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第1話

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大きな国土を有し、国全体が華々しい雰囲気に包まれているアルカ王国。
この国をそのような雰囲気にさせている要因はいろいろとあるものの、その何よりの理由はこの国の頂点に立つ王子にあった。

「本日の王室会議はこれにて終了とする。みんな、ごくろうだった」
「「はっ!」」

美しく端正な顔立ちと、スラッとした長身の体型。
頭を囲う髪の毛は銀色に煌《きら》めき、男性らしい勇ましさと力強さを感じさせる。

「今日もお美しい…」
「容姿だけじゃないぞ?頭脳も明晰《めいせき》で気遣いも最上級…。大げさでなく、完璧なお方と形容するにふさわしい…」
「あぁ…まったくだ…。うちの娘が結ばれてくれたらこの上ない喜びなのだが…」
「やめておけ。国中の女性陣を敵に回すことになりかねないぞ?」
「た、確かに…」

王室に集められた貴族家の者たちが、口を合わせて第一王子の事をほめたたえる。
一般の者に比べれば彼らもまた高い地位にいる人間であり、それこそ容姿や能力に秀でた人間は見慣れてきた立場ではあるものの、そんな彼らの目にも第一王子はまぶしく映っている様子だった。

そんな彼らの目に映る人物の名は、ノーレッド・トレイク。
まだ22歳という年齢でありながら第一王子のイスに座り、若さを感じさせないオーラと確かな政治手腕を発揮する、まさに理想の王子であった。

そんな完璧な彼ではあったものの、たった一つだけ、致命的ともいえる大きな弱点があった…。

――――

コンコンコン
「ノーレッド様、アルデーヌ侯爵様のご令嬢であらせられます、リリア様のお姿がお見えです」

自室で椅子に座り、机に向かっていたノーレッド。
そんな彼の耳に、聞きなれた男性の声が届けられる。
扉の外から聞こえてきた声の主は、ノーレッドの秘書をしているレブル。
ノーレッドは自身の心を落ち着かせ、軽く深呼吸を行ったのち、努めて冷静な口調で言葉を返す。

「分かった。お通ししてくれ」
「はい。失礼します」

レブルのその言葉とともに部屋の扉が開けられ、それまで壁を隔てて会話をしていたレブルとノーレッドは対面を果たす。
その後、レブルに促される形でリリアがその姿を現し、ゆっくりとノーレッドの待つ部屋の中に足を踏み入れる。

「では、私はこれで」
「あ、あぁ」

リリアが部屋の中に入ったのを確認し、レブルは部屋の扉をゆっくりと閉める。
ゆえにこの部屋にいるのは、ノーレッドとリリアの二人きりとなる。

「はじめましてノーレッド様。私、侯爵を拝命しているアルデーヌの娘であります、リリアと言います」

リリアは丁寧にそう言葉を発しながら、自身の手で上品にスカートを折り、ノーレッドに挨拶を行う。
その姿はまさに美しき貴族令嬢といった雰囲気を醸《かも》し出しており、ノーレッドとの距離を縮めるための気合の入りようを示していた。

「よ、よろしく……」

そんな彼女に対し、ノーレッドはどこか弱弱しい雰囲気でそう言葉を返した。
…視線もどこか宙を舞っている彼を前にして、リリアは不思議そうな表情を浮かべる。

「あ、あの…ノーレッド様?どうかされましたか?」
「い、いえいえ!大丈夫です!さ、さぁさぁ、どうぞこちらに!おいしい紅茶を入れておりますので!」

リリアがこの場に現れてからというもの、一度たりとも彼女と視線を合わせることなく、それでいてどこかたどたどしい口調でノーレッドはリリアをエスコートする。
そんな彼の事をリリアは変わらず不思議そうな表情で見つめていたものの、それでも憧れのノーレッドと二人で同じテーブルに向かい、紅茶を口にすることができるという事にうれしさを感じ、その頬に笑みを浮かべていた。

ノーレッドに案内されるがままに、用意されていた高級な椅子に腰かけるリリア。
二人の間に用意された机は比較的小さく、手を伸ばせば座ったままにもう一方の体に触れてしまえそうだ。
リリアは机を挟んでノーレッドに向き合うと、うれしそうな口調で会話を始める。

「改めましてノーレッド様、本日はこのような場所にお呼びいただき、本当にありがとうございます」
「い、いえいえ…。ほかでもない、アルデーヌ侯爵様からのお願いですから…」

この日、ノーレッドはアルデーヌ侯爵からある頼みごとを受けていた。
というもの、ノーレッドの第一王子としてのこれまでの歩みをリリアに話してあげてほしいと言われていたのだった。
…しかしもちろん、侯爵の狙いがそれだけであるはずがない。
あわよくば二人の間に既成事実を作り、ノーレッドとリリアをくっつけようという算段であった。
当のリリアも非常に乗り気であり、ノーレッドの心を勝ち取るべく非常に気合を入れて今日という日を迎えていた。

「お父様の?」
「ええ…。侯爵様にはい、いつもお世話になっていますし…」
「…本当に、それだけですか?」
「…?」
「ノーレッド様…。ここには私たち以外に誰もいません…。誰に気を遣う必要も、気持ちを隠す必要もありません…」
「…っ!?」

…リリアは上目遣いにノーレッドの事を見つめると、ゆっくりと自身の手をノーレッドの方に伸ばしていく…。

「私は隠すことはしません…。ノーレッド様、私はずっとずっとあなたの事が…」

リリアの伸ばした手がノーレッドの元まで届き、互いの手が触れあったその瞬間…。

「あなたの事が!」
「あぁぁぁ!!!」
「っ!?!?」
「………」
「…ノーレッド様??」

…その瞬間、ノーレッドはバタンという音とともに、机の上に体を突っ伏して倒れた。
あまりに突然の出来事に、リリアは一体何が起きたのか理解できない…。

「だ、大丈夫ですか??ノーレッド様??どうなさったのですか??」
「な、なにがありましたか!?」

リリアが大きな声を上げたことを不審に思ったのか、それともこうなることを予見していたのか、レブルが勢いよく部屋の扉を開け、二人のもとに駆け寄った。

「きゅ、急にノーレッド様がお倒れに…!だ、大丈夫なのでしょうか…!」

目の前で起きたことが信じられないのか、リリアは少しパニックになっているような様子。
それに対してレブルは、まるで同じことをなども何度も経験しているかのような冷静さでこう言葉を返す。

「…ここのところお休みもとられず、働きづめでしたから…。きっと疲れがたまっておられたのでしょう…」
「そ、そうだったんだ…」
「リリア様、大変申し訳ありませんが、今日の所はこれで…。ノーレッド様も大変にお疲れのようですので…」
「わ、分かりました…。そうですよね、無理はできませんものね…」

レブルから言われたことを聞き、仕方のないことだとは理解しながらも、目に見えて残念そうな表情を浮かべるリリア…。

「(絶対に心をつかめる雰囲気だったのに……こんなタイミングで過労で倒れられるなんて、私ってなんてついてないのかしら…)」

心の中でそう言葉をつぶやき、リリアは自身の運のなさを呪った。
…しかし実際には、こんなことが起きてしまった事に関して彼女の運は一切関係がなかった。
というのも、ノーレッドを介抱するレブルはこのようなことをその心の中に思っていた。

「(ノーレッド様…。女性に触れられるだけで気絶するなんて、これで何度目か…。いったいこの人はどこまで女性が苦手なのだろうか…)」

そう、何をするにも完璧だと思われている第一王子は、信じられないほどの女性恐怖症だったのだった…。
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