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第56話

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 この状況を見たオクトは、騎士としていろいろと気になることはあったものの、まずなにより自身が大切にする人物の元へ向かった。

「セイラ様、どうしてこんなところに…?」

 もはやオクトは、レリアの言葉はスルーすることとした様子。

「わ、私はあれです!そこで倒れているお兄様と一緒に散歩していたら、たまたまこの状況に遭遇してしまっただけです!(言えない…。お兄様が後先考えずに持ち帰った魔獣がきっかけですなんて、恥ずかしくて絶対に言えない…!)」
「オ、オクト様こそ、どうしてここに??」
「あぁ、依頼があったんだよ。そこにいるレリア様から、伯爵家で魔獣が暴走しているから何とかしてほしいと。…ただこれなら、来るまでもなかったか」
「い、いえいえ!魔獣を相手にして活躍していたお兄様もたった今力尽きちゃったみたいですし、もしもまだ魔獣がいたら私たち大変なことになっていましたから、来ていただけてうれしいです!」
「お兄様が活躍、ねぇ…(笑)」

 セイラの言葉を受けて、珍しくオクトは笑みを浮かべた。普段感情をあまり表に出すことの少ない彼には、貴重な瞬間である。
 魔獣を倒したのは自分であっても、目立つことを嫌うセイラがその功績をラルクに譲ることはこれまでにも何度もあった。今回もまたそうしてほしいというセイラのから目のメッセージをオクトは受け取り、言葉を返す。

「承知した、騎士団ではそのように扱うこととしよう。魔獣の一件を片付けたのは、そこで名誉の負傷をしているラルク様であると」
「はい、よろしくお願いします!」

 いつもと変わらずいい雰囲気で会話をする二人。しかしレリアの目に、そんな二人の姿が面白く映るはずがない。

「あらまぁ、結局ここでも活躍したのはラルク様なのね。それなのにまるで自分が活躍したみたいな言い方をして…。彼と兄妹だからってそんなことができるのは、やっぱり良い性格をしているからかしら?♪」

 セイラの隣でその言葉を聞いていたオクトは、やれやれと言った表情を浮かべながら、心の中につぶやいた。

「(はぁ…。もうなにもしゃべらないほうがいいぞレリア様…。見ているこっちがかわいそうになってくるほどだ…。もはやすべてを話して差し上げたいくらいだが、しかしそれはやめてほしいとセイラ様から言われているし、いったいどうしたものか…)」

 一方、そんなレリアの言葉を聞き、伯爵もまたこの状況について考察を始める。

「(あ、あれ…?魔獣を倒したのはセイラでなく、ラルクなのか…?い、いやいや間違いなく、この僕の目に映った姿はセイラだった!!し、しかしそれならなぜ彼女が活躍したと発表しないんだ…。国中の人々からの尊敬を集められる間違いないチャンスだというのに…)」

 自分が見た、セイラが魔獣を倒す姿は、追い詰められたために見た幻だったのか、それとも本当に彼女が倒して見せたのか…。婚約していたころの気弱なセイラを知るからこそ、伯爵はその可能性を断ち切れないのだった。
 そして答えが出ないままの伯爵のもとに、愛想を振りまくレリアが再び舞い戻る。

「…あぁ、伯爵様の熱が伝わってきます…。ラルク様が助けてくださったのですね、なんと感謝の言葉を申し上げればいいのか…。私、今回の一件でよくよく自分の気持ちがわかりました…。これからもずっとずっと、伯爵様とともに人生を歩んでいきたく思います…♪」

 かつてラルクにフラれたことなどなんのその、自分の偽りの愛情表現に使えるなら、何でも使うというのが彼女のスタンスらしい。

「レ、レリア…。ぼ、僕の事を助けに戻ってくれたのかい…?」
「当然ですわ!私は伯爵様と未来を誓い合った、婚約者なのですから!」
「そ、そうだよね…。ぼ、僕たちは愛し合っているんだものね…」
「はい、伯爵様♪」

 伯爵の首に手を回し、強く強く抱き着くレリア。

「(これでとどめ♪男なんて簡単よ。こうして肌を密着させて、女のにおいを突き立ててあげればもうそれだけで夢中になるのだから♪)」

 …しかし一方でファーラ伯爵は、彼女が心の中に思っていたこととは違うことを考えていた。

「(…果たして、本当にレリアと結ばれることが正解なのだろうか…?か、彼女の事が嫌いになったわけじゃないけれど、本当に彼女は僕の事を愛してくれているのだろうか…?いやそもそも、今の僕は彼女の事を愛しているのだろうか…?)」

 ここにきてついに、伯爵は自分の心に宿るレリアへの愛が、本当に存在するものなのかと疑い始める…。そうとは気づかないレリアは、相変わらず自信満々な雰囲気を醸し出している。この日こそが、レリアの人生が崩壊を始めるきっかけとなる人も知らず…。
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