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第50話
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提示された財政資料を前にして、私たちは黙り込んでしまう。そんな姿を良しとした公爵は、楽しくて仕方がないといった表情で私たちに言葉を発する。
「さて、まずはこの一次支出についてですが、大いに記載に不備がありますねぇ。管理者欄にはソフィア様のサインがございますが、この差額は一体どこへ行ったんですかねぇ?」
「…」
「あらあらお姉様、黙っていては分かりませんわ。何とか言ってくださいませ♪」
「エリーゼ、無理を言ってはいかんよ。反帝国派組織へプレゼントしましただなんて、言えるわけがないんだから」
「あらまあ、これはごめんなさいね、お姉様♪」
「…」
「それでは、こちらの臨時支出の方はどうですかねぇ?こちらも大いに値違いがあるようですが?」
「…」
「くすくす、これはもう決まりじゃありませんの。ねえ、フォルテさん?」
「え?ええ…。確かにこれは…」
「…やれやれ、何か言ってもらわないと話にもなりませんなぁ」
「グロス様、これ以上詰めてはかわいそうですわ。相手は私の大切なお姉様ですもの。彼女も反省しているのだと思いますわ。きっと彼女には自分の罪を償う覚悟があるのだと思います。私たちは彼女の思いを尊重してあげないと♪」
「さすがさすが、エリーゼはなんと優しいことか。…それに引き換えまったく…。シュルツ様には申し訳ありませんが、こんな女性を選ばれるようでは先が思いやられますなぁ。いやそもそも、次期皇帝にふさわしい者はあなたではないのではないでしょうかねぇ?」
「グロス様、私も同じことを考えておりましたわ!私たちの帝国の未来を創る者として、シュルツ様は果たして真にふさわしいのかと」
「くっくっく。エリーゼよ、真に次期皇帝にふさわしい男は誰だと思う?正直に答えてみよ」
「もちろん、グロス様に決まっておりますわぁ!」
「そうであろうそうであろう!それしかあるまい!っはははははは!!!これはもう決まりだな!それじゃあフォルテ、あとは任せる!調査報告書は今日中に書いて皇帝府と法院に提出しておいてくれたまえ」
「…シュルツ様、ソフィア様、よろしいですか?」
「…くすくすくす…」
…あまりにできすぎた話に、私は思わず笑ってしまう。隣に座るシュルツの方に視線を移すと、彼もまた私と全く同じ表情を浮かべていた。私たちは財政資料を握りしめながら、心の中である人物に感服していた。
「…なんだ?何がおかしい?」
私たちの姿が不気味だったのか、途端に顔から笑みが消える上級公爵。
「グロス様、お姉様の無礼をお許しください。きっと私たちに追い詰められて、おかしくなってしまったんですわ♪」
一方のエリーゼは相変わらずだ。その何にも動じない精神は、もはや尊敬に値するかもしれない。
「…グロス様、もういいかな?」
「も、もういいとは…?」
不敵な笑みを浮かべながらそう疑問を投げるシュルツの姿に、一歩気持ちが引き下がっている様子の上級公爵。
「言いたいことは、もう全部言いましたか?それ以上言っておきたいことはありませんか?」
「は、はあ??な、なにを…言って…」
現状は上級公爵側の圧倒的有利だというのに、シュルツに押されているような雰囲気だ。
「フォルテさん!もう調査会は終わりですわ!あんな負け惜しみを聞き届けていては、時間の無駄でしてよ!」
…少し上級公爵が押された雰囲気を見た途端にこの態度だ。どこまで現金な女なのだろうか…
「…シュルツ様、ご説明をお願いいたします」
「っ!?」
しかしフォルテさんはすぐに会を締めろというエリーゼの言葉は聞かず、シュルツに説明を求めた。フォルテさんに導かれるままに、シュルツはすべての答え合わせを始める。
「…それでは、説明させていただきます」
財政資料を突き付けられた時、本当にもう終わったんじゃないかと覚悟した。資料それ自体は、出所不明なところを突けばなんとか言い逃れはできたかもしれないものの、もしかしたらそれ以前に私たちの味方の中に、二人に内通する裏切者がいるんじゃないかと感じたからだ。けれどその心配は、段々と消失していった。
最初に違和感を感じたのは、上級公爵が投げかけてきた質問の内容。それはある人物が、以前私たちに投げてきた質問と全く同じだった。そしてそれを感じたのはシュルツも同じだったようで、二人ともその時の事を思い出すのに必死で、上級公爵やエリーゼの挑発に対してなにも言葉を返さなかった。
次に違和感を感じたのは、上級公爵が告げたこの資料の出所だった。この屋敷の財政資料を入手するのに、皇帝府を当たるのはどこか不自然だ。ここに内通者がいるのなら、その者を経由して手に入れるほうが手っ取り早いはず。
そして決定的なのが、提示されたこの財政資料の作成日だ。この日付は、ある人物が私たちのもとを訪ねてきた日と一致している。私はその人物の顔を思い浮かべながら、思わず言葉をもらす。
「…まさか、ここまで考えていただなんて…」
横目でシュルツのほうを見れば、ついさっき上級公爵が投げてきた質問に、ひとつずつ丁寧に答えていっている。あの日はあの人の問いの前にたじたじだったシュルツが、今日は堂々と論述している。
「一次支出の記載に不備はありません。見かけ上は値にずれが生じているように見えますが、それは補正前の数値と補正後の数値を比べているからです。他に不審だとご指摘のあった箇所に関しましても、それぞれに補正値が」
「そ、そんなはずは…」
反論の余地のないほど的確に論述するシュルツの前に、ますます余裕を失っていく上級公爵。ついさっきまでの勢いはどこへやらといった様子だ。
「なるほど。…確かに、補正の後に検算をすればなんら不備はみられませんね。グロス様、この資料を根拠にソフィア様に反逆の意思ありと追及されるのは、私は無理があるかと思いますが?」
「っ!!」
冷静なフォルテさんの言葉の前に、何とも言えない表情を浮かべる上級公爵。私は再び心の中で、あの人への感謝の言葉を述べた。
「(ロワールさん、本当にありがとうございます!!!)」
「グロス様、これは一体どういう…!?」
ここにきてようやく状況が理解できてきたのか、目に見えて焦り始めるエリーゼ。さすがの彼女の余裕も、ここにきて息切れしてしまったようだ。
…しかしそんな時、部屋全体をある人物の低い笑い声が支配する。
「…ふふ。ふふふ」
私の疑いの根拠となる資料をことごとく跳ね返された上級公爵は、不気味に笑い始める。私もシュルツも、フォルテさんやエリーゼまでもがその状況を理解できず、皆が口をつぐんで公爵を見守る。
「…いいでしょう、わかりました。財政資料はすべての箇所において適切であったと。では…」
続けて公爵が口にした資料の名前に、私たちは一瞬硬直する。
「…総合資産表を見せていただきましょうかな」
…私もシュルツも、ここにいる皆がそれぞれ目を見合わせ、全員が困惑顔を浮かべる。…もう無茶苦茶だ。準備資料に総合資産表なるものの記載はなかったはずだし、告発文書にもそんな資料の名前は全く出ていなかった。私たちはもとより、調査団員の人たちまでもが困惑している様子なのがその証拠だろう。皆を代表するかのように、シュルツが半ば呆れながら公爵に言葉を発する。
「…グロス様、そんなものはありません。…悪あがきはいい加減にして、もう諦めになられ」「それは、」
しかしそのアースの言葉を、彼は乱暴に遮った。
「それはおかしいですね、準備資料の一つとして調査通知書に確かに記載しておりましたが?」
…
…い、今彼は何と言ったの?じゅ、準備資料に記載していた、と言ったの…?
「そ、そんなまさか!?」
私の後ろに待機しながら上級公爵の言葉を聞いていたジルクさんが、急ぎ通知書の内容を再確認する。シュルツも私もすぐに席を立ち、ジルクさんの肩ごしから通知書に視線を移す。…そしてある箇所を見て、皆の表情が凍り付く。
「お、おいおい…」
「こ、こんな小さな文字、気づけるわけ…」
…資料一覧の欄外に、注釈付きの小さな文字で確かに総合資産表の記載があった。文字の大きさからレイアウトまで、全く私たちに気づかせるつもりのない悪意に満ちた記載方法だ。
…焦りを募らせる私たちの表情がうれしくて仕方がないのか、上級公爵は先ほどまでとは打って変わって満点の笑みを浮かべる。
「さあさあ、早くご提出ください。…できないということは、やはり何か隠していることがあるということですなぁ。ぐふふふ♪」
「さて、まずはこの一次支出についてですが、大いに記載に不備がありますねぇ。管理者欄にはソフィア様のサインがございますが、この差額は一体どこへ行ったんですかねぇ?」
「…」
「あらあらお姉様、黙っていては分かりませんわ。何とか言ってくださいませ♪」
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「…」
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「…」
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「え?ええ…。確かにこれは…」
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「グロス様、私も同じことを考えておりましたわ!私たちの帝国の未来を創る者として、シュルツ様は果たして真にふさわしいのかと」
「くっくっく。エリーゼよ、真に次期皇帝にふさわしい男は誰だと思う?正直に答えてみよ」
「もちろん、グロス様に決まっておりますわぁ!」
「そうであろうそうであろう!それしかあるまい!っはははははは!!!これはもう決まりだな!それじゃあフォルテ、あとは任せる!調査報告書は今日中に書いて皇帝府と法院に提出しておいてくれたまえ」
「…シュルツ様、ソフィア様、よろしいですか?」
「…くすくすくす…」
…あまりにできすぎた話に、私は思わず笑ってしまう。隣に座るシュルツの方に視線を移すと、彼もまた私と全く同じ表情を浮かべていた。私たちは財政資料を握りしめながら、心の中である人物に感服していた。
「…なんだ?何がおかしい?」
私たちの姿が不気味だったのか、途端に顔から笑みが消える上級公爵。
「グロス様、お姉様の無礼をお許しください。きっと私たちに追い詰められて、おかしくなってしまったんですわ♪」
一方のエリーゼは相変わらずだ。その何にも動じない精神は、もはや尊敬に値するかもしれない。
「…グロス様、もういいかな?」
「も、もういいとは…?」
不敵な笑みを浮かべながらそう疑問を投げるシュルツの姿に、一歩気持ちが引き下がっている様子の上級公爵。
「言いたいことは、もう全部言いましたか?それ以上言っておきたいことはありませんか?」
「は、はあ??な、なにを…言って…」
現状は上級公爵側の圧倒的有利だというのに、シュルツに押されているような雰囲気だ。
「フォルテさん!もう調査会は終わりですわ!あんな負け惜しみを聞き届けていては、時間の無駄でしてよ!」
…少し上級公爵が押された雰囲気を見た途端にこの態度だ。どこまで現金な女なのだろうか…
「…シュルツ様、ご説明をお願いいたします」
「っ!?」
しかしフォルテさんはすぐに会を締めろというエリーゼの言葉は聞かず、シュルツに説明を求めた。フォルテさんに導かれるままに、シュルツはすべての答え合わせを始める。
「…それでは、説明させていただきます」
財政資料を突き付けられた時、本当にもう終わったんじゃないかと覚悟した。資料それ自体は、出所不明なところを突けばなんとか言い逃れはできたかもしれないものの、もしかしたらそれ以前に私たちの味方の中に、二人に内通する裏切者がいるんじゃないかと感じたからだ。けれどその心配は、段々と消失していった。
最初に違和感を感じたのは、上級公爵が投げかけてきた質問の内容。それはある人物が、以前私たちに投げてきた質問と全く同じだった。そしてそれを感じたのはシュルツも同じだったようで、二人ともその時の事を思い出すのに必死で、上級公爵やエリーゼの挑発に対してなにも言葉を返さなかった。
次に違和感を感じたのは、上級公爵が告げたこの資料の出所だった。この屋敷の財政資料を入手するのに、皇帝府を当たるのはどこか不自然だ。ここに内通者がいるのなら、その者を経由して手に入れるほうが手っ取り早いはず。
そして決定的なのが、提示されたこの財政資料の作成日だ。この日付は、ある人物が私たちのもとを訪ねてきた日と一致している。私はその人物の顔を思い浮かべながら、思わず言葉をもらす。
「…まさか、ここまで考えていただなんて…」
横目でシュルツのほうを見れば、ついさっき上級公爵が投げてきた質問に、ひとつずつ丁寧に答えていっている。あの日はあの人の問いの前にたじたじだったシュルツが、今日は堂々と論述している。
「一次支出の記載に不備はありません。見かけ上は値にずれが生じているように見えますが、それは補正前の数値と補正後の数値を比べているからです。他に不審だとご指摘のあった箇所に関しましても、それぞれに補正値が」
「そ、そんなはずは…」
反論の余地のないほど的確に論述するシュルツの前に、ますます余裕を失っていく上級公爵。ついさっきまでの勢いはどこへやらといった様子だ。
「なるほど。…確かに、補正の後に検算をすればなんら不備はみられませんね。グロス様、この資料を根拠にソフィア様に反逆の意思ありと追及されるのは、私は無理があるかと思いますが?」
「っ!!」
冷静なフォルテさんの言葉の前に、何とも言えない表情を浮かべる上級公爵。私は再び心の中で、あの人への感謝の言葉を述べた。
「(ロワールさん、本当にありがとうございます!!!)」
「グロス様、これは一体どういう…!?」
ここにきてようやく状況が理解できてきたのか、目に見えて焦り始めるエリーゼ。さすがの彼女の余裕も、ここにきて息切れしてしまったようだ。
…しかしそんな時、部屋全体をある人物の低い笑い声が支配する。
「…ふふ。ふふふ」
私の疑いの根拠となる資料をことごとく跳ね返された上級公爵は、不気味に笑い始める。私もシュルツも、フォルテさんやエリーゼまでもがその状況を理解できず、皆が口をつぐんで公爵を見守る。
「…いいでしょう、わかりました。財政資料はすべての箇所において適切であったと。では…」
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「…総合資産表を見せていただきましょうかな」
…私もシュルツも、ここにいる皆がそれぞれ目を見合わせ、全員が困惑顔を浮かべる。…もう無茶苦茶だ。準備資料に総合資産表なるものの記載はなかったはずだし、告発文書にもそんな資料の名前は全く出ていなかった。私たちはもとより、調査団員の人たちまでもが困惑している様子なのがその証拠だろう。皆を代表するかのように、シュルツが半ば呆れながら公爵に言葉を発する。
「…グロス様、そんなものはありません。…悪あがきはいい加減にして、もう諦めになられ」「それは、」
しかしそのアースの言葉を、彼は乱暴に遮った。
「それはおかしいですね、準備資料の一つとして調査通知書に確かに記載しておりましたが?」
…
…い、今彼は何と言ったの?じゅ、準備資料に記載していた、と言ったの…?
「そ、そんなまさか!?」
私の後ろに待機しながら上級公爵の言葉を聞いていたジルクさんが、急ぎ通知書の内容を再確認する。シュルツも私もすぐに席を立ち、ジルクさんの肩ごしから通知書に視線を移す。…そしてある箇所を見て、皆の表情が凍り付く。
「お、おいおい…」
「こ、こんな小さな文字、気づけるわけ…」
…資料一覧の欄外に、注釈付きの小さな文字で確かに総合資産表の記載があった。文字の大きさからレイアウトまで、全く私たちに気づかせるつもりのない悪意に満ちた記載方法だ。
…焦りを募らせる私たちの表情がうれしくて仕方がないのか、上級公爵は先ほどまでとは打って変わって満点の笑みを浮かべる。
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