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第6話

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「まさか、セイラが家出をするほど強気になろうとは…。ラルクお兄ちゃんびっくり」

「かわいいポーズとったって全然可愛くないですよ、お兄様」

「おぉ…あんなに気弱だった君がそこまで強気な言葉を…!本当に別人みたいだね、セイラ!」

 勢いのままに伯爵様のもとを飛び出してきたのはいいけれど、結局これからどうするかを全く考えていなかった私。でも伯爵様の所に返るくらいなら死んだ方がマシと思っているので、彼の所に戻るという選択肢はあり得なかった。
 そんな私に声をかけてくれたのが、今私の目の前にいるラルクお兄様だった。よく軽口を言っては場を誤魔化すことの多い性格だけれど、こうして私が困ったときには必ずそばにいてくれる。

「以前までのセイラだったら、僕の冗談を聞いたらひきつった不自然な笑顔を見せてくれたと言うのに。いったい何があったんだい?」

「自分でもなんだか不思議な感覚なんです。今までは何と言うか…相手に嫌われないようにと言うか、逆らわないようにと言うか…そういう風に過ごしてきたんですけれど、伯爵様の所を出る決意をしてから、なんだか吹っ切れたような気がして…」

 伯爵様から婚約破棄をちらつかされて、家出を迫られたあの時だろうか?私の中でなにかが変わった気がするのは…。

「まぁ、どんな君でも僕の可愛い妹であることに変わりはないからね!これからも困った事があったら何でも相談するといい!」

「それを伯爵様との婚約前に言ってくれればよかったのですけれど?」

「て、手厳しいなぁ…」

 頭をポリポリとかきながら、お兄様はどこかへと視線を逸らす。それはお兄様が困ったときにいつも見せるしぐさ。

「でも、ありがとうございます、お兄様。こうして困ったときにいつもそばにいてもらって、本当にうれしいです」

「お、おぉ…」

 これは私の本心からの言葉。どこか頼りない所もあるけれど、絶対にそばにいてくれるお兄様の事は、本当にかけがえなく思っている。
 そんな私たちのもとに、お兄様のもとで働く召し使いが大急ぎで知らせを持ってきた。

「た、大変ですお二人とも!!!!!」

「どうしたんだ、普段冷静な君らしくもない。焦らずとも僕らはどこへ行ったりも」

「レリアさまの姿がお見えです!!!!」

「ほぅ…」

 私はお兄様と目を合わせる。

「そう、レリアさんが…。お茶会の誘い…とかではなさそうだね、セイラ?」

「ええ。一体何の話でしょうね?」

 せっかく乗り込んできてくれたのだから、全霊でお答えするのが礼儀と言うものでしょう。私はレリアをここに通すよう召使に命じた。

――――

「あら、意外にぴんぴんしてるのね。最愛の伯爵様から婚約破棄を言い渡されてげっそりしてることと思って、せっかくお土産を持ってきたのだけれど、不要だったかしら?それとも…いまだに意地を張って、婚約破棄をやめてくださいと伯爵様に泣きつくことができないのかしら?」

 楽しくて仕方がないという様子のレリア。その表情はうきうきとしている。

「なんの用ですか?今私たちは大切な時間を過ごしていた時だったのですが」

「セイラ、僕の事をそんなに愛して」ガッ!!!!

 机の下でお兄様の足先を踏み潰して黙らせる。

「あらあら、それはごめんなさいね。でもこのおみやげを見たら、絶対にあなたは喜んでくれると思うわよ?」

 そう言いながらレリアがかばんから取り出したのは、他でもない、以前に私と伯爵様との間で交わされた婚約誓書だった。

「それ…伯爵様がお持ちだったはずでは?」

「私がお願いすれば簡単に貸してくれたわよ?あなたの扱いとは違うのだから(笑)」

 挑発的に笑って見せるレリア。

「あなたのサインはここにあるわね。伯爵様のサインも確かにある。これは伯爵様がまだ提出していなかっただけで、二人の婚約関係を確かに証明してくれるもの。あなたはその心の中で、これが死ぬほどほしいんじゃなくって?だってこれを手に入れてしまえば、あなたがお偉いさんにこれを提出して即刻婚約が成立するんですものね?」

 ひらひらと婚約誓書をなびかせ、私に見せつけてくる彼女。

「(あ~…確かに欲しいかも。これをなんとかして処分しないと、本当に婚約破棄したことにはならないじゃない…私のサインも確かにあるし…。めんどうだなぁ…)」

「そうねぇ…。あなたが私にここで土下座でもして見せたら、これをプレゼントしてあげてもいいわよ?もうこれ以外あなたには引き返す術なんてないでしょう?」

 レリアの言葉を聞いた私とお兄様は、互いに視線を合わせて目で会話する。

「(土下座ねぇ…。どうするつもりだい、セイラ)」

「(誓書が欲しいのは事実だけれど…この女に土下座をしてまで欲しいかと言われるとなぁ…)」

「ふふふ、何よ黙り込んじゃって。やっぱりほしくてたまらないんでしょう??ほらほら」

 欲しいか、と彼女から聞かれた私は、素直に首を縦に振って返事してみることにした。それを見て彼女は…

「くすくす…あはははは!!!そうよね!!やっぱりそうよね!!ようやく本性を現したわね!!」

 これまでも楽しそうなレリアだったけれど、一段とその機嫌を良くした様子。

「どれだけ強がったって、やっぱりいやよねぇ?伯爵様との婚約を破棄されるだなんて…!そうやって素直になった方がかわいいと思うわよ?今まで強がって引き返せなかったんでしょう??くすくすくす…」

 レリアは甲高い声でそう言うと、私の前まで歩み寄り婚約誓書を差し出してきた。

「その下品さに免じて、プレゼントして差し上げようかしら?感謝しなさいよね?」

 目の前に出された誓書を私が手に取ろうとした瞬間、レリアはその手を引っ込める。

「あははは!!!本当に渡されると思ったの??ほんとどこまでも素直でかわいいわね!!その素直さが最初からあればよかったのにね…っ!!!!!」


 ビリビリビリビリッ!!!!!



 私の目の前に広がるのは、途切れ途切れとなった誓書の破片たち。

「ざんねーーーーーん!!もう破れちゃったから返すものも返せないわねーー!!!ほんとごめんなさいね、私としたことがついうっかりーー!!!」

 わざとらしくそれらの破片を踏んでまわると、彼女は私に最後にこう言い残した。



「あなたの望みなんてなにもかなわないのよ♪」



 どや顔でそう吐き捨ててくるレリアに、私は心の中で返事をした。

「(えっと…私の願いはたった今あなたが叶えてくれたんだけれど…)」

 ぽかーんとする私とお兄様の表情を見届けた後、彼女はスキップを踏んで私たちの屋敷を後にしていったのだった。




「…何しに来たんだ、彼女?」

「さぁ?」
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