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第8話
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「本当に私、結婚するんだ…」
昨日の食事会から一夜明け、自室に備え付けられた窓から外を見つめながら、エリスは小さな声でそうつぶやいた。
その声色はどこか、自分の思いをあきらめたような、運命を受け入れる覚悟を決めたかのような、非常に不思議な感情を感じさせる。
するとエリスはそのまま窓際から離れ、自分の机に向かって歩き始める。
その机には3段の収納棚が設けられているのだが、エリスはその最上段、彼女が最も大切にしている物をしまう場所を開き、その中から1枚の紙を取りだす。
それは、エリスとクライスの二人が初めて会ったあの日、クライスがエリスに差し出したイラストだった。
「クライス…」
そこに描かれていたのは、男女問わず腹黒い考えに渦巻かせる貴族たちの重苦しい社交界の中にあって、一人だけ可愛らしい存在に描かれたエリスの姿だった。
エリスがそのイラストを気に入ったのは、イラスト自体の美しさもさることながら、そこにはエリスが心から気に入っていた、しかし母マリンからは否定されてしまった、あのアクセサリーがきちんと描かれていたところだった。
自分は彼にこう見えているのかと思うと、妙な気恥ずかしさや照れくささが心の中に沸き上がる。
その時エリスは、クライスと二度目に会ったときの事をその脳裏に思い出していた。
――――
「エリス、きちんと挨拶なさい」
「はじめまして、いつもお父様がお世話になっております。娘のエリス・ローメックです」
「おぉ、なんと可愛らしいお方だ。私もこれほど美しい娘がいれば幸せだったのですが」
「またまた、ローネス男爵様はいつもお上手ですなぁ」
「はっはっは!トレイク様も相変わらずなご様子、いやいや実に結構な事です」
…互いに心にも思っていないであろうことを、挨拶代わりに互いに口にする貴族たち。
エリスもまたそんな社交界の中にあって、ひたすらに挨拶に明け暮れていた。
そんな中で、エリスとクライスは再会を果たすこととなる。
「(お父様もお相手様も、うわべだけの会話ばかり…。こんな社交界の何が楽しいんだろう…)」
エリスはうす暗い社交界の雰囲気のために、その気分を憂鬱なものにしていた。
これまでに挨拶を行った相手、これから挨拶を行わなければならない相手、どういった言葉であいさつを行うか、どんな顔で挨拶をするのか…。
そう言ったことが頭の中に駆け巡り、それはそれは大いに気持ちを押し下げていた。
…そしてそのためか、彼女は歩く足元がおぼつかなくなってしまう。
普段なら足をかけたりなどしないであろうテーブルの足に、自分の足をかけてしまったのだった。
「きゃっ!!!」
彼女はそのまま前に倒れる形になり、その体を床に打ち付けてしまう。
幸い見た目上ではけがなどはせずに済んだものの、彼女は自身の右ひざに強い痛みを抱えてしまう。
「(い、痛い…!で、でもここでそんなこと言ったら、雰囲気を台無しにしちゃう…。ど、どうしよう…)」
その姿を横目に見ていたエリスの父トレイクは、小さな声で彼女にこう耳打ちする。
「おいエリス、早く立ちなさい!こんな大勢の貴族家の人間がいる前で自分の娘がテーブルに足を取られて転倒したなど、恥ずかしくてここにおれん!」
「(そ、そんなこと言っても…。ほ、本当に痛くて…)」
「エリス!はやく!」
「(う…うぐ……い、いたい…)」
強い痛みからか、額に大粒の汗をかき始めるエリス。
その時、召し使いの服装をした一人の男性が二人の前に姿を現した。
「大丈夫ですか?ちょっと見せてください。ふむふむなるほど…」
その男はささっとエリスの体を目で見てチェックした後、そのままトレイクに対してこう言葉を発した。
「トレイク様、こちらのお嬢様は少し体調がすぐれないご様子です。すぐそばに治療用の部屋がございますので、しばらくそちらでゆっくり休んでいただくのが一番かと思います」
「い、いやしかし…」
「なにより、このままこの場でお嬢様がうずくまれたままでいるほうが、あなたにとってはよろしくないのでは?」
「わ、分かった…。すぐに運んでやってくれ」
「承知しました」
「ひゃっ!!!!!」
すると、男はおもむろにエリスの体を軽く抱きかかえてみせる。
一瞬のうちに視界が大きく変わったエリスは、最初何が起こったのか理解できなかったものの、少し自分の視線をずらしてみた時、自分がどんな状況にあるのかを理解した。
「(な、なんで!?!?なんで私お姫様だっこされてるの!?!?!?)」
…生まれて初めてのお姫様抱っこに、その心を大いに揺れ動かすエリス。
しかも彼女にとってさらに重要だったのは、その瞳に移る、自分をお姫様抱っこしている相手の顔だった。
「(ま、前髪で目元が隠されてて顔はあんまり見えないけど、この人って絶対…)」
エリスがそう思ったと同時に、男は少しだけ顔を動かし、エリスからだけ見える角度で自分の顔を明かして見せる。
「(♪)」
「(クライス…さん…??)」
エリスの顔を見つめ返し、くすっと笑みを浮かべるクライス。
お姫様抱っこの態勢というのは、互いの顔が自然と近くになるもの。
最初に会ったときにはあまり意識しなかったエリスだったものの、こうして近くで見るとクライスは非常に整った顔立ちをしており、その事がより一層彼女の心をかき乱す。
そんなエリスに対し、クライスは自身の顔をエリスの耳元に近づけ、彼女にのみ聞こえるほどのささやき声で、こう言葉をつぶやいた。
「さぁ、行きましょうか。エリスお嬢様♪」
「!!!!」
昨日の食事会から一夜明け、自室に備え付けられた窓から外を見つめながら、エリスは小さな声でそうつぶやいた。
その声色はどこか、自分の思いをあきらめたような、運命を受け入れる覚悟を決めたかのような、非常に不思議な感情を感じさせる。
するとエリスはそのまま窓際から離れ、自分の机に向かって歩き始める。
その机には3段の収納棚が設けられているのだが、エリスはその最上段、彼女が最も大切にしている物をしまう場所を開き、その中から1枚の紙を取りだす。
それは、エリスとクライスの二人が初めて会ったあの日、クライスがエリスに差し出したイラストだった。
「クライス…」
そこに描かれていたのは、男女問わず腹黒い考えに渦巻かせる貴族たちの重苦しい社交界の中にあって、一人だけ可愛らしい存在に描かれたエリスの姿だった。
エリスがそのイラストを気に入ったのは、イラスト自体の美しさもさることながら、そこにはエリスが心から気に入っていた、しかし母マリンからは否定されてしまった、あのアクセサリーがきちんと描かれていたところだった。
自分は彼にこう見えているのかと思うと、妙な気恥ずかしさや照れくささが心の中に沸き上がる。
その時エリスは、クライスと二度目に会ったときの事をその脳裏に思い出していた。
――――
「エリス、きちんと挨拶なさい」
「はじめまして、いつもお父様がお世話になっております。娘のエリス・ローメックです」
「おぉ、なんと可愛らしいお方だ。私もこれほど美しい娘がいれば幸せだったのですが」
「またまた、ローネス男爵様はいつもお上手ですなぁ」
「はっはっは!トレイク様も相変わらずなご様子、いやいや実に結構な事です」
…互いに心にも思っていないであろうことを、挨拶代わりに互いに口にする貴族たち。
エリスもまたそんな社交界の中にあって、ひたすらに挨拶に明け暮れていた。
そんな中で、エリスとクライスは再会を果たすこととなる。
「(お父様もお相手様も、うわべだけの会話ばかり…。こんな社交界の何が楽しいんだろう…)」
エリスはうす暗い社交界の雰囲気のために、その気分を憂鬱なものにしていた。
これまでに挨拶を行った相手、これから挨拶を行わなければならない相手、どういった言葉であいさつを行うか、どんな顔で挨拶をするのか…。
そう言ったことが頭の中に駆け巡り、それはそれは大いに気持ちを押し下げていた。
…そしてそのためか、彼女は歩く足元がおぼつかなくなってしまう。
普段なら足をかけたりなどしないであろうテーブルの足に、自分の足をかけてしまったのだった。
「きゃっ!!!」
彼女はそのまま前に倒れる形になり、その体を床に打ち付けてしまう。
幸い見た目上ではけがなどはせずに済んだものの、彼女は自身の右ひざに強い痛みを抱えてしまう。
「(い、痛い…!で、でもここでそんなこと言ったら、雰囲気を台無しにしちゃう…。ど、どうしよう…)」
その姿を横目に見ていたエリスの父トレイクは、小さな声で彼女にこう耳打ちする。
「おいエリス、早く立ちなさい!こんな大勢の貴族家の人間がいる前で自分の娘がテーブルに足を取られて転倒したなど、恥ずかしくてここにおれん!」
「(そ、そんなこと言っても…。ほ、本当に痛くて…)」
「エリス!はやく!」
「(う…うぐ……い、いたい…)」
強い痛みからか、額に大粒の汗をかき始めるエリス。
その時、召し使いの服装をした一人の男性が二人の前に姿を現した。
「大丈夫ですか?ちょっと見せてください。ふむふむなるほど…」
その男はささっとエリスの体を目で見てチェックした後、そのままトレイクに対してこう言葉を発した。
「トレイク様、こちらのお嬢様は少し体調がすぐれないご様子です。すぐそばに治療用の部屋がございますので、しばらくそちらでゆっくり休んでいただくのが一番かと思います」
「い、いやしかし…」
「なにより、このままこの場でお嬢様がうずくまれたままでいるほうが、あなたにとってはよろしくないのでは?」
「わ、分かった…。すぐに運んでやってくれ」
「承知しました」
「ひゃっ!!!!!」
すると、男はおもむろにエリスの体を軽く抱きかかえてみせる。
一瞬のうちに視界が大きく変わったエリスは、最初何が起こったのか理解できなかったものの、少し自分の視線をずらしてみた時、自分がどんな状況にあるのかを理解した。
「(な、なんで!?!?なんで私お姫様だっこされてるの!?!?!?)」
…生まれて初めてのお姫様抱っこに、その心を大いに揺れ動かすエリス。
しかも彼女にとってさらに重要だったのは、その瞳に移る、自分をお姫様抱っこしている相手の顔だった。
「(ま、前髪で目元が隠されてて顔はあんまり見えないけど、この人って絶対…)」
エリスがそう思ったと同時に、男は少しだけ顔を動かし、エリスからだけ見える角度で自分の顔を明かして見せる。
「(♪)」
「(クライス…さん…??)」
エリスの顔を見つめ返し、くすっと笑みを浮かべるクライス。
お姫様抱っこの態勢というのは、互いの顔が自然と近くになるもの。
最初に会ったときにはあまり意識しなかったエリスだったものの、こうして近くで見るとクライスは非常に整った顔立ちをしており、その事がより一層彼女の心をかき乱す。
そんなエリスに対し、クライスは自身の顔をエリスの耳元に近づけ、彼女にのみ聞こえるほどのささやき声で、こう言葉をつぶやいた。
「さぁ、行きましょうか。エリスお嬢様♪」
「!!!!」
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