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第一章
3. 家庭薬草園
しおりを挟む外から裏手に回り、私は旧館の後ろに作った自分のプライベートスペース用(洗濯物干したりする)の庭にある薬草園に訪れた。
薬草は魔術薬を作るのにとても大切なものだ。土台となる液体の調合に使う薬草なら自分で育てることができるので、ストックは欠かさずにしている。
干したり、すり下ろしたり、刻んだり、煮込んだり、工程は薬によって変わってくるから多くて困ることはないのだ。
「あ、いい感じに……」
茶色のプランターの前にしゃがみ込んでいい感じに青く色づいた薬草に触れる。あと二、三日といったところかな。
ここは森の中だが薬草園や畑が荒らされることはない。この土地を買い取ったとき、初めに森の長に挨拶をしたので、こちらから危害を加えないかぎり荒らしてこない。
それに魔女は動物と話すことができるからね。
話すといっても彼らが言葉を発するわけじゃなくて、こう伝えたいんだろうな、と汲み取ることができるんだけど、森の長に挨拶をしたとき彼らから敵意も感じなかったし。今度また採れた野菜のおすそ分けにでも行こう。
「一枚、二枚、三枚、四枚」
魔術薬の練習に使用する薬草をプチプチと抜いていく。この収穫作業もけっこう楽しい。思わずいつも必要以上に抜いてしまうのは秘密だ。
今日は新鮮度の高い薬草を使った魔術薬を作ろうと思うので、量はこれくらいで充分だろう。
そのあと他の薬草の様子を一通り確認し終えて、次に私は畑へと移動した。
最初の頃よりも随分と立派になった家庭菜園。
こちらも問題なく成長してくれているようで満足だ。でも、お客さんが一週間にぽつぽつと泊まりに来てくれるぐらいの今の寂しい状況だと困りもんである。こんなに大量では私と師匠の二人で消費するのは不可能だと思う。
師匠の大好物のキュウリは他の作物に比べて減りは早いけれど、それでも余ってしまうのだ。
また街に売りに行こうかな、箒で行けばひとっ飛びだし。
キュウリを十本もぎって籠に乗せた。
これぐらいあれば師匠も満足するだろう。
ついでに成長の妨げになる雑草を引っこ抜くことにした。
薬草園もそうだけれど、この大きさの畑を枯らさずに管理できるのは魔女術のおかげだと思う。水も広範囲で撒けるし、土も均等に耕すことができた。
でも、あまり頼りすぎると体力が落ちるからやれるときは自分の手ですることにしている。それに今……暇だしね、はは。雑草を引っこ抜くだけの時間はあり余っているのでね、へへへ。
それから黙々と雑草を抜いていると、近くの木の幹から一匹のリスが降りてきた。
スンスンと鼻を動かしながら足もとにまで寄ってきたリスに、私は小さくお辞儀をする。
「こんにちは。良かったらどうですか? 今収穫したばかりなんですよ」
リスの前に置いたのは、二十日大根もどきの野菜。見た目はまんま二十日大根だが、この世界アースでは別の名前がある。キュウリはキュウリなのにね。
「え、こんなに立派なものをいいのかって?……あははは、どうぞどうぞ」
リスからしたら二十日大根は大きい部類の食べ物なのだろう。嬉しいのかヒゲをひょこひょこ動かしていた。
リスと世間話を挟みつつ、また雑草を抜いていく。
私の手元をうろちょろと移動するリスが可愛すぎてニヤニヤとしてしまう。まさか動物と話せるとは思ってもみなかったから数多くの種類の動物と話せるのは楽しい。彼らは本当に賢く、礼儀を弁えない魔女や、気に入らない魔女には自分の意思を伝えようとはしないのだ。魔女は誰しも動物と話せる力は持っているけれど、彼らが口を開かなければ会話は成立しない。
まあでも、今の時代の魔女は私と妹のリリアンだけだけど。
あと動物と意思疎通しやすいのは、亜人と獣人かな?
冒険者街には亜人の冒険者も多くいるが、彼らは自分たちの『相棒』を隣に連れている。
犬の亜人だったら犬を相棒に、猫の亜人だったら猫を相棒に連れていた。私からしたら和む光景なんだけど、未だに不穏な空気をただよわせている種族関係じゃ街の人間もあまり良く思えないらしい。
だから冒険者街も亜人と獣人が泊まれる宿屋は少ないし、二種族は扱いづらく、色々と手間がかかり面倒という理由で亜獣人(二種族を合わせた略称)お断りの紙を貼っている宿屋も多い。
……こればっかりはしょうがないんだろうなぁ。この世界の人間からしたら自分たちより身体能力の高く、普通の人間の力では敵わない亜獣人たちを恐れるのは普通だということも、昔の戦争の影響で年齢があがるほど獣の血が混じった種族を毛嫌いする人間が多いことも、仕方がないのだろう。
亜獣人たちも好き好んで人間と関わりを持とうとはしない。冒険者街の北側は亜獣人のみで成り立ってるぐらいなのだ。それでも宿が足りずあぶれた亜獣人は野宿をしていると小耳に挟んだし、国も無理に仲良くさせる気はないように思える。
レリーレイクを含め、点在する諸島は人間の王様が統治しているリュアーシ王国の一部なので、街でも強気に人間様だぞと大きな顔をふる者がいるというのも良くない風潮だ。
「月の宿は亜獣人も関係ないですよ……相棒の動物も大歓迎ですよぅ……なんせ前のペンションもペットオーケーだから……」
冒険者街からそんなに離れていないし、いいと思うんだが。ちょっくらコンビニに行ってくるぐらいの距離だ。
それでも客足が少ないのは、やっぱりアレが近くにあるからだろうか。
『ルナン、ルナン』
「……え、なんて?」
そこで一度、己の思考を停止する。
ちょろちょろと動き回っていたリスが、何やら私に訴えかけていたからだ。
「魔窟に冒険者が入って騒がしい? 珍しいですね。かなり強い冒険者なのかも」
ペンション『月の宿』がある森の反対側には、冒険者街から一番近いダンジョンが存在する。
アリの巣のような作りをしたダンジョンは、下へ進めば進むほど魔物が強くなっていく。しかも部外者が通った道はそこに住み着いている魔物が崩したり、壊したりして二度と通れないようにするため、奥に進めても来た道を戻ることができないという恐ろしいデスダンジョンになっていた。
奥へ進むたび魔物の討伐ランクは上がっていき、第一層目でも魔物の強さは半端ない。一体全部で何層あるのかは確認されていないらしいが、鉱物や採取される物の質が良いという。
そんなダンジョンが森から一キロも離れていない場所にあるので、余計に人が寄り付かないのかもしれない。
だからこれまで泊まってくれるのは、冒険者街から反対方向の街道から通りかかった旅の冒険者とか、この辺で簡単な薬草を摘みに来た人たちぐらいなのである。
「保護の術を森に張っているから、間違って魔物がダンジョンから出てきても心配入りませんよ……とか、言えないもんね」
安全のためにも皆、冒険者街に泊まるのだろう。
魔女術の一つである保護の力でこの辺が魔物に脅かされる心配はないけれど、そんなこと話せるわけない。
ここへ泊まりに来るのは、何も知らない冒険者か、怖いもの知らずの冒険者か、腕っぷしの強い冒険者。
「ここまで魔物は来ないと思うから大丈夫。でも念のため、保護の術を強めておきますね」
魔物に怯えた様子のリスの顎を指で撫でる。
人間でも怖いのだから、こんなに小さな存在では震え上がるのも当然である。
保護の術の存在にリスは安心したのか、私があげた二十日大根を持って自分の住まいへと帰っていった。
「よし、そろそろ私も戻ろう」
私は採取した薬草と収穫したての野菜を抱え、ロビーへと小走りで戻った。
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