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第38話

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 オクトから言われた任務を終え、セイラの元から騎士の城へ戻ってきたターナーは、出発の時とは別人なほどにその心を動揺させていた。

「(どうする…。どうすればセイラとの距離を縮められる…?。ま、まずは共通の話題か何かを探すべきなのか…?)」

 魔獣の一件の後にセイラから誘われた屋敷でのお茶会はまったく無難に終わらせてしまったために、なんの進展も実らなかった。ターナーは戻ってきた今になって、そのことを悔いている様子…。

「(もっと踏み込んだことを聞くんだったなぁ…。今までの事とか、騎士の仕事の事とか、何の面白味もない話ばかりしてしまった…。あの時ああ言っていれば、会話ももっと盛り上がっただろうに…。あぁ、俺としたことが!!)」

 分かりやすく頭を抱えて騎士の城の中を歩くターナーを、周囲の騎士たちはどこかいぶかしげに見つめる。

「ターナーのやつ、いつもなら俺たちの会話につっかかってくるくせに、今日はやけにおとなしいな…」
「心を入れ替えたんじゃないか?ようやく俺たちの事を偉大な先輩だと受け入れたんだろう」
「それにしては無愛想な気もするが…。よくわからん奴だなぁ…」

「…ひょっとして、女がらみとかか??」
「それはありえるかもな。あいつ女にはモテるから、変なトラブルでも抱えたのかもしれんぞ」
「モテる男も大変だねぇ…」

 それらの会話は、いつもならターナー本人の耳に入っていた事だろう。それによっていつもなら、間違いなく喧嘩が始まっていたことだろう。しかし今日はそうはならなかった。戻ってきてからずっと脳内会議をすることに必死なターナーの元には、彼らの言葉は全く届かなかったからだろう…。

――――

 ターナーは自身の宝剣の手入れを行いながらも、相変わらずその頭の中ではセイラの事ばかりを考えていた。

「(こ、こんな真剣に女の事を考えたことが今までにあっただろうか…?女の事は今まで適当にあしらってきただけに、本当に自分が好きになった相手とどうするべきなのか、さっぱり分からない…)」

 ターナーはセイラとは同い年にあたり、まだまだ若い騎士ではあるものの、その実力は確かなものがあり、本人も自信を持っていた。だからこそ先輩騎士に突っかかっても特にペナルティを受けることもなく、その存在感を強めていっていた。そんな強気な彼に心を奪われる女性は多く、これまでにも様々なアプローチを受けていた。…が、自分がアプローチをした経験はこれまで皆無だった。

「(…好きな食べ物から聞くのがいいのか?それとも好きな場所を先に聞いて、そこで会って話を始めるべきか?それならいろんな話に派生することもできるだろうし、一番合理的か…?)」

 もう宝剣は十分に研ぎあがっているというのに、気づきもせず手入れを続けるターナー。

「(出してもらったお茶について、もっと詳しく聞けばよかったなぁ…。そうすれば街の喫茶店に一緒に行く口実ができたというのに…!!はぁ…)」

 今日だけで何度目か分からないため息をはき、その顔をやや伏せる。そこで自身の宝剣に視線を移し、ようやく研ぎあがっていることに気づいたのだった。

「(お、俺としたことが…。あんまりやりすぎたらかえって剣先が劣化してしまうじゃないか…。普段ならこんなミスは絶対にしないのに…)」

 それ以降ターナーの頭からセイラの存在が消えることはなかった。何をする時も彼女の事が脳裏に浮かび、離れることはなかった。
 彼女が花が好きらしいという可能性が浮かべば、今まで興味もなかった花について調べ、お店まで見に行って自分の手で育てることまで本気で考えた。お茶が好きらしいという可能性が浮かべば、街にある喫茶店を調べて、わざわざ自分の足で出向いてその味を確かめ、彼女を誘うにふさわしい場所はどこかと考え上げた。剣に興味があるのではないかと考えれば、騎士の城に招いていろいろな宝剣を一緒に見て回るのはどうかと考えもした。しかしこれというものを決められず、セイラを誘うまでには至らなかった…。

 そんな風にいつもと変わらず頭を悩ませていたターナーのもとに、ある知らせがもたらされた。セイラの住む屋敷の近くに、再び魔獣が現れたという知らせが…。

「っ!?」

 セイラの力を考えれば、自分が行かなくても何の問題もないということはよくよく理解していた。しかし彼は、この機会を逃せば次に彼女に会えるのはいつになるか分からないと考えた。…彼女に直接会えるこのチャンスを逃すまいと、ターナーは一瞬のうちにセイラの元を目指して出発したのだった。
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