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第13話

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約束の場所から自宅まで戻る帰り道、エリスはほとんど無心でその足を進めていた。
その心の中には、これまでのクライストの思い出や会話が思い起こされ、そのすべてが彼女にとってはかけがえのない記憶たちだった。
クライスに別れを告げたからといって、すぐにそれらの思いとお別れなどできるはずもなく、エリスはただただ自身の心の中に沸き上がる気持ちを無理矢理に封じ込めていた。

――――

「ただいま…」
「お帰り。一体どこに行っていたのかしら?」
「別に…」

屋敷に帰ってきたエリスの事を、マリンはどこかうれしそうな表情で出迎えた。
その時のマリンは、まるでエリスがこれまでどこでなにをしてきたのかをすべて知っているかのような様子であり、その様子を見て取ったエリスは一段と深くその感情を複雑なものとする。

「別にじゃないでしょう?あなたはもうリーウェル様の婚約者なのよ?勝手なことをされては困るのだけれど?」
「お友達に会っていただけ。それくらいならいいでしょう?」
「あら、本当にただのお友達なのかしら?」
「……」

妙に得意げな表情を浮かべながら、エリスに対してそう言葉を発するマリン。
エリスはまるで自分の思いをからかっているかのようなマリンの態度に対し、少しづすその感情をあふれさせていく。

「お母様、何が言いたいの?」
「私があなたに言いたいことはひとつだけよ。あなたの事を幸せにしてくれるのはこの世にただ一人、リーウェル様だけなの。もしもあなたが彼以外の男の事なんて考えているのなら、そんな愚かな考えは捨てなさい?一時の感情に身を任せてしまっていたら、いずれ必ず後悔することになるわよ?」
「(一時の感情に身を任せているのは、一体どっちだか…)」
「まぁ、あなたはまだ若いから分からないかもしれないけれど、時期に分かるようになるわ。どっちの言っていることが正しかったかという事がね」
「…」

マリンはエリスにそう言葉を告げると、そのまま彼女の前から姿を消そうとしていく。
その最中、わざとらしく思い出したかのような演技をしながら、マリンは自身が持っていた一枚の紙をエリスの前に差し出した。

「そんなあなたに、渡さなければならないものがあるわ。あなたが手に持っているそんな安っぽい絵なんかよりも、よっぽど価値のあるものをね」
「…!!!」
「それじゃあ、に備えてゆっくり休みなさい」

そう言葉を発した後、マリンは今度こそエリスの前から姿を消していき、自らの部屋がある方向を目指してその姿を消していった。
その場にポツンと一人残される形となったエリスは、マリンから手渡された紙をゆっくりとその手の中で広げ、その内容に目を通す。
…それは、リーウェルから彼女に向けて書かれた手紙であった。

『時間があまりないので、大事な事だけ伝えさせてもらう。君と僕の婚約式典の日時が決定した。会場は貴族たちが式を挙げるとき御用達の大聖堂。当日は数えきれないほどの関係者たちが参加することだろう。せっかくこの僕が気に入ってやったんだから、せめて僕に恥をかかせることのないように身なりを整えておいてくれたまえ。女性は少し体重を絞るのにも長い時間をかけるのだろう?僕なりの気遣いをもってその準備期間を与えることとしたのだから、きちんとその期待には応えてくれたまえ。回りくどくなってしまったが、僕はそれくらいに君の事を気に入っているのだ。本当ならあの日、君と美しい王都の夜景を見ながら体を重ねて愛し合いたかったのだが、多忙である身ゆえ、それを実現させることが叶わなかった。しかし、それは君とて同じ思いのはず。この僕にいつ抱かれても恥ずかしくないだけの準備もまた、同時に進めておいてほしい。では。』

…美しいクライスのイラストとはまさに正反対と言える、嫌悪感しか感じられないリーウェルのその手紙。
横柄《おうへい》な言葉に加えて、一方的に彼女の事を見下すかのような内容、そして生々しいばかりの下品な誘い文句。
そんな内容を見せられて何も感じるなという方が、無理な話だった。

「…!!」

エリスは手紙を読み終えると同時に、やるせない思いをその心の中に沸き上がらせ、そのままその場から駆け出して自室まで突き進み、勢いよく扉を開けて中に入る。
そして強く部屋の扉を閉め、そのまま閉じた扉に自身の背中をくっつけ、ゆっくりと体を下ろし、お尻を床に着地させる。
エリスは力なくその体を脱力させると、泣きだしそうな思いをその胸の中に抱きながら、心の中でこう言葉を漏らした。

「(クライス…。本当にもう会えないのかな…。お別れの言葉を言わざるを得ない状況だったから無理に告げちゃったけど、もう本気にしちゃったかな…。あんな乱暴な言い方しちゃったから、きっともう私の事なんて嫌いになってるよね…)」

エリスは膝を抱える形で顔を伏せると、その両目に大粒の涙を浮かべていた。
クライスとの関係の終わりが、他ならぬ自分の言葉によってもたらされてしまったということを思い起こし、彼女はただただ彼との様々な思い出をその胸の内に思い起こし、自分の気持ちを慰めるほかなかった…。
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