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第86話

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 クライムやレリアたちがセイラへの仕返し話に花を咲かせ、騎士の城では騎士たちの事をラルクが大きく盛り上げていた一方で、ただ一人その心の中に焦りを隠せない人物がいた。

「な、なぜだ…。これだけいい条件を出しているというのに、なぜアーロンのやつはシャルナをクライムの婚約者にすることを拒むのだ…」

 きらびやかな装飾が施された部屋の中で、立派な机に向かいながらそう言葉をこぼす人物。ライオネル上級伯爵の姿がそこにはあった。
 自身の息子であり、伯爵の位を譲ったクライムと、財閥令嬢シャルナとの婚約話。それをまさか断られてしまうなどとは想像さえしていなかったライオネルだったものの、それでも繰り返ししつこくアプローチをかければいずれはこちらになびくであろうと考えていた。しかしそうはならなかったようで、何度話を持ち掛けても向こうから良い返事をもらうことはできずにいた。

「(…これはなにかおかしい。自分の娘を大貴族の仲間に入れることができるのだぞ?伯爵夫人とすることができるのだぞ?多くの女たちがどれだけ羨望のまなざしで見てくるかわからないんだぞ?なのにそれをどうして断るというんだ…)」

 ここまで断られ続けてもなお、引き下がれない理由がライオネルには二つほどあった。まず一つ目は、財閥令嬢との関係を築き上げることで得られるメリットはかなり大きいためだ。魔獣の一件によって伯爵家には大きな負債がもたらされており、苦しい状況が続いている。しかしそこに財閥が味方になったなら話は別で、絶大な経済力の後押しを受けることができたなら、瞬く間に伯爵家は復活を遂げることが可能となる。悪化させてしまっている騎士団との関係も、財閥のとりなしがあれば改善される可能性は高い。
 そして2つ目は、あれほど偉そうにクライムに対してシャルナとの婚約を持ち掛けておきながら、結局それが実現できずに終わるということを彼のプライドが許さいからだ。貴族としての仕事のできなさぶりをクライムやファーラ、さらにはレーチスに何度も何度も説教しておきながら、自分も仕事ができないのだと彼らから馬鹿にされることが、彼には絶対に受け入れられなかった。

「(…このまま黙って引き下がれるものか…。そういえば、前に二人のもとに話に行ったとき、もうすでに心に決めている相手がいると言っていたな…。ならば話は早い。その男を特定し、婚約が成立する前に始末してしまうだけの事…。本命を失ったなら、向こうは必ず考えを改め、私の誘いに乗ってくることだろう…!)」

 心の中にそう計画を立てながら、ライオネルは不敵な笑みを浮かべる。それは彼にとって起死回生の計画であり、失敗の可能性など全く想像もしていないのだった。
 彼はそのまま一人の使用人を呼び出すと、以下のように命令を下した。

「カタリーナ家のアーロンとシャルナには、すでに婚約に置いて目をつけている相手がいる様子だ。二人の様子を内偵し、その相手を明らかにするのだ。私が知る限り、二人の関係は長らく良いとは言えないものだったはず。しかし前に会いに行ったときは、なかなかに関係を良いものにしているように見えた。おそらくそのあたりに、なにかからくりがあるはずだ」
「はい、承知しました」

 財閥家は貴族家とは異なるため、ライオネルも直接的なつながりは持たない。もしも同じ貴族家同士であったなら、その情報網をフル活用して相手の正体をつかむことも可能だったであろうが、あいにく今回ばかりはこのような手を取るほかなかった。
 そしてそれから数日の時を経て、ライオネルのもとに報告がもたらされた。

――――

「こちらが報告書になります」
「あぁ、ごくろうだった。下がってくれ」

 ライオネルはカリスマ性を前面に出しながらそう言葉を発し、使用人を下がらせた。そこには上級伯爵としての威厳が強く感じられ、相手に圧力をかける雰囲気がかもしだされていた。
 …が、使用人が部屋を出て扉を閉めたのを確認した瞬間、ライオネルはすさまじいスピードで報告書を手に取り、その内容に目をくぎ付けにする。本当は最初からこうしたかったのだろうが、使用人の間でこんなみっともない姿を見せることは嫌だったのだろう。

「なになに……シャルナ・カタリーナがその心を奪われている相手は、ラルクなる人物である…。この男には妹がおり、その名はセイラと呼ばれ、かつてファーラ伯爵と関係を…!?」

 そこまで読んで、ライオネルは確信する。かつてファーラとひと悶着あったセイラ、その兄こそがたった今シャルナの心をつかんでいる王子様なのだと。

「…クックック。どういう因果かは知らないが、これは好都合というもの…。伯爵家に泥を塗ってくれたセイラと、私の計画に泥を塗ってくれたラルク…。二人まとめて蹴散らす何よりのチャンスということじゃないか…。これはもう、神が私に与えたチャンスに違いない…!!」

 ライオネルの心は燃えていた。もともと始末することを計画していたラルクのもとには、一緒にセイラがいるというのだ。どちらも伯爵家に恥をかかせた者同士、まとめて始末するにはこの上ない都合のよさであった…。
 が、なんの因果か彼は同じ道を通ることとなる…。ほかでもない、これまでさんざん見下していた自分の息子たちと全く同じ道を…。
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