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第4話
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そしてさらに時間は流れ、いよいよリーウェルとの食事会の当日を迎える。
二人が招かれた食事会の場所は、王都の中でも一、二を争うほどメニューが高価な事で知られ、上流階級の人々のみが訪れることを許される、一般の庶民にはまず無縁なお店だった。
「いいエリス、絶対にリーウェル様の機嫌を損なうようなことをするんじゃないわよ?あなたはこれから彼を喜ばせることだけを考えればいいの。分かるわね?」
「……」
「ほら、これでできたわ」
マリンはエリスの後ろから彼女のドレスの支度を行いながら、この婚約を受け入れるよう静かな圧をかける。
エリスはそんなマリンに言葉を返すことはなかったが、彼女自身、この婚約を受け入れる覚悟をその心の中に固めたようだった。
「…お母様、正直に言って。本当はもう私がリーウェル様の婚約を受け入れるつもりだって返事をしているんでしょう?私にはもうこの婚約を拒否することなんてできないのでしょう…?」
エリスはいぶかしげな表情を浮かべながら、背を向けたままマリンに対しそう疑問を投げかけた。
それに対しマリンは、少しの間をおいた後、こう言葉を返した。
「…よかったわねエリス。だって婚約相手は大金持ちの御曹司なのよ?ほしいものは何だって手に入るのよ?そこらの庶民たちを見下す生活を一生続けられるのよ?大きなお屋敷の中で綺麗な服で着飾って、一流シェフの作るおいしい食べ物を毎日食べて、高級なベッドの上で心地よく眠りにつくことができるのよ?それが死ぬまで続けられるのよ?あなたはもう、この世界で最も幸せな女性になったのよ?」
マリンの言っていることは、決して間違いではないのだろう。
その証拠に、エリスにそう言葉を告げているときの彼女の表情は、それはそれはとてつもないほどの悦楽《えつらく》に満たされており、彼女が本心からその言葉を羅列しているという事を物語っていた。
「そう…、それならもういいわ…」
エリスはどこか寂し気に、マリンに対してそう言葉を返した。
そしてそれと同時に、まるで見計らったかのようなタイミングで、一人の人物が二人の待つ屋敷を訪れた。
「マリン様、エリス様、お迎えに上がりました」
「あら、ロンメルさん。いつもごくろうさま」
「恐れ入ります」
二人の元を訪れたのは、リーウェルの秘書として働いているロンメルだった。
…どういうわけか、マリンとロンメルはすでに面識がある様子。
エリスはその事にどこか不信感を抱いたものの、もはやそんなことで婚約に抵抗するほどの気力などは湧いてはこなかった。
「はじめまして、エリス様。私、リーウェル・グランの元で秘書をしております、ロンメル・レンスと申します。本日は主人の命を受け、お二人をお食事の会場までご案内させていただきます」
「は、はじめまして…。よ、よろしくお願いします…」
恭《うやうや》しい口調でそう言葉を発するロンメルの姿は、社長令息の秘書にふさわしいだけの知的な雰囲気を漂わせてはいるものの、エリスの目に映る彼の雰囲気はそれとは異なっていた。
「(なんだかこの人、裏で違う事を考えていそうな気がする…。人を見た目で判断するのはよくないんだろうけど、なんだか怖い…)」
ロンメルに対して直感的に良くない印象を抱くエリスだったものの、それだけで彼の事を否定することなどできるはずもなく、そのまま彼の言葉に従って動くほかはなかった。
「それでは、主がお待ちですので早速出発いたしましょう」
ロンメルは慣れた手つきで二人の事を迎えの馬車まで誘導し、中に乗るよう促していく。
エリスはやや気落ちする感情を抱きながらも、前を歩くマリンの後をおとなしくついて歩いていった。
そして最初にマリン、次いでエリスが迎えの馬車に乗り込み、二人が乗り込んだことを確認したロンメルはそのまま馬車先頭に設けられた、馬を先導するための席に腰かけ、そのまま会場を目指して馬を出発させたのだった。
――――
揺れる馬車の中で、再三にわたってマリンはエリスにこう声をかける。
「とにかく、早く子どもを作りなさいよ。既成事実にしてしまえば、向こうだってっ簡単にはあなたの事を捨てられなくなるんだから」
「これから婚約するっていうのに、もう破局の話…?」
「私はあなたの事を心配して言っているの。あなただって優雅でお金に困らない生活を送りたいでしょう?将来の心配事は少ない方がいいでしょう?」
「……」
「リーウェル様があなたのどこを気に入ってくださったのかはまだ分からないけど、その事は必ず聞き出すのよ?そしてそれを失わないようにするのよ?」
「もうやめてよお母様…。ただでさえ気持ちが滅入ってるのに、そんな話ばかりされたって…」
「のんきなことを言うんじゃないわエリス。私たちが貴族家として恥ずかしくない地位を維持できるかどうかは、あなたにかかってるのよ?これから先、うちが没落して笑われるようなことがあったら、全部あなたのせいだと思ってもらってもいいくらいにね」
「……」
マリンは異常に早口で、それでいてやや迫真の表情でそうエリスに言葉を羅列する。
その雰囲気はどこからどう見ても、この婚約を通じて自分も大金を手に入れ、優雅な毎日を送りたいという思惑がすけすけであった。
「…あら、もうすぐ着くんじゃないかしら?」
マリンは窓の外に移る景色を見て、目的地到着までの時間が近いことを察する。
「いいエリス。今日招かれたレストランは、たとえ貴族であっても手が出ないほどの上流のお店。エリス、絶対に失礼のないようにするのよ?リーウェル様と婚約関係になったなら、ここにだって何度も何度も来られるんですからね?」
「は、はい……」
そこまで二人が会話を終えた段階で、いよいよ目的地のレストランに馬車は到着したのだった。
二人が招かれた食事会の場所は、王都の中でも一、二を争うほどメニューが高価な事で知られ、上流階級の人々のみが訪れることを許される、一般の庶民にはまず無縁なお店だった。
「いいエリス、絶対にリーウェル様の機嫌を損なうようなことをするんじゃないわよ?あなたはこれから彼を喜ばせることだけを考えればいいの。分かるわね?」
「……」
「ほら、これでできたわ」
マリンはエリスの後ろから彼女のドレスの支度を行いながら、この婚約を受け入れるよう静かな圧をかける。
エリスはそんなマリンに言葉を返すことはなかったが、彼女自身、この婚約を受け入れる覚悟をその心の中に固めたようだった。
「…お母様、正直に言って。本当はもう私がリーウェル様の婚約を受け入れるつもりだって返事をしているんでしょう?私にはもうこの婚約を拒否することなんてできないのでしょう…?」
エリスはいぶかしげな表情を浮かべながら、背を向けたままマリンに対しそう疑問を投げかけた。
それに対しマリンは、少しの間をおいた後、こう言葉を返した。
「…よかったわねエリス。だって婚約相手は大金持ちの御曹司なのよ?ほしいものは何だって手に入るのよ?そこらの庶民たちを見下す生活を一生続けられるのよ?大きなお屋敷の中で綺麗な服で着飾って、一流シェフの作るおいしい食べ物を毎日食べて、高級なベッドの上で心地よく眠りにつくことができるのよ?それが死ぬまで続けられるのよ?あなたはもう、この世界で最も幸せな女性になったのよ?」
マリンの言っていることは、決して間違いではないのだろう。
その証拠に、エリスにそう言葉を告げているときの彼女の表情は、それはそれはとてつもないほどの悦楽《えつらく》に満たされており、彼女が本心からその言葉を羅列しているという事を物語っていた。
「そう…、それならもういいわ…」
エリスはどこか寂し気に、マリンに対してそう言葉を返した。
そしてそれと同時に、まるで見計らったかのようなタイミングで、一人の人物が二人の待つ屋敷を訪れた。
「マリン様、エリス様、お迎えに上がりました」
「あら、ロンメルさん。いつもごくろうさま」
「恐れ入ります」
二人の元を訪れたのは、リーウェルの秘書として働いているロンメルだった。
…どういうわけか、マリンとロンメルはすでに面識がある様子。
エリスはその事にどこか不信感を抱いたものの、もはやそんなことで婚約に抵抗するほどの気力などは湧いてはこなかった。
「はじめまして、エリス様。私、リーウェル・グランの元で秘書をしております、ロンメル・レンスと申します。本日は主人の命を受け、お二人をお食事の会場までご案内させていただきます」
「は、はじめまして…。よ、よろしくお願いします…」
恭《うやうや》しい口調でそう言葉を発するロンメルの姿は、社長令息の秘書にふさわしいだけの知的な雰囲気を漂わせてはいるものの、エリスの目に映る彼の雰囲気はそれとは異なっていた。
「(なんだかこの人、裏で違う事を考えていそうな気がする…。人を見た目で判断するのはよくないんだろうけど、なんだか怖い…)」
ロンメルに対して直感的に良くない印象を抱くエリスだったものの、それだけで彼の事を否定することなどできるはずもなく、そのまま彼の言葉に従って動くほかはなかった。
「それでは、主がお待ちですので早速出発いたしましょう」
ロンメルは慣れた手つきで二人の事を迎えの馬車まで誘導し、中に乗るよう促していく。
エリスはやや気落ちする感情を抱きながらも、前を歩くマリンの後をおとなしくついて歩いていった。
そして最初にマリン、次いでエリスが迎えの馬車に乗り込み、二人が乗り込んだことを確認したロンメルはそのまま馬車先頭に設けられた、馬を先導するための席に腰かけ、そのまま会場を目指して馬を出発させたのだった。
――――
揺れる馬車の中で、再三にわたってマリンはエリスにこう声をかける。
「とにかく、早く子どもを作りなさいよ。既成事実にしてしまえば、向こうだってっ簡単にはあなたの事を捨てられなくなるんだから」
「これから婚約するっていうのに、もう破局の話…?」
「私はあなたの事を心配して言っているの。あなただって優雅でお金に困らない生活を送りたいでしょう?将来の心配事は少ない方がいいでしょう?」
「……」
「リーウェル様があなたのどこを気に入ってくださったのかはまだ分からないけど、その事は必ず聞き出すのよ?そしてそれを失わないようにするのよ?」
「もうやめてよお母様…。ただでさえ気持ちが滅入ってるのに、そんな話ばかりされたって…」
「のんきなことを言うんじゃないわエリス。私たちが貴族家として恥ずかしくない地位を維持できるかどうかは、あなたにかかってるのよ?これから先、うちが没落して笑われるようなことがあったら、全部あなたのせいだと思ってもらってもいいくらいにね」
「……」
マリンは異常に早口で、それでいてやや迫真の表情でそうエリスに言葉を羅列する。
その雰囲気はどこからどう見ても、この婚約を通じて自分も大金を手に入れ、優雅な毎日を送りたいという思惑がすけすけであった。
「…あら、もうすぐ着くんじゃないかしら?」
マリンは窓の外に移る景色を見て、目的地到着までの時間が近いことを察する。
「いいエリス。今日招かれたレストランは、たとえ貴族であっても手が出ないほどの上流のお店。エリス、絶対に失礼のないようにするのよ?リーウェル様と婚約関係になったなら、ここにだって何度も何度も来られるんですからね?」
「は、はい……」
そこまで二人が会話を終えた段階で、いよいよ目的地のレストランに馬車は到着したのだった。
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