上 下
72 / 98

第72話

しおりを挟む
 セイラたちがいつもと変わらない様子でオクトたちと会話をしていたその裏で、伯爵家のレリアはその心を動揺させていた。

「な、なによ祝勝会って…!?」

 騎士の城にて魔獣退治の祝勝会が開催される。その情報を入手したレリアはいらだちを隠せず、その体を震わせていた。

「(…なるほど、どうせセイラね…。自分よりも優れた存在である私の事が気に入らないから、こんな回りくどい方法を使って私の事を攻撃しようとしているんだわ…。ほんと、どこまでも性格の悪い女…)」

 レリアは自身の部屋の窓越しに外を見つめながら、にやりと笑みを浮かべた。

「(…そっちがその気ならいいでしょう。あなたにはいろいろと借りがあるのだから、この際まとめて返してあげることにしましょう。伯爵様の件といいラルクの件といい食事会の件といい、忘れたとは言わせないわよ…?)」

 …もはやレリアの存在はセイラの眼中にもなさそうであるが、あくまでこれは彼女との戦いであると認識している様子のレリア。彼女はその胸に何かを決心したようで、そのまま自分の部屋を飛び出してクライム伯爵の元へと向かっていった。

――――

「伯爵様、少しよろしいかしら?」
「あぁ、レリアか。一体どうした?」

 レリアはややその瞳を潤わせながら、泣きつくような口調で言葉をつづけた。

「…伯爵様、騎士様が魔獣退治の祝勝会をするという話はお聞きになりましたか?」
「あぁ、知っているとも。何を隠そうこの俺も、その会には乗り込んでやろうと思っているからな」
「その祝勝会、きっと伯爵様とこの私を陥れるためのものだと思うのです…。私、辛くて辛くて死んでしまいそうです…」
「レ、レリア…」

 レリアはその雰囲気をそのままに、より悲観的な口調で言葉を続ける。

「…その祝勝会、開くよう働きかけたのはきっとセイラであると思うのです…」
「セイラって…。確か、あのバカ兄貴の元婚約者だったっていう?」
「そうです…。私と彼女はファーラ様が伯爵で会ったときからの付き合いなのですが、私がどれだけ彼女に寄り添おうとしても、彼女は私を遠ざけるばかりか、裏で私の事をひどくけなしていたのです…。ファーラ様もそんな彼女に愛想を尽かして婚約破棄の形になったのですが、どうやらいまだに私の事を恨んでいる様子…。この祝勝会もきっと、私に対する恨みから起こったものに違いありません…」
「……」
「…私たちは招待を受けていませんよね?それはつまり、私たち以外の人間たちを集めて、ありもしない私たちの悪口を吹き込んで回るに決まっています…。そうすることで、私たちを孤立させるつもりなのでしょう…」
「なるほど、な」

 迫真の口調から放たれるレリアの言葉は、彼女に心を許すクライムには大きく刺さった様子。

「確かに、くそまじめな騎士連中がわざわざそんなことをするのは不自然だとは思っていたが…。なるほど、セイラたちはレリアの事を逆恨みしているというわけか…。それでこんな性格の悪いやり口を…。けっ……この俺を相手に、なかなか面白いことを考えるじゃないか…」

 …実際には祝勝会を騎士に提案したのはラルクであり、しかもその動機も伯爵家への攻撃などでなく、ただの下心満載のものだということなど、二人には想像もできない様子…。

「安心するといいレリア。やつらのくだらない思惑なんて、この俺がすべてぶち壊してやるとも。少し自分たちの方がうまく行っているからって、調子に乗ったことを繰り返していたらどうなるか、しっかり教えてやろうじゃないか」

 すっかりレリアに乗せられたクライムの姿を見て、レリアはその心の中でにやりとほくそ笑んだ。

「さすがは私の愛するクライム様…。ファーラ様は全然頼りにならなくて、私の事を一度も守ってはいただけませんでしたので、クライム様にそう言っていただいて私、本当にうれしく思います…!」

 レリアはそう言いながら、クライムとの距離を少しづつ縮めていく。それはやがてゼロとなり、二人はお互いの体を絡ませあい、その存在を確かめ合う。

「すべてあのバカ兄が招いたことだ。やつらだって今まではあんなのが相手だったからうまく行っていただけの事。俺のような本物が相手になったなら、奴らに勝算などひとかけらもないとも♪」
「素敵ですわ、クライム様ぁ♪」

 甘い言葉を吐きながらレリアはクライムの胸に顔を押し付け、クライムもまた彼女の体を自身の胸元へと抱き寄せる。

「…伯爵家に泥を塗るというのなら、お前たちの方を沼に沈めてやるとも…。楽しみにしているんだな…」
「♪」

 クライムの頭の中には、すでにセイラを追い詰める作戦が整いつつあった。それを実現させることで、レリアの心をつかむと同時に、失われた伯爵家の威厳を取り戻そうという考えだった。
 …しかし、その作戦が成功することはないのだった…。これほど自信に満ちていた二人は後に、自分たちでも信じられないほどの羞恥と落胆を味あわせられることになるのだから…。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...