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番外編
美村紗希と吉宗 後編
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一週間後、紗希は再び居酒屋で吉宗と顔を合わせた。
「なあ、殿さんよ。一つ教えてくれ。榊原正信に金を出して私に暗殺をやらせているのは誰なんだ?」
「ほう、榊原正信が黒幕というところまで掴んだか」
「やはり奴が黒幕なのか?」
「こちらで調べた限りを教えると、榊原は元々紀州藩家老安藤家に仕えていたのだが、去年の大地震の際に金品を強奪した罪で追放された。
知っての通り大名家で不祥事を起こして追放された者は二度と復職は出来ない。
榊原はそれで浪人となった。おりしも大地震の災害によって仕えていた大名屋敷が人を雇う余裕が無くなり、何人もの浪人が溢れそのうちの一部が辻斬り浪人と化した。
榊原はこれに目をつけて、仕官の口を見つけてやると騙して浪人たちに金持ちを辻斬りさせて金品を強奪していた訳だ。しかし、この浪人たちもいずれは邪魔になる。
そこにお前という存在が現れた。これ幸いと榊原は今度はお前を使って辻斬り浪人たちを始末していったという訳だ」
吉宗の言葉に紗希はこぶしを握りしめた。
「私は、そんな奴にいいように利用されていたのか」
「別にお前が悪い訳ではない。浪人たちもある意味利用されていたわけだからな」
紗希は刀を持つと立ち上がった。
「殿さんよ、榊原を始末してくる。止めるなよ」
「見て見ぬふりをしてやる。その代わり終わったらもう一度ここに戻って来い。この前の返事をまだ聞いていない」
吉宗はそういうと徳利を持って酒をぐいと呑んだ。
「ちっ。すぐに終わらせる。待ってろよ」
紗希は立ち上がり急ぎ足で店を出た。
「ご領主様、紗希さんは大丈夫なんですかね?」
店の親方の心配をよそに吉宗は平気な顔をしている。
「あいつなら何の心配もない。すぐに戻ってくる」
そう言うと再び酒を飲み出した。
⭐︎⭐︎⭐︎
榊原の居場所は特定出来ている。
居酒屋から歩いて半刻〔一時間〕ほどの山道にある古びた寺であった。
そこは紗希がいつも榊原に仕事の依頼を受ける場所であったからだ。
だが、ここは辻斬り浪人一味の巣窟でもあった。
紗希と辻斬り浪人たちが接触しないように、榊原はうまく待ち合わせる日にちと時間を指定してきた。
今にして思えばおかしい点はあったのだが、それに気が付かなかった自分に腹が立って仕方のない紗希だった。
「今度は辻斬り一味の頭領づらして浪人たちを使って私を斬ろうとするだろうが、浪人たちは目じゃねえ。叩き斬るのは榊原一人」
それから半刻後、紗希は浪人たちの仮の住処となっている古寺に着いていた。
着くや否やいきなり戸を蹴破って中に侵入する。
「榊原、いるんだろ?出できやがれ」
紗希が怒声を上げると奥から榊原正信が八人の浪人たちと共に出てきた。
「何だ?騒々しい。」
「榊原正信。てめえよくも私を騙していたな」
「騙す?何も騙してなんかいないぞ。お前には仕事を与えて賞金もくれてやったろう。俺とお前は雇い主と雇われ人の関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「雇い主と雇われ主か。ならば私は別の雇い主からの依頼でてめえを成敗する」
「小賢しい。お前ら、やっちまえ!」
榊原の怒声が飛び、浪人たちが一斉に紗希に襲い掛かる。
「美村流抜刀術疾風(みむらりゅうばっとうじゅつしっぷう)」
紗希が剣を乱れ打ちすると、浪人たちの剣が全て弾き飛ばされた。
「私の標的は榊原正信一人だけだ。お前たちの命まで取るつもりはねえ。見逃してやるからこのまま奉行所に出頭しな」
紗希は浪人たちをあえて斬らなかった。
自分もそうだが、彼らにも生活がかかっている。
仕官を口実に利用されていただけと知った今となればこの連中を斬る理由はなかった。
紗希の言葉に八人いた浪人ははじめは互いに顔を見合わせていたが、やがて意を決したのか全員が一斉に寺から外に出た。
「美村殿、かたじけない。お主に言われた通り、我々はこれより山田奉行所に出頭する。そしていかなる罰も受けるつもりだ。後は任せた」
紗希はその言葉を聞いてうなづいた。
山田奉行所とは幕府が伊勢国に置いた遠国奉行で出張所のようなものであった。
この二年後〔一七一二年〕に大岡越前が奉行を務める事になる。
大岡越前はこの時の働きを認められて、吉宗が八代将軍になった際に江戸に招聘され、南町奉行となるのだが、それは別の話。
〔私もあいつらも利用されていただけだ。悪の根源はこいつ一人〕
「これでお前一人。覚悟はいいだろうな」
「あの程度の浪人などいつでも集められる。お前も含めてな。覚悟だと?お前如きにやられる俺ではないわ」
榊原正信は家老の臣下だったのもあるが、剣術には自信があった。
「美村紗希、裏切り者はどうなるかわかってるだろうな」
「ああ、お前をぶった斬ればいいって事だろ」
榊原は剣を抜いて中段に構えるが、紗希は一度抜いた剣を納刀した。
居合い抜きの構えを見て榊原はほくそ笑む。
「ばかめ。剣を抜く前に勝負はついているわ」
榊原が振りかぶって真っ向斬りで紗希に斬りかかる。
その瞬間、紗希の手が柄にかかる。
「美村流抜刀術神威(みむらりゅうばっとうじゅつかむい)」
目にも止まらない電光石火の居合い抜きが一閃された。
だが、榊原は間一髪でその一撃をかわした。
「さすがに速かったが、来るとわかればかわすのは。。」
「お前はすでに死んでいる」
紗希が納刀すると、榊原は腹部が血まみれになっているのに気がつき、驚きの声を上げる。
「ばかな。。いい、ふのまひ斬られれられ。。たたた。。」
途中から滑舌が出来なくなったらしく、大量の血飛沫と共に榊原正信は絶命した。
「私の剣はお前如きじゃ、来るとわかっていても避けられねえよ」
紗希は古寺を後にして吉宗の待つ居酒屋へと戻っていった。
その後、山田奉行所に出頭した浪人たちは本来ならば切腹のところを恩赦で一刑減され、全員十年間の島流しとなった。
家族がいる者は、その間の家族の面倒は紀州藩が見るという破格の確約も取り付けた。
やむを得ぬ事情で浪人となり、利用された者たちを吉宗が影で救ったのである。
⭐︎⭐︎⭐︎
「お姉さんありがとう」
「ああ。良かったな。これでおとうとおかあにいい報告が出来るぜ」
「お姉さん。もう一つ良い事があったんだ。私、このお店に住み込みで働かせてもらえる事になったの」
「本当か?親方、いいのかい?」
「へい。紗希さんからは今までたくさんの金子(きんす)を頂きました。私も何か人助けをしなくてはと思いましてね」
「良かったなあ。ええと名前は?」
「おはる」
「おはるちゃん、良かったな」
「うん。お姉さんのおかげだよ」
後年、おはるは正式に親方の養子となり、この店を継ぐ事になる。
「話しは済んだか?」
「ああ」
「では返事を聞かせてもらおうか」
「殿様よ。新しい世の中ってやつを見せてもらうぜ」
それが紗希の返事であった。
「詰まるところよろしくお願いしますってやつだ」
⭐︎⭐︎⭐︎
それから三日後、紗希は吉宗のいる和歌山城に居た。
茶髪の総髪に菊模様が入った赤い上着と紫色の袴という派手な姿であったが、身長と髪の色が服装と似合ってるいるのだ。
吉宗は思わず「おお!」と感嘆の声を上げたほど、紗希は壮麗であった。
「美村紗希。本日より殿の下で全霊をかけて任務を努めさせて頂きます」
「よく来てくれた。新たに新設する御庭番の修業、よろしく頼んだぞ」
「。。とまあ、堅苦しい挨拶はこのくらいにして、私流でやって良いのか?」
「そこは任せるが、やり過ぎるなよ」
吉宗と紗希は互いに目を合わせて笑いだした。
「これ!殿の前で無礼であろう」
加納久通がたしなめるが、吉宗が手で制する。
「よいよい。紗希はこれが通常なのだ。腕は確かなのだから多少の口の悪さは見逃してやれ」
「そう来なくちゃ!いいね、殿様」
紗希の態度に久通は怒るべきか抑えるべきか毎日胃の痛む思いであった。
この時、美村紗希は十七歳。
吉宗が見い出し、紗希が育てた最強の御庭番、松平桜がやって来るのはこの四年後の事であった。
「なあ、殿さんよ。一つ教えてくれ。榊原正信に金を出して私に暗殺をやらせているのは誰なんだ?」
「ほう、榊原正信が黒幕というところまで掴んだか」
「やはり奴が黒幕なのか?」
「こちらで調べた限りを教えると、榊原は元々紀州藩家老安藤家に仕えていたのだが、去年の大地震の際に金品を強奪した罪で追放された。
知っての通り大名家で不祥事を起こして追放された者は二度と復職は出来ない。
榊原はそれで浪人となった。おりしも大地震の災害によって仕えていた大名屋敷が人を雇う余裕が無くなり、何人もの浪人が溢れそのうちの一部が辻斬り浪人と化した。
榊原はこれに目をつけて、仕官の口を見つけてやると騙して浪人たちに金持ちを辻斬りさせて金品を強奪していた訳だ。しかし、この浪人たちもいずれは邪魔になる。
そこにお前という存在が現れた。これ幸いと榊原は今度はお前を使って辻斬り浪人たちを始末していったという訳だ」
吉宗の言葉に紗希はこぶしを握りしめた。
「私は、そんな奴にいいように利用されていたのか」
「別にお前が悪い訳ではない。浪人たちもある意味利用されていたわけだからな」
紗希は刀を持つと立ち上がった。
「殿さんよ、榊原を始末してくる。止めるなよ」
「見て見ぬふりをしてやる。その代わり終わったらもう一度ここに戻って来い。この前の返事をまだ聞いていない」
吉宗はそういうと徳利を持って酒をぐいと呑んだ。
「ちっ。すぐに終わらせる。待ってろよ」
紗希は立ち上がり急ぎ足で店を出た。
「ご領主様、紗希さんは大丈夫なんですかね?」
店の親方の心配をよそに吉宗は平気な顔をしている。
「あいつなら何の心配もない。すぐに戻ってくる」
そう言うと再び酒を飲み出した。
⭐︎⭐︎⭐︎
榊原の居場所は特定出来ている。
居酒屋から歩いて半刻〔一時間〕ほどの山道にある古びた寺であった。
そこは紗希がいつも榊原に仕事の依頼を受ける場所であったからだ。
だが、ここは辻斬り浪人一味の巣窟でもあった。
紗希と辻斬り浪人たちが接触しないように、榊原はうまく待ち合わせる日にちと時間を指定してきた。
今にして思えばおかしい点はあったのだが、それに気が付かなかった自分に腹が立って仕方のない紗希だった。
「今度は辻斬り一味の頭領づらして浪人たちを使って私を斬ろうとするだろうが、浪人たちは目じゃねえ。叩き斬るのは榊原一人」
それから半刻後、紗希は浪人たちの仮の住処となっている古寺に着いていた。
着くや否やいきなり戸を蹴破って中に侵入する。
「榊原、いるんだろ?出できやがれ」
紗希が怒声を上げると奥から榊原正信が八人の浪人たちと共に出てきた。
「何だ?騒々しい。」
「榊原正信。てめえよくも私を騙していたな」
「騙す?何も騙してなんかいないぞ。お前には仕事を与えて賞金もくれてやったろう。俺とお前は雇い主と雇われ人の関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「雇い主と雇われ主か。ならば私は別の雇い主からの依頼でてめえを成敗する」
「小賢しい。お前ら、やっちまえ!」
榊原の怒声が飛び、浪人たちが一斉に紗希に襲い掛かる。
「美村流抜刀術疾風(みむらりゅうばっとうじゅつしっぷう)」
紗希が剣を乱れ打ちすると、浪人たちの剣が全て弾き飛ばされた。
「私の標的は榊原正信一人だけだ。お前たちの命まで取るつもりはねえ。見逃してやるからこのまま奉行所に出頭しな」
紗希は浪人たちをあえて斬らなかった。
自分もそうだが、彼らにも生活がかかっている。
仕官を口実に利用されていただけと知った今となればこの連中を斬る理由はなかった。
紗希の言葉に八人いた浪人ははじめは互いに顔を見合わせていたが、やがて意を決したのか全員が一斉に寺から外に出た。
「美村殿、かたじけない。お主に言われた通り、我々はこれより山田奉行所に出頭する。そしていかなる罰も受けるつもりだ。後は任せた」
紗希はその言葉を聞いてうなづいた。
山田奉行所とは幕府が伊勢国に置いた遠国奉行で出張所のようなものであった。
この二年後〔一七一二年〕に大岡越前が奉行を務める事になる。
大岡越前はこの時の働きを認められて、吉宗が八代将軍になった際に江戸に招聘され、南町奉行となるのだが、それは別の話。
〔私もあいつらも利用されていただけだ。悪の根源はこいつ一人〕
「これでお前一人。覚悟はいいだろうな」
「あの程度の浪人などいつでも集められる。お前も含めてな。覚悟だと?お前如きにやられる俺ではないわ」
榊原正信は家老の臣下だったのもあるが、剣術には自信があった。
「美村紗希、裏切り者はどうなるかわかってるだろうな」
「ああ、お前をぶった斬ればいいって事だろ」
榊原は剣を抜いて中段に構えるが、紗希は一度抜いた剣を納刀した。
居合い抜きの構えを見て榊原はほくそ笑む。
「ばかめ。剣を抜く前に勝負はついているわ」
榊原が振りかぶって真っ向斬りで紗希に斬りかかる。
その瞬間、紗希の手が柄にかかる。
「美村流抜刀術神威(みむらりゅうばっとうじゅつかむい)」
目にも止まらない電光石火の居合い抜きが一閃された。
だが、榊原は間一髪でその一撃をかわした。
「さすがに速かったが、来るとわかればかわすのは。。」
「お前はすでに死んでいる」
紗希が納刀すると、榊原は腹部が血まみれになっているのに気がつき、驚きの声を上げる。
「ばかな。。いい、ふのまひ斬られれられ。。たたた。。」
途中から滑舌が出来なくなったらしく、大量の血飛沫と共に榊原正信は絶命した。
「私の剣はお前如きじゃ、来るとわかっていても避けられねえよ」
紗希は古寺を後にして吉宗の待つ居酒屋へと戻っていった。
その後、山田奉行所に出頭した浪人たちは本来ならば切腹のところを恩赦で一刑減され、全員十年間の島流しとなった。
家族がいる者は、その間の家族の面倒は紀州藩が見るという破格の確約も取り付けた。
やむを得ぬ事情で浪人となり、利用された者たちを吉宗が影で救ったのである。
⭐︎⭐︎⭐︎
「お姉さんありがとう」
「ああ。良かったな。これでおとうとおかあにいい報告が出来るぜ」
「お姉さん。もう一つ良い事があったんだ。私、このお店に住み込みで働かせてもらえる事になったの」
「本当か?親方、いいのかい?」
「へい。紗希さんからは今までたくさんの金子(きんす)を頂きました。私も何か人助けをしなくてはと思いましてね」
「良かったなあ。ええと名前は?」
「おはる」
「おはるちゃん、良かったな」
「うん。お姉さんのおかげだよ」
後年、おはるは正式に親方の養子となり、この店を継ぐ事になる。
「話しは済んだか?」
「ああ」
「では返事を聞かせてもらおうか」
「殿様よ。新しい世の中ってやつを見せてもらうぜ」
それが紗希の返事であった。
「詰まるところよろしくお願いしますってやつだ」
⭐︎⭐︎⭐︎
それから三日後、紗希は吉宗のいる和歌山城に居た。
茶髪の総髪に菊模様が入った赤い上着と紫色の袴という派手な姿であったが、身長と髪の色が服装と似合ってるいるのだ。
吉宗は思わず「おお!」と感嘆の声を上げたほど、紗希は壮麗であった。
「美村紗希。本日より殿の下で全霊をかけて任務を努めさせて頂きます」
「よく来てくれた。新たに新設する御庭番の修業、よろしく頼んだぞ」
「。。とまあ、堅苦しい挨拶はこのくらいにして、私流でやって良いのか?」
「そこは任せるが、やり過ぎるなよ」
吉宗と紗希は互いに目を合わせて笑いだした。
「これ!殿の前で無礼であろう」
加納久通がたしなめるが、吉宗が手で制する。
「よいよい。紗希はこれが通常なのだ。腕は確かなのだから多少の口の悪さは見逃してやれ」
「そう来なくちゃ!いいね、殿様」
紗希の態度に久通は怒るべきか抑えるべきか毎日胃の痛む思いであった。
この時、美村紗希は十七歳。
吉宗が見い出し、紗希が育てた最強の御庭番、松平桜がやって来るのはこの四年後の事であった。
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