてダイアナさんは優しさによる年相応のお節介として、俺の為に言ってくれたのだろう…ダイアナさんは本当に優しい人だな。
……ですけど、目の前に居るネリーに対しては悪手だと思いますよ?
「年老いたメイド風情がっ!私に意見するんじゃないわよっ!」
案の定、ネリーはダイアナさんに対して激怒した。
ここまでキレられる様な事は言ってないぞダイアナさん…
言われたダイアナさんもまさかここまで激怒されるとは思っていなかったのだろう。
恐らく、普段はあまり接点が無いのかもしれない。
怒鳴られたダイアナさんは直ぐに跪き、謝罪の意を見せるがネリーは止まらない。
「跪けば許されると思って!?ただで済ますと思っていないでしょうね?!貴女には──」
激昂したネリーはダイアナさんへの罰を言い渡そうとするが、最後まで言わせるつもりは無かった。
「一つお伺いしたい事がございますが、発言よろしいでしょうか?」
「……貴方如きクズに、そんなもの許す訳ないでしょ?」
話を遮られた彼女は、孝志に対して先ほどまで以上に侮蔑の目を向けるのだった。
「有り得ない話ですが…ここで私がネリー王女様に無礼な事を口にした場合、私はどうなりますか?…牢へと入れられますか?それとも処刑されてしまいますか?」
「発言は許さないと言ったでしょ?…まぁいいわ。貴方は残念ながら勇者よ…最低だけどね。私に暴力を振るうなら話は別だけど、暴言程度ならそんな事にはならないわ…だから安心なさいヘタレさん」
恐らく彼女は俺が誤って無礼を働き、それで罰せられるのを恐れているからこんな事を聞いてきたと思ったのだろう……ヘタレ呼ばわりまでしてきた。
「そうですか…それでは……」
俺は覚悟を決めると腹の中に溜まった憎悪を吐き出す様に彼女に言った。
「ブローノ王子やマリア王女を見習ってはどうですか?……第一王女のなんとかさん」
「…………はぁ?」
最初は何を言われたか判らなかったのだろうが、次第に理解し始めたネリーはワナワナと肩を震わした。
「……もう一度……言ってごらんなさい?」
「ブローノ王子やマリア王女を見習ってはどうですか?……もう一度言いましょうか?」
バチンッ!
言い終えたところでネリーは俺の頬にビンタをかましてきた。
正直痛いが、アリアンさんとの訓練とは比べるまでもない。
「王族相手に、この無礼者がっ!」
「王女様も、勇者相手に無礼ですよ?」
俺の買い言葉を聞いた彼女は、もう一度ビンタをしようとするが、周りの兵士がすかさず止めに入る。
この場でも、ネリー以外はきっちり俺の事を勇者と思ってくれているらしく、先ほどのビンタを許したのは突然の事で間に合わなかっただけの様だ。
「貴方!どうなるか解ってるんでしょうね!?この私にそんな事を言って、どうなるか解っているのでしょうね!?答えなさい!!」
興奮している彼女は、兵士に止められながらもヒステリックな叫び声でまくし立てて来た。
…流石に守られてる状況ではあるものの、これ以上は挑発しない方がいいだろう。
俺は何も言わず形だけの礼をして、その場をから去るのだった。
─────────
我ながら柄にもない事を言ってしまったとは思う。
事なかれ主義の自分らしくないと本当に思っているが、これでダイアナさんに向いていた怒りの矛先が自分に向くのならそれが良い。
この世界に来て誰よりも親切にしてくれた人なのだから、危ない時は助けたい。
結局、ダイアナさんに与える罰を言わなかったのでこれで大丈夫だろう。
──後でクソ王女が何かして来ても、マリア王女やブローノ王子に頼んだら助けてくれるだろう、多分。
ネリーが見えなくなる場所まで移動した瞬間、ダイアナさんが俺に片膝をついて謝って来たが、俺は気にしないでくれと彼女を宥めるのだった。
恩着せがましくするつもりは無かったが、ダイアナさんには自分の為に働いてくれた無礼だと解っていたらしく、ひどく申し訳なさそうな表情だ。
その後、ダイアナさんと食事場に到着し、胃がムカムカする様な疲労感を感じながら食事を済ませるのだった。
ふぅ~、今日は色々ありすぎてつくづく思うのだが…
……俺はこの世界で本当に上手くやって行けるのだろうか……?
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